夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』あらすじ・感想 読んで、“見る”。アートなマンガ作品!

こんばんは、紫栞です。

今回は荒木飛呂彦さんの岸辺露伴 ルーヴルへ行く』をご紹介。

 

岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)

 

ルーヴルへ行くッ!

岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は2009年にフランス・パリのルーブル美術館が展開するBD(バンド・デシネ)プロジェクトの第五弾作品と書き下ろされたフルカラー漫画作品

 

「BD(バンド・デシネ)」というのは、フランス語で「デッサンの描かれた帯」という意味で、コマが連なって表現されているものの、日本でいう漫画とはちょっと違って、フランスではエンタメというより芸術として捉えられている。

・・・と、この本では説明されているのですけど、現物を見たことがないので正直よく分からないですね(^_^;)。続き絵で表現されたアートということでしょうか?

 

で、ルーヴルの「BD(バンド・デシネ)プロジェクト」ってのは、ルーヴル美術館出版部がBD作品でより多くの人にルーヴルの魅力を知ってもらうために展開しているプロジェクトで、フランス国内外の作家にルーヴルを題材にしたBD作品の執筆を依頼、単行本にして出版するというもの。日本の漫画家に参加して欲しいと思ったルーヴル美術館出版部が、荒木先生御指名で依頼してきたのだとか。

「何やら知らぬが、ルーヴル関連の企画作品らしい」という、あやふやな認識だけで購入したので、思っていた以上にビックなお話で驚きました。さすが荒木先生だ・・・。

上記したように、BD作品は芸術として捉えられおり、エンタメとは異なるのですが、日本の漫画家に依頼するということは、“漫画を描いて欲しい”ということなのだろうということで、いつもの荒木飛呂彦作品同様、今作も確りとエンタメとして愉しめるストーリー漫画となっています。

 

ルーヴルのプロジェクトでの作品なので、もちろん最初はフランス語での単行本発売。その後、2010年に『ウルトラジャンプ』誌面で日本語モノクロ版が掲載、2011年に本来のフルカラーで日本でも単行本が発売されました。

 

一時、絶版状態で新品が入手困難だったようですが、再版されたのか、今はUJ愛蔵版が普通にネットなどで購入できる状態です。書店ではなかなか扱っていないらしく、「売ってない」という声が多いようですが。

 

愛蔵版のサイズは26×18.6センチ。本編は123ページで、巻末には著者インタビュー収録。定価は2667円+税。

 

大きくて値段もお高いので、私もまずは実物を見てみたいと書店を巡ったものの見付けられず。「こうなったら届いてからのお楽しみだッ!」と、勢いのままにネットで購入しました。

 

※2023年4月にコミックス版が発売されました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらすじは、

10年前の夏、投稿用のマンガ原稿を描くために祖母の家に夏休みの間逗留していた学生の岸辺露伴(当時17歳)は、祖母が貸していた部屋に入居していた女性・藤倉奈々瀬から、300年ほど前に山村仁左右衛門という絵描きが描いたという、この世で「最も黒い絵」――“最も邪悪な絵”が、パリのルーヴル美術館にあると奇妙な話を聞かされる。

夏の間に藤倉奈々瀬は部屋を飛び出してそのまま行方知れずに。その年の秋に漫画家デビューした露伴は仕事に夢中になり、いつしか絵のことも藤倉奈々瀬のことも記憶から薄れていった。

それから10年の歳月が流れたある日、ふとしたきっかけで「最も黒い絵」のことを思い出した露伴は、好奇心と青春の慕情から絵の存在を確かめるべくルーヴル美術館を訪れるが――。

 

てなことで、タイトルの通りに岸辺露伴ルーブルに行くお話。

 

超長編漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部「ダイアモンドは砕けない」に登場する、漫画家・岸辺露伴が主役で、自身の体験を語るという形式になっています。

ジョジョのキャラクターが主人公ではあるものの、岸辺露伴「ヘブンス・ドアー」という、“生物を読み書きできる本のようにし、本になった対象の情報を読み取ったり、新たな事項を書き加えて行動を制限することができる”スタンド能力(超能力)を持っている事だけ分かっていれば、読むのに支障のないように描かれています。内容もバトルものではなく奇譚話なので、スピンオフの短編漫画シリーズである岸辺露伴は動かないの延長というか、豪華版みたいなものですね。

 

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岸辺露伴は動かない』が好きな人は絶対に気に入るお話になっていると思います。

 

当初は60ページほどのものを予定していたようなのですが、日本でのエピソードを追加したら倍のページ数になって、最終的に123ページになったのだとか。100ページ以上の漫画がフルカラーで、荒木先生の絵で読めるなんて、とんでもなく贅沢だという気がする。

 

今作は主に三つの篇に別れていて、日本が舞台の前篇はセピア調、ルーブルに舞台を移す中篇はピンク、ルーブルの地下に入ってからの後篇は青、と、パートごとに基調になる色合いが分けられています。

“荒木先生のカラー絵”ということで、原色のど派手な色合いを連想してしまうところでしょうが、さすがにそれだと「読む側が疲れるな、ヤバイな」と、いうことで、ストーリーを読んでもらうためのバランスで描いたとのこと。私も読む前は「フルカラーって、まさか全ページど派手配色なのか?それだと目がチカチカしそう・・・」とか少し心配していたので、先生のこの配慮はもの凄く頷けるし感謝しました。

表紙絵はビビットカラーですけどね。

 

 

トリコロールの三色を意識して描かれたらしいです。非常に目を惹く表紙絵で良いですねぇ。アート。

2009年に発表されたものなので、絵柄は七部のころですね

 

 

追加されたというセピア調の日本が舞台でのエピソードが個人的に好きで、追加されてつくづく良かったなぁと。元旅館で展開される一夏の淡い初恋が、少し妖しく、古風に描かれているのがロマン映画的。カラーで描かれているので、より映画を観ているような感覚になれます。

奈々瀬は離婚間近の21歳。人妻。調子よく喋っていたと思ったら次の瞬間急に怒り出したり、いきなり泣き出したりする情緒不安定気味の女性なのですが、思春期の男子はこういう訳のわからない女に訳のわからぬままに惹かれてしまうものなのかも知れない。長じると厄介そうな女性には近づかないほうが無難ってなるのかもですが・・・。

 

露伴の初恋が描かれ、露伴の祖母も出てきたりと、大変に興味深いエピソードですが、「17歳の時点でスタンド能力を持っている」「17歳の時点で投稿用のマンガ原稿を描いている」、「27歳の露伴が学生服姿の康一や億泰と会っている」などなど、様々な矛盾点から、『ジョジョの奇妙な冒険』第四部「ダイヤモンドは砕けない」に登場する世界、露伴とは異なります。

四部では露伴は20歳で、16歳の時には既に代表作の「ピンクダークの少年」を連載していたという設定でしたからね。なので、六部で世界が一巡した後なのだろうと思われる。仗助らしき人物が後ろ姿しか描かれていないのもその関係ですね。・・・これ、ジョジョを知っている人じゃないと「な、何を言っているのかわからねーと思うが」な話なのですけども(^_^;)。

ま、矛盾を見付けても設定を受け入れて楽しみましょう。

 

岸辺露伴は動かない』同様、奇抜さ・超変人っぷりも四部の露伴より抑えられていて、知的な印象。「描かれてないとこで変な事もしてたかも」と、荒木先生はインタビューで仰っていますが。

 

中篇と後編である、パリへ行ってからの展開はホラーサスペンス風味で、どう切り抜けるのかとハラハラしますし、最後に明かされる真相も奇妙に驚かしてくれて余韻が残る。

 

ストーリーはもちろんですが、今作はやっぱりいつも以上に絵を存分に愉しめる代物で、全ページ“絵画”としての見応えがある。一度読み終わった後も“画集として”何度もページを眺めてしまいます。

私が特に好きなのは「僕の名前は」といっている最初のページの露伴の顔と、前篇で奈々瀬が洗濯物干している場面。いつもより色合いが抑えられてはいますが、色の配色や塗り方はもう全体的に好き。

 

 

 

 

買って損なしッ!

大きいし、値段も高いしで、ジョジョファンでも買うのを躊躇する人多いかなぁと思いますが、画集は通常3000円前後するもの。今作は画集というだけでなく、ストーリー漫画まで確り楽しめ、巻末にはインタビューも収録されているのだから、この価格は良心的。むしろ安いッ!お得ッ!

前に紹介した乙一さんのジョジョ小説『The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~』

 

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で、「最高の漫画家だよ。彼の作品はもうアートの領域だとおもう」というセリフが出て来ますが、まさにそう。荒木飛呂彦先生は日本を代表するアーティストの一人なのだと実感させられる本になっておりますので、コアなファン以外の人にも読んで、“見て”欲しい作品です。

少しでも気になった方は是非是非。

 

※2023年5月にこのエピソードの実写映画公開が決定しました!詳しくはこちら↓

 

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ではではまた~

 

『カラスの親指』小説・映画 ネタバレ 解説 タイトルの意味とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は道尾秀介さんのカラスの親指 by rule of CROW's thumb』をご紹介。

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

 

あらすじ

妻に先立たれ、同僚の借金の保証人になったことで職を失い、なし崩しにヤミ金業者で雇われ、責務者から最後の金を奪い取る「わた抜き」を命じられるも、追い込んでいた責務者が自殺したことで良心の呵責に苛まれ、経理資料を警察に渡すことでヤミ金業者を壊滅に追い込んだ元サラリーマンの武沢竹夫。

しかしその後、組織からの報復で自宅を放火されたことで幼い一人娘を失い、組織から追われる身となった武沢は真面目に生きることに嫌気がさし、やさぐれて、詐欺を生業として生きるようになった。

詐欺師となって七年。武沢は自分と同じくヤミ金業者に追い詰められた過去を持つ男・入川鉄巳とひょんなことから知り合い、二人でコンビを組んで細々した詐欺仕事で糊口をしのぐ生活を送っていたが、住んでいたアパートが火事にあい、七年前の報復の続きかと警戒して慌てて逃げ出す。

二階建ての小さな一軒家を借り、新生活を開始した矢先、武沢と入川の二人は上野でスリの少女・河合まひろと出会う。今住んでいるアパートを追い出されそうだというまひろに、武沢が「行くところがなくなって、どうしようもなくなったら、うちに来りゃいい」と誘うと、まひろは姉のやひろとその彼氏・石屋勘太郎を引き連れ、武沢と入川の借家に転がり込んできた。

他人同士の奇妙な共同生活。迷い猫のトサカも加わり、徐々に打ち解けて家族のように暮らす五人と一匹だったが、武沢の“忌まわしい過去”はこの家にも襲いかかる。

武沢と入川、河合姉妹の因縁の相手が同じヤミ金業者だと知った五人は、過去を払拭するため、人生を懸けた大計画を企てるが――。

 

