夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『ヒトごろし』京極夏彦が描く 新選組・土方歳三の血塗られた生涯!

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの『ヒトごろし』をご紹介。

ヒトごろし


今年に入ってからの新刊。京極さんは作品が長大なので有名ですが、単行本で1000ページ越えの新作は久し振り。『嘘実妖怪百物語』とか、3冊に分けての分冊でしたしね。長すぎたからなんですけど(^^;)

 

ハードカバーで1000ページ越えは迫力ありますね。その姿は完全に辞書。立ち読みや持ち歩きには当然適さないので、自宅で机に本を置いた状態で集中して読むのがオススメ・・・と、いうか必然的にそうするしかない(^^;)横になりながら読んだりするのも色々と危険ですので注意。
ファン以外には売る気ないだろってな装丁。この攻めの姿勢、良いと思います(笑)

 

※本を置いた状態なら、ページはめくりやすくって戻ったりもしないし、読みやすいですよ~。

 

 

 

 

※2020年に文庫版出ました。文庫だと全2巻です。

 

 

そして、只今「三社横断 京極夏彦新刊祭」開催中。この新潮社の『ヒトごろし』と、講談社鉄鼠の檻 愛蔵版』と、角川の『虚談』の各単行本の帯についているパスワードを全て集めると2018年11月30日までの期間限定サイトで【百鬼夜行シリーズ】の書き下ろし新作短編が読めます。しかもその短編作品の内容は『ヒトごろし』『虚談』の二作品ともリンクする内容。京極ファンは黙ってやり過ごせない祭りですねっ!

 

※このキャンペーンの短編は後に文庫化されました。詳しくはこちら↓

 

www.yofukasikanndann.pink

 

私はいまだに『鉄鼠の檻 愛蔵版』の実物を肉眼で拝めてないのですが(田舎なので本屋に置いてない)、こちらもハードカバーで1000ページ越え仕様なので、『ヒトごろし』と同じくド迫力なハズ。

 

 


あらすじ・概要
青い空に、真っ赤な血柱が上がった。
それは女の肩から噴き上がっていた。
こんな綺麗なものは見たことがない。

擦り剥けば血は滲む。
切れば、血は垂れる。
傷が深ければ流れる。
でも。
こんなに高く噴き上がる程、人の身体の中には血が流れているものなのだろうか。
飛沫が光って見えた。
淵に落ちる瀧の飛沫よりずっと綺麗だった。
そして。
そのきらめきの中、もっとずっと強く光る物を歳三は見た。

土方歳三は幼少の頃、姉に手を引かれて道を歩いている最中に武家の女が侍に斬り殺される場面に遭遇する。その時に目にした光景が頭から離れず、歳三は「人殺し」に囚われてく。
どうしたら人を殺せる身分になれるのか――。

肚に溜まった黒い想いに駆られ、人でなしの人殺しとして生きる歳三の行着く先とは。
激動の幕末で暗躍し、血に塗れた男の一生。
殺す。
殺す殺す。
殺してやる――。

 

 

 

 

 

 

新選組
この『ヒトごろし』は、新選組の副長・土方歳三が主役の歴史小説お話は終始、土方歳三視点で語られています。
新選組結成から芹沢鴨の粛清、池田屋事件山南敬助の脱走、油小路事件、新選組の解散から戊辰戦争・・・
などの、新選組内での有名(?)事件が描かれ、登場人物も
土方歳三以外に局長の近藤勇沖田総司斎藤一永倉新八藤堂平助、原田佐之助、伊東甲子太郎佐々木只三郎、山崎丞・・・
などなど。新選組ものではお馴染みの面々がしっかりと登場。
読めば新選組の歴史を一通り知ることが出来ます。

※ちなみに、この小説では山南敬助の「山南」は“さんなん”と読ませています。調べたところ、“やまなみ”とどちらの読みが正しいのか確かなことは不明なのだとか。一般的には“やまなみ”の読みの方がドラマや漫画では使われているので、人によっては違和感あるかもしれません。

 

