夜ふかし閑談

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嗤う伊右衛門、覘き小平治、数えずの井戸 【江戸怪談シリーズ】あらすじ・元ネタまとめ

こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの“江戸怪談シリーズ”についてまとめたいと思います。

“江戸怪談シリーズ”とは
嗤う伊右衛門』『覘き小平治』『数えずの井戸』の現在三作品刊行されているシリーズ。時代小説で江戸時代・天保年間が舞台。古典怪談に材を取り、登場人物・筋立てを元に作者独自の視点で再構築した“新たな江戸怪談”
ミステリー要素も織り込みつつ、京極作品では珍しく(?)男女の関係性や心情が一冊を通して深く描かれていて、京極さんのシリーズ作品の中では最も恋愛的側面が強いです。見方によっては究極の恋愛小説。
お話で語られる事件はいずれも天保年間の数年の間に起こっている設定で、作品の次作で前作の事件への言及があります。とは言っても、お話自体は完全に独立したものなので単体で読んでも十分に楽しめますよ。
京極さんの他シリーズ巷説百物語シリーズ】との密接な繋がりがあるので【江戸怪談シリーズ】の読む順番を気にするより【巷説百物語シリーズ】を先に読むなり後に読むなり・・・まぁどちらでも大丈夫ですが、同時期にこの二つのシリーズを読めばより楽しむことが出来ると思います。


※【巷説百物語シリーズ】と【江戸怪談シリーズ】との繋がり・事件年表などはこちらの記事でどうぞ↓

 

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シリーズに“怪談”とついてはいますが、怨霊や祟りといった超自然現象は介在しません。まぁこれは京極夏彦作品では一貫してそうなのですけどね。

 


それでは作品を順番にご紹介。

 

 

 

嗤う伊右衛門

第二五回泉鏡花文学賞受賞作。
あらすじ
ついぞ笑ったことなぞない生真面目な浪人・伊右衛門に、御行の又市を通して縁組みが持ちかけられる。その相手は老同心・民谷又左衛門の娘でお岩といった。重い疱瘡を患い、生来の美貌は見る影も無いぼどに醜く崩れた顔になってしまったお岩を不憫に思うと共に、お家断絶を憂う又左衛門が又市に婿捜しを頼んだのだ。
お互いに相手のことをまったく知らぬままに縁組みはまとまり、ともに暮らし始めた伊右衛門と岩は互いに惹かれだしていくが、不器用な二人は相手を想いながらもすれ違っていってしまう。
そんな二人に、かつて岩に執心していたこともある筆頭与力・伊藤喜兵衛の罠が仕掛けられていく――。


“お岩さん”で有名な東海道四谷怪談それの元となった『四谷雑談集』などに材をとった作品。
東海道四谷怪談』は、お岩に手酷い仕打ちをしたあげくに殺害した伊右衛門が怨霊となったお岩に祟り殺されるお話。
この『嗤う伊右衛門』は『東海道四谷怪談』よりもそれの元となったと言われている『四谷雑談集』(当時の噂話を元にした創作)から作中人物やお話の筋立てがとられています。

 

『四谷雑談集』の大まかな内容
容姿性格共に難があり中々婿をとることが出来ない民谷又左衛門の娘、お岩。浪人の伊右衛門は仲介人になかば騙された形で婿入り。しかし、伊右衛門は上司の伊藤喜兵衛の妾に惹かれ、それをいいことに喜兵衛は妊娠した妾を伊右衛門に押しつけようと考える。伊右衛門と喜兵衛の二人は結託して岩を民谷家から追い出す。騙されたことを知った岩は狂乱して失踪。その後、民谷家にはまるで岩の呪いのように不幸が相次ぎ、お家断絶に・・・。

と、いったもの。

筋立てはほぼ同じながら、内容はまったく異なります。特に主要人物の伊右衛門とお岩は世間一般でのイメージと真逆。伊右衛門は寡黙で生真面目な男に、お岩は気高くて気性が激しい女として描かれています。喜兵衛がひたすら悪者。
通常の『四谷怪談』はとても陰惨な祟り話ですが、『嗤う伊右衛門』はこれ以上無いほどの究極の純愛物語として昇華されています。美しく、哀しく、そしてやっぱり怖ろしい。

私はこの小説大好きです。ここでは語り尽くせないぐらいに好き。別記事でまたこの作品のみにスポットを当てて書きたいです。

※書きました!こちら↓

 

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実は【巷説百物語シリーズ】の御行の又市はこの作品での登場が初。『四谷雑談集』の登場人物の一人だったんですね~。

2004年に実写映画化もされました↓

 

 

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 漫画もあるようです↓

 

 

 

 

 

覘き小平次

 

 

第一六回山本周五郎賞受賞作。
あらすじ
先妻との息子・小太郎が非業の死を遂げて以来、死んだように生きる小幡小平次は、日がな一日押し入れに引き籠もり、わずかな「隙間」から妻のお塚の姿を覘き続けている。お塚はそんな小平次のことを日々罵り続けているが、同じ家に住みながら満足に言葉も交わさず、顔も合わさずの生活がもう五年過ぎていた。
「幽霊役」だけは天下随一と言われる役者の小平次にある時、玉川座の旅巡業の声がかかり奥州へ向かうことになるのだが、そこにはある“仕掛け”が待っていた・・・。
なにも知らずに江戸にいるお塚だったが、夏が過ぎたある夜「人の残骸」のようになった小平次が音もなく戻ってきて奥の間に消えた。その翌日、玉川座の者達が「小平次は亡くなった」と知らせにやってきたのだが――。