 

 

 

 

“ダマシ小説”

カラスの親指』は2008年に刊行された道尾秀介さんの長編小説。第62回推理作家協会賞受賞作で、他に、第140回直木賞、第30回吉川英治新人文学賞、それぞれの賞の候補作になっていたりと、道尾さんの作品の中でも特に評価が高い作品です。

 

ジャンルとしては詐欺師が主役のコンゲームもので、奇妙な縁で集まった他人同士の五人組が、悪質なヤミ金業者を相手に大きな詐欺計画を企てるというもの。

コンゲームものとして、様々な詐欺の手口や、物語の主となる大計画「アルバトロス作戦」での算段や二転三転する展開の面白さと、他人同士、最初はぎこちなかった五人が徐々に打ち解けて家族のようになっていく様など、ヒューマンドラマ的な要素もある作品。

 

しかし、それだけで終わらないのが道尾秀介作品でして。最後に待ち受ける大どんでん返しで読者を大いに驚かし、綺麗に騙してくれる“ダマシ小説”となっています。

 

作中には無数に伏線が張られていてアナグラムもあったりと、殺人事件はないものの、推理小説好きも愉しめるミステリ小説にもなっています。道尾秀介作品での伏線の巧さは折り紙付きですので、伏線回収をこれでもかと堪能させてくれること間違いなし。

そして、ただのコンゲームものでは味わえない感動と切ない読後感のある結末。

単なるダマシ小説というだけではない、様々な面白さが詰め込まれ見事に纏め上げられた作品となっています。

 

 

 

 

 

 

映画

カラスの親指』は2012年に実写映画化されています。監督・脚本は伊藤匡史さんで、主演の武沢役は阿部寛さん。他、村上ジョージ(入川鉄巳)、能年玲奈(河合まひろ)、石原さとみ(河合やひろ)、小柳友(石屋勘太郎)、小坂大魔王(ノガミ)、鶴見辰吾(ヒグチ)などなど。

 

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

能年玲奈(※現在は芸名を「のん」に改名)さんは連続テレビ小説あまちゃん』でブレイクする前、小坂大魔王さんは「ピコ太郎」に扮して「PPAP」で一世を風靡する前だし、石原さとみさんが四番手の役(映画でのクレジットだと三番目ですが、お話の立ち位置的には四番手)で目新しいヘアスタイルで出演していたりと、今観ると驚くほど豪華で少しおかしみのあるキャスト陣ですね。

 

武沢役の阿部寛さんや勘太郎役の小柳友さんは原作での容姿イメージとはちょっと違うのですが、人柄などは割と原作通りでコレはコレで良い。入川鉄巳役の村上ジョージさんの如何にも人が良さそうな感じは詐欺師に向いてそうで妙に説得力がある。

 

この映画は2時間40分と長めで、そこが少し悩ましいところ。中盤まで淡々とした展開のため、観ていると余計に長く感じてしまうのですね。この淡々とした部分が、後半で重要な意味を持つわけですが。最後の20分でどんでん返しがあり、驚きの真相が明かされます。原作小説同様、この映画にも多くの伏線が張られているのですが、同じようなどんでん返し系の映画であるイニシエーション・ラブ

 

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などと比べると、伏線回収の答え合わせがやや不親切ですかね。イニシエーション・ラブ』が丁寧すぎるのかもしれないですが(^^;)。

 

カラスの親指』の映画のパンフレットには「17のチャックポイント」として、様々な場面に隠された伏線について記載されていたらしいので、細かいところはパンフレット片手に映画を見直して楽しんでね!って趣向だったのでしょうかね。

終盤である人物が小説を読んでいるシーンがあるのですが、その小説が道尾さんの『向日葵の咲かない夏』 

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なのもちょとした遊び心でしょうか。

 

ヒューマンドラマ感が原作より強くなっている気はしますけど、細かな部分が省略されていたり人物の設定が変えられていたりする以外はストーリーは概ね原作通り・・・と、見せかけて、実は結構大きな“騙し部分”が映画では原作から変更されている。

 

何処をどう変更されているのかの詳細は後述いたします。

 

 

 

 

そんな訳で、以下ガッツリとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべてがペテン

ひょんなことから共同生活を送ることとなり、疑似家族的に楽しく過していた武沢たち五人と一匹。

しかし、家に火を付けられ、飼い猫のトサカを殺されるなどの報復を受けた後に、皆の仇がヤミ金業者の「ヒグチ」という男で共通していることを知った五人は、未精算の過去を払拭するためにヒグチから大金を掠め取ろうと企てる。

 

実は、七年前に武沢が自殺に追い込むことになってしまった責務者は河合姉妹の母でした。母子家庭だった河合姉妹に、武沢は罪滅ぼしのように匿名で金を送り続けており、まひろから行く当てがないと聞いて「うちに来ればいい」と誘ったのもこのことがあったから。武沢が自分たち母の直接の仇だと気がつく様子がないまひろとやひろに、武沢はいつまでも本当のことを告白することが出来ないままにヒグチへの詐欺計画は進む。

 

結果的に計画が露見し、失敗に終わるものの、当のヒグチは一年前に死んだとヒグチの弟だという男から聞かされ、あっけなく見逃してもらえた武沢たち五人。

ヒグチの弟に一度捕らえられた際に、まひろとやひろの前で武沢が母親の仇だとばらされてしまうのですが、共同生活を送るなかで武沢の人となりを知る事が出来ていたまひろとやひろは、今となっては武沢を憎む気持ちはないと言い、連絡を取り合う約束をして五人は解散する。

それから一月ほどが経過し、武沢の独り暮らしのアパートに河合姉妹と勘太郎からハガキが届く。その葉書には、三人とも堅気の仕事に就いて穏やかに過していること、トサカにそっくりの猫が現れて飼い始めたこと、今度よかったら遊びに来てくださいと書かれていた。

 

計画は失敗したものの、なんだかんだで諸々の過去の精算は済んだ。全ては落ち着くところに落ち着いた。

 

今回の出来事は、まるで一編の小説か映画のようだった。テツさんとの出会い。まひろとの出会い。トサカ。やひろと勘太郎の闖入。ヒグチ。アルバトロス作戦。そして、三人の再出発。おまけにトサカの生まれ変わり。

よくできている。

とてもよくできている。

 

そう、“できすぎている”。

武沢は今まで感じていた違和感をたどっていき、驚愕の事実にたどり着く。そうして入川鉄巳――テツさんの元を訪れる。

 

今回のことは最初から、テツさんによって仕組まれたこと。武沢に詐欺の教えを請うように付き従ってコンビを組んでいたテツさんですが、本当は詐欺師の世界ではかなりの手練れで二十年以上のキャリアのある玄人。

 

武沢の過去を知ったうえで近づき、娘たちと出会わせ、共同生活をするように仕組んだ。報復のような嫌がらせの数々もすべてテツさんが小細工したものだし、トサカも本当は死んでいない。ヒグチの弟を始め、ヤミ金業者の面々や武沢とやひろとの出会いのきっかけを作った細やかな人物なども、劇団員を雇っての仕込み。「アルバトロス作戦」も、計画実行後に捕まって放免されたのも、劇団員とテツさんが裏で打ち合わせて段取りされていた。

本当のヒグチには既にテツさんが落とし前をつけており、取り込み詐欺で六千万をヒグチから騙し取っていた。今回の一連のペテンにかかった費用も、ヒグチから騙し取った金が元手。ついでに、武沢がテツさんと組んでからの詐欺仕事は、テツさんが武沢にバレないように手を回して詐欺が成立しないようにしていた。騙し取ったと言って武沢に渡していた金も、五人での共同生活の時に生活費のために空き巣をしたと言って持ってきた金も、テツさんが自分の懐から出していただけ・・・。

何から何まで、すべてテツさん一人が描いた筋書きによる酷く面倒な企て。すべてがペテン。武沢も、まひろも、やひろも、勘太郎も、テツさんの手のひらで踊らされていたのです。

 

 

テツさんの本名は河合光輝。行方知れずだと思われていた、河合姉妹の実の父親でした。

十九年前、妻に詐欺師だと言う事がバレて家を出て行き、それ以来ずっと独りで生きてきたテツさんでしたが、一年ほど前に医者から肝臓癌でもう長くないと宣告され、別れた妻と二人の娘に会おうと調べたところ、妻は借金を苦に自殺し、娘たちは軽犯罪に手を染めながら自堕落な生活を送っていた。今度は妻を自殺に追いやったという男・武沢を調べてみるも、武沢の事情や今は詐欺師になっているだのという事を知り、やり切れない気持ちに。

こんなことになったのも、元を正せば自分が詐欺師なんてしていたから。自分が離婚されるような人間だったから。

死ぬ前に娘たちも武沢も助けたい。このままじゃ死んでも死にきれないと思ったテツさんは、今回の大がかりなペテンを仕掛けることにした。

 

「それにね、タケさん。今回の仕事は、自分に対するペテンでもありました」

「自分に対する・・・・・・?」

「ほら、タケさんがいつか言ってたでしょ。仕事を成功させるには、演技するんじゃなくって、その役になりきるんだって。――自分、ほんとにろくでもない人生を送っちゃいましたからね。家族もいない。仲間もいない。何もない。だから、せめて死ぬ前に、あの世に持っていけるような思い出が欲しかったんですよ。家族と、仲間といっしょに暮らして、力を合わせて何かに立ち向かっていくような。そんな格好いい物語が欲しかったんです」

 

詐欺師であったことを後悔しつつも、嘘まみれの詐欺でしか打開策も思い出も作れない。

 

「人間は、人間を信頼しなきゃ生きていけないんです。絶対に、一人じゃ無理なんです。死にかけの身体になって、自分、ようやくそのことに気づきました。人は人を信じなきゃいけない。それを利用して飯を食う詐欺師は、人間の屑です」

 

と、言い切るテツさんがなんとも哀しいですね。

 

 

 

 

映画と原作との違い

このように、原作小説ではすべて丸々テツさんのペテンなのですが、映画ですと「アルバトロス作戦」自体は本当にヤミ金業者に仕掛けたこととなっています。本当のヒグチもちゃんと現われ、武沢の正体がバレないかとヒヤヒヤする場面などがあるも(坊主刈りにしていたことでヒグチにはバレなかったのですが、何年前だろうと、髪型を変えていようと、阿部寛さんのような顔の濃い大男を忘れたりしないだろって感じで無理がある・・・^^;)、計画は成功して皆で乾杯してたりする。

 