幕末、特に“新選組もの”は絶大な人気のある題材で、度々ドラマ・漫画・小説などの各媒体で取り上げられていますよね。
私自身、新選組のことはドラマや漫画からの、トビトビで、ボンヤリとした知識はある程度ですがありました(ドラマや漫画も一から十までちゃんと観たことはないんですけどね^^;)、コレを読んで今は(一時的に)詳しくなっています。普段は歴史小説って全然読まないのですが、小説でストーリーを追いながらだと、教科書を読むより頭に入りやすくって良いですね。歴史の授業が苦手な学生は勉強法に取り入れると良いかも(私は学生じゃないのでアレですが・・・)。

京極さんは今まで、小説内に脇役で歴史上の人物を登場させることはありましたが

※『書楼弔堂』とか。『書楼弔堂』には勝海舟が登場しますが、この『ヒトごろし』にも出て来ます。京極さんの小説は世界観がすべて繋がっているので、同一の(?)勝海舟だと思って差し支えないかと↓

 

 

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主役にして真っ向から歴史小説を書くのはこれが初。
戦闘能力が高くて行動力ある人物が主役なのも珍しいので(京極作品は口先でなんとかする主役ばっかですからね・・・^^;)かなり新鮮です。


ファンとしては「京極さんが歴史小説!しかも新選組なんて大人気コンテンツを書くだとぅ!?」と、一報を聞いたときには驚いた訳ですが。やはりそこは京極夏彦、通常の歴史小説で描かれる新選組の“ソレ”とはだいぶ趣が異なります。

 

 


人殺し集団
この『ヒトごろし』ですが、どんな小説か一言で説明するなら、
新選組の副長・土方歳三が、人殺し好きの、人が殺したい人でなしの人外(にんがい。今でいうサイコパスになるんですかね)だったとしたら。の、仮定で土方歳三の生涯、新選組の歴史を再構成した小説。

なので、新選組ものではおきまりの忠や義を熱く描く描写はありません。忠や義も愚か者の戯れ言だという風に描かれています。もう新選組ファンに喧嘩売ってるような内容で、登場人物達も通常の新選組もので描かれている姿とはまるで違います。特に沖田総司なんて、美少年設定は皆無の「溝鼠」で、殺し大好き人間として、それはそれは腹立つように描かれています(^^;)。


天下国家も、出世や金や名誉もどうでもいい。忠も義もない主人公の歳三が“人殺しのため”に新選組を作り、暗躍する姿を描いておりまして。
鬼畜の人外いっても、歳三は考え無しに滅多矢鱈に殺してまわる無法者ではなく、小説内の言葉を用いるなら「几帳面な人殺し」
“人殺し”をするために法の網を潜るのではなく、法を利用して、合法的に、誰にも咎められることなく人殺しをする。
ここら辺の算段の過程は読んでいると何だかミステリちっくでもあります。

 

元々、新選組は浪士組で血気盛んな不良が多く集まっていた集団。既存の作品ではその時代独自の思想、忠や義で覆われていて「そんなものだったのかな」と思ってしまいがちですが、内部抗争や粛正を繰り返して敵よりも味方を多く殺している集団なんて、いつの時代であってもまともな集団であるはずがない。普通に考えるなら。なにが「誠」だよ、ですよね。
この小説では「そういう時代だったから」の思想を省き、忠義や正義、武士道などの大義名分で平気で人を殺したり、自ら命を落す行為を批判的に描いています。なので新選組の活躍自体も、単に“殺人行為”として美化も誇張もなく示されています。

 

 

 

 


良すぎる
このような内容の小説なので、新選組ものとはいえ泣くようなことはないなと思っていたのですが、が、・・・・・・私、最終的にボロ泣きしてしまいました(T_T)


しかし、おかしな話ですが泣いている私自身、何故泣いているのかよくわからないんですよね。とにかく読んでいたら目から水が出てきたみたいな(笑)はたしてどういう感情から泣いているのか・・・。とりあえず、まぁ凄かった。
いつもは新刊読み終わったらすぐにこのブログに記事書くようにしているのですが、思い出すと泣けてくるし、記事を書くにも打ちのめされて考えをまとめる事も出来ないしで、落ち着くまで書けませんでした(^_^;)

 

終盤以外にも本全体が時間を忘れさせる面白さです。もうですね、時計見る度に「え?ワープした?」と何度バカみたいに真剣に思ったことか。
1000ページ越えの作品ですが、短く感じます。私は時間的都合で読み切るのに三日かかりました(ホントは一日で読み切りたかったんですけど・・・)。全10章ですが、私個人は1章に2時間ほど毎回かかっていましたね。体感的には1時間なんですけども。私は読むのがだいぶ遅い人間なので、普通の人なら20時間かからずに読破出来ると思います。(と、目安になるかどうかわかりませんが記しておく笑)
極上の読書体験でした。ともかく、メチャクチャ面白くって素晴らしいので本の厚にビビって躊躇せずに、手にとって読んで欲しいですっ!

