夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『小説王』 ドラマの原作本ネタバレ。 読書家ならば必ず共感する”小説”物語!

こんばんは、紫栞です。
今回は早水和真さんの『小説王』をご紹介。

小説王

 

2019年4月に開始される連続ドラマの原作本です。

 

あらすじ
吉田富隆は大学時代に文芸新人賞を受賞して華々しく作家としてデビュー。受賞作「空白のメソッド」は映画化もされ注目を集めるが、二作目以降はヒットに恵まれず、三十三歳になった今でもファミリーレストランのアルバイトで食いつなぐ日々を送っていた。
「空白のメソッド」に感銘を受け、大手出版社の文芸編集者となった富隆の小学校時代の同級生である小柳俊太郎は、富隆の才能を信じ「いつか一緒に仕事を」という約束を実現させようと奮闘するが、富隆はくすぶり続けている状態から中々抜け出せぬままアルバイトをクビになり無収入に。俊太郎も文芸部の出版不況や編集長との衝突などで富隆への連載依頼はいつまでもままならない状態だった。
富隆は一念発起し、「これが最後」という思いで勝負作を書き始める。俊太郎と共に今までにない手応えを感じる作品が出来上がりそうだという矢先、俊太郎の文芸編集部は存続の危機にたたされてしまい・・・。
いくつもの苦難が立ちふさがるなか、富隆と俊太郎は“すごい小説”を世に出すことが出来るのか。
何を目指して本を作るのか?小説とは、物語とは何のために存在するのか?
“小説の力”を信じ、思いの全てを捧げる小説家と編集者。二人の友情と小説を愛する人達の物語。

 

 

 

 

 

 


小説家と編集者
早水和真さんは近年ですとWOWOWでドラマ化された『イノセント・デイズ』などの作品で知られる作家さん。

 

イノセント・デイズ (新潮文庫)

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連続ドラマW イノセント・デイズ [DVD]

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ちなみに、この『小説王』は著者の早水さん自身が“『イノセント・デイズ』のアンサーストーリーと位置付けている”と明言されていますので、『イノセント・デイズ』を読んだ方、ドラマを観ていた方で読み終わった後、観終わった後に“答え”を欲したならば読むべき小説だともいえます。

 

今作は上記のあらすじの通り、小説家と編集者が主役のエンタメ小説。小説で、小説家と編集者が主役のお話を描くということで、作家や編集、本に携わる人々の世界が大いに保証済みのリアリティでもって読むことが出来ます。
本格推理物のジャンルですと小説家が主役のものは結構見つけることが出来ますが、通常のエンタメ作品でド直球に“小説家”という職業を描いているものは珍しいかもしれないですね。文庫版に掲載されている森絵都さんの解説によると、著者の早水さん自身、インタビューで「正直、小説家の小説なんて、書きたくなかったんです」と語られているとのこと。では何で書いたのかというと、編集者から「小説家と編集者の話を書いてほしい」と依頼を受け、最初は難色を示したものの「今小学生の息子が高校生になった時に、自分はこういう仕事をしているんだ、と読ませたくなる小説を書いてほしい。そういう小説を書いてくれるのは早水さんだから」という言葉に心動かされたからなのだとか。
健全すぎるほど健全な経緯で驚きですが、こんな編集者さんとのお仕事だったからこそ『小説王』が書けたのかなと思います。編集者さんが作品に与える影響の大きさを感じますね。

ドラマ化で気になったのと、本作りの裏側のお話が個人的に好きなので、読んでみたのですが、本好き人間ならば「同感、同感」とうなずいてばかりで同調しっぱなしの作品で大変面白く読むことが出来ました。書店員さんの評価が高いのも納得の小説です(^^)

 

 

 

単行本・文庫
この記事のトップの画像は『小説王』の単行本の表紙画像です。

 

小説王

小説王

 

 

この表紙の装画は、故・土田世紀さんの90年代の漫画作品編集王のカットが使用されています。

 

編集王(1) (ビッグコミックス)

編集王(1) (ビッグコミックス)

 

 

作中でも『編集王』についての話題が出て来ますので、『小説王』というタイトルは『編集王』という作品を受けての部分もあるのかなぁと思います。

私は文庫で読みました。文庫は2019年3月に刊行で比較的出たばかり。

 

小説王 (小学館文庫)

小説王 (小学館文庫)

 

 

こちらの装画も真っ赤でインパクトが強いですね。文庫版だと作家の森絵都さんの解説が巻末に掲載されています。

 

 

ドラマ
連続ドラマはフジテレビ系列での制作で地上波放送の開始は2019年4月22日。地上波放送の前にFODで先行配信されるらしいです。

 

キャスト
吉田富隆白濱亜嵐
小柳俊太郎小柳友
佐倉晴子桜庭ななみ

もう4月にはいっていますが、どうも調べても詳細がよく分らないですね。放送時間も曖昧です。たぶん深夜帯だと思うんですけど。放送回数は全10回とのこと。ネット記事に掲載されている出演者さんたちのコメントを読んでみると、どうやらもう全話撮り終わっている状態みたいですね。
原作だと上記の主要三人以外にも重要で個性的な登場人物が目白押しなのですが・・・。他キャストがどうなっているのか気になるところですね。

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 


出版不況
今は文芸冬の時代で出版不況な御時世なんだとか。確かに紙の本が売れないとかは聞きかじったことはありますし、雑誌もどんどん廃刊になったり休刊になったりしていますよね。漫画とかもマイナーな雑誌での連載ですと読んでいて気が気じゃなかったり・・・。私自身、読んでいた漫画が掲載誌休刊で続きが読めない事態に陥ったことがあります(-_-)
『小説王』では文芸部の危機的状況が絶滅寸前みたいに描かれており、実際、作中では俊太郎が所属している文芸雑誌が休刊に追い込まれてしまいます。確かに小説って、好きな作家のものを単行本や文庫で読む人がほとんどで、連載の形で雑誌を購入して読む人は少ないだろうなぁとは思います。
で、まぁ現実的に文芸誌は売れてない。
連載媒体がなくっても書き下ろしで本を出せばそれでいいんじゃないの?って考えてしまうし、正直なとこ読者としては読みたいものが読めれば連載でも書き下ろしでも問題はないですよね。じゃあ何で連載の形にこだわるの?と、いうと作家に原稿料を支払うためで――・・・といった出版、文芸に関する内情が『小説王』では次々と明かされていきます。

「掲載媒体はべつに作家を食わせるためにあるわけじゃないんです」

 

「(略)実際いまって短編集が売れる時代じゃないじゃないですか。よっぽど名のある作家のものか、さもなければよほど出来のいいものしか掲載しないっていう方針は、あながち間違っていないと思うんです」

 

向こう数年のうちに多くの文芸誌が消えていくだろうと思っていたし、印税ではなく原稿料を当てにしている作家は全員淘汰されていくこともわかっていた。文学賞も軒並み減らしていくだろうし、映像化のマージンだってどんどん削られていくはずだ。
よほどの売れっ子か、資産家、あるいはパートナーにしっかりとした稼ぎがあるか、パトロンでもない限り、専業作家など成り立たないと気づいていた。

などなど。
専業作家や文芸誌の厳しい実情がこれでもか!と書かれていますね。読んでいると小説好きの一市民として寂しく辛い気持ちになってきます。「小説の役割は終わったのか」という一文まで出て来ます。

 

 

 


小説(物語り)の力
富隆は全力を注いで作品に没頭。「すごい小説」を生み出しますが、俊太郎の所属している文芸誌が休刊になってしまったことで作品を発表する機会を逸してしまいます。
で、どうするのかというと、企業サイトでのウェブ連載で現状を打開していくわけですが。
今作の紹介文に“出版業界にケンカを売る”“出版界の常識を無視した一手を放つ”などと書かれているので、よっぽど奇抜なことでもするのかと思いきや、単に“ウェブ連載”で個人的にちょっと拍子抜けだったんですけども(^^;)