何故物語の最重要的な「アルバトロス作戦」のペテンを映画では“本当”にしたのか真意は分かりませんが、小説で読むなら「すべてがペテンでした」とした方が物語として綺麗に纏まるけど、映画でやってしまうと「仲間で力を合わせてやった計画」感がともすれば台無しになってしまいかねないというか、主要人物たちが滑稽すぎる印象を与えてしまうため、避けたのかも知れませんね。

 

原作では「テツさんが死んだ」と確り書かれ、やせ細った姿なども描写されているのですが、映画では余命宣告されたと説明するものの、最後は武沢とテツさんで「二人でどこそこに行きたい」と話が盛り上がるところで終わっていて、穏やかで悲愴感のないものになっています。

 

 

 

 

 

カラスの親指

タイトルの“カラス”は作中では詐欺師のこと。玄人で、カラスが黒いからそう言うと。

 

親指は、“お父さん指”として。縁側でテツさんが武沢に「お父さん指だけが他四つの指と寄り添える。お母さん指だけだと子供の指と上手く寄り添えないけど、お父さん指とお母さん指をくっつけると子供の指と難無く寄り添える」と、読者も実際にやってみたくなるような豆知識(?)を説明した際に、「いまこの家にいる住人もちょうど指みたいですね。ぜんぶで五人。小指から順に、まひろちゃん、やひろちゃん、貫太郎、タケさん――」と言い出すのですが、その時、“自分が親指だ”という風にテツさんは宣言する。

 

これには自分が河合姉妹の父親だというのと、「親指だけが正面からほかの指を見ることができる」という二つの意味がありました。

 

たしかに、テツさんは親指だったのだ。テツさんだけが、全員の本当の顔を知っていた。

 

つまり、『カラスの親指』というタイトルは、玄人の父親、全員の中で最初から唯一すべてを知っていた存在であるテツさん自身のことを言い表しているタイトルなのですね。

 

この物語の真相は言うなれば「テツさん一人にすべてお膳立てされていたストーリー」というもの。話の前提が大胆に覆る嘘みたいな仕掛けなので「なんだよそれ~」と、荒唐無稽だと感じそうなところを、テツさんの行動や心情が十分に理解出来るものになっているため、怒りも湧かずに晴れやかに納得させられ、「驚愕した!」と読者が素直に言える作品になっていると思います。

種明かしを読んで一番に良かったなぁと思うのはトサカが生きていたことだったりするのですが(^_^;)。死体(本当はズタズタにしたぬいぐるみにホールトマトを混ぜたもの)の描写がグロくてショッキングさが凄かったので・・・。このグロくて偏執的な感じ、道尾秀介作品の特徴だったりもするのですけどね。

 

こういう話の作り方は『向日葵の咲かない夏』と似ているような気がしますね。『向日葵の咲かない夏』はダークで読者を迷宮に陥れるような読後感で、今作とは真逆なんですけどね。

 

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この記事を書いていた最中、『カラスの親指』の続編である『カエルの小指』が2020年に刊行されていたと知って只今驚愕しているところです。

 

 

この作品の続編が出るだなんて思ってもいなかったので、驚きのままに本を注文しました。こちらも読み終わったら感想を書きたいと思います(^_^)。

 

※読みました!詳細はこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

 

 

 

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

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『前巷説百物語』6編 あらすじ・解説 シリーズ第四弾。“はじまりの物語”

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『前(さきの)巷説百物語をご紹介。

 

前巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

 

はじまりの物語

江戸時代を舞台に、御行の又市率いる一味が、公には出来ぬ厄介事の始末を金で請け負い、妖怪譚を利用した仕掛けで解決させていく妖怪小説のシリーズである巷説百物語シリーズ】

 

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巷説百物語

 

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『続巷説百物語

  

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後巷説百物語

 

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と続いてきてのシリーズ第四弾が『前巷説百物語なのですが、今作は前三作で語ってきたような「御行の又市率いる一味が仕掛け仕事をするお話」ではありません。

 

こちらは今までの作品の前段に当たる”前日譚“。又市がまだ駆け出しの若造で、上方から江戸に流れてきたばかりの頃が舞台。又市が何故、御行乞食の扮装であのような渡世をするようになったのか、小股潜り、”御行の又市“は如何にして生まれたのか。巷説百物語、はじまりの物語が描かれています。

 

とはいえ、構成は今まで通りの連作短編で、やはり妖怪譚を利用した仕掛け仕事をしています。違うのは、又市が”雇われ人“であるところ。その雇っている店というのが「ゑんま屋」

 

「ゑんま屋」は損料屋。損料屋というのは江戸時代にあった商売の一つで、簡単にいうと物貸し屋。今でいうレンタル店のようなもので、調度品や布団、膳、お椀、大工道具などなど、色々な品々を貸す商売なのですが、”貸した代金“を貰うというのではなく、建前的には”損した分の代金を戴く”というもの。品物を貸して、返してもらう時には大なり小なりその品物は傷んでいたり汚れていたりする。その分は、”貸した方の損“になるから、その損した代金分を戴く。

しかし、「ゑんま屋」は他の損料屋とはまた違う。物を貸すだけではなく、知恵を貸す、人を貸す、腕を貸す。そして、口では言えないものも貸す。「ゑんま屋」には裏側の顔があるのです。

 

理不尽な目困った目、弱り目祟り目悲しい目、出た目の数だけ損をする、それが憂き世の倣いごと。出た目の数だけ金を取り、損を埋めるが裏の顔。

頼み人は自分のした損に見合った額をゑんま屋に支払う。戴いた損料の分だけ、ゑんま屋が代わって損をするのが決まりごとである。

 

で、又市はある騒動をきっかけに「ゑんま屋」に”損働き要員“の一人として雇われる。

「ゑんま屋」の主で元締はお甲という凜とした佇まいの年齢不詳の女性。他、”損働き要員“は、又市の上方時代からの相棒である削掛の林蔵、手遊屋で仕掛け道具を作ることに長けている長耳の仲蔵、刀を持たない浪人で荒事担当の山崎寅之助、「ゑんま屋」の手代で表家業裏家業の受付をこなす角助本草学者で医療薬事にも明るい博識の老人・久瀬党庵などなど。

 

「ゑんま屋」以外での主要登場人物は、南町奉行所定町廻り同心・志方兵吾、志方の手下の岡っ引き・万三、元巾着切りで、何かと又市にちょっかいを出してくる小料理屋手伝いのおちかなど。

 

お話のパターンとしては、

「ゑんま屋」に損料仕事が舞い込む

→仕掛けをする

岡っ引きの万三が同心の志方に信じがたい”巷の噂“を報告、詮議する

→小料理屋で読売などを読んだおちかが又市に噂の話を振る

→おちかを追っ払った後、仕掛け仕事の種明かし。

と、いったものになっています。

 

損料屋として妖怪譚を利用する仕掛け仕事の絵図を描く才能(?)を開花させていく又市ですが、話が進むにつれ、「ゑんま屋」はとんでもない危機、”あの強敵“と対峙することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各話、あらすじと解説

『前巷説百物語』は全六編収録。

 

巷説百物語シリーズ】で題材として採られている妖怪たちは全て、天保12年(1841年)に刊行された画・竹原春泉、文・桃山人の『絵本百物語』から。

 

前三作は時系列が何かとこねくり回されたものとなっていましたが、『前巷説百物語』は”御行の又市が出来上がるまで“を描いた連作ですので、起こった順番通りに収録されています。

 

 

●寝肥(ねぶとり)

仲間の不始末で上方から江戸に落ちてきた小悪党の双六売りである又市は、馴染みの元娼妓・お葉が四度も身請けされた話を耳にし、疑問を感じる。身請けした相手は四度ともすぐ死に、借財はもうないはずのお葉は奇妙にもその度に元の店に戻され、また売り出されるを繰り返しているという。

あるとき、又市は件のお葉が首を吊ろうとした場面に偶然居合わせる。思いとどまらせたお葉から話を訊いてみたところによると、お葉は小間物屋で裏では玉転がしを副業としている音吉に惚れており、その音吉に四度売られた。ある夜、音吉の女房で小間物屋の女主であるおもとに部屋に呼び出され、音吉の死体を見せられた後に包丁で斬り掛かってきた。もみ合った末にお葉はおもとを殺害してしまったという。

主殺しは大罪。自訴しても死罪、隠し果せることも逃がすことも出来ない。進退窮まり悩む又市に、居合わせた「ゑんま屋」の手代・角助が「この損の損料出しませんか」と持ちかける。

「ゑんま屋」は損料屋。引き取った損は代金さえ戴ければ帳消しにしてみせると角助はいうが――。

 

「寝肥」は寝室に入りきらないほどの巨体になってしまった女性のこと。絵本百物語では妖怪として紹介されていますが、妖怪というよりは自堕落な女性がかかる病気の一つとされ、戒めの言葉として使われた・・・らしい。

 

この時、又市は双六売り。頭も丸めておらず、月代をみっともなく伸ばしっぱなしにしていて「男前が台無しだ」とか周りに言われている。冒頭で、小料理屋手伝いのおちかから「小股潜り」と揶揄されて又市が嫌がる描写があります。最後には開き直るのですが、又市にも若造らしく何かと噛みつきたい時代があったということですね。この場面で、「小股潜り」の名付け親(?)がおちかだったのだということが明かされると。

 

このお話は事件の当事者三人がそろいもそろって見事にすれ違っていて何ともやるせないというか、なんというか・・・。「一途な想い」ってのはかくも厄介なものなのですねぇ。

 

この騒動がきっかけとなり、又市と林蔵は「ゑんま屋」にスカウトされます。

 

 

 

 

●周防大蟆(すおうのおおがま)

又市が「寝肥」での一件から「ゑんま屋」に雇われて三月。新たな損料仕事が舞い込み、又市はよく解らぬままに浪人の山崎寅之助を喚んで来るように言い付けられる。

今回の依頼人は周防の川津藩士・岩見。兄の敵・疋田を討てと仇討ちを藩主から命じられた岩見だが、疋田は兄を殺した本当の仇ではないと知っているので仇討ちはしたくない。しかし、藩主の川津盛行はどうあっても疋田を殺させる腹づもりであるという。実は、兄を謀殺した張本人は藩主の盛行で、岩見の兄と疋田に強い怨みを抱いているらしく、今回の仇討ちにも態々藩から五人助太刀をよこし、自身も御見届け役としてやってくるほどであると。

疋田は無実であるにもかかわらず、岩見とまともにやり合う気はなく殺されるつもりでいる。ところが、岩見も疋田を殺めるともりはこれっぽちもない。このままでは堂々巡り。終わらせるには、どちらかが死ぬしかない。客である岩見の望みは、仇討ちの場でどうにか疋田に自分を討たせること、自分が死ぬように仕向けてくれというものだった。