 

 

 

 

 


『ヒトでなし』との繋がり
こちらの記事でも書きましたが↓

 

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この『ヒトごろし』は【ヒトでなしシリーズ】の一編、前段という位置づけ。


『ヒトでなし 金剛界の章』に出て来る名なしの宗派のお坊さん・荻野了湛(おぎのりょうたん)が登場。諸国を巡って人でなしを捜す修行をしているとかで、人でなしの人殺しである歳三に接触してきます。


「(略)人は人を救えねえのさ。人を救えるなあ、人でねえものだからよ」


と、『ヒトでなし 金剛界の章』と共通のセリフが出て来ます。「ヒトでなし」という単語も作中で何度も繰り返されていますね。
『ヒトでなし 金剛界の章』では「仏の道は人の道にあらず」と語られていますが、本作では

「誠の道はの、天の道じゃ。そら、人の道じゃねえのだよ。人が歩くには難儀な道だ。苛烈な道だ。そこには情けも容赦もねえのだ。誠の道を歩くのは、人には無理なことなのだ。その道を歩くのは人ではなくて」
ヒトでなしだよ

と、新選組の「誠」の旗を見ながら言う場面があります。ここら辺の部分はなるほど【ヒトでなしシリーズ】の前段なんだって感じますね。

単体でも面白く読めますけど、やっぱりあわせて読むとより楽しめますよ~

 

 

 

 


創作部分
この荻野了湛と、歳三に和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)という刀をくれる女・(りょう)の二人は完全な京極さんの創作キャラクターですね。


この和泉守兼定は実際に土方歳三が使っていたという愛刀ですが、誰からどのような経緯で手に入れたのかは不明とのこと。小説ではこの不明部分に創作が施されて独自の味付けがされているのですね~。素敵だ~。ちなみに、この小説内でまともに登場人物の一人として挙げられる女性はこの涼のみです。


了湛と涼の二人は作中の所々で登場します。出番はそこまで多くないのですが、終盤はこの二人が大いに関係してきますね。
歴史的事実を解釈違いで書いている箇所の面白さはもちろんですが、やはりこの作者のオリジナル部分が凄く良いです。人によっては新選組ものに女性が強く関わってくるのは好きじゃないって方もいるでしょうけど、私はこの涼が絡んでくる部分が大好きです。了湛もいいキャラしてて好きですね~(^^)

 

 

 


「ヒトごろし」のこと
この『ヒトごろし』は、新選組の結成から解散までの歴史が中心の小説ですが、描こうとしているのは新選組ではなくって、あくまで「人殺し」のこと。
なので終盤、威信戦争に入ってからの新選組隊士たちの死などはさほど詳しく書かれていません。さらりと歳三の語りで済まされてしまっています。
隊士たちはいずれも個性豊かに印象深く描かれていたので(私は佐之助が好きでした)、死に様がサッサと語られて終わりというのは何だか寂しくて残念に感じてしまいますが、まぁ新選組がメインのお話ではないのでしょうがない。タイトルだって『ヒトごろし』ってだけで、新選組を匂わせるサブタイもなにもついてないですからね。
山崎の死に際は少しクローズアップされていますが、それだって山崎がヒトでなしのヒトごろしだから。

 

主人公の歳三以外にも、人でなしで人殺しの「人外」が多く登場します。

人を殺すのが愉しくってしょうがない沖田総司や、人を陥れるのが好きな山崎丞、金の為なら何でもする吉村貫一郎などなど。吉村貫一郎浅田次郎の『壬生義士伝』で有名ですよね↓

 

 

 

読んでいると新選組“人斬りが出来る仕事”だと思ってこういう輩が集まるのは必然かもなぁと読者に思わせるあたりが巧みなところ。「人外」ではないですが、この小説で描かれている藤堂みたいな、何かにつけてうるさく宣う目障りで役立たずの若造も「いそ~。いたんじゃない?」と、勝手にリアリティを感じてしまいますね。

