夜ふかし閑談

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『カナダ金貨の謎』感想 有栖川版国名シリーズ第10弾!

こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『カナダ金貨の謎』をご紹介。

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)

 

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のなかの講談社で刊行している“有栖川版国名シリーズ”第10弾です。

 

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2019年9月発売。9、が・・つ・・・。このシリーズの大ファンである私ですが、刊行されているのに気が付いたのが11月でした・・・。3ヶ月も気が付かないとは・・・悔しいです、かなり。3ヶ月も知らずに過して、ホント、一体何にうつつを抜かしていたんだ私は。
前作の『インド倶楽部の謎』

 

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が13年ぶりの国名シリーズだったとあって、次が出るまではまだ間があるだろうと油断していたというかなんというか。

 

今作の『カナダ金貨の謎』は中短編集。

目次
●船長が死んだ夜
●エア・キャット
●カナダ金貨の謎
●あるトリックの蹉跌
●トロッコの行方

の5編収録。

【作家アリスシリーズ】は近年長編の刊行が続いていたので短編集は久し振りですね。

 

「船長が死んだ夜」『7人の名探偵 新本格30周年アンソロジー

 

 

という豪華な作家たちの書き下ろしが詰まったスペシャルなアンソロジーのために書かれた中編。新本格30周年を記念してのものだからか、内容は超王道の推理小説。三人の容疑者全員に何らかの恐怖症があるのがなんとも本格推理って気がする。謎の提示は“何故ポスターは剥がされたのか”ですね。毎度お馴染み、アリスのトンデモ仮説がいつも以上にキレていて(?)可笑しい。シリーズの醍醐味ですね。奇をてらうことのない王道の謎解きが愉しめます。

出だしが面白いです。アリスのところに電話がかかってきて、火村先生の「魔が差したんだ。やっちまった」という穏やかでない告白から始まるのですが、何かと思ったら免停をくらってしまったので車を出してくれという頼みだったという次第。

恐縮しきりの火村先生に対し、アリスの方は観光気分で友人との旅行を楽しんでいる。火村の訪問予定が空いて内心喜んでいるし。「山田風太郎記念館に行きたい」だの言う。読んでいるといつも思うことですが、独身社会人男性の二人旅行って楽しそうで良いなぁ。こんな風に気楽に遠出したいものです。ま、この二人が特殊なだけで、世の社会人男性はこんなに自由に行動できるもんじゃないですけどね・・・。


宿の近くで事件が発生。山田風太郎記念館に行く前に現場に寄ってみようという野次馬精神で赴いたら捜査に当たっていたのが樺田班だったので、そのまま捜査協力することに。樺田班と言えばツンデレ野上さんですが(私的に)、今作では火村・アリスと共に三人で大蒜チップスをつまみながら捜査の話をしたりなど微笑ましい場面が。


ページの都合上、有益な情報をもたらしてくれる証人に歩いているだけでとんとん拍子に出会っていく。火村は高齢女性への接し方が最もマイルドで〈お婆さんキラー〉だとアリスが地の文で語っていますが、火村先生の“キラーっぷり”は全年齢女性対応な気がする。アリスは教え子の学生に素っ気なさすぎると感じているようですが、教え子相手ならあれぐらいが普通だよなぁと。現に学生達もまったく不快に思っていないどころかキャーキャー言っているし。「ファンは大事にしろよ」みたいな感覚なんですかね、アリス的に。
終盤のアリスの“やらかし”に関しては『英国庭園の謎』を思い出しますね。

 

英国庭園の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

英国庭園の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

 

 

 

 

たいした助手ですよね、本当に(^_^;)。
コミカルなだけでない、苦い気分になる終わり方など、色々とシリーズの定番の魅力が詰まった中編ですね。

 

 

 