山崎寅之助は荒事担当の凄腕。疋田が岩見を討たなかった場合は、山崎が依頼人の岩見を殺すという算段を「ゑんま屋」は立てる。

人死を前提にした仕掛けが気に入らない又市は、長耳の仲蔵が拵えた道具「大蝦蟇」を使い、一計を講じるが――。

 

 

「周防大蟆」は周防の山奥にいる年寄りの巨大な蝦蟇。北陸地方でよく見られる、巨大ガマガエルの怪異。

 

現代では全く想像も出来ませんが、江戸時代には仇討ちが強制されることがあって、やりたくなくっても、やらなくってはいけなかった。赤穂浪士の討ち入りとかも、当人たち以外の周りの人達が「仇は討つべき」と期待したというのが大きかったのかなぁとか思いますね。

荒事担当の山崎さんがいるあたりが、「ゑんま屋」と又市とでは仕掛け方の考えが違う現われになっていますね。

仇討ちしたくないからって自分の方が死のうだなんて、岩見の決意は何やら不審ですよね。最後にはその疑問が解き明かされる訳ですが、真相を知ってみると、殺されてしまった岩見の兄がとにかく気の毒でしょうがない。

 

 

 

 

●二口女(ふたくちおんな)

「ゑんま屋」の手代・角助は、武家の奥方・縫から「継子に食事をあたえず、虐待して殺めた。罪を償いたいが、家の事を考えるととても告白は出来ない。なんとかして欲しい」と依頼され、困り果てていた。

縫は気立ての良い働き者で、申し分のない良妻であるという。継子を虐め抜くようには思えぬし、家人たちが武家の奥方である縫に嫡子を任せきりにするというのも考えにくい。合点がいかない又市は、「ゑんま屋」子飼い連中の一人で本草学者・久瀬党庵の草庵を尋ね、何か良い知恵はないかと相談し、継子殺しの真相を探ることにする。

その後、又市は党庵とともに筋書きを練り、南町奉行所同心・志方兵吾を巻き込んで「二口女」の怪異を仕立てるが――。

 

「二口女」は後頭部にもう一つ口がある女性の妖怪。継子に食事をあたえずに死に至らしめた女性が、後ろ頭に瑕を負い、それがやがて口となって食物を摂取するようになる。食べ物をあたえないと痛みが引かず、後頭部の口は罪の告白をしだす。悪行をしたがための病といったもので、「人面瘡」と似通った怪異ですね。

 

相反する想いを持つ人物の葛藤が騒動の肝。人は誰でも口二つ。真っ直ぐ真ん中歩くのは、中中大変ですよね。ホント。

 

ここら頃になると、又市は完全に久瀬党庵の博識を頼って相談するようになる。用がなくっても草庵に行ったりするので、もう話を聞くのが好きになっている、”懐いている“感じですね。

志方のこともあからさまに仕掛けに利用するようになります。真面目で正義感が強い人物は扱いやすいということなのか。この本は又市と林蔵や仲間たちとのやり取りが面白いですが、志方と万三のやり取りも如何にも時代劇チックで楽しいです。

嗤う伊右衛門に登場する医者・西田尾扇がこのお話にも出ています。

党庵に藪医者だと誹られていますね(^_^;)。

 

 

 

 

 

●かみなり

立木藩江戸留守居役・土田左門が切腹した。隣家の武家屋敷の女中部屋に夜這いをかけたことが知れたのを恥じての自害だという。

土田左門を罠に嵌めたのは、又市と林蔵。「ゑんま屋」の損料仕事として引き受けてのものだった。依頼人は立木藩領内の大百姓。土田左門は難癖を付けては領民の娘女房を差し出させては弄ぶ稀代の好色で、領民は酷く苦しめられていた。損を埋めるには、土田が助平爺であることを天下に知らしめ恥じをかかせ、留守居役の役から引き摺下ろさねば意味がないと思っての仕掛けであった。

まさか腹を切るとまでは予想していなかった又市は、”やり過ぎだった“のでは、もっと上手い方法があったのではないかと悔やむ。

土田が腹を切ってから数日後、「ゑんま屋」の女主・お甲と手代の角助が勾引かされる。翌日に角助が店先に戻されるが、拷問を受けた姿で簀巻きにされ、腹の上には土田左門の切腹のことが書かれた瓦版が貼り付けてあった。

これは土田左門への仕掛け仕事の意趣返しなのか。お甲以外の仲間も人質に取られ、又市は独りきりで奔走するが――。

 

「かみなり」は下野の国の雷獣。常陸の筑波村の辺りでは作物が不作になると「かみなり狩り」というのを祈祷や儀式のように行っていたのだとかなんとか。

 

ここら辺から「ゑんま屋」に不穏な空気が。仲間が皆人質に取られ、五日のうちにどうにかしないと皆殺しにすると脅かされて、又市は独り奔走するが、早々に当てが外れてしまい――。さぁ!どうする!?って、ところで、待ってましたの御燈の小右衛門が又市の前に現われる。これが又市と小右衛門の初対面ですね。小右衛門の爺さんはやっぱり格好いいですなぁ。

小右衛門が登場するということで、火薬仕掛けの力業でこの件はなんとかします。

 

 

 

 

 

●山地乳(やまちち)

渋谷道玄坂脇の縁切り堂の黒絵馬に憎い相手の名を書けば、三日のうちに死ぬという噂が巷を騒がす。取るに足らない与太話であろうと思っていた又市だったが、長耳の仲蔵から噂は本当らしいと聞かされ、何者かが裏で手を引いているのではないかと感じ取る。

そんな折、又市の上方での小悪党仲間である祭文語りの文作と無動坂の玉泉坊が「ゑんま屋」に訪れた。上方の小悪党を束ねる顔役・一文字屋仁蔵が、「ゑんま屋」に件の黒絵馬に拘わる損料仕事を依頼したいというのだ。この度の黒絵馬騒動は、化け物といわれる”稲荷坂の祇右衛門“が仕掛けていることであるらしい。

今までにない危険な仕事になると予感しつつも、又市はこの損料仕事に乗ることに。

仕事の算段をしている最中、「ゑんま屋」に久瀬党庵から報せが届く。南町奉行所同心・志方兵吾が、自身の手で自身の名を黒絵馬に書いたというのだが――。

 

「山地乳」は人の寝息を吸う妖怪で、吸われた者は死んでしまうが、目を覚まして一命を取り留めた者は長寿が約束されるのだとか。

 

 

名前を書くと死ぬというのはデ〇ノートを連想するかもですが、遙か昔からこういう呪い話は数多くあって特に珍しい題材でもない。縁切り神社というのは現代にもあって、熱心に通う人は今でもいるらしいですよね。いつの時代も人は”そういったもの“に惹かれてしまうものなんでしょうかねぇ、やはり。

 

シリーズ第二弾の『続巷説百物語』を読んだ人なら知っているはずの強敵、稲荷坂の祇右衛門」がここで本格的に拘わってくる。この本、『前巷説百物語』は稲荷坂の祇右衛門との騒動がメインになっています。これらの事柄から、『前巷説百物語』はシリーズ第一弾の『巷説百物語』から数えて約十年前の出来事なのだということが解る。

 

 

 

 

 

●旧鼠(きゅうそ)

巷での数々の犯罪の横行。春先の黒絵馬騒ぎ以来、その犯罪の背後に又市は悉く稲荷坂の祇右衛門の影を見てしまい、不安に駆られる。

その不安が的中するように、稲荷坂の祇右衛門はついに「ゑんま屋」を葬らんと牙を剥いた。

刺客はいずれも身分なき弱者。打つ手もなく、あっという間に「ゑんま屋」は窮地に立たされる。次々と葬られていく仲間たち。追い詰められる又市の前に、”まかしょう“姿の男が現われる――。

「ゑんま屋」最後の損料仕事。その結末やいかに。

 

「旧鼠」ってのは、字の通りに齢を重ねた鼠で、猫を食べるのだとか。歳経りし大鼠は猫も喰う。しかし、旧鼠は猫の子を育てることもあるという。齢を重ねれば強くもなるが、分別も知恵もつくと。

 

このお話は『続巷説百物語』に収録されている「狐者異」で触れられていた、

 

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「祇右衛門はこれまでに三度斬首されている。一回目が十五年前、二回目が十年前、そして今回の三回目」の、二回目、”十年前の稲荷坂の祇右衛門斬首騒ぎの詳細“が明かされています。(一回目と三回目の斬首騒ぎの詳細は「狐者異」で明かされています)

 

いやぁ、もう、ヒドイ。矢継ぎ早にヒドイ事が起こるのですよ。悲しみが追いつかないというか、絶望的な心境になる。ま、最後の最後に”切り札“が現われて、なんとかなるのですけども・・・この収め方も悲痛というか、苦々しいものになっています。

一応、切り札のおかげで騒ぎを静めることは出来たのですが、この仕掛け仕事は又市としては紛れもなく”失敗”。ほとぼりが冷めた後、稲荷坂の祇右衛門はまたも悪事を重ねだした訳で、又市と祇右衛門の十年越しの対峙の決着、「本当の祇右衛門の騒動の終わり」が描かれるのが、『続巷説百物語』の「狐者異」なのです

 

ここで描かれる二度目の斬首騒動と、「狐者異」で又市が百介に語った内容には齟齬があり、シリーズの読者としては「言ってたことと違うじゃんか」となるのですが、ま、こんな複雑な詳細を百介に一から十まで話すのは余計だと思って誤魔化した説明をしたということなんでしょうかね。他言無用な内容だから話せなかったってことなのかも知れませんが。

 

林蔵との会話、山崎さんとのやり取り、又市が非人無宿人たちに啖呵を切るところなどなど、哀しくも印象深い名場面がいっぱいあります。「下の者は苦しいし、上の者は辛ェんだ。人はみんな哀しいんだよ」「身分だの立場だの血筋だの、そんなものァ糞喰らえだ」「人殺して何とも思わねェなら、それこそ本当に人じゃねえやい」という又市の啖呵の数々が、無性に心を揺さぶってくる。

 

十年前の百介も少し登場して又市とニアミスしていたり、おぎんとの初対面も描かれていてファンサービス的な場面も。又市は最初見たとき、おぎんのことを人形だと思って見蕩れています。この頃、おぎんは十歳か十二歳くらいですね。

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青臭い又市

又市はシリーズの主役であるものの、内面については前三作では描写されていません。主に山岡百介からの視点で描かれていた前三作では、又市は得体の知れぬ化物遣いの男として、常に達観した存在として物語に登場していました。

今作では一話一話、”御行の又市“が出来上がるまでを追っていくという本になっていて、視点も又市本人。

 

