こんばんは、紫栞です。
今回は横溝正史の『犬神家の一族』についての色々をまとめて御紹介。
あらすじ
「御臨終です」
昭和二十X年二月十八日。信州財界の一巨頭、犬神財閥の創始者で日本の生糸王といわれる犬神佐兵衛は、犬神家一族が固唾を呑んで見守る中息を引き取った。
佐兵衛には、松子、竹子、梅子と女ばかり三人の子があったが、三人が三人とも生母を異にしており、その生母らのいずれも佐兵衛の正式な妻ではなかった。佐兵衛は生涯正室というものを持たなかったのだ。佐兵衛は娘たちに対して、どういうわけか微塵も愛情をもっておらず、娘の婿たちのこともまったく信頼していなかった。
佐兵衛の死後、財閥の機構は誰によってうけつがれ、莫大な遺産はどのように分配されるのか――。一族の皆は焦燥し、懸念していた。遺言状は犬神家の顧問弁護士・古舘があずかっており、戦争からまだ帰らぬ松子の息子・佐清が復員し、皆が出揃ったときはじめて開封、発表されることになっているという。
佐兵衛が亡くなってから八ヶ月ほどたった十月十八日。金田一耕助は犬神家の本宅のある那須湖畔に訪れた。古舘の法律事務所に勤務する若林から「近くこの犬神家の一族に、容易ならぬ事件が勃発するに違いないので、未然にふせぐために調査をして欲しい」との手紙を受け取ったためであった。しかし、金田一に会う前に若林は何者かの手によって殺害されてしまう。知らせを聞いて金田一の元を訪れた古舘は、若林は犬神家の誰かに買収されるかして、事務所の金庫に保管していた佐兵衛の遺言状を盗み見たのではないかと言う。
そんな中、佐清が復員してくる。とうとう遺言状を公開するにあたり、強い不安に苛まれた古舘は金田一に遺言状発表の場に立ち会ってくれるよう依頼する。
公開された佐兵衛の遺言状の内容は、一族を互いに憎みあうように仕向け、血で血を洗う渦のなかへ投げこむような条件を課したものだった。
そして、この遺言状に導かれるように恐ろしい殺人事件が次々と起き――。
シリーズ屈指の人気作
『犬神家の一族』は【金田一耕助シリーズ】のうちの一つで、長編五作目。順番としては『八つ墓村』の次に描かれた長編小説となります。
最近ではAXNミステリーで実施された「あなたの好きな金田一耕助作品」アンケートで一位も獲得した人気作ですね。
【金田一耕助シリーズ】は一般的にこの『犬神家の一族』と『八つ墓村』
の二作品が有名でシリーズ自体のイメージを固めていると思うのですが、『八つ墓村』は小説ですと終始事件関係者の一視点で描かれており、怪奇冒険譚的側面が強い作品なので、金田一耕助の活躍や探偵小説部分というのは実はさほど感じることが出来ません。そもそも金田一耕助の出番自体が少ないですしね。
『犬神家の一族』は金田一耕助が事件を追っていく過程がお話の中心で探偵小説の王道をいくものですし、金田一耕助が推理で大いに活躍もしていますので【金田一耕助シリーズ】の醍醐味を味わいたいのなら『犬神家の一族』が代表作品として相応しいかと思います。
もちろん、濃厚すぎる人間関係や因習にまつわるアレコレ、猟奇的な事件内容、見立て殺人、トリックなど、【金田一耕助シリーズ】の特色がたっぷり味わえる点でも、やはりシリーズ代表作といって間違い無し!です。
映画・ドラマ
『犬神家の一族』は今までに映画が三作、テレビドラマが五作品公開されています。シリーズ内では『八つ墓村』に次いで二番目に映像化の多い作品ですね。
テレビドラマは今年2018年12月24日に主演・加藤シゲアキさんで放送予定です。なんだか今までに無い金田一耕助作品になりそうな予感がしますが・・・どうなのでしょう?