この小説は奇をてらうことなく、純粋に、愚直に、ただただ物語りの力を信じて行動する様が描かれています。編集者である俊太郎は富隆の小説を読み、「すごい小説」だと実感。「とにかく読んでもらえればわかる」と、富隆の小説の面白さ“力”をまるで疑うことなく奮闘。
小説に取り組む富隆も、編集者の俊太郎も、打算や斜に構えたりすることもなく一つの作品の為にひたすら情熱を注ぐ熱いストーリーです。

 

作中で描かれているように、文芸誌を始め出版業界全体が不況だし、本だけでなく音楽業界もCDが全く売れない時代で、芸術・娯楽作品を扱う業界自体が勢いを失っているのは事実なのでしょう。しかし、だからといって物語りや音楽が必要なくなり皆が求めなくなるのか、無くなるのかといったら決してそんな事はないし、そんな心配はするだけ無駄だと思います。そんなことはこの『小説王』を読まずとも、創作物を好む人間ならば分かりきっていることです。


芸術や娯楽の為の創作物というのは、生き物として生活する上では全て必要のないもの。それでも、歴史の中で検閲や弾圧を受けても創作物が完全に消えることはなく作られ続け、人々はそれを鑑賞してきた。だから、たとえ“商品”として売れなくなろうと創作物の役割が終わることはない。

『とりあえず今日だけ生きてみようと思いました。明日もそう思える気がします。吉田先生の次の作品が楽しみだから』

これは作中、生きづらい毎日を過ごしている中学生の女の子からのファンレターの一文。
この心境は深刻さの度合いはどうあれ、創作物に一喜一憂する全ての人達の総意だと思います。辛くっても、つまらない毎日でも、作品を楽しみに日々を過ごそうと思える。創作物を愛する人というのは、皆が創作物に救われた体験をしているものなんだと。
だからこそ、『小説王』は読書家ならば必ず共感すること請け合いな小説なのです。

 

 

 

小説を読んで欲しい。
お話は終盤“某文学賞を受賞出来るか否かといった展開になります。“某文学賞”が何という文学賞なのか、作中では最後まで明記されていませんが、日本中が注目する文学賞直木賞であることは明白です。

さて、富隆は直木賞を取れるのか――!で、結果はまぁ読者の予想外のものなんですが。
私はこの展開で良かったと思います。それまでの流れが「ちょっとうまくいきすぎだなぁ」とか、「結末がまだ分からない段階の小説をそんなに皆が皆賞賛するのかな?」とか、作中作である富隆の小説『エピローグ』の中身は読者には知りようがないぶん、現実味が乏しかったので、これで全部が全部上手くいっていたら「絵空事だ」という印象が強くなっちゃいそうでしたので。

作品作りが主軸の物語ですが、富隆の恋人の晴子や、俊太郎の奥さんである美咲など、女性二人の逞しさも読んでいて愉快でした。この小説は主要登場人物が皆いい人で爽やかに読めますね。編集長も最初は俊太郎が不満をぶつけていましたが、個人的には「ちゃんと正論言ってくれていると思うけど」って感じでした。個人的にはベテラン作家の内山先生が好きです。男性の登場人物が怒ると皆チンピラ口調になるのが少し引っかかりましたが(^^;)

『小説王』は大沢形画さんの作画で漫画化されています↓

 

小説王 (1) (角川コミックス・エース)

小説王 (1) (角川コミックス・エース)

 

 

小説が苦手な人はまずは漫画を読むのも手かと。


個人的にいつも感じる事ですが、小説って読まないひとは本当に読まなくって、どんなにオススメしても読んでくれませんよね!
活字を読むことをハードルが高いと思っている人は結構いて、完全に娯楽で読んでいるにも関わらず「偉いね」なんて的外れな褒め言葉を頂くこともしばしばです。教養本を読んでいるならともかく、娯楽小説を読んで遊んでいるだけなのに・・・。それだけ活字と娯楽を結びつける人が少ないということでしょうか。

映像化作品や漫画の方が楽だし、私だって漫画もドラマも映画も大好きですが、活字には活字でしか味わえない感動というものがありますからね。苦手な人も一歩足を踏み出して欲しいです。私自身、学生時代は全く小説を読まない人間でしたが、読書で感動体験をしてからもう虜ですから(^^)。


『小説王』は読書家にオススメなのは勿論、“小説”に不慣れな人にも、小説を読むことの面白さを与えてくれる1冊だと思います。コレを読んで、読書の深みに嵌まってみてはどうでしょうか。

 

小説王 (小学館文庫)

小説王 (小学館文庫)

 

 

 

小説王

小説王

 

 

 

ではではまた~

『犯人たちの事件簿』5巻 歴史的奇行が見られるスピンオフ

こんばんは、紫栞です。
今回は【金田一少年の事件簿】シリーズのスピンオフ漫画金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(5)』のご紹介と簡単な感想を少し。

金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿(5) (講談社コミックス)

今回の表紙絵はKC11巻のパロディ。

金田一少年の事件簿 (11) (講談社コミックス (2106巻))

 

前巻で”大物犯人”を出したものの、

 

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今回も通常運転通で、金田一少年に謎を解かれてしまった犯人たちの物語が展開されますよ。5巻に収録されているのは『黒死蝶伝説殺人事件』『飛騨からくり屋敷殺人事件』『怪盗紳士の殺人』の三つの事件と、巻末に作者の船津さんの「華麗ならぬ仕事場日記」3ページを収録。

 

 

 

 

 


ファイル12「黒死蝶伝説殺人事件」(本家ではファイル16)

 

 犯人:小野寺将之
5巻目ともなると切り口が色々と出て来るもので、この事件では本格推理物の定番「読者への挑戦状」が1ページ目にあります。1ページ目に挑戦状があるのはかなり斬新ですが、挑戦状の内容は頭に輪っかつけた小野寺さんが「果たして僕は金田一少年に勝てたのでしょうか?」というもので、まぁ出オチですね。
巻末の「華麗ならぬ仕事場日記」でも書かれていますが、「黒死蝶伝説殺人事件」では「悲恋湖伝説殺人事件」で爆死したと思われていた犯人・遠野英治に激似な男が登場します。コレが遠野と同一人物なのかどうかは実は作中では確りと明記されていなかったんですね~。私は完全に遠野のつもりでいたんですけど・・・。
この事件では蝶の生態を利用してのトリックが多用されているということで本家では解決編でカラーページが出て来たのが当時はちょっとビックリだったんですが(理科の教養漫画みたいでね)、このスピンオフでも御丁寧にもカラーページをやってくれていました。凄い(^o^)
黒死蝶伝説って犯人の小野寺さんはかなり失策が多かったんだというのを読んでいて思い出しました。「カリマイナチウス」とか揚羽さんにいきなり告白するのとか。作中でも“歴史的奇行”と書かれていましたが、本当にそう思ったなぁ私も、本家読んだ当時は。金田一にコンタクトケース目撃させるための行動にしか見えなくってひたすら不自然でした。
「いや・・僕が何してんの?」「どう考えてもどうかしてる」が凄い笑えました。

 

 

 

 

 

 

 


ファイル13「飛騨からくり屋敷殺人事件」(本家ではファイル9)

 

 犯人:紫乃・仙田猿彦
猿彦は途中で殺されてしまうので犯人の印象が薄いですが、共犯者ものの「飛騨からくり屋敷殺人事件」。印象は薄いものの、紫乃さんよりもよっぽど行動していて負担が重い猿彦。犯人視点だと猿彦の方がいかに大変だったかが分かりますね。犯人としての志が低い(?)せいか、ミスを連発。共犯者選びに失敗してるな感が否めない結末となっています。
紫乃さんって本家だとド迫力だったんですよねぇ。読み返して「コレ、演技だったのか・・・」と思うと凄まじい。
飛騨からくり屋敷は本家だと人間関係がかなり複雑で横溝正史作品へのオマージュ色も強いのですが、

 

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スピンオフだと全面的に触れられていませんね。解決編がいったん金田一が村から退場した後に戻ってくるというもので当時ドラマ観てたときとかも「ちょっとひねったパターンだな」と思った記憶が。