「どんな時だってな、死んで良いなんて話ァねェんだよ。狡かろうが悪かろうが惨めったらしかろうがよ、辛かろうが悲しかろうが、人は生きててこそじゃねェのかい。違うかよ」

 

と、青臭いことを言ってのける。シリーズ読者としては新鮮な又市の姿。

 

「ゑんま屋」は堅気相手の商売で、裏の渡世の人間とは切れた稼業だと主のお甲は言いますが、事によっては殺しもやむなしで仕事をしている「ゑんま屋」は、又市の”青臭さ“が必要だと、人死にを嫌う又市に仕掛けの筋書きを書かせる。

 

又市なりに八方丸くおさまるような筋書きを考えるものの、若造の又市は「本当にこれで良かったのか」と自問自答し、その都度思い悩んでいます。前三作の姿からは想像も出来ないような青臭く、人間臭い又市を見られるのが今作なのですね。

 

しかし、「ゑんま屋」のやっている損料仕事はやはり危ない裏稼業。裏の渡世の方とは切れているという建前ではありましたが、結局裏の渡世の人間と拘わってしまい、「ゑんま屋」は破滅へと向かう。若造で青臭い又市は、そこで自分の不甲斐なさを思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

御行の又市

 

「お前さんはね、筋は良いのに詰めが甘いのですよ。先も読む、型も運びも知っている。それなのに、最期の最期で弱気になる」

 

「先読み深読みが出来る分、その詰めの甘さは――」

命取りになりますよ

 

と、党庵に言われたことは的中し、又市は一生悔やみ続けることに。

「旧鼠」で仲間を次々と喪い、とてつもない哀しみと辛さを経て、己の力不足を嘆いて、「御行の又市」は誕生する。

 

『続巷説百物語』の「死神 或は七人みさき」で、事触れの治平が「又公はな、ありゃ臆病なのよ」と言っていますが、

 

 

 それは「旧鼠」で自分が後手に回ったがために、仲間や周りの人々を死なせてしまった経験からきているのだなぁと。おちかの事とか山崎さんのこととかね、読んでいると特にやり切れないですね。

 

又市の御行乞食の扮装は、「旧鼠」で切り札となった男がしていた扮装をそのまま拝借したもの。この男の存在は、又市にとっては”仕掛け仕事の失敗“を深く象徴するもので、この男の扮装を拝借するというのは、この失敗と痛みや哀しみを背負って生きていくという決意表明で、死んでしまった者たちへの弔いなのだと思う。

 

「ゑんま屋」と縁を切り、双六売りも辞め、ただの御行乞食となった又市は御燈の小右衛門と組んで裏の渡世へ。

「お前さんは使われるより使う人だよ」という、これまた党庵の予見通り、御行の又市は”化物遣い“となる。

 

又市にこれだけの示唆を与え、化物遣いとなるきっかけを作った博識の老人・久瀬党庵ですが、「旧鼠」でのゴタゴタのなかで、この党庵だけが消息不明のままに終わっています。

久瀬党庵は【百鬼夜行シリーズ】での京極堂を連想させるような役割を今作でしていて、只者じゃ無さそうな匂いがプンプンしていた人物。「ゑんま屋」の人員が次々と殺され、死体がドンドンと出るなかで、一人だけかき消えたようにいなくなるとは、明らかに”なにかありそう“。

今後、その”何か”があるのかも知れません。要チェック人物ですね。

 

 

 

 

西へ

『前巷説百物語』は、前三作では謎とされていた又市の過去が明らかになり、読むとこれまでのシリーズ作品への感慨深さがより増すこと請け合いのファン必見の本となっていて、私個人もシリーズのなかで特に好きな作品です。

シリーズ第三弾の後巷説百物語で、

 

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“百介にとっての百物語”は綺麗に終わっているのため、読むのをストップしてしまう人もいるかもですが、シリーズ第三弾まで読んだなら、必ずこの『前巷説百物語』も読んで欲しい。読まないのは非常にもったいない!ですよ。

 

 

 

お次のシリーズ第五弾は今作に登場している又市の相棒、林蔵が主役の物語『西巷説百物語』。林蔵の西での活躍、ご覧あれ↓

 

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 ではではまた~

 

 

 

『金田一37歳の事件簿』9巻 ネタバレ・感想 オカルト事件決着。フミ登場!

こんばんは、紫栞です。

今回は金田一37歳の事件簿』9巻の感想をまとめたいと思います。

 

金田一37歳の事件簿(9) (イブニングコミックス)

 

前巻の予告では3月発売予定となっていましたが、一ヶ月遅れての4月発売でしたね。

後ろの元気そうな女性や「あ」「や」などの字が気になる表紙。当然ながら、中身を読めば分かるようになっています。ま、女性の正体については帯に書いてあるんだけど・・・。

 

今巻も通常版のみです。こうなると、特装版とかがあったのが懐かしくなってきますね。もうよっぽどのことがないと特装版は出さなそうかな(^_^;)。

 

9巻は前巻からの続きである「騒霊館殺人事件」の解決編が4話と、新章の「綾瀬連続殺人事件」が3話収録されています。

 

 

では、事件ごとにご紹介。

 

以下ガッツリとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「騒霊館殺人事件」

※事件のあらすじなど、詳しくはこちら↓

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 前巻の終盤、一同を集めてのお馴染みの金田一謎解きタイムがスタート。三つあった謎の提示、

●複数人が見ている眼前で、キャビネットに飾ってあった矢の一本がひとりでに飛んで被害者に刺さった謎。

●扉を開ける直前まで物音がしていた部屋の中で被害者が死んでいた謎。

●内側から板を釘で打ちつけられた密室の中で被害者が死んでいた謎。

 

の、三つの事件の謎のうち、第一の事件である「矢がひとりでに飛んできた謎」が解明され、容疑者が四人に絞られたところで前巻は終了していました。そんな訳で、今巻は第二の事件の謎の解明から。

 

前巻でも金田一の口から「困難の分割」とヒントが出ていた通り、荒らされた部屋や割れた皿はあらかじめセットされたもので(お皿の破片をセットするの、地味に大変そう)、物音はスピーカーからスマホによる遠隔操作で流されたもの(なんでもスマホで出来ちゃう時代ですねぇ・・・)。

被害者の部屋に最初に駆けつけた人物でないとこのトリックは出来ないので、容疑者はさらに絞られて、電報堂の白鳥さんと黒原さんの二人に。ここまでは前の記事で私が書いていた予想通り(^_^)。とはいえ、そもそも被害者たちをモニター企画に参加させたりするのは電報堂側の人じゃないと難しいので「そりゃそうだろ」ではあるんですけど(^_^;)。

 

ちなみに、トリックを施す際は被害者のルームキーを使って、皆と一緒に部屋に入ったときにどさくさに紛れて部屋の隅に投げたらしい。あれ?電報堂の人ならマスターキーも使えた・・・よ、ね?夜中に鍵持ち出しているのがバレるとまずいからってことなのかな?

 

で、第三の事件の密室の謎ですが、内側から打ちつけた板は、いったんドアに打ちつけた板を引っこ抜き、再度軽く打ちつけておいた“はりぼて”で、この“はりぼて板”が落ちないようにそっとドアを閉めて廊下に出た後、ドアの隙間に接着剤を流して固定。翌朝、誰かが体当たりでドアをぶち壊してくれれば密室だったように見せかけられる――と、いったもの。

 

夜中に誰にも気がつかれないようにトンカチでトントンやるのキツいんじゃないかとか、接着剤の跡が残るリスクはどうなのだとか色々ありますが、割と古典的なトリックですね。扉が体当たりで破られる密室トリックの場合は、大抵扉に仕掛けがあるのがオキマリ。一読者として、見破れなかったのが悔しいですね~。

 

その後、失言も発覚して、犯人「ポスターガイスト」は白鳥さんだということに。(どうでもいいけど、「あなたがポスターガイストだ」って、言葉として何やら変ですね・・・)

証拠は電波妨害装置。装置を使って人為的に圏外にしていたのだけど、バッテリー交換のために電源を一回抜いた瞬間があった。そのときに溜まっていた美雪からのライソのメッセージがたまたま金田一スマホに着信し、金田一はこの“不自然なライソ着信”から館で電波妨害装置が使われていることに気がついた――と。

これも、前の記事で書いていたことが当たっていましたね!電波妨害装置が使われていたことまでは見抜けなかったけど・・・。

 

さて、白鳥さんの動機は7年前に騒霊館で肝試し中に失踪した妹の仇討ちでした。実はあの被害者たちに殺されたんだと、そういう訳ですが、この事実を白鳥さんがどういった経緯で知ったのかというと、妹の遺体が埋め込まれた壁に触った瞬間に「バチッ」ときてですね、妹が死の間際に見た映像の断片やらが頭に流れ込んできて、さらにはその後、妹が生きたまま壁に塗り込められて殺される光景を何度も夢にみて知ったと。で、言い逃れされるのも嫌なので殺すことにしたと。こう宣うわけですよ。

最後、金田一に犯行を見破られた末に最後の標的に刃物で襲いかかるのですが、その時、白鳥さんに妹の霊が憑依。犯行を止めてくれる・・・・・・・・・・・・。

!?

え、いや、これは。

私はオカルト大好き人間で、こういった話は大好物ではありますけれど、本格推理でこれは「やっちゃいかんだろ」と。

最後、霊が犯行を止めてくれるのは良いとして(憑依して云々って端から見ると妙な一人芝居になっちゃって滑稽さが漂ってしまうのですけども)、妹の死んだ経緯を知ったのがサイコメトリーと夢というのは。手抜きですよね。知った経緯を考えるのを放棄した書き手の手抜きにしか思えませんよ。

根拠もなく「夢」の内容だけを頼りに三人殺すって無茶苦茶だし。作中で白鳥さんが「“言ったかもしれない”程度の発言で人を殺人犯呼ばわりするのはやめてほしいわね!!」とか言っていますけど、「“殺されたかもしれない夢の内容”程度の理由で人を殺すのはやめてほしいわね!!」ですよ。

最後、オカルト記者の佐熊さんが「本当に不思議なことがあったって別にいいじゃありませんか」とも言っていて、まぁそれはそうでしょうけど、知った経緯に関しては京極堂じゃないですけど、“不思議”で済ましてんじゃねぇ

 

佐熊さんですが、終盤になっていきなりモニターメンバーのうちの4人が7年前の事件の面子でびっくりしたんですわ!とか言い出して「したんですわ!じゃ、ないよ。なんだよ今になって。もっと早く言え!」ってなる・・・(^_^;)。

 

あと、私が白鳥さんの立場だったら妹さんの亡骸、早く壁から出してあげたいと思うよなぁと。妹さんの霊も、どうせなら最初の一人を殺すときにお姉さんをとめてくれたら良かったのに。ま、これは言うのは野暮ですかね・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾瀬連続殺人事件」

29歳になった金田一二三(フミ)が登場!フミちゃんは今、探偵社に勤めながらミステリ小説を書いているだとかで、この度、書いた小説がミステリ作家の登竜門オソカワミステリ大賞で佳作受賞。そのコネで受賞パーティーの運営を仕切ることになった金田一なんですけども、そのパーティー会場のスクリーンに突如、殺人映像が映し出されて――てなお話。

 

忘れていた・・・訳ではないけども、まぁ少し忘れていたかもしれない(^^;)フミちゃんの登場。コミックスの表紙絵の女性はフミちゃんですね。さすがにもうおさげ髪はしていない。最初に表紙見たとき、「誰だろ?」とか思っちゃったんですけど、もはや少年時代からのキャラクターでこの容姿に該当しそうなのは金田一二三しかいないですね。美雪じゃないなというのはまぁわかる・・・。

フミちゃんが探偵社に勤めながら小説を執筆するようなミステリどっぷりな生活を送っているとはちょっと意外。佳作受賞したのは「緋之川伝説殺人事件」というタイトルで、金田一が過去に遭遇して解決した事件を元にアレンジして書いているらしい。元にしているのはどの事件なんですかね。タイトル的に「悲恋湖伝説殺人事件」かな?

