夜ふかし閑談

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去年の冬、きみと別れ 原作 ネタバレ・あらすじ感想

こんばんは、紫栞です。
今回は中村文則さんの去年の冬、きみと別れをご紹介。

去年の冬、きみと別れ (幻冬舎文庫)


只今公開中の映画の原作小説ですね。

 

 

あらすじ
ライターの「僕」は、本を書く為に殺人事件の被告に面会に行く。
被告の名前は木原坂雄大。35歳。アート写真専門のカメラマンで、主に母方の祖父の遺産で生活していた。二人の若い女性を焼き殺した罪で起訴され、一審で死刑判決。現在は高等裁判所への控訴前の被告であった。
“知る覚悟はあるのか”と問いかけてくる木原坂に不気味さを感じつつも、「僕」は木原坂の事を知る為に木原坂の姉、友人、人形師などに話しを聞いていく。しかし、関係者達は皆どこか異様で、調べれば調べるほどに事件の不可解さは増していった。
果たしてこの事件は本当に殺人なのか?彼は“芸術の為”に二人の女性を焼き殺したのか?それとも――。

 

 

 

純文学とミステリと
中村文則さんは近年注目を集めている作家さんですね。芸人さんなどのオススメでメディアに紹介されたりしたのが大きいと思いますが。映像化も今後ドンドンされていきそうな気配を感じます。
私は中村さんの本を読むのはコレが初です。映画のCMを観て気になり、本屋で原作本を発見。薄くてすぐ読めそうだと思い購入して読んでみました。
今まで気になりつつも中村さんの本を読んだことが無かったのは“純文学作家”のイメージが強かったのが理由に挙げられると思います。普段は大衆娯楽小説を中心に読んでいるので、純文学は少し避けてしまうところがあるんですね。たまには読むし、別に毛嫌いしている訳じゃないのですが。
映画のCMを観る限り、かなりミステリ色が強そうな内容だったので「ミステリも書かれているのなら読んでみよう」と手に取ってみた次第です。

お話の内容としては、純文学とミステリが混ざった感じですね。重きを置かれているのはミステリの方という印象が強いです。“狂気”を描こうとしている部分が純文学的・・・なのかな?あと、性描写が露骨に出て来るところも純文学っぽい(←偏見)

序盤はカポーティ『冷血』と、

 

冷血 (新潮文庫)

冷血 (新潮文庫)

 

 

芥川龍之介地獄変

 

地獄変 (集英社文庫)

地獄変 (集英社文庫)

 

 

の要素(?)が取り入れられた内容になっています。

 

 

 

 


原作と映画との設定の違い
映画は観られてないですが、公式サイトなどからわかる原作との違いを少し。

映画のキャストは以下の通り
耶雲恭介(記者)―岩田剛典
木原坂雄大(殺人事件の容疑者)―斎藤工
松田百合子(耶雲の婚約者)―山本美月
小林良樹(編集者)―北村一輝
木原坂朱里(雄大の姉)―浅見れいな
吉岡亜希子(被害者)―土村芳

 

原作には登場人物達の容姿の説明がほぼ無いので、役と合わないとかそういった文句は浮かびようが無い(少なくとも私は)


まずもって言いたいのは、殺人事件の被告の木原坂雄大と、その姉の朱里以外は上記の名前の登場人物は小説では登場しません。映画で主役とされている耶雲恭介は、原作の“ライターの「僕」”にあたるのでしょうが、如何せん原作では「僕」のままで、最後まで名前は明かされませんし、他の人達も明記されていなかったり、上の名前と下の名前が違ったりします。

 

名前だけではなく、人間関係や状況設定も原作とはだいぶ異なる点があります。


まず、原作では二件の殺人事件の被告・木原原雄大高等裁判所への控訴前で現在は拘置所にいる設定なのですが、映画だと執行猶予がついて釈放されたという設定みたいです。容疑がかかっている事件も二件ではなく一件。


耶雲の婚約者に「松田百合子」とありますが、原作にはそのような婚約者はいませんね。(雪絵という女が名前だけ出てきますが・・・)原作には「小林百合子」という女性が登場しますが、これは二番目の被害者の名前ですね。ライターの「僕」とはまったく何の関係も無い女性です。ちなみに一番目の被害者の名前は「吉本亜希子」。

 

映画だと「松田百合子」を巡って耶雲恭介と木原坂雄大がワチャワチャするみたいですが(それが中心?)、上記の通り設定が異なるので、原作ではもちろんそんな場面は無いです。

映画はかなり大胆にお話の構成が作り替えられているみたいですね。原作のトリックがトリックなので、映像化するにはこれくらい替える必要があるんだと思います。CMや公式サイトを観る限り、“観客を騙したい”という作りになっているみたいなので、映画もやっぱりサスペンス・ミステリを前面に出しているんだと思われます。

 

 