 

 


ファイル14「怪盗紳士の殺人」(本家ではファイル13)

 

 犯人:和泉さくら
「怪盗紳士の殺人」は【金田一少年の事件簿】シリーズでは珍しく、殺人が起きるまでが結構長かったんですよね。脇役が盗み働いたり本物の怪盗紳士が出て来たりで、犯人の和泉としては本当にトラブル続きだったのがよく分るスピンオフになっています。殺人を犯す前からハプニング対処にかなり費やされていてご苦労さまな感じ。
まぁ殺人を犯すイメージのない怪盗紳士の名前を利用して殺人を犯そうというのが無謀なんですけどね。このスピンオフの作中でも書いていましたけど、根本的な問題ですよ。本物の怪盗紳士が扮していた醍醐真紀について何かあるかなと思っていたのですが、スピンオフではさほど触れられていませんでしたね。和泉が金田一のこと好きだったというのも完全無視です。まぁシリアス面はあえて完全排除のスピンオフということで。
しかし、髪の毛切って誤魔化そうとするの、ちょっと無理がありますよね・・・。

 

 

 

 

 

そんな訳で、5巻も懐かしさが込み上げながら楽しく読めました。個人的に特に「黒死蝶伝説殺人事件」が読んでいて当時のことを思い出してかなり懐かしくって面白かったです。

次巻は異人館ホテル殺人事件』『墓場島殺人事件』『速水玲香誘拐殺人事件』を収録予定で発売は2019年夏ごろとのこと。

速水玲香誘拐殺人事件』をやったらこのスピンオフ漫画は・・・どうなるんでしょう?気になりますね(^^)

 

※出ました!詳細はこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

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秘密-トップ・シークレット4巻 ”目隠し”も必見「私鉄沿線連続殺人」と「特別編」

こんばんは、紫栞です。
今回は清水玲子さんの『秘密-トップ・シークレット』4巻収録の「私鉄沿線連続殺人事件」と同時に収録されている短編の「特別編」を一緒にご紹介。

新装版 秘密 THE TOP SECRET 4 (花とゆめCOMICS)

 

まず「私鉄沿線連続殺人事件」から

 

あらすじ
2061年11月22日。田無発新宿行7時45分の通勤電車内にて、薬剤師の里中恭子が何者かに刺殺される事件が発生。容疑者は朝のラッシュに紛れ逃亡。乗車率140%の電車内での事件にもかかわらず、一週間経っても未だに事件の目撃者が一切名乗り出ない状態で捜査は難航していた。
そんな中、私鉄沿線沿いで連続殺人事件が発生。被害者たちは性別・年齢等すべてがバラバラであったが、通勤通学で同じ私鉄「田無発新宿行7時45分」を普段から利用していたことが判明。薬剤師刺殺事件との関連があるとみて第九のMRI捜査で調べたところ、被害者達はいずれも薬剤師刺殺事件のあった車両に乗り合わせていたことが確認された。
犯人は何故里中恭子が殺された車両に乗り合わせた人達を次々と殺していくのか?何故犯人はこの大都市でたった数分間同じ車両に居合わせただけの人物を探し出すことが出来たのか――?
12月1日、大久保のカプセルホテルで里中恭子を突き飛ばしたと思しき男が変わり果てた姿の変死体として発見されるが、男の死因はウィルス感染によるものだった。

 

 

 

 

 

 

ちょっとした転換点
この4巻収録の「私鉄沿線連続殺人事件」はウィルス感染ものです。クライムサスペンスのシリーズなら1回は必ずと言っていいほど出て来る生物兵器。この『秘密-トップ・シークレット』もご多分に漏れず、4巻目でやっているという次第です。
シリーズの1巻から3巻までは主に猟奇性が高い殺人ものを扱っていて、このシリーズ自体がそういった事件のみ扱うものなのかと思わせていたところにウィルス感染ものなので、1巻から順番に読んできた読者は少し驚きや意外性があるんじゃないかと思います。
この巻からシリーズで扱う事件の範囲や種類が広がっていくので、自由度が増したというか、近未来警察ミステリという特性を活かしたシリーズ展開になっていくので、見ようによってはシリーズの転換期とも感じることが出来る巻ですね。

 


三好先生
今作から監察医の三好雪子が登場。三好先生は亡くなった鈴木の婚約者で薪さんとも旧知の仲の人物。

三好先生はこの巻以降、青木とワチャワチャして薪さんとあーだこうだなったりザワザワしたり(^_^;)しますので、三好先生が登場するという点でもシリーズの転換期だという気がします。3巻までは事件捜査以外の部分はあまり描かれていなかったのですが、この巻以降、恋愛要素なども出て来て人間関係が複雑化していきます。
三好先生は今作では遺体の解剖中にウィルスに感染してしまい、命の危機に陥りますよ。

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

傍観者効果
この事件の犯人は電車内でウィルスを散布、その後感染者に現われる感染の初期段階の症状である爪の斑点を見て、里中恭子の刺殺事件の車両に乗り合わせていた人々を判断。放っておいてもいずれ感染死するはずの被害者達を、何故かわざわざ刺殺してまわります。
電車内で毒物を撒くというのは1995年の地下鉄サリン事件を連想させられるのでテロの印象が強くなりますし、実際に当初は犯人も生物テロを企てて電車に乗り込んでいたという設定ではありますが、今作で主軸として描かれているのはテロではなく、1964年の「キティ・ジェノヴィーズ事件」などで知られる集団心理の一つ、“傍観者効果”です。

「キティ・ジェノヴィーズ事件」はニューヨークで起こった殺人事件。被害女性が自宅マンションの前で暴漢に襲われた際、悲鳴で多くの近隣住民が事件に気がつき、目撃していたにも関わらず、誰も通報をせず助けにも入らずに結果的に女性は死亡してしまったという痛ましい事件。傍観者が多数いる場合、自身が積極的に行動することを避けてしまう集団心理が事件の根本にあります。


今作での発端の事件、「電車内刺殺事件」の被害者・里中恭子は足の悪い老婆を座らせてあげたいと、混んでいる電車の座席に荷物を置いていた男に注意し、罵声を浴びせられた末に刺殺されてしまいます。その間、電車内にいた沢山の人々は状況を認識しつつも見て見ぬフリをし、誰も助けることをしなかった。被害者が刺されて倒れた後も、その様子を横目で見ながらわれ先にホームへと逃げていった。

 

危なそうな奴 話の通じなさそうな奴には近付かない事 見なかった事 気が付かなかった事にする――
どうせ自分には関係がないんだから
バカ相手にいちいち注意したり人助けしていたら命がいくつあっても足りやしない

 

そして、その後も目撃者として誰ひとり名乗り出ることもない。名乗り出られない理由は、その場に居ながら見て見ぬフリをし、結果的に被害者が死亡した事実からくる罪悪感、反省、負い目、殺人に荷担した意識が目撃者達に共通してある為。怖くって、恐ろしくって警察に出て来られないんですね。

 

 

 

 


犯行の謎
電車内でウィルスをばらまき、その後、車内に居合わせた乗客達を次々と殺害した犯人・張真(ジャンジェン)は里中恭子の勤めていた薬局に定期的に通っており、特別言葉を交わすことなどはなかったものの密かに思いを寄せていた。ウィルスを散布する目的で乗車したものの、車内に里中恭子の姿を発見して実行を取りやめが、目の前で里中恭子はあのようなことに。彼女を見捨てた乗客達の姿に張は絶望し、憎しみを抱きます。


犯人の張真は優秀なものの、日本での人間関係に馴染めずに疎外感を感じる日々の中で鬱屈した思いが募り、ウィルスを作ってテロを起そうとするといった、最初は愉快犯的側面が強いのですが、電車内での里中恭子の刺殺事件を目撃し、里中恭子の最後を看取った後は目的が一変、同じ車両に乗り合わせていた人間をウィルス感染しているかどうかで判断して殺してまわります。