 

 

金田一だとよく他の人の創作犯罪計画メモやらトリックノートやらを元手にミステリ作家になったって人物出てきますけど、毎回思うが、それって狡いのでは・・・。あと、トリックの発想がいくら優れていたって、面白い小説が書けるとは限らないんですからね!

 

話の冒頭にはロン毛の高遠さんが出て来て、文芸誌に掲載された「緋之川伝説殺人事件」を読んでの感想を言っているシーンがあります。事件内容と金田一二三(かねだひふみ)と読み方を変えただけのペンネームで、フミちゃんが書いているのだと高遠さんにも丸わかり。

「人間関係や動機は創作ですね少々つめが甘い・・・!」「こんな理由で人は人を殺しません」とか、高遠さんに言われると色々ツッコミたくなってくる。

冒頭で高遠さん出してくるってことは、今回は高遠さん絡みの事件なんですかね~。

 

 

今回の事件は大賞受賞作の「綾瀬連続殺人事件」のストーリーを再現するように殺人が行われるといったもの。埼玉県蓮田市綾瀬で「あ」で始まる名前の人物が殺され、次に東京都足立区綾瀬でまた他殺体が発見されたところで終わっています。

 

クローズド・サークルものの後は劇場型犯罪かぁといった感じですが、この作中作の「綾瀬連続殺人事件」の内容、なんだか中山七里さんの小説『連続殺人鬼カエル男』を彷彿させる事件内容ですね。

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この「綾瀬連続殺人事件」もカエル男ばりの大どんでん返しがあれば良いが。コミックスの帯には「最難シリーズ始動!!」って書いてありますけど。「騒霊館殺人事件」のときは「シリーズ最高傑作始動!!」と謳っていた。なんにでも”最“をつけるのかな(^_^;)。

 

フミちゃんは独身なものの、現在交際中の作家の彼氏がいて、今作に登場しています。しかしこの彼氏、スマホで事足りるだろうに懐中電灯買おうとか、スタンガン渡してきたりとか、めっちゃあやしい人物なんだけども。

真壁先輩も「タワマンマダム殺人事件」以来の再登場をしています。

 

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やっぱり今後は真壁先輩がこの漫画の警察要員なのね・・・。

 

 

 

 

やりおったな

前巻、予告ページであたかも美雪が登場するかのような場面が載せられていましたが、アレは、フミちゃんでした・・・。

いや、おかしいよね。なんで「はじめちゃん」って普段言いもしない呼び方で起そうとしてんの。これは完全にかまされましたわ。

読者が美雪の登場を待ち望んでいるのを知った上でのこの仕打ち。私達は弄ばれている。

次の巻にも登場しなさそうだしな~美雪が登場しないまま10巻を過ぎそうですかね。玲香ちゃん関連のことが明かされるかもだし、高遠さん絡むかもだし、「綾瀬連続殺人事件」の続きも気になるので次巻も目が離せませんけど。

 

次、10巻は2021年6月発売予定。楽しみに待ちたいと思います。

 

 ※出ました!詳しくはこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

『The Book』(ザ・ブック) ジョジョ 小説 乙一による力作!ネタバレ・感想

こんばんは、紫栞です。

今回は乙一さんの『The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~』をご紹介。

 

The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~ (集英社文庫)

 

あらすじ

2000年1月、杜王町。ぶどうヶ丘学園高等部一年の廣瀬康一と漫画家の岸辺露伴は、コンビニの前で全身が血に汚れたまま歩いている猫と遭遇する。猫に怪我をしている様子はなく、血はどこか別の場所でつけてきたものと思われた。二人は猫がはめていた首輪に書かれていた電話番号と名前から飼い主の家を捜し当てて訪問し、一人の女性の遺体を発見する。

密室の中、その女性は“車に轢かれたのが死因”だとしか思えぬ奇妙な状態で死んでいた。

 

解決まで二ヶ月半もかかることとなる、奇妙な事件の幕開け。しかし、本当のストーリーはとっくの昔、まだ“彼”が母親の胎内で小さな細胞だったときから始まっていた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

乙一×ジョジョ

『The Book jojo’s bizarre adventure 4th another day』は、荒木飛呂彦さんによる大人気超長編漫画ジョジョの奇妙な冒険の第四部ダイヤモンドは砕けないの世界設定を借りた、乙一さんによるオリジナル物語の小説作品。

 

刊行されたのは2007年で、それ以前も同じような形で『ジョジョ』の三部、五部と小説が刊行されているのですが、四部はまだ出ていませんでした。そこで、乙一さん自ら「『ジョジョ』の四部は小説にしないんですか?もしも書く人がいなかったら、書かせていただけませんか」と申し入れがあって実現したもの。

 

乙一さんは1996年に『夏と花火と私の死体』で第6回ジャンプ小説・ノンフィクションを受賞してデビューしたとあって、もともとジャンプとは馴染みのある作家。

 

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驚愕の十六歳でのデビューでしたが(ちなみに、この本の作中で“貴重な十代の時間を小説執筆にあてるなんてもったいないことをするものだとおもった。宝石をドブにすてるようなものだし、今すぐやめて、もっと外であそんだほうがいいとおもう。もしも自分が十代でデビューした作家なら、そんな忠告をしたいところ”という文章が出てくる)、十代の頃から『ジョジョ』のファンで、「もし『ジョジョ』の小説を書かせてもらえるのなら第四部がいいな、とぼんやり夢想していた」とのこと。

 

バトル漫画といえ、『ジョジョ』の四部は一つの町で起こる奇妙な出来事、短編の連なりのような構成になっているので、怪奇譚的な短編を得意とする乙一さんと相性がいいと読者的にも思うところ。

今作は370ページあって、乙一さんの作品の中ではかなりの長編となりますがね。スピンオフの岸辺露伴は動かない関連での短編小説も書いてくれないかなぁなんてことも思うところ。

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 ファン故に気合いが入りまくったためか、書いては気に入らなくってボツにするというのを繰り返し、小説の内容は二転三転して、葬った原稿は2000枚以上。執筆にかかった期間は五年。その五年間、この小説のことばかり考え、収入が途絶えながらも別件の仕事をやって生活費を稼ぎ、三回引っ越しし、結婚までして、やっとこさ完成したのが今作。

 

物語自体の面白さはもちろん、「これまでに食べたパンの数をおぼえている人間がこの世にいるだろうか」など、ところどころジョジョ愛が垣間見える文や、「名前?意外とこういうスタンド名ってやつは、洋楽からとったりする場合がおおいんだよな」などのメタ発言が出て来て、読んでいて「フフッ」となります。

 

そんな訳で、ジョジョファンにとって申し分ない作品になっていますが、ちょっとしたことながらも、猛烈に違和感があるのが岸辺露伴の一人称が「私」になっているところ。露伴「僕」と言っているイメージが強いし、漫画でもアニメでも「僕」って言っていたと思うのですが・・・(全部の発言を確認した訳ではないから断言は出来ませんけど)。この小説では「私」なのかい?でも、「私」って言った後に「ぼくたち」と発言もするから訳がわからない。どういうこと?気分?露伴先生の。

 

あと、妙な具合にひらがな表記が多くって若干読みにくくなっているのも謎。乙一さんは作品によって漢字の量を変える作家ではあるのですが、「おもう」や「かんがえる」がひらがなで、「遭遇」や「腫瘍」が漢字というのは解せませんね。

 

乙一ファンでジョジョも好きなので気になっていたものの、ずっと読めていなかったのですが、この間、ジョジョの第四部のアニメを観終わって「めっちゃ面白いじゃん!」と改めて感動したので、興奮冷めやらぬままに勢いでやっとこの本を購入した次第です。いや、ホント、何で今まで読まなかったのかと後悔しましたね(^_^;)。

 

2007年にハードカバー版が、

 

 

2011年にJUMP j BOOKS から新書版が、

 

 

2012年に文庫版がそれぞれ刊行されています。

 

 

 持ち運びに便利なのはもちろん文庫版でしょうが、最初のハードカバー版は作中に登場するスタンド能力【The Book】と同じく「単行本サイズのダークブラウンの表紙で、三百八十ページほどのあつさがある本」で、荒木さんのイラストが飛び出す仕掛けなどもあって凝った作りのものになっていてオススメ(私は最初文庫で買って、その後ハードカバーを見つけ、素敵な装丁に惹かれて結局そっちも買った…)

どの版にも荒木さんの各章扉絵と挿絵は収録されていますが、乙一さんのあとがきは文庫版には収録されていませんので注意。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蓮見琢馬の復讐

今作の舞台は、原作での吉良吉影との戦いが終わってからおよそ半年後。

原作漫画からの登場人物は東方仗助廣瀬康一虹村億泰岸辺露伴山岸由花子トニオ・トラサルディー東方朋子など、一通り出てくる。

語り手は康一君の他に、小説オリジナルの登場人物である、ぶどうヶ丘学園高等部二年の蓮見琢馬、ぶどうヶ丘学園高等部一年で琢馬と親交があり、好意を抱いている双葉千帆、婚約者の男に突き落とされ、ビルとビルの隙間から出られなくなってしまった飛来明里と、複数の視点で物語が構成されています。物語が進むにつれ、各人物の繋がりが明らかになるつくり。

 