 

 

元になっているのは山東京伝『復讐奇談安積沼』

こちらの内容は・・・
幽霊役者で名を挙げた歌舞伎役者の小幡小平次が、妻・お塚と密通していた安達左九郞に旅巡業先の奥州で殺され、後に幽霊となってお塚と左九郞のいる江戸に舞い戻ってくる。幽霊となった小平次だが、生前の「幽霊役」があまりにも見事だった為、生きていたときとの見分けがつかないほどだった。左九朗のもとには怪異が相次ぎ、すべては小平次の亡霊の仕業だと恐れて発狂して死んでしまう。やがてお塚も非業の死をとげる。


と、いったもの。

 

四谷怪談』や『番町皿屋敷』に比べるとあまり知名度がない怪談ですかね。ちなみに私は『復讐奇談安積沼』のことはこの本読むまでまったく知りませんでした。

こちらも筋立てはだいたい同じですが、やはり内容は異なります。ラストも違いますね。『嗤う伊右衛門』では狂気的な純愛が描かれていますが、『覘き小平次』では常人には計り知れない異形の愛(?)・関係が描かれています。


このお話はなんといってもお塚が凄まじいです。『嗤う伊右衛門』のお岩も気高く凜とした女性でインパクト大でしたが、お塚は男に物怖じすること無く啖呵を切り、それでいて婀娜っぽさを十分なほど備えた強烈な魅力のある女性ですね。男は手玉に取られるか、逃げ出すかといった感じ(笑)京極作品には気丈で魅力的な女性が多く登場しますが、お塚はその中でもトップクラスでしょう。
終盤のお塚の台詞はどれもこれもが印象深く、いつまでも頭の中に残ります。
役者が演じているのを観てみたいな~とか思いますが、お話が結構複雑だし、心情描写も小説ならではの部分が多いのでちょっと難しいかな(^_^;)原作が良すぎると映像でダメになるパターンは死ぬほどありますしね・・・。

この小説もやっぱりここでは語り尽くせないぐらいに好きです(笑)これも別記事で・・・。

※【巷説百物語シリーズ】の治平と徳治郎が登場しています。

 

 

 

 

 

 

数えずの井戸

 

 

あらすじ
番町青山家での惨劇――。
青山家の女中・菊が座敷内で死亡。亡骸を引き取りに来た母・静と菊の幼馴染みの米搗き三平は姿を消し、数日後、青山家当主の播磨も無頼の町人との乱闘の末に惨死する。
青山家屋敷内では播磨の朋輩・遠山主膳、客である大番頭大久保唯輔の娘・吉羅、その他大勢の家臣達が斬殺されていた。
一体何があったのか。
誰にも判らぬまま、『番町青山家屋敷跡、通称“皿屋敷”に怪事が起きる』という評判が巷を賑わし始め、事件は怪談として広がっていった――。

 

 

こちらは「いちま~い、にま~い」で有名な『番町皿屋敷が元

こちらの内容は・・・
旗本の青山播磨が大事にしていた十枚の皿のうち一枚を割ってしまった女中のお菊が、折檻を受けたあげくに井戸に身を投げるだか、投げられただかで死んでしまう。その後、夜な夜な「一枚、二枚、三枚・・・」と皿の枚数を数える女の声が井戸から聞こえてくるようになる。いつも九枚まで数えて止まる。皿は十枚揃いであるから、決して数え切ることはない。

 

と、いったもの。


皿屋敷』は有名ですが、前二作は原典が明確なのに対し『皿屋敷』は日本各地に類似の話があってバリエーションが多く、どれが源流なのかももはやよくわからない怪談です。
『数えずの井戸』では、お話の最初に青山家での大惨事・結果が提示され、遡って事の顛末が明らかになっていきます。とは言え、最後まで読んでも不明な箇所が多々あり、上手くすべてを説明することは出来ません。それこそが“怪談”なんだと示されているようなお話ですね。
登場人物達が抱える“欠落感”がテーマになっており、前二作とは雰囲気がだいぶ異なります。『嗤う伊右衛門』『覘き小平治』の流れから男女間の機微や恋愛的部分を期待して読むと肩透かし感があるかも知れません(私がそうでした^^;)しかし、「これぞ“江戸怪談”なんだ」と言われればそうなのだというような気もする(笑)
主膳と吉羅の二人が嫌なヤツですね~。ムカムカしますよ。

 

※お話のシメを【巷説百物語シリーズ】の又市と徳治郎が務めています。

 

 


今後
シリーズ完結だとかの宣言はされていないので、また別の怪談をテーマにして刊行される可能性はあると思いますが・・・どうなのでしょう?

「お岩さん」「小幡小平次」「さらやしき」と、北斎が描いた『百物語』とかぶっていますが、

 

 

 

北斎の『百物語』は残っているのがあと二作で「笑い般若」「しうねん」

どちらも伝承が少ないので小説のテーマに選ぶということは無さそうですかね~。個人的には雨月物語とかやって欲しいですけど、すでに短編でやりましたしね・・・↓

 

 

 

五話目の「鬼慕」がそうですね。この短編集もオススメですが。

何にせよ、本が出れば必ず読みます!

 


“江戸怪談シリーズ”京極夏彦作品の特色が詰まったシリーズで、ファンならば必読だと思います。京極作品に触れたことが無いって人にも手始めに『嗤う伊右衛門』是非是非読んで~と言いたいです。この小説に感銘を受けた人なら京極さんの他作品もきっと気に入るはず・・・!

 

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ではではまた~

 

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