放っておけばいずれ病状が悪化して死亡するだろう感染者をわざわざ探し出し、危険を冒して殺していたのは何のための行為なのか、すぐには合点がいかないですよね。
憎しみが強まって、より直接的に殺害してやりたくなったのかなとは思うのですが。張が感染者達を感染の初期段階で殺害したために皮肉なことに張が殺した被害者の周りには二次感染者が出ていないので、ウィルスによる被害拡大を嫌ったのではないかとも作中では書かれています。
当初の愉快犯的思想は完全になくなっている状態ですね。里中恭子の死をきっかけに良くも悪くも劇的に変化しています。

テロを企てていたくせに、見て見ぬフリをした乗客達に腹を立てるというのは何とも勝手な話ですが、読んでいると張真の気持ちも痛切に伝わってきます。青木に組み伏せられながら「もしあの時、あんたがいたら――」と思う場面がやるせない。

しかし、見て見ぬフリをした乗客達を簡単に非難することもまた出来ない。確かに酷いですが、読者としては「もし自分が同じ状況に置かれたら、作中の乗客達と同じように見て見ぬフリをするかもしれない」と、空恐ろしい思いもします。誰だって面倒ごとは避けたいと考えるものですからね。
終盤に登場するお婆さんも腹立たしくはあるんですけど、すごくリアリティがあるなぁと。薪さんの説得の仕方が怖くって(^^;)面白かったですね。
もうこの漫画シリーズ自体がですね、読者を単純な傍観者的心境にさせてくれない漫画だなと痛感する次第です。

 

 


特別編
4巻の巻末には「特別編」の短編が収録されています。内容は仕事がら不眠症気味になっている薪さんが仮眠中に「秘密」を喋ってしまうのではないかと恐怖するお話。泉鏡花「外科室」みたいな心境で、作中でも「外科室」について言及されています。

 

 

 

―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。

―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。

 

 

このお話は薪さんの内面がかなり突っ込んで描写されていてですね、性的な事柄にも触れられていて衝撃度が高いです。コレに出て来る“目隠し”がシリーズ内ではちょっとした有名ワードでして、ネットの検索候補でチラホラ挙がっていたりします。
短編で“特別編”ですが、本編よりよっぽど衝撃度も注目度も高いです。今後の動向にだいぶ関わってくる内容ですし、実は読者に衝撃を与えるだけでなく“ある事件”の重要な伏線も張られているので、絶対に必見で「読まなきゃダメなヤツ」です。短編だからといって読み飛ばしたりしないようにお気を付け下さい!


そんな訳で、『秘密-トップ・シークレット』4巻、シリーズが結構大きく変化する巻で重要だと思いますので、是非是非。

 

 


ではではまた~

 

 

 

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『メゾン・ド・ポリス』3巻 ドラマの原作小説の続編 あらすじ・感想

こんばんは、紫栞です。
今回は加藤実秋さんの『メゾン・ド・ポリス3 退職刑事とテロリスト』を読んだので感想を少し。

メゾン・ド・ポリス3 退職刑事とテロリスト (角川文庫)

あらすじ
若手刑事のための研修会に参加した帰り、柳町北署に戻るために車を走らせていた牧野ひよりと先輩刑事の原田は、れんげ町の都立えがお公園での爆弾発見の現場に遭遇する。
現場では原田の先輩刑事で定年間近の警備課係長・梅崎が捜査にあたっていた。さらには〈メゾン・ド・ポリス〉の一員、迫田の姿も。
公園での爆弾は粗末な偽物だった。都内では二週間前から同様の偽爆弾事件が起きており、迫田は事件が気になって現場を訪れていたのだ。「このヤマは、ヤバい。俺たちが解決するぞ」といつものようにデカ魂を再熱させる〈メゾン・ド・ポリス〉のおじさん達。元副総監の伊達の差し金で、ひよりは女嫌いの梅崎とコンビを組まされ、おじさん軍団と捜査をすることに。
捜査の最中、またも偽爆弾事件が発生。現場での“臭い”の手がかりから建設中の水族館に行着くが、そこには迫田の息子・保仁がいて――。

 

 

 

 


シリーズ第3弾!
こちらは2019年2月23日に発売された【メゾン・ド・ポリス】シリーズの3冊目。
※前二作に関して、詳しくはこちら↓

 

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2巻発売からわずか4ヶ月での刊行でビックリ。私自身、気がつかないうちに発売されていて何だか不覚です(^^;)それだけシリーズの勢いがのっているってことですかね。

この間最終回を迎えたTBSのドラマは、脇の設定や各事件内容自体もドラマらしく(?)盛り上がるようにかなり作り替えられていたので、内容は原作とはかなり乖離していました。

ひよりの父親の事件が解決するというのは原作の2巻までの内容と同じですが、ひよりが捜査一課に異動になったり、夏目さんが傷害で逮捕されたり、草介さんが実は潜入捜査官で云々といった愉快なことには原作はなっていません。


原作では、ひよりは相変わらず柳町北署の刑事だし、夏目さんをはじめ〈メゾン・ド・ポリス〉の面々は通常運転だし、草介さんはバーのマスターです。なので、続編とはいってもドラマの最終回からそのまま繋がる感じではないですね。

ドラマは原作というより“原案”レベルでしたね。個人的にはドラマはドラマで面白かったです。原作を読んでいても楽しめる別作品になっていたように思います。恋愛要素はもうちょっとみたかったなぁと思いますが・・・(^^;)

 

 

初の長編
今作は前二作より本の厚さが薄いです。本屋に買いに行ったら薄くって驚いたんですが、それというのも、今回はシリーズ初の長編なんですね。短編集だった全二作を読んでいたときから長編を読んでみたいと思っていたのでこれは嬉しかったです。と、いっても、ページ数は250もないので長編というより中編って感じですが。

あらすじにもある通り、今回は梅崎さんという新たな女嫌いのおじさんが仲間入り。今のままでも十分おじさんの相手をしているというのに、ここにまた女嫌いのおじさんかい。勘弁してあげろって感じですが(^^;)
女性刑事が主人公だと女嫌いの中年男性捜査官が出て来るのって定番ですよね。梅崎さんの女嫌いの理由はやむにやまれぬものがあるのですが、でもこれも王道というか、よくある理由です。ひたすらベタを走って行くってことで、ベタを楽しもうって心意気で読むのが良いかと。

 

最初は偽爆弾事件が多発して~といった流れなのでタイトルに“テロリスト”と穏やかじゃない単語が付いているものの、短編と同じようなノリで殺人とかは起こらずに終了かなと思ったのですが、中盤から長編ならではの劇的な展開になってちょっと驚きました。今回は先輩刑事の原田さんが結構クローズアップされていましたね。

 

テロリストの思想部分とかはシリーズ自体の雰囲気が元々ライトだからかもしれないですが、ちょっとお粗末でサッラとしすぎだなと思ってしまいました(私の普段の読書傾向がちょっとアレなだけかもしれないですが)。まぁあんまり深く描いてもシリーズらしさが無くなるので良いのかとも感じます。

終盤の盛り上がりもそうですが、ドラマを観ていた影響からか、読み終わっての率直な感想としては“ドラマっぽい”お話だなと思いました。映像化しやすそうというか。ドラマスペシャルとかでやりやすそう。なので、ドラマの続編に期待が高まる気分になりますね(^o^)

 

今作は迫田さん家族がピックアップされて“家族”に触れられた内容にもなっていました。息子だけじゃなく“あの人”も登場で、実はそこが一番楽しかったりします(^^;)迫田家の離婚理由もハッキリと判明しますね。


夏目さんは“家族”について思うところがあるらしいので、次作以降の展開に期待です。今作は夏目の存在感がちょっと薄めなので、次作は夏目さん主体のお話や伏線が出てきて欲しいなと個人的願望。気になる恋愛要素もあるようなないような~で保留気味なので、そこら辺も次作に期待ですね。

今作ではナナちゃんとのやり取りが少なめだったのが寂しかったのでそこも。草介さんはコンテストの為に店閉めていたってことですが・・・何となく胡散臭さを感じてしまう(笑)ドラマのように何か裏があるのかないのか微妙なところですね。

 


次作
著者の加藤実秋さんはすでにシリーズ4作目の構想を練っているとのことなので、4作目もまた半年と開けずに刊行されるかもしれないですね。このままの勢いでテンポ良く突っ走って刊行されると読者は嬉しい限りです。個人的にはまた長編が読みたいですが・・・どうでしょう。次作待っています!

