夜ふかし閑談

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『ヒトでなし 金剛界の章』続編や『ヒトごろし』との繋がりなど 京極夏彦新シリーズ!

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの『ヒトでなし 金剛界の章』をご紹介。

ヒトでなし 金剛界の章

 

あらすじ・概要
俺は、ヒトでなしなんだそうだ。
娘を亡くしたことをきっかけに職を失い、妻に捨てられた。帰る家もない。金もない。何もかも、本当に何もかも一度に失ってしまった。俺は何も持っていない。捨てるものは何もない。だから未練も執着もない。あるのは命だけで、これが中中なくならないから仕方なく生きている。


「俺はヒトでなしだからな」

 

そう呟く男のもとに、破綻者たちが吸い寄せられる。
金、暴力、死、罪。彼らが求めているものはいったい何なのか?

人を救えるのは、人でないものだけだ――

 

 

 


分類不要・予測不能のエンターテインメント小説
こちらの本、単行本の帯に
◎この書は、ヒトでなしの、ヒトでなしによる、ヒトでなしのための、犯罪小説であり宗教小説であり諧謔小説であり、そしてなにより。前代未聞のエンターテインメント小説である。
と、まぁこのように書いてある。
この、得体の知れない感じ。気になるでしょう?(笑)

当ブログでは、小説の紹介記事は必ずある程度のあらすじを書くようにしているのですが、今回はあえてぼかしまくり。それというのも、この小説は是非、前知識はなしの真っさらな状態で読んで欲しいからです。お話の大まかな筋を知ってしまうと、楽しさが減ってしまうと思います。非常に勿体ない。

 

この『ヒトでなし』は、京極さんの作品の中でもかなりジャンル分けが難しい小説ですね。ミステリじゃないし、ファンタジーじゃないし、ホラーや歴史ものでもない。読み進めていく中でも展開の予測はほぼ不可能です。十一話収録されていますが、一話毎のパターンなども皆無。しかし、読み終わってみると計算し尽くされた“かくあるべき”な展開をしている小説なのだとわかる。さすが京極夏彦。感服の至りですね。

 


新シリーズ開幕
この『ヒトでなし』はシリーズものです。まだ一冊しか刊行されてないですけど。「金剛界の章」とついていますからね。別の章があるんだろうと予想出来る訳です。


金剛界”ってなんぞ?
と、思う人も少なからずいるでしょうが。
金剛界とは仏教用語で、密教における二つの世界の一つ。仏の強固な智慧の世界を示すもので、真言宗では“男性”を表す。これを図示したものが「金剛界曼荼羅」。一般的には曼荼羅で有名というか、聞き覚えがある人が多いと思います。
そして、「金剛界」とは対をなすものが胎蔵界で、二つの世界のうちのもう一つ。こちらは仏の理性の面をいい、仏の菩提心がすべてを包み育成するさまを母胎にたとえたもので、真言宗では“女性”を表す。これを図示したものが「胎蔵界曼荼羅」。よく蓮華が描かれているアレですね。
また、「金剛界」では真理を“精神”として捉え、「胎蔵界」では“現象”として捉えている・・・等々、ウンタラカンタラ・・・・・・
調べ出すと頭が痛くなってきますが(^^;)


まぁ出家している訳でも、研究している訳でもない人間には完全に理解することはかなり難しい。今、調べて書いている私も解らないですから(笑)
これら密教真言宗の説明は狂骨の夢でも出てきます。京極堂が説明してくれますよ↓

 

狂骨の夢(1)【電子百鬼夜行】

狂骨の夢(1)【電子百鬼夜行】

 

 


続編
とにかく、はっきりと言える事は『金剛界の章』があるなら、当然『胎蔵界の章』も書かれるのだろうという事です。なので、シリーズ次作は『ヒトでなし 胎蔵界の章』と、いうタイトルでしょう。作者の京極さんもインタビューで「胎蔵界あります」と仰ってましたし。
インタビューによると、この小説は当初の予定では尾田(今作の主人公)の視点と、尾田の奥さんの視点とで交互に描くつもりだったものを切り離してこのような形になったとのこと。
なので、次作『ヒトでなし 胎蔵界の章』(仮)では尾田の奥さんが主役のお話になるのかなぁ~と思われるのですが・・・しかし、今作の終わりからどのように奥さん視点の話に繋げていくのかはさっぱり予想がつかないです。今作では奥さんは尾田の回想部分で触れられているだけで、お話には直接登場していないのですが・・・。まぁ奥さん視点じゃないにしても、「胎蔵界」なら“女性”視点にはなると思われるのですけども・・・・・・う~ん。気になりますねぇ。
続編、待ち遠しいですっ(>_<)

 


『ヒトごろし』との繋がり
今年、『ヒトごろし』という本が刊行されました。

 

ヒトごろし

ヒトごろし

 

 

同じ新潮社からの刊行だし、タイトルからして『ヒトでなし 金剛界の章』の続編なのかと思ってしまいますが、こちらは新選組土方歳三が主役の歴史小説
『ヒトでなし』は現代が舞台だし、登場人物達もすべて架空のフィクションなので、概要をきくと全然接点のないものだと感じますよね。私も連載当初、概要をきいたときは「えぇ?どういうこと?何故このタイミングで歴史もの?」と困惑たものでした。
『ヒトごろし』は、『ヒトでなし 金剛界の章』の“続編”ではないです。
じゃあまったくの別物かというとそうではなく、『ヒトごろし』は【ヒトでなしシリーズ】の一編、前段といった位置づけになります。
具体的な繋がりとしては、『ヒトでなし 金剛界の章』のお話の後半に出て来る宗派のお坊さんが登場する点ですね。
そして読んでみると、お話の全体に『ヒトでなし』で語られ、描かれた思想が漂っていることがわかる。なるほど、【ヒトでなしシリーズ】の一編なのだと納得。
『ヒトでなし 金剛界の章』を読んでいた方がより楽しめると仕掛けではありますが、作品自体は独立したものなので、単体で読んでも何ら問題なく楽しめます。