ビルとビルの隙間から出ることが出来ずに長期間過すハメになるという、なさそうであるような、どうにかできそうでできないような、この奇妙な状況設定は凄く乙一作品的。こんなにも発見してもらえなかったのは、明里をこんな目に遭わせた男・大神照彦【黒い琥珀の記憶】(メモリー・オブ・ジェット)なるスタンド能力を持っていたためなのですが(大神は単に「幸運」と呼んでいた)。海外旅行先で、矢じりのようなモノで肩を傷つけたと言っているので、十中八九、“あの矢”によるものですねぇ・・・。

飛来明里はこの奇妙な状況下で大神照彦の子を身籠もっていることに気が付き、たった一人で出産する。そのときの子が蓮見琢馬。

 

 

今作は、蓮見琢馬の父親への人生をかけた復讐を描いた物語。仗助たちはその人生に途中参加しただけ、琢馬としては“思わぬ邪魔が入った”という形ですね。

 

 

蓮見琢馬は幼少から見聞きしたものすべてを記憶し、“忘れることがない”という人物。超記憶症候群サヴァン症候群、瞬間記憶能力(カメラアイ)のような特性で、それで今までに食べたパンの数だっておぼえている訳ですが、“忘れることが出来ない”という苦悩から、【The Book】という、自分の人生がすべて文章で記されている【本】の形のスタンド能力を手にする。これがページを人に見せると琢馬の体験を見た者に追体験させることが出来たりなどする能力で、ジョジョ的スタンドバトルに発展していくという訳です。

 

琢馬が生まれながらにスタンド能力を持っていたこと、復讐の障害になる人物をスタンド能力で殺害したこと、探り始めた仗助たちへの牽制のために東方朋子に危害を加えたことが決定的となって、琢馬は仗助たちと戦わざるをえなくなるのですが、本来の目的は一貫して父への復讐。

最後、仗助との戦いには敗れるものの、琢馬は大願だった父への復讐は成就させています。

空恐ろしい方法での復讐だったのですが、復讐を成すことだけを考えて人生を終えることとなった琢馬の一生というのは、飛来明里の子供への想いのことをふまえると酷く悲しくてやるせない。暗闇の中での唯一の希望で、必死の思いで産んだ子に、こんな風に人生を消費して欲しくなんかなかったはずですからね。

 

 

 

 

リーゼントヘアの【彼】

途中、語り手の康一君が地の文でいきなり、原作で描かれた謎の「リーゼントヘアの少年」についてメタメタな発言をしだして読者は驚くこととなる。後の展開への前フリになっているのですが、それにしたってもうちょっと自然なやり方があったろうに・・・何故なんだ(^_^;)。

 

原作を読んだ人なら誰でも知っている、1987年の冬、仗助の命を救ってくれた「リーゼントヘアの少年」。原作では結局何者だったのか明かされずじまいだったのですが、今作では康一君のメタ発言によって、当時からファンの間で一番多く言われていた仮説、「リーゼントヘアの少年は、敵のスタンド能力で過去にタイムスリップした仗助自身だったのではないか」という説が紹介されています。

確かにそう考えるのが一番キレイな形に思えるのだけど、原作者の荒木さんが明かしてない以上、ただの憶測でしかありませんね。この謎って、今後他の部で明かされるのかなぁ・・・。明かされたら「スゲぇ」ってなるけど。果たして、作者は覚えているのだろうか。

 

「リーゼントヘアの少年」は、仗助にとって今の自分の生き方を形作る重大な存在。琢馬は「【彼】は君自身だったんじゃないのか」「僕はこの町の人物なら全員記憶している。【The Book】で検索して、【彼】なんて“いなかった”ということになったらどうする?」と、仗助を精神的に揺さぶって勝機を見出そうとする。

ここら辺のシーンが小説ならではのバトルシーンといった感じで良い。琢馬の【本】のスタンド能力という設定も存分に発揮されていて巧いなと。この揺さぶりに対する仗助の“答え”も原作ファン納得のものとなっています。

 

 

 

 

 

少年ジャンプ的でない結末

17年前、飛来明里を閉じ込め、子供を取り上げ、死なせた後、大神照彦は結婚して苗字が変り、双葉照彦となっていた。

つまり、双葉千帆は照彦の娘で、琢馬とは腹違いの兄妹。誰とも親しい交友関係を築こうとしなかった琢馬が、千帆とだけは例外的に親しくしていたのは「妹」だから。そして、そのことを利用して父に復讐するため。

琢馬は照彦の共犯だった織笠花恵は殺害しましたが、照彦を殺害する気は端からありませんでした。父の照彦にはもっと罪深く、冷酷な復讐を用意していたからです。

 

最終的に、復讐は千帆の手によって成されて終わるのですが、最後の最後に康一君が知るこの「復讐」の内容も、そのことを語る千帆も恐ろしい。「楽園を追放され、永遠に荒野をさまよいつづける罪人」のようになった千帆ですが、それでも強くしなやかに生きる彼女に康一君は「遠くへ!遠くへ行くんだ!運命も追ってこない遠くへ!」と、スタンド【エコーズ】を使って言葉を運ぶ。

倫理観や道徳観が揺らぐ、とても重い真相と結末。およそ「友情・努力・勝利」などといった少年漫画的ではない代物となっていますが、とても深く心に残る結末となっています。

 

少年誌的ではないものの、色々とひっくるめて乙一作品らしい、ジョジョ四部らしい見事な作品となっておりますので、気になった方は是非。

 

 

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

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『火の鳥 大地編』ネタバレ・感想 幻の”続編”、小説化!

こんばんは、紫栞です。

今回は桜庭一樹さんの『小説 火の鳥 大地編』をご紹介。

 

小説『火の鳥』大地編 (上)

 

あらすじ

昭和十三年(1938年)一月、日中戦争の勝利に沸く日本占領下の上海。財閥総師の三田村要造の娘・麗奈と結婚し、異例の出世をした關東軍将校の間久部緑郎は、伝説の不老不死の生物「火の鳥」の調査隊長に任命される。

中国大陸のシルクロードにあるタクラマカン砂漠の中にある“さまよえる湖”と呼ばれるロプノール湖。この湖の周辺の動植物には、長寿と極めて強い活力が認められるのだが、これは火の鳥の“未知のホルモン”によるものではないかという可能性が猿田博士の研究で浮上したのだという。

火の鳥」の力を皇軍の士気高揚に有効利用することを目論見とする「ファイヤー・バード計画」。スポンサーは義父である三田村要造であり、成功した暁には二階級特進を約束された緑郎は、必ずや任務を成功させようと奮起する。

現地調査隊のメンバーは、緑郎の弟であるが密かに共産主義に共鳴する正人、その友人で実は上海マフィアと通じているルイ、清王朝の元皇女・愛新學羅顯玗こと川島芳子、通訳として同行することになった西域出身の謎の美女・マリアと、食わせ者ばかり。

途中、現地調査隊の動向が気になり追ってきた猿田博士も加わり、一行は苦労の末にロプノール湖周辺、かつて楼蘭という小国があった跡地にたどり着く。その地で、緑郎たちは火の鳥の驚愕の力を知ることとなるが――。

 

 

 

 

 

 

 

著者・桜庭一樹/原案・手塚治虫

『小説 火の鳥 大地編』は2021年3月に刊行された長編小説。上巻下巻に分けての同時刊行で、桜庭さんの小説作品の中ではかなりのボリュームの長編となっています。

不老不死の生物・火の鳥に翻弄される人々を壮大なスケールで描いた、手塚治虫のライフワーク作品であり、学校の図書室に必ず置いてある漫画の筆頭、火の鳥

表紙にドーンと“小説” “火の鳥と書かれていてもどういうことかと困惑することと思いますが、こちらは「漫画の神様・手塚治虫の遺稿に、直木賞作家・桜庭一樹が新たな命を吹き込む!!」という、朝日新聞社創刊140周年記念で企画された作品。

 

火の鳥』は複数の編から成り立っている作品で、各編のエピソードが一つの物語として完結しているので、読んでいてそれほど気に留めることもないのですが、『火の鳥』は作品全体としては未完です。生前に漫画作品として執筆されたのは「太陽編」が最後ですが、作者の手塚治虫はその後に続く複数の「〇〇編」の構想を練っていたらしく、周りに構想の一部を語ったりしていたのだとか。

「大地編」はそんな構想のみが残された幻の作品。

構想のみですが、「大地編」は日中戦争が舞台の物語と、幕末から明治維新が舞台の物語と二種類あるらしく、ストーリーを手掛けた舞台劇の原作として書こうとしていた・・・雑誌連載するにあたって雑誌社側から要望があったため変更した・・・と、そこら辺の事情はよくわからないのですが、この小説は日中戦争が舞台の物語の方の、手塚治虫による「火の鳥 大地編」構想原稿(原稿用紙2枚と5行)をもとに、桜庭一樹さんが小説として書き上げたものです。

 

桜庭さんは手塚作品の中で一番『火の鳥』シリーズが好きなのだそうで、そのことがきっかけで執筆依頼がきたのだそうな。

連載前から話題になっており、桜庭一樹ファンで手塚作品も好きな私は「桜庭さんが『火の鳥』を書く!?読むしかない!」と、刊行を心待ちにしておりました。

 

桜庭一樹さんは量産してくれる作家さんではなく、前作の短編集『じごくゆきっ』も刊行されたのは2017年で4年前。 

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その前も短編集や中編集が続いていたので、長編小説となるとかなり久し振りですね。個人的に色々と待ちに待っていた代物で、買うときも読むときも興奮しました。もっと小説書いて欲しいな・・・(^_^;)。

 

 

 

 

SF戦争史

手塚治虫の残した構想原稿にはどの程度の内容が書かれていたものか、読者は気になることと思います。下巻の巻末にこの構想原稿が収録されていまして、それによりますと、書かれているのは序章と第1幕

序章で猿田博士がタクラマカン砂漠をさまよっている場面、第1幕で緑郎が火の鳥調査隊長に任命され、正人が八路軍(中国共産党の軍)のスパイとして捕らえられるも、緑郎の弟ということで放免される・・・までが手書き文章で綴られています。

構想原稿とはいっても、物語全体の組み立てが書かれている訳ではなく、序盤のストーリーが書かれているにすぎないということですね。

この構想原稿から分かる事柄は、登場人物として猿田間久部緑郎間久部正人、財閥総帥の三田村要造、その娘である麗奈が出てくること。

昭和十三年(1938年)が舞台で、關東軍による戦争が描かれ、タクラマカン砂漠火の鳥がいると思しき場所として出てくるということ。

 

 

手塚治虫による構想原稿のストーリーが描かれているのは、この小説では一章「上海」の「その一 關東軍ファイヤー・バード計画」までで、およそ30ページほどですね。なので、それ以降のストーリー展開や登場人物はすべて桜庭さんのオリジナルとなります。

 

 