 

 

メゾン・ド・ポリス3 退職刑事とテロリスト (角川文庫)

メゾン・ド・ポリス3 退職刑事とテロリスト (角川文庫)

 

 


ではではまた~

 

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『こうして誰もいなくなった』有栖川有栖作品を知れる14編!

こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『こうして誰もいなくなった』をご紹介。

こうして誰もいなくなった

 

祝!30周年
こちらは今月の6日に刊行された有栖川さんの小説本。装丁がかわいくってミステリアスで絵本みたいな雰囲気。裏表紙もカバー下もかわいいです。
比較的シリーズもので有名な有栖川さんですが、

 

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今作はノンシリーズものの中短編をまとめた作品集。あとがきに「デビューほぼ三十周年の時期に〈有栖川小説の見本市〉が開けました」と、ある通り、ファンタジー、ホラー、本格ミステリと、見本市さながらに多種多様な物語が収録されている作品集です。


目次
●館の一夜
●線路の国のアリス
●名探偵Q氏のオフ
●まぶしい名前
●妖術師
●怪獣の夢
●劇的な幕切れ
●出口を探して
●未来人F
●盗まれた恋文
●本と謎の日々
●謎のアナウンス
●矢
●こうして誰もいなくなった

の、計14編収録。


収録作品数が多いですが、本の総ページ数は380ページ程で大ボリュームという訳でもないです。一番ページ数が多いのが表題作の「こうして誰もいなくなった」で、これだけでもう130ページは使っています。次に長いのが「線路の国のアリス」で50ページ程。他12編はどれもかなり短い短編で、4ページや2ページしかない掌編もあります。

それというのも、ラジオ番組の朗読用に書いたものやテーマが与えられて書いたもの、枚数の制限無く書いたものなどなど、かなり無作為に(と、いうかこれまで本にならずに溜まっていた短編をかき集めた感)収録されていますのでこの作品数に。でも、有栖川さんのノンシリーズの作品集というのはどれもこれ位の数は収録されているものが多いですね。

 

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ジュリエットの悲鳴 (角川文庫)

ジュリエットの悲鳴 (角川文庫)

 

 

本当に色々なお仕事を受けている作家さんですな。

 


かなり実験的なお話も含まれていますので、「なんだこれ?」といった内容のものもあります。疑問に思ったら巻末に収録されている有栖川さんの「あとがき」で各編の来歴が読めますので、あとがきと照らし合わせて読むのが良いかと。


「名探偵Q氏のオフ」「出口を探して」「矢」とかは、その「なんだこれ?」な短編でしたね。あとがき読むと「なるほど」と、なります。「名探偵Q氏のオフ」は終わりの“きゅう攻め”の文章がなんとも凄かったです(^o^)

 

「線路の国のアリス」は『不思議の国のアリス』のパロディで、アリスという小さい女の子が電車に乗って訳のわからない冒険をするお話。

出て来る電車ネタがマニアックすぎるのと、アリスが異様に大人びた発言をするのが読んでいて可笑しくって楽しい。
ファンタジーですが、ところどころで絶妙なギャグが入っていたり、どうしようもないようなオタク知識満載なのが有栖川さんらしい一編。

 

「未来人F」は、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズのパロディ・パスティーシュを集めたアンソロジー『みんなの少年探偵団2』

 

 

に寄稿されたもので明智小五郎や小林君、怪人二十面相も登場して、いかにも乱歩の児童書風味でお話が進むものの、終盤ではかなり“メタ”な事を言い始めるのが意外な展開でした。普通のパロディとは違った趣が隠されたお話ですね。

 

「本と謎の日々」大崎梢リクエスト!本屋さんのアンソロジー

 

本屋さんのアンソロジー (光文社文庫)

本屋さんのアンソロジー (光文社文庫)

 

 

に収録されているもので、元書店員で現在は小説家の大崎梢さんからのご指名を受けて書かれた短編。
大崎梢さんは『プリティが多すぎる』の作者さん。↓

 

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書店員さんの日常ミステリですね。どのネタも“あるある”で無理のない(?)もので、納得がいく謎解きばかりで良かったです。

 

 

掌編の中では「盗まれた恋文」が、個人的に好きです。綺麗にオチがついていて感服しました。

 

「劇的な幕切れ」はコレ、まずタイトルが良いですね。「毒」がテーマの短編で、この本の中ではミステリ色が強いお話。大元は予想がつく展開なんですが、主役の男性の感情の移り変わりが予想外でタイトルとうまい具合に繋がっています。あとがきで「この幕切れには救いがないのか、微かにあるのか、読者によって見方が分かれそうだ」とありますが、私は救いがある終わりなんじゃないかと思います。

 

 

やっぱり一番読みごたえがあるのは表題作の「こうして誰もいなくなった」で、これはタイトルからも解る通りアガサ・クリスティそして誰もいなくなった

 

そして誰もいなくなった (クリスティー文庫)
 

 

が下敷きにされたお話で舞台設定や状況は原典の『そして誰もいなくなった』とほぼ一緒。歌は出て来ませんけどね。

時代設定は現在で登場人物の職業などが一部今風だったり、スマホが出て来たりと現在の世相がふんだんに盛込まれています。
お恥ずかしいことに私は原典の『そして誰もいなくなった』をちゃんと読んだ事はないので(^^;)あまり詳しくどう違うとは言えないんですが、映像化作品などで大まかなストーリーは知っている状態(私がそう)でも別物として愉しめます。原典を確り読んだ事がある人はさらに愉しめるのではないかと。
有栖川さんは「原典は名探偵が不在なのが寂しかった」らしく、今作では本の帯にある“有栖川史上最高に劇的な名探偵”、響・フェデリコ・航という奇抜な名探偵が登場するのが愉快です。有栖川さんはやっぱり名探偵が登場する本格推理小説がお好きなんですね~(^^)

 

 

見本市

とにかく色々なお話が収録されている今作ですが、読後の感想としては、つくづく有栖川さんは本格推理小説に真摯に向き合い続けている作家さんだなぁと改めて思うような作品集でした。
ファンは勿論ですが、読みやすい短編がいくつも入っている作品集なので、空き時間などに読むのに丁度良い本を探している方などにもオススメ。今まで有栖川さんの本を読んだことがない人も、この本で有栖川作品を知るきっかけになったら良いなぁと思います。

 

 


ではではまた~

 

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『東京二十三区女』ドラマの原作小説 あらすじ・考察

こんばんは、紫栞です。
今回は長江俊和さんの東京二十三区女』をご紹介。

東京二十三区女

 

2019年4月12日にWOWOWで放送開始予定の連続ドラマの原作本ですね。


上の画像は単行本の表紙のもの。私は単行本で読んだのですが、最初気がつかなかったんですけど、この絵、よくよく見ると怖い絵ですね。肩のところの手が・・・。
文庫版も刊行されています↓

 

 

 

こちらは地図みたいな表紙でイメージがガラッと変わっていますね。


あらすじ
フリーライターの原田璃々子は、東京二十三区のルポルタージュ企画を作り雑誌社に売り込みたいと東京二十三区を巡って取材をしている。だが、それはあくまで名目であり、璃々子が東京の各地を巡っている本当の目的は別にあった。そんな璃々子の取材に、大学で民俗学の講師をしていた先輩・島野仁はダラダラと文句を言いながらも同行してくる。
「自殺の名所」「処刑場」「有名な心霊スポット」・・・璃々子と島野の二人は東京二十三区を巡る中で様々な「東京の怪異」に遭遇していく。
「私が探している場所は、ここではありません」
東京の“いわくつき”の地ばかりを巡る彼女の本当の目的は何なのか。