混ざった結果
この『去年の冬、きみと別れ』は200ページもない小説ですぐ読み切れちゃいますが、薄い割には読むと頭が疲れる。

それというのも、最初の段階からだいぶ思わせぶりな文章が続くので、私はかなり警戒しながら読んでしまいました。
まぁそこら辺は叙述ミステリでは一般的なことなので良いのですが、この作品の場合は各視点の文章雰囲気の書き分けが特にされていなかったり、登場人物達が意味深な変態発言をしたり、展開が急だったりで、読んでいて混乱するんですね。
再読してもこんがらがったままで、何だかモヤモヤが解消されないところも。私の読解力が乏しいせいなんでしょうけど(^^;)、叙述ミステリは“真相のわかりやすさ”が重要だと(私は)思うので・・・まぁバカでもわかるように書いてくれという愚痴です。

 

と、こんな風に感じてしまうのも私が大衆娯楽小説ばっかり読んでいる人間だからだと思いますが。

 

純文学では起承転結とか、明確なオチとか、お話を理路整然とさせる必要はないし、いわゆる“やりっ放し”もOKなんですが、ミステリで求められるのはこれら要素とは真逆で、全ての伏線が綺麗に回収されるわかりやすいオチなので。


ミステリ目当てで読んでいた人には、伏線回収の甘さや終盤の説明的すぎる独白は何だかしらけちゃうだろうし、反対に、純文学を期待していた人には登場人物達の内面描写はもっと深く書いて欲しいなど、物足りなく感じてしまうところがあると思います。

 

私は会話部分の雰囲気とか独特のザワザワ感があって何か良いなと思いました。特に『姉』とのやり取りが。「いやぁ、怖い女だなぁ」と。
木原坂雄大はミステリアスな雰囲気が終盤、真相が明かされるぐらいになると小者感が漂ってしまってチト残念に感じてしまいましたね。ライターの「僕」は色々人物背景がありそうな癖にほとんど描かれていないのはやっぱり不満。「K2」について詳しく説明しろ~!
個人的には、諸々、もっとページ数あったほうが良かったんじゃないかって意見です。

 

上手く混ざっていると感じるか、どっちつかずになってしまっていると感じるか、人によって意見が分かれるかと思いますね。

 

 

 

 

 

 

 

以下がっつりとネタバレ。未読の方は要注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


イニシャル・献辞
文庫版の『文庫解説にかえて』で作者の中村文則さんも書かれていますが、お話の最後の文

「・・・・・・全く同じ本を、片方には増悪の表れとして、そして片方には愛情の表れとして・・・・・・。M・Mへ、そしてJ・Iに捧ぐ」

これの意味がわからない。M・MとJ・Iは誰だと疑問をもつ読者が多いみたいです。

 

この『去年の冬、きみと別れ』は、お話の内容を簡単に要約すると・・・
「吉本亜希子」の元交際相手である「編集者」が、彼女を死に追いやった木原坂兄弟に復讐するべく、偽物を用意して「小林百合子」として「朱里」を殺害、「雄大」にその罪をなすりつける――と、いう計画と実行の記録を“「編集者」がつくる本が好きだった”と言っていた「吉本亜希子」に捧げるべく、そして死刑になる「雄大」に真相を知らせて復讐を完結させるため、ライターの「僕」を利用して『小説』をつくった。


つまり、読者が読まされていたこの本『去年の冬、きみと別れ』が「編集者」がつくったその本でしたというのがお話のオチなのです。
なので、本の最初にあった献辞


M・Mへ
そしてJ・Iに捧ぐ


の、M・Mは木原坂雄大、J・Iは吉本亜希子のことを示しています。


「オイオイ、それじゃあイニシャルと合わないじゃないか」と疑問に思うでしょうが、作中で「編集者」は

「・・・・・・だから、物語の最初のページには、彼らの名前を書くことになる。外国の小説のように。・・・・・・でも日本人には気恥ずかしいから、アルファベットにしよう。これは『小説』だから本文では仮名を用いたけど、そこには彼らの本名を。・・・・・・まずはあの死刑になるカメラマンへ、そして大切なきみに」

と、言っています。


「木原坂雄大」「吉本亜希子」は『小説』で用いている仮名で、「M・M」「J・I」は彼らの本名のイニシャル
なので、『小説』内の名前と献辞のイニシャルが合わないのは当然で、「M・M」「J・I」のイニシャルをもつ人物を探しても『小説』内にはいるはずがありません。

 

『文庫版解説にかえて』では、“献辞までこういうやり方で仕掛けに使ったものはこれまでになかったので読んだ人が混乱したのでは”と書かれています。しかし、混乱の原因はそれだけじゃなく、読者的には
“イニシャルを出されるとイニシャルに該当する人物を探したくなってしまう”
“最後にこれ見よがしに書くのだから、作中にイニシャルに該当する人物への伏線があったに違いない”
と、いう心理が働いてしまうのでは・・・と、個人的には思います。

 

まぁ単純に、本名が明かされないままでモヤモヤするってのもあると思いますが(^_^;)

 

 

 


このように、この本のストーリーやトリックは小説ならではのものなので、映画ではどのように映像化しているのか大変気になりますね。個人的には色々こねくり回すにしても『去年の冬、きみと別れ』のタイトルの意味は原作通りであって欲しいなぁ~と。このタイトル、なんか綺麗で良いですよね。

 

映画観に行けたらまた記事書こうと思います(行けるかどうかまだわからない・・・^^;)

 ※映画、観てきました~。記事はこちら↓

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

ではではまた~

 

去年の冬、きみと別れ (幻冬舎文庫)

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