「エア・キャット」は著者曰く“コント風の短編”。猫にまつわる小説という依頼を受けて、「猫を絡めて書くなら火村か」ということで書かれたもの。短編でよくあるパターンですが、アリスと先輩作家の朝井小夜子さんが飲み屋で火村を話題にして話しているというシチュエーション。
ちょっとしたミステリ仕立てになっていて、悔しいことに解けなかった(^^;)。解ってみると何てこと無い真相なのですが。
結果的に火村の猫馬鹿っぷりが朝井先生に暴露される結果に。ペルシャ猫の謎』に収録されている「猫と雨と助教授と」風味のお話ですね。

 

ペルシャ猫の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

ペルシャ猫の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

 

 

ニヤニヤしちゃうお話。

 

 

 

 

 

 

 


「カナダ金貨の謎」は表題作の中編。表題作では珍しく、語りの半分部分が犯人視点の倒叙モノになっています。もう半分はアリスの語り。

【作家アリスシリーズ】はアリスの視点での語りが大半を占めているシリーズなので、倒叙ものだと普段二人がどの様に見られているのかが分かる。火村先生は総じて初対面の男性にウケが悪い。まぁ、殺人犯としては「フィールドワークで捜査協力しています」なんでいう男が目の前に現われたら当然いい気はしないものだとは思いますが。いつもは人畜無害っぽくみられるアリスですが、この犯人には「コイツも油断できないぞ」と警戒されています。鋭いな、犯人。京都での事件ということで、登場するのは柳井班。


犯人は被害者を殺害後、「さぁ、これから偽装工作をするぞ!」というタイミングで予定外の事態が発生して偽装工作の計画が頓挫してしまいます。周到な計画を用意していても現実は思うようにいかないものだよなぁというのは推理小説では度々感じることではありますが、まさかの出だしからおじゃん。何を使ってどの様な偽装工作をする予定だったのかも明かされないままお話が展開されるという。で、探偵役(火村)はどう謎解きをするのかというと、この“実行されなかった偽装工作の準備の痕跡”から犯人を特定していきます。

この謎解きのとっかかりが新鮮で良いですね。ロジックも見事です。今作はシリーズ内でも評価が高い「スイス時計の謎」

 

スイス時計の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

スイス時計の謎 〈国名シリーズ〉 (講談社文庫)

 

 

とちょっとした繋がりがあり、著者のあとがきでも“姉妹編ともいえる”と書かれているのですが、「スイス時計の謎」と同様に中編として完成度が高い作品になっていると思います。中折れ帽の男が謎のままで不気味なのがまた良し。個人的にはこの本の中で一番好きな作品です。

鍵を落したのを偽装工作に利用しようとするのは『怪しい店』収録の「ショーウィンドウを砕く」でもありましたね。

 

怪しい店 「火村英生」シリーズ (角川文庫)

怪しい店 「火村英生」シリーズ (角川文庫)

 

 

動機に関しては「別に殺さなくっても・・・」といった感じではあるのですが、施そうとしていた偽装工作との関連性が上手いな、と。推理小説としてだけでない感慨が残るお話になっています。動機面はやっぱりアリスの方が強いようですね。

 

 

 

「あるトリックの蹉跌」JT「ちょっと一服ひろば」というサイトにアップされた短編。

サイトで読むにはJT のID 登録が必要でした。「火村とアリスの出会いのお話」というファン殺しの文句がついていて、まんまと誘惑に負けてID 登録してしまった。タバコ吸わないくせに・・・(^^;)。

このJTの企画は豪華で、他に参加していた作家さんも惜しげも無く自身の代表作シリーズのスピンオフを書いていましたね。話にタバコを絡めること、「一服ひろば」を舞台で出すことが条件だったようです。


シリーズ第一作『46番目の密室』

 

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で語られていた、アリスが大学の講義中に書いていた小説の内容を知ることが出来る話になっています。短いお話ですが、ちゃんとミステリ仕立てになっている。小説のトリックは火村に瞬殺されていますけど。