 

 

 

 


東京の怪異
東京二十三区女』は東京二十三区に残されている伝承をテーマにしたホラーミステリー小説。

“東京の各地にある実際の伝承をテーマに描かれる物語”という説明書きに心引かれて読みました。都市伝説好きにとっては凄くワクワクする説明書きですよね(^^)
東京の各地を舞台に、それぞれの人物が遭遇する怪異話の連作短編集。それぞれ主人公は異なりますが、各話、フリーライター璃子が登場し、同行している元民俗学の講師・島野先輩が各地を訪れる度にその土地に伝わる伝承や血塗られた歴史のウンチクを披露。それこそ先生のように読者に解説してくれます。
璃々子はいわゆる“みえる人”。霊感が強く、霊の存在も当然信じている・・・と、いうか日常なんですが、島野先輩は霊現象完全否定派。と、いうことで、二人はいつも意見が対立しています。先輩は璃々子がオカルト記事を書きたのだと思っていますが、璃々子の真意は別にあり、それは本の最後のお話「品川区の女」で明らかにされるという流れ。
ただ“怖い話”というだけではなく、謎解きや驚くべき真相、どんでん返しがあったりとミステリ好きも読んでいて愉しめる仕掛けが随所に施されています。

 

目次
東京二十三区
板橋区の女
●渋谷区の女
●港区の女
江東区の女
●品川区の女

最初の「東京二十三区」は前口上のようなもので使われているのは2ページ。これの後にお話が5編収録されています。タイトルの全部に“女”とついていますが、実は全話女が主役という訳ではないので、読者としては何故タイトルが全て“女”で統一されているのか少し疑問ですね(特に港区とか)。まぁ全話女性が関係してはいますけど・・・。
どのお話も60ページ程の長さで読みやすいです。私は地方在住なので上京したときによく行く渋谷区ぐらいにしか馴染みはないですが、都内在住で出身者の人には身近な土地の秘められた過去が知れるというのは興味深さと共に恐怖も倍増するのではないかと思います。

 

 

 

ドラマ
4月12日からWOWOWで毎週金曜深夜0時から放送予定のドラマは、全6回とのこと。
監督・脚本は原作の著者である長江俊和さん自身が担当されるとのことなので、原作の世界観はバッチリ再現されるのだと保証されているようなものですね。
私は長江俊和さんの名前は今作で初めて知ったのですが、元々放送作家さんで「放送禁止」シリーズ

 

 

パラノーマル・アクティビティ第2章TOKYO/NIGHT」

  

パラノーマル・アクティビティ第2章/TOKYO NIGHT [DVD]

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などを手がけられているのだとか。これらの番組名はホラーに疎い私も聞き覚えがあります。著書も「出版禁止」

 

 

というホラー小説が代表作で有名らしいので、やっぱりホラーを中心に活動されている方なんですね。

 

キャスト
第1話「渋谷区の女」
倉科カナ
月船さらら
佐野史郎

 

第2話「江東区の女」
安達祐実
●上村歩未
クノ真季子
長谷川朝晴
鈴木砂羽

 

第3話「豊島区の女」
桜庭ななみ
●藤原季節
小日向文世

 

第4話「港区の女」
壇蜜
大西信満
竹中直人

 

第5話「板橋区の女」
中山美穂
マフィア梶田
浅川悠
小木茂光

 

第6話「品川区の女」
●島崎遙香
白州迅
山崎真実
●藤木由貴
岡山天音


お話ごとに主人公が異なりますので各話キャストはバラバラ。全話で登場するフリーライターの原田瑠璃子役は島崎遙香さん、島野先輩の役は岡山天音さん。
「6つの街、6つの恐怖、6人の女」という番組キャッチコピーと上記のキャストから、ドラマは原作とは異なり、全て女性の主人公に変更されているようです。まぁ、その方がタイトルと合致して自然ですからね。色々な女優さんの恐怖の演技が愉しめるのでしょう。

各話の順番も原作とは違いますが、もっとも気になるのは原作にはない「豊島区の女」ですね。著者である長江さんによると、『東京二十三区女』は続編を現在執筆中だとのことなので、「豊島区の女」は続編に収録されるお話なんでしょうか?それともドラマ用完全オリジナル?気になるところですね。

 

※2019年5月に続編が出ました!詳しくはこちら↓

 

 

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以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


単行本の帯には「あなたの街の秘密を、教えてあげる」とある通り、この本では日本人なら誰もが知っている場所の、知られざる過去が次々と作中で露わになります。

板橋区の女」では自殺の名所である団地や“縁切り榎”が。
「渋谷区の女」では、渋谷は川を地中に埋没させて出来た都市だということが。
「港区の女」では六本木の名前の由来や歴史が。
江東区の女」ではゴミの埋め立て地“夢の島”が。
「品川区の女」ではかつての処刑場、鈴ヶ森刑場が。

それぞれに、現状からはとても想像出来ないような平和な地が、実は陰惨な歴史を持っていることが作中で説明され、まるでその土地の歴史が引き起こしたかのような怪談話が描かれています。

「土地に残る怨念が怪異を招く」というのは怪談にはつきもので、もはや怪談と土地は不可分だとの見方もあったりしますが、よくよく考えてみると際限なく歴史を遡るならば、どこの土地にも陰惨な事柄があるのは当たり前なのではないかとも思えます。江戸時代は勿論ですが、日本は大戦での混乱も経験していますし、戦国時代には日本のそこらじゅうで大勢が不遇の死を遂げていた。どこの地にも“いわく”があるのは当然だとわかっていても、人は怪異と土地を繋げて考えたがるし、事件が起きれば起こった場所自体を「怖い」と感じる。

「だから言ったじゃないですか。今現実に起こっている事件の背後には全て、歴史の奥に封印した呪いや怨念が潜んでいると」

これは作中での璃々子のセリフ。
「そこまで言い切っちゃいますか・・・」と、思ってしまうところではありますが(^^;)完全に否定しきれないのもまた人の性質なんでしょうかね。

また、今作が突出しているところは「東京」という大都市の繁栄には葬り去ってきた歴史があるのだというところですね。私たちは何も知らずに浮かれて過ごしているのだなぁ~と痛感させられる訳です。

 

 


板橋区の女・ラスト
今作でやたらと気になるのは板橋区の女」のラスト、薫の夫が絵馬に残したメッセージの答えです。ハッキリと答えが明かされないままに終わっているのでモヤモヤします。
メッセージは
『妻には過去のゆか 憂い怒る怖い。かなし』
で、最後にはコレが全て平仮名になっている
『つまにはかこのゆか うれいいかるこわい。かなし』
と、いう一文が書かれています。

はい。私、初見ではまったく解らなかったので(^_^;)他の方の様々な意見を調べてみましたよ。

作中で璃々子と島野先輩が「暗号なんじゃないか」「『かなし』だけが句点で区切られ、ひらがなで書かれているのには何か意図があるのでは」と言っているので、このメッセージは暗号であり、『かなし』がこの暗号を解くためのキーであると考えるのが自然(な、はず)。
で、『かなし』は有名な「狸(“タ”抜き)の暗号」と同じく、「“か”無し」つまり、文から「か」を抜かして読む(主人公の名前が薫なので「“か”折る」と考えるという意見もありましたが、文にある『かなし』から導き出す方が自然だと思う)。

 

妻には過去のゆか 憂い怒る怖い。かなし
つまにはかこのゆか うれいいかるこわい。かなし
つまにはこのゆうれいいるこわい
妻には子の幽霊居る 怖い

と、いったメッセージになる。

文章としては「妻には子の幽霊居る 怖い」とした方が解りやすいと思うのですが、「か」の濁音は扱いが難しいので外したのでは・・・・・・と、まぁ調べてみて個人的に一番しっくりきたのはこの回答なのですが・・・でもどうでしょう?解いても少し不自然さを感じる文章になるので正解かどうか何とも言い難い。
ドラマでは回答が出て来るかもしれないので注目ですね。