 

沖田は歳三との対比で度々出て来ます。二人とも“人殺しがしたい”「人外」なんですけど、主役の歳三は確かに凶悪な男で恐ろしさは感じるんですけども、あまり「腹立つ」とか「ゆるせん」とか読んでいても思わないんですよね。むしろ魅力的に感じさせるとこもある。沖田に対してはすんごいムカムカするんですけども(笑)


これはおそらく、同じ“人殺し”でも、歳三は愉しんでいないんだけど、沖田は愉しんでいるからって違いかと・・・。
『塗仏の宴』思い出しますねぇ。

 

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以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争とヒトでなしと


歳三は人殺しだ。人を殺めるのを好み、人を害することが止められない人外だ。だが、これまで人殺しでいるために歳三が払ってきた代償は限りなく大きいのだ。
歳三は人殺しでいるために、何もかもをかなぐり捨て、持てる限りの知と能とを駆使し、命懸けで臨んで来た。人殺しは決して許され得ない大罪であるということを、十二分に知っているからである。
それが――どうだ。
次次と、簡単に死ぬ。四半刻で十五人が死ぬ。塵芥のように死ぬ。
命がそんなに軽いものなら、歳三の苦悩や苦労は何のためにある。

 

上記はお話の後半、戊辰戦争真っ只中での歳三の心中のぼやきです。
歳三は人殺し好きの「人外」ですが、戦争が大っ嫌い。戦争だと人は兵隊・ただの道具に成り下がり、命はゴミのように軽んじられる。あまつさえ自ら喜んで死ぬような輩まであらわれる。「人」ではなくなってしまう。
思い込みや過剰な理、情を持たないヒトでなしの歳三だからこそ、大義名分などのために簡単に人が死んでいくような状況はおかしいと、誰よりも解る訳です。
戦争の中では
“人外の歳三の方がずっとまともに思える”
のですね。

“理屈を付ける必要はない。理屈を優先するなら、人など殺さずとも良いことになる。殺し合いなどせずとも世の中は変えられる。”

 

“どうであれ、人を殺さぬ道を選ぶべきだったのだろう。”

 

“人の死は、遍く無駄死にだ。”

 

この小説では強い戦争批判と。そして何より、いつの世の、どんな状況下であろうとも「人殺しはしてはいけない」「思い込みで命を捨てるのは莫迦な行為だ」ということを訴えているのですね。

 

 


ラスト
最後、戦場に涼が来ていると了湛に知らされた歳三は、涼との約束「その気になったら斬り殺してやる」を果たすべく、馬に乗って駆けていきます。

涼が向かっていたのは激戦地。あんな処に行けば流れ弾に中たるか大砲で吹き飛ばされるかして死んでしまうが、それはよろしくないなと“その気”になって、女一人を殺すために銃弾が飛び交う中、危険を顧みずに激走します。
涼は歳三と同じものを見て、同じことを感じ、そして歳三に人を斬る刀をくれた特別な女。歳三は自分の大っ嫌いで穢らしい“戦争”に、どうしても涼を“とられたく”なかったのですね(-_-)

 

馬に乗って駆け、人をバッサバッサ殺しながら、歳三はこれまでの「ヒトごろし」を追想していき、その追想は最終的に歳三の「ヒトごろし」の始点、幼少期に姉に抱かれながら袖の隙間から見た場面へと終着します。

この終盤の“その気”になって駆け出してからラストまでの部分はもう、圧巻です。凄いっ(>_<)そして、ホントのラスト。なんって完成されたお話なんだ・・・!との感服もあり・・・。あああ~とにかく、いろいろと脱帽です。

「私は、やっぱり、京極作品が、好きだぁ~!」

と改めて再確認出来た小説でした(笑)

 

 


厚くても読んでよ
新選組を題材にした小説・ドラマ・漫画などに思い入れが強い方は、読むと戸惑いを感じるかも知れませんが、これは「人殺し小説」なんだと割り切って楽しんで欲しいです。新選組に詳しい人の方がより楽しめる部分はいっぱいあると思うので。
京極ファンはもちろんのこと、歴史小説が苦手な人にもオススメ。いろんな人に読んで欲しい作品です。

 

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

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