桜庭さんの手により、川島芳子山本五十六石原莞爾東条英機など、実在の人物が登場人物として追加され、今作は日中戦争から敗戦までを描くSF戦争史ともいうべき物語になっています。

オリジナルのキャラクターは桜庭一樹作品らしく、硝子、賛美歌、雪崩・・・と、ヘンテコな名前がつけられています。桜庭節。

 

この目立つ単行本の装画は漫画家のつのがいさんで、登場人物紹介には手塚プロダクションによるイラストが描かれているのですが、「著者が手塚治虫のキャラクターからイメージした登場人物像を手塚プロダクションが作画。登場人物名の後に手塚作品におけるキャラクター名を付した」と、なにやら少しややこしい説明文がついているのですけども、スターシステムで手塚作品感を強めたい・・・ってことかと思う。多分。

登場人物紹介には人物の説明もされているのですが、この説明が普通にネタバレになっちゃっていて良いのかな?と、お節介なことも思う。

桜庭さんは登場人物の田辺保という天才工学博士をブラック・ジャックのイメージで描いたとインタビューで仰っていますし、イラストもついているのですが、『ブラック・ジャック』ファンの私としては田辺保がブラック・ジャックのイメージだっていうの、納得がいかない。見解の相違ですね(^_^;)。

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムスリップ

今作がどういった代物の物語かというと、關東軍が火の鳥の力を使い、日本が戦争で有利になるようにタイムスリップを繰り返して歴史を変えまくっている。と、いったもの。

なんでも、火の鳥の首を使うと最大7年前までタイムスリップ出来るという「鋼鉄鳥人形」を発明したとかでそんなことになったのですけども。最初マリアが「ここは七回目の世界だ」と話す時点で回数に驚きますが、その後、三田村要造が「実は十五回目の世界だ」と言って、「じゅ、十五回!?」と、さらに驚くことに。

で、さらにその後どう物語が展開されるかというと、猿田博士が持っていた強力な自白剤によって、三田村要造がその十五回タイムスリップしまくった自身の半生を延々と語るといった流れに。

 

自白剤スゲぇといった具合に全部が全部話してくれる要造。十五回タイムスリップした経緯を延々追うとあって読んでいて途方に暮れる感がありますが、そこは直木賞作家の桜庭一樹さんですので、飽きさせずに読ませてくれます。と、いうか、この要造の語り部分が今作の一番の見せ場になっていると思いますね。

 

戦況を変えるために何度もタイムスリップを繰り返すという設定のため、国や軍があの時こうしていたらこうなっていただろうという、本来の歴史とは違う“もしもの世界”を一々描かなければいけないとあって、下巻の巻末に記されている参考文献の数が膨大。こんなに参考文献が並んでいるの、私のこれまでの読書体験でも見たことないのではないかというくらい冊数があります。100冊以上ですね。参考文献の量から、この物語を書くのは相当に大変だっただろうなということが窺えます。

 

 

 

 

 

火の鳥

タイムスリップを繰り返す時間旅行ものの戦争SFになっている今作。

面白いは面白いですが、もとの手塚治虫の『火の鳥』をふまえると「“火の鳥”である必要はあるのか」というのが正直なところ。タイムスリップの原動力で使われているというだけなので、それなら火の鳥を持ち出さなくても物語は成り立つだろうと思ってしまうのですね。

 

火の鳥』は、不老不死を巡って、壮大なスケールの中で生と死、人間の愚かさと尊さが描かれる物語。

やはりこれは桜庭一樹の小説作品であって、手塚治虫ならやっぱりもっと違った『火の鳥』を漫画で描いただろうと想像します。

読んでいると川島芳子山本五十六石原莞爾東条英機など、だいぶ漫画的に描かれていて、著者としては“手塚作品らしさ”を意識したのは分かるのですが、どうあっても小説は小説なのだし、もっと小説ならではの内面描写とか入れても良かったのではないかと。

登場人物全員が何かしらの間違いを犯す“人間くささ”、愚かさと尊さは多く描かれているのですが・・・“火の鳥”感が薄いような気はしてしまう。

 

三田村要造の語りが終わった後も現地調査隊の面々が「鋼鉄鳥人形」を使ってタイムスリップをするのですが、読者は敗戦までの本来の歴史を知っているので、どういう結末になるのか分かってしまうのも楽しむ上で少し妨げにはなっていますかね。

 

結局、火の鳥の首を此の世から綺麗に消し去るしかないとなる訳で。最後、意外な人物が火の鳥の首を持って原子爆弾が落ちるとわかっている広島に向かい、火の鳥を燃やすことで決着をつけるのですが

・・・こんな事言っちゃあ台無しなのかもしれないですが、普通に燃やすんじゃダメなのか?

と、思ってしまう(^_^;)。

 

ま、強大な力の誘惑により、猿田博士も正人もそれが出来なかったってことなのだろうとは思いますが。火の鳥の首を燃やすために自分まで一緒に死ぬことはなかろうに・・・。

最後の章のタイトルが「広島」となっていることからも、このラストは予想がついてしまうので、ストーリーとして何かもう一段あって欲しかったような。驚きの展開がなくっても読ませる筆力が桜庭一樹作品の強みで魅力ですけどね。

 

 

とはいえ、俯瞰的視点で無常な残酷さを描くところなどは手塚作品と桜庭作品で共通しているところだと思うので、桜庭さんに執筆依頼がきたのはなにやら納得。

個人的に、久々に桜庭さんのこんなに長い長編を読めて嬉しかったです。“火の鳥”という天才が残した作品をふまえるからゴチャゴチャ考えてしまうのであって、普通にSF長編小説として読むなら十分に愉しめる巨編になっていますので、手塚治虫の『火の鳥』を読んだことがない人も是非。

 

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

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『馬鹿と嘘の弓』感想 ※ネタバレあり

こんばんは、紫栞です。

今回は森博嗣さんの『馬鹿と嘘の弓』の感想を少し。

※以下、ネタバレ含みますので注意~

 

馬鹿と嘘の弓 Fool Lie Bow (講談社ノベルス)

 

こちらは講談社ノベルスから2020年10月に刊行された長編小説。一連のシリーズとは関係ないかと思ってチェックしていなかったのですが、本屋さんで表紙をめくったら登場人物一覧に加部谷恵美小川令子、の名前が。慌てて購入したという訳です。

※各シリーズについて、詳しくはこちら↓

 

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大まかなあらすじとしては、

小川令子と加部谷恵美、女二人だけのこの探偵事務所に、ホームレスの青年・柚原典之を調査してくれという匿名の依頼がくる。で、対象について調査をする訳ですが、自ら望んでホームレス生活をしている柚原を調べさせ続ける依頼人の目的がわからない。そんなこんなしていたら、柚原と面識があった老人のホームレスが路上で死亡。この老人、1年半前まで大学教授をしていた乃木純也という男で、家もお金もあるのに路上生活をしていた。遺品から柚原が写った写真が出てくるのですが、この写真は匿名の依頼人から送られたのと同じもので――。

 

と、いったお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時系列としては【Xシリーズ】の最終作『ダマシ×ダマシ』から約半年後。

 

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小川さんが探偵事務所の社長となり、恵美ちゃんがそこの社員となって、仕事に慣れだしたころですね。

あそこからの続きを書いてくれるとは思ってもみなかったので嬉しいかぎり。しかも、後日談の単発作品ではなくシリーズものらしいです。シリーズ名はまだ何なのか分からないですね。

女性二人が主のシリーズは今までになく新鮮ですが、二人のほのぼのしたやり取りが楽しいです。【Xシリーズ】の小川さんと真鍋くんのやり取りに似たところはありますけど。

恵美ちゃんはもともと【Gシリーズ】の主要人物ですが、【Gシリーズ】は9作目の『キウイγは時計仕掛け』と10作目の『χの悲劇』の間で時間軸がぶっ飛ぶので、この『馬鹿と嘘の弓』はその空白期間での出来事でもある訳ですね。ところで、【Gシリーズ】の最終作はいつ出るんだ・・・。

 

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小川さんと恵美ちゃんだ~仲良く探偵事務所やってんね~(^_^)

 

なんて、ぼ~っと読んでいると、最後に突き落とされるのが今作。この作品は一言で表すなら「一人の馬鹿が最低の愚行をするまでのお話」。

タイトルの『馬鹿と嘘の弓』は“Foot Lio Bow”で風来坊と読める。なるほど。

 

いやはや、まさか今になってこんな馬鹿で愚かな人物を出してくるとは驚き。天才ばかり書いてきた森さんだからこその衝撃ですね。

お話はホームレスの青年・柚原、加部谷恵美、小川令子の視点で描かれていて、たんたんと進んでいく(森博嗣作品ではいつものことですけど)。

柚原のパートでは社会学的なことがつらつらと書かれる訳で、基本的人権だの、国が悪いだの、周りは気が付かない家畜のような馬鹿ばかりだのなんだのといった意見だか不満だかが続く。社会の在り方のここがおかしいあそこがおかしいといった指摘はうなずけるところもありますが、目の前で働こうとしない健康な青年にこんなこと言われたら「いや、怠けたいだけでしょ?」と返答してしまうと思うし、最後にやらかす“アレ”といったら・・・なんともはや。

あれですね、「バカって言うヤツがバカなんだよ~!」ってな、子供の喧嘩のセリフそのままというか。こんな馬鹿に馬鹿呼ばわりされる筋合いはないんだよ、たとえ家畜のような私達でも。

 

恵美ちゃんは柚原には“小さな幸せ”が必要だと言っていて、それは本当にそうだなと思うのですが、結局、何事にも感動しようとせず、世間や人と繋がることを拒否する柚原にはこちらが何をどうしてあげても無駄なのだろうと思う。

 

恵美ちゃんは海月くんにふられてから男を見る目がなくなってしまったのかな?『ダマシ×ダマシ』での出来事の後にこれはあまりにも辛い。小川さんがいてくれて本当に良かった。最後の最後で読者も救われましたわ。

 

この本の背表紙には「予測不能ミステリィ」と書かれていますが、予測不能ではあるものの、今作はミステリとして成立しているとは言い難い(いつものことですけど)。謎解きはありませんし、やりっ放しで保留にされている疑問もあるし、ドーンとぶちかまされて終わったってな感じ。

この一気に突き放される結末、どうしろというのだ!って感じなので、シリーズのようだというか、シリーズじゃないと困る。

 

【Xシリーズ】と同じく、こちらもスピンオフ的シリーズになるのでしょうか?そこまで何冊も続く感じではなさそう。【Gシリーズ】と【WWシリーズ】もありますしね。

 

何はともあれ、この衝撃作からどのように続いていくのか気になるところ。他シリーズと同様に読み続けていこうと思います。

 

 

ではではまた~

 

 

 

 

 

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