 

 

 

 

島野仁
今作での大ネタ、「島野先輩が実は幽霊である」というのは、この系統の(?)本に馴染みのある読者なら割と早い段階で察しがつくと思います。璃々子が取材の予定を連絡している様子もない(するはずもない)のに、先輩がいつも取材に同行しているというのは不自然ですからね。直接的に匂わせているのは「港区の女」からで、最後の「品川区の女」でハッキリと明かされる。


「幽霊なんて信じない」とずっと言い続けている先輩が「幽霊」を実証する存在自体になっているというのは何とも皮肉で、璃々子としては非常にもどかしい状態でしょう。幽霊が幽霊なんていないと言っているんですからね。何をか言わんやってなものです。

璃々子が東京のいわくつきの地を巡っている本当の理由は、先輩の成仏のため。先輩の死には先輩が生前研究していた東京の歴史・事象が関係しているのではないかと考えているのですね。

「彼が死亡した日、あのコーポで何があったのか。私は考えました。本当に病死だったのか。それとも、禁忌に触れて呪い殺されたのか。もしくは実際に、何らかの方法で誰かに殺害されたのか。私は彼の死の真相を探るために、品川区の一帯を調べていました。その男性の魂は、成仏できずに私の周囲を彷徨っています。彼を成仏させるため、呪いの根源を求めて、古い史跡や火災現場など、死亡事故があった場所を巡っていたんです」

 

 

 

 

続編
今作では璃々子のこの“調べ物”は終わっていません。先輩の幽霊も、相変わらず東京の蘊蓄をたれながら璃々子の周囲を彷徨っています。

続編は只今執筆中とのことなので、次作に期待ですね。先輩の死の真相、成仏できるか否か、次作で解決するのかどうなのか・・・。東京は二十三区ありますし、上記したように、どの土地にも“いわく”はあるもの。ネタには事欠かなそうなので、ひょっとしたら2冊で終わらずに3冊4冊とシリーズ化するかも・・・?

どうでしょうか。次までのお楽しみですね(^^)

 

 

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ではではまた~

 

 

 

『塗仏の宴 宴の支度』各話あらすじ・ネタバレ

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの『塗仏の宴 宴の支度』をご紹介。

文庫版 塗仏の宴 宴の支度 (講談社文庫)

 


大興奮の大作
『塗仏の宴 宴の支度』は【百鬼夜行シリーズ】の六作目。

 

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この六作目は二部作になっていて、上巻にあたる「宴の支度」では六つの妖怪の名前を冠した六編の話が収録されている短編集形式になっていて(一つの話が100ページ以上あるので短編ともいえないかもですが)、

 

 

下巻にあたる「宴の始末」では上巻で示されたそれぞれの謎が集約され、解明されていく構成となっています。

 

 

 

上下巻とも、いつものように千ページほどあるレンガ本で鈍器本すので、「支度」と「始末」を合わせて考えるなら『塗仏の宴』はシリーズ中では現状一番のページ数を誇る超・超大作で超・超絶ミステリここに極まれり!な作品。


当ブログでは【百鬼夜行シリーズ】を順番に紹介してきた訳ですが(期間はだいぶトビトビですけど・・・)、やっと『塗仏の宴』ですよ。とうとうね。今作は百鬼夜行シリーズ】の転換点でシリーズの第一期のクライマックスともいうべき作品。いつも以上の尋常ならざる超絶ミステリは勿論、シリーズファンにとっては驚きの展開がてんこ盛りで、読んでいて大興奮な作品です。

 

 

 


本当はまとめて紹介したかったのですが、あまりに大作でまとめきれないので(^^;)今回は「支度」と「始末」で分けて紹介したいと思います。

※「始末」についてはこちら↓

 

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各話・あらすじ
●ぬっぺっぼう
関口巽は『實錄犯罪』の妹尾の紹介で出会った光保公平の依頼で、彼が戦前に警官として駐在していた静岡県韮山山中の“消えてしまった村”「戸人村」(へびとむら)を探すことになる。「戸人村」は地図に載っておらず、記録もなく、近隣住民の記憶もない、存在そのものが抹消された村だった。戦時中の新聞記事から大量殺戮の果てに村人全員がいなくなったのではないかと噂されている「H村」が、光保の記憶している「戸人村」なのではないかと聞かされた関口は韮山に赴き、地元の警官・淵脇と、道中で出会った郷土史家の堂島静軒と共に「戸人村」があったはずの場所を訪れる。そこで、光保が語っていた通りの「佐伯家」の屋敷を発見し、足を踏み入れるが――。

 


●うわん
一柳朱美は神奈川を離れ、何かと一柳夫婦を手助けしてくれるベテランの薬売り・尾国誠一の薦めで夫と共に静岡県沼津に居を移して暮らしていた。
ある日、朱美は首吊り自殺をしようとしている現場に出くわし、救って介抱する。自殺未遂者の男は村上兵吉と名乗るが、何故自殺しようとしたのかと問い質しても「自分でもわからない」といい、幼少の頃謎の男の手引きで家出をし、十何年ぶりに郷里に戻ったものの家族も何もかもが居なくなっていたこと、「薬売り」に恐怖を抱いていることや「みちの教え修身会」の信者であることなどを朱美に話す。
すっかり落ち着いた様子だった兵吉だったが、朱美が隣人の松嶋ナツにナツの元に毎日のように勧誘にくる新興宗教「成仙道」に困っているという話を聞かされていた最中、再び自殺を図り――。

 


●ひょうすべ
韮山に赴く四ヶ月ほど前、関口は京極堂の座敷で中禅寺の同業で先輩でもある宮村香奈男と知り合う。宮村は知り合いの加藤麻美子という女性の悩みについて中禅寺に相談を持ち掛けていた。麻美子の祖父は「みちの教え修身会」に入会以降、麻美子と記憶の食い違いが生じるなど様子が変わってしまい、財産も会に注ぎ込んでいた。さらには、修身会は麻美子のこともしつこく勧誘してくるという。
麻美子は祖父を退会させたいというが、彼女も子供の事故死をきっかけに「薬売り」の尾国に紹介された華仙姑処女(かせんこおとめ)という、「必ず当たる」と評判の女占い師にのめり込み、財産をつぎ込んでいた。どうやら祖父を「みちの教え修身会」から退会させるように麻美子に強く云い寄ったのは華仙姑であるらしいのだが――。

 


●わいら
中禅寺敦子は、手を触れずに気で相手を倒す「韓流気道会」を取材し「奇譚月報」に記事を掲載するが、その記事について「韓流気道会」から抗議を受け、門下生らに付け狙われることになってしまう。
そんな只中で、敦子は今世間を賑わせている女占い師・華仙姑処女だと名乗る女性と出会う。彼女もまた「韓流気道会」に狙われていると聞き、共に逃げることに。逃亡の最中に漢方薬局「条山房」の医師・通玄と宮田に救われた後、敦子は華仙姑処女から身の上と本名を聞く。彼女は自分の本当の名前は佐伯布由で、“絶対に語れない過去”があるという。
華仙姑の予言の仕掛けと布由の過去を知るとっかかりをつかもうと、敦子は彼女を連れて「薔薇十字探偵社」を訪れるが、布由を見て榎木津は思いもよらぬ発言をする。そうして、布由は十五年前に自分が家族に“したこと”を敦子に話すが、それはおよそ信じられぬ内容だった。

 


●しょうけら
木場修太郎は「猫目堂」の女主人・竹宮潤子から三木春子を紹介され、彼女の相談にのって欲しいと頼まれる。
春子は工藤信夫という男からつきまといの被害を受けているという。毎週、工藤から春子の一週間の行動を克明に記した手紙が送られてくるというのだ。手紙の内容はすべて当たっており、執拗なまでに行動が逐一記録されていた。仮に覗いているとしてもずっと見張っていられる訳はないのに、何故ここまでの内容が書けるのか。
木場が調査を進めると、背後には「条山房」の“長寿延命講”が関係しているらしいとわかるが、そこに照魔の術で警察の調査に協力しているという少年・童子が現われる。