この『ヒトごろし』なんですけどね、とにかく素晴らしいのですよ・・・!くわしくはこちら↓

 

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「ヒトでなし」のこと

「人を救えるのは人でないものだけだ」

「仏様だって神様だって人じゃねえだろうが。人でなしだよ。大体な。人の言葉なんかじゃ人は救われた気にならねえよ」

「(略)人が人を救うなんて、とんだ傲りだ。救ってくれるのは人じゃあない。だから神だの仏だのが要るのじゃないか。仏に救われようと思ったら仏の道をてめえで歩くしかねえのさ」

いずれも作中に出て来るセリフです。


この『ヒトでなし 金剛界の章』は、内容を一言で説明するなら“人でなし”が人を救っていくお話。
しかし、主人公の「ヒトでなし」である尾田は、別に人を救おうなんてこれっぽちも考えちゃいない。どうでもいいと思っていて、そのように周りの人達にも接しているつもりなのに、尾田の意図しないところで皆勝手に救われていくという、尾田としては不本意でどちらかといえば迷惑な形で事が進んでいくのです。

 

人というのは、思い込みで成り立っている。“思い込めるかどうか”で大いに左右されるもので、それだけで天と地程の開きが相手との間で生じてしまう。

尾田の妻は、子供を亡くして本気で哀しむんですよ。哀しいと思い込んで、哀しげな態度を取って、周囲に、配偶者の尾田に対してヒステリックに振り撒いていた。自分の無茶苦茶な思いや行為をそのまま尾田に受け止めて欲しい。いや、もっと単純に、自分と一緒に身も世もなく哀しんでくれるのを望んでいたんでしょうが、尾田はそんな妻と接する中で“気が付いて”しまう。

 

――俺だって。
思い込もうと努力はしたさ。
でも、自分で自分を騙すことができなかっただけだ。本当は痛くも痒くもないんだと、俺は気が付いてしまった。知ってしまえば騙すのは難しい。

 

「人でなし」になった尾田と、「人」とは、別にそこまでの差異はありません。
尾田だって、亡くなった娘のことは可愛いとも大好きとも思っていたし、死んでしまって悲しくて辛くて哀しくて苦しかったけれども、それで死ぬようなことはない。どれだけ可哀想だと思っても、腹は空けば飯を食う、疲れれば寝る、他のことだって考えるんだ、平気で生きているんだと気が付いてしまった。
尾田はただ気が付き、受け入れて自覚しただけ。

 

あるものをあるがままに受け入れる、それだけである。

 

しかし、「人」は中々そんな境地に達せるものではない。それが出来ないからこそ「人」で、出来るとしたら、それはもう「人」でないものなんだ――と。
そして終盤、尾田は自身に訪れた最悪の不幸をも


風のようなものだ
風に、何故吹いたと訪ねても無駄だ


と、言い捨てる。


その姿を見て、混乱していた場が収まる。皆、尾田に人を超越した何か、まるで仏の姿をみたような気分になるのです。

こんな具合に、全てをなくした不遇の男の話から、いつの間にやら仏教の悟りじみた話になる。
そうです、『ヒトでなし』というタイトルからはあまり想像出来ませんが、この小説は帯の文句にもあるように、主に仏教がテーマの宗教小説なのですね。

 

 


“京極的”エンタメ
宗教小説などというと取っつきにくくって辛気くさいイメージを持つかも知れませんが、読んでみると全然そんなことは無く、いつもの京極作品で描かれる「通俗娯楽小説」としての面白さがこの小説でも通常運転(?)しています。

「ヒトでなし」の尾田ですけどね、作中での発言内容はこれ、もう暴言ですよ。かなり酷い事言っているんですけど、これが何だか「筋が通っている」「もっともだな」とか思ってしまって反論出来ない。ぐうの音も出ませんわといった心境になる(^^;)
口調も荒いし、過激で非道な事言っているんですけど、この暴言がまるでお坊さんの説法のように思えてくるんですね。

口先で相手をねじ伏せ、黙らせ、感服させる。
ここら辺の独特の、ある意味スカッとした爽快感は百鬼夜行シリーズ】

 

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京極堂こと中禅寺秋彦『死ねばいいのに』

 

文庫版 死ねばいいのに (講談社文庫)

文庫版 死ねばいいのに (講談社文庫)

 

 

のケンヤなどの主人公にも共通している点ですね。

 

『ヒトでなし 金剛界の章』は“新鮮さ”“らしさ”を一緒に味わえる、京極夏彦ファン必見の、必ず読むべき作品だと思います。もちろん、今まで京極作品を読んだことが無いって人にもオススメ。


予測不能のエンターテインメント小説。是非読んでお確かめ下さい(^^)

 

ヒトでなし 金剛界の章

ヒトでなし 金剛界の章

 

 

ではではまた~

 

ヒトごろし

ヒトごろし

 

 

 

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