初対面だから当然ですが、互いに「火村君」「有栖川君」と言っているのが新鮮すぎるし、「交際していた女の子」についてアリスが語っていたりなどして少し驚いてしまう。長年続いているシリーズですが、今まで双方共に交際女性の話は出たことがなかったですからねぇ。さほど思い入れがなかった相手らしく、アリスの語りはサバサバしたもんですが。
それにしても、アリスは火村との出会いの思い出を美化しているような節がある。「46番目の密室」のときからそうだった。それだけアリスのなかでは大事な思い出ということなんでしょうが。
最後の「あっと驚く結末」が洒落ていて良いです。とにかくシリーズファン必見のお話ですね。

 

 

 

 

 

 


「トロッコの行方」ロッコ問題という思考実験が下敷きにある中編。「トロッコ問題って聞き覚えあるけど何だっけ?」だったのですが、読んでいて思い出しました。確かに話題にされていた時期があったな~と。私も最初この問題を知ったときは「なんて嫌な問題なんだ」と思ったものです。


ロッコ問題は簡単に言えば「五人を救うために一人を殺すかどうするか」という問いなんですが、今作はこのトロッコ問題的状況下でのミステリという指向。
しかし、愛人にお店を持たせる資金を得たいがために借金返済の矛先を悩むという状況はそもそも前提が破綻しているように思う。愛人にお店持たせるのを止めれば良いだけでしょ?と。八野の娘と完全に同意見ですね。お金の余裕がなくなった人間が人に施しをしようとするのはそもそも間違い。これは唯の男の見栄ですよ。女にいい顔したいっていう・・・。私が犯人なら被害者の愛人より八野の方に俄然殺意が湧くところです。

 

最初、火村とアリスで事件について長電話するのですが、仕事の修羅場を乗り切った直後でハイになっているアリスが可笑しい。電話の最中に火村先生がトイレで中座する際の「登場人物が会話の最中にそんなことで中座やなんて、リアリズムで描かれた小説でもお目にかかったことがないわ」というアリスのメタなセリフも。この絶妙な可笑しさが有栖川作品の持ち味だと常々思っております。

今作はえらく久し振りな気がする船曳班。謎解きに関しては呆気ないほどあっさりしていますね。「トロッコが車輪を軋ませながら急停止するような幕切れ」を狙ってのことらしいですが、何が決め手となって火村が犯人特定をしたのかもうちょっと説明が欲しい気がします。意外な犯人には素直に驚きましたけどね。

 

 

以上5編。


長編ももちろん好きですが、中短編集もやはり良いですね。楽しくてずっと読んでいたくなります。やはりシリーズものは主要人物の魅力が重要。
特にこの本は神戸・京都・大阪のそれぞれのお抱え(?)捜査班を各中編で満遍なく触れることが出来ますし、短編2本もファンにはたまらないものなのでおすすめの1冊です。
有栖川版国名シリーズもキリの良い10作目ではありますが、まだまだ続けて下さるようなので、今後とも楽しみですね。もう【作家アリスシリーズ】は定期的に読みたい。

 

 

 

※脱線
キャメル問題
上記した都合で図らずもJTのID 登録をした私。そのおかげでついこの間JTからメールが届いたのですが、なんと火村先生がいつも吸い続けてきたキャメルが製造中止になるとのお知らせが。
近年は自販機でお目にかかることもなくなり、すっかりマイナーな銘柄になっていた駱駝のパッケージのキャメル。私自身も【作家アリスシリーズ】読むまでキャメル自体知らなかったぐらいですしアレなんですが、とうとう製造中止になってしまうとは・・・。


この本でも「カナダ金貨の謎」と「あるトリックの蹉跌」で大活躍(?)していたキャメル。今後このシリーズでのキャメルの扱いはどうなるのでしょう。別のタバコを吸っている火村先生は想像出来ないものがあるのですが・・・。こういうことがあると永遠の34歳設定がネックになってきますねぇ・・・。

 

 

このことも含め、今後に注目です!

 

 

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)

 

 


ではではまた~

 

 

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