 


●おとろし
織作茜は織作家の遠縁だと主張する羽田製鐵取締役顧問・羽田隆三に「徐福研究会」を手伝って欲しいと誘われる。羽田にはとある疑念があった。研究会を任せていた学者・東野と、経営コンサルタント「大斗風水塾」の南雲がそれぞれ購入を希望する土地がまったく同じ場所、韮山山中なのだ。こんな辺鄙な土地を二人とも何故躍起になって欲しがっているのか。榎木津に調査を依頼しようとしたもののすっぽかされ、羽田は代わりに茜と秘書の津村信吾を韮山に行かせる。
茜はその使いのついでに、織作家の屋敷にあった「石長姫の神像」を中禅寺の紹介で知り合った妖怪研究家・多々良勝吾郎に薦められた場所・下田に奉納しようと津村と共に立ち寄るが、そこで出会った郷土史家だと名乗る男に、「石長姫の神像」の奉納先に下田は不適切だと云い、茜にある“忠告”をする――。

 

 

 

 

 

語り手たち
あらすじ書くだけで一苦労(^^;)。しかし、今作はいつも以上に複雑に事が絡み合っていて次巻を読んでいてもこんがらがってくること請け合いなので、あらすじ書くとなんか整理されて良いですね。
まず、最初に今作の全てのプロローグにあたる「ぬっぺっぼう」はシリーズお馴染みの関口君が語り手。前作ではほぼ不在だったので、「お!語り復活か」と思いきや、とんでもないことになって語り手どころじゃなくなる。関口、最大のピンチ!ですな。


敦子の語りがあるのも兄への思いや鉄鼠の檻

 

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などで少し触れられていた“悩み”も深く掘り下げられていて興味深いですし、木場が珍しく不安定になるのも読んでいてハラハラ。
それにくわえ、狂骨の夢の一柳朱美

 

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や、『格新婦の理』の織作茜

 

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が語り手で登場する。これだけでもうシリーズファンとしては大注目で必見。が、それだけじゃない!

 

 


解決しない事件
この六つの妖怪の名前を冠した六つのお話、これら全て次巻で行われる“宴”の支度です。千ページ程ある本が丸々伏線を張る為の仕込み・・・否が応でも次巻に期待が高まるというか、一体どれだけの気合いが込められているお話なんだ!って感じですよね。シリーズ史上、最大の事件の予感!で、まぁそれは当たっています。

「宴の支度」で示されるのは「みちの教え修身会」「成仙道」「華仙姑処女」「韓流気道会」「条山房」「大斗風水塾」などの妖しげな団体達と、暗躍しているらしき“薬売りの尾国”、そして郷土史家だと名乗り「世の中には不思議でないものなどないんですよ」と嘯く謎の男・堂島静軒

六つのお話とも、途中まで謎が解明されるものの肝心の部分は解らないままに終わっていて、読むと読者は宙ぶらりんな状態にさせられます。とにかく水面下で何かが動き出している不穏な気配を切々と感じるといった読後感で、「おとろし」の最後では衝撃的な展開を迎える・・・とにかく「始末」へ急げ~!ですね。

 

 

 

 

 


以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


催眠術
今作の六つのお話、結末で解る仕掛けのほとんどに“後催眠”が使われています。自分の決断で行動しているつもりが、催眠術によって行動を定められていたらしいという真相ですね。
ミステリの世界では基本的には「催眠術」は御法度になっています。「なんで?」って、まぁ、何でもありになってしまうからですけど。ミステリを読んで「被害者は何故そんな行動をとったのか?」と真剣に考えていたのに、最後に「催眠術で操っていたのです!」なんてオチだったら腹が立つというものですし、人を無意識下で自在に操れるのならトリックなど必要なくなりますよね。


しかし、この御法度をあえて描こうとするミステリ作家は結構います。サブリミナルとか、流行(?)もあったと思いますが、タブーとされてる「催眠術」をいかにミステリとして昇華させるか、タブーだからこそ挑みたい作家的反骨精神でしょうか。

この【百鬼夜行シリーズ】は、本格推理小説だのミステリだの明確に括れるシリーズでもないから「こんなの本格ミステリじゃない!」という文句もお門違いではありますけど。そもそも榎木津の能力自体が“アレ”だしね・・・(^^;)


この『塗仏の宴』は催眠術を通して“認識の揺らぎ”がド直球で描かれたお話。やり手の催眠術師がいるため、“事件の関係者の証言はどれもアテにならない”といった客観的事実が消失した状況に読者は追い込まれ、はてには「意思とはなんなのか」といった考えにまで及んでいく。

 

そもそも意思とはなんだ。何処にある。
人に、本当の意味での自由意思などあるのか。
凡てのものごとは、決めるのではなく、決められる――のではないのか。

 

このようなミステリを読む上での大前提や個人の意思まで疑うような中で、物語を収束することなど出来るのか。
読者はなんとも言いしれぬ不安を覚える訳ですが、そこはもちろん、【百鬼夜行シリーズ】ですので、下巻「宴の始末」の方でちゃんと憑物は落されます。

 

 


織作茜
今作の最後に収録されている「おとろし」は『格新婦の理』での黒幕で事件の犯人である織作茜での視点だとは上記したとおり。


『格新婦の理』での事件は茜が作ったシステムによってトータルで15人も亡くなる大事件で、茜自身が直接殺害した人も何人かいるのですが、茜の罪は明かされぬままで、警察に捕まるような事態にもなっていません。だからこそ語り手として登場する訳ですが。

 

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「おとろし」では事件のその後の茜の様子や心境の変化が描かれています。『格新婦の理』では事件の黒幕である茜の動機についてはハッキリとした形では提示されていないので、前作を読んだ人ならば、その後の茜の心情が描かれるというのは必見であります。
茜が『格新婦の理』の事件を起こしたのは
「あらゆる制度の呪縛から解き放たれ、個を貫き、己の居場所を獲得する」
ため。
全てを排除して“個”を、自分を確立させたいといったものだったのですが、事件から日が経って、茜のこの“自分探し”“居場所探し”はどうなったかというと・・・

 

――このからだが私だ。
自分探しなど糞食らえである。
精神と肉体は不可分なものなのだ。肉体的経験を積み重ねることが、即ち生きることである。非経験的なる観念を、先天的な真理と見做すことは幸福の獲得には繋がらない。肥大した観念は身体を苛めるだけなのだ。観念的な“個”と云う幻想をただ追い掛けて――。
結果、茜は襤褸襤褸になってしまった。
考えずとも幸せはここにあり、
求めずとも居場所はここにあった。
――このからだこそが私の居場所だ。
妹が逝って、母が逝って、家族が誰ひとり居なくなって、茜はそうしたことに漸く気が付いた。

 

てなことらしいです。
あれだけの事件を起こして、得られた考えは至極シンプル。反抗期から脱却して達観した人みたいな状態になっています。
「精神と肉体は不可分」というのはシリーズ二作目の魍魎の匣でも語られていたことですね↓

 

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この「おとろし」を読むと、茜はやはり聡明な女性なんだなというのが解ります。自分が死に追いやった家族の中でも葵のことを強く意識している事実や、中禅寺への複雑な感情なども明かされます。

茜は生前の妹とまともに議論したことなど、一度たりともなかった。妹だけではない。茜はだれとも言葉を闘わせずに生きてきたのだ。
ただ、ひとりの男を除いて――。

 

 

支度の完了
「おとろし」の終盤で、茜は殺害されてしまいます。そして、その犯人として関口巽が逮捕されたことが判明するところで宴の「支度」は完了する。


行われようとしているのはどの様な「宴」で、その「始末」はどうつけるのか。次作で下巻の『塗仏の宴 宴の始末』に全ては引き継がれます。
今作を読み終わったなら、そのままの勢いで次作へ急ぎましょう。シリーズ最大の興奮が待っています!

 

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ではではまた~