※追記 2023年4月、NHKで吉岡秀隆さん主演でテレビドラマ放送
映画
●1954年 東映 金田一役:片岡千恵蔵
●1976年 角川春樹事務所 金田一役:石坂浩二
●2006年 東宝 金田一役:石坂浩二
テレビドラマ
●1970年 日本テレビ系列 金田一役:なし
●1977年 TBS系列 金田一役:古谷一行
●1990年 テレビ朝日系列 金田一役:中井貴一
●1994年 フジテレビ系列 金田一役:片岡鶴太郎
●2004年 フジテレビ系列 金田一役:稲垣吾郎
『犬神家の一族』はなんといっても1976年公開の市川崑監督、石坂浩二さん主演の映画が有名です。
【金田一耕助シリーズ】の作品イメージを印象づけているがもうこの映画によるものが大きいのではないかと思います。この映画には作者の横溝正史先生も那須ホテルの主人として登場していますので必見。
当時はこの映画がきっかけとなって爆発的横溝正史ブームが到来したのだとか。三十年後2006年に同じ監督・主演コンビで再映画化。
この映画は市川崑監督の遺作となりました。三十年後に同じ主演で同じ映画を撮るというのはかなり珍しいことだって気がしますね。私は世代的にこの2006年版の映画の方が印象は強いです。豪華なキャストで話題でしたが、主演以外にも年齢が合わないのでは?というキャストは何人かいました。ですが設定が昭和なせいかさほど気にならない不思議。
【金田一耕助シリーズ】の映像化作品は一般的にはやはり映画は石坂浩二さん、ドラマは古谷一行さんというのが二大巨頭でしょうね。
どちらも最初に撮った金田一耕助作品はこの『犬神家の一族』です。
テレビドラマの方ですが、片岡鶴太郎さんのものと稲垣吾郎さんのものはリアルタイムで観たことがあるのですが、中井貴一さんが主演をしたものがあるとは知りませんでしたね~。
中井貴一さんバージョンの金田一耕助は洋装でハンチング帽に丸メガネで女性の助手を連れているらしいです。54年の片岡千恵蔵さん主演の映画も洋装らしいですが、これは江戸川乱歩の明智小五郎を意識したものなのですかねぇ・・・(明智小五郎は原作だと恰好が時代によって変わるのですが)。
1970年版は設定を70年代になおされていて、登場人物も全て名前が変えられており、金田一耕助も登場しないとのこと。まったく別物の人間ドラマって感じなんですかね。
モデル
『八つ墓村』が史実の「津山事件」を一部モデルにしていることは知っていましたし、前にこちらの記事でも書きましたが↓
ネットで『犬神家の一族』を検索するとこちらも検索候補に“モデル”と出て来る。
え?『犬神家の一族』で史実の事件を元にしている部分があるなんて何だか信じがたい・・・とか思ってちょっと調べてみたのですが、事件がどうこうではなくって、犬神財閥のモデルとして使われているのが戦前に製糸業で財をなした「片倉財閥」なのではないかと言われているらしいです。
片倉家は信州生糸王の財閥で特に二代目の片倉佐一は「日本のシルクエンペラー」と呼ばれているのだとか。
対して『犬神家の一族』の書き出しをみてみると
“信州財界の一巨頭、犬神財閥の創始者、日本の生糸王といわれる犬神佐兵衛が”
と、ある。
“信州”と“生糸王”という部分と人物名の“佐”の字が被っていますね。たしかに財閥のモデルとして片倉財閥が使われている可能性は高そうです。
この片倉財閥、『犬神家の一族』のような血で血を洗う骨肉の争いなどはもちろん起こっていないのであしからず。
斧(よき)・琴(こと)・菊(きく)
『犬神家の一族』は『獄門島』にあったような“見立て殺人”が展開されるお話です。犬神家の家宝「斧(よき)、琴(こと)、菊(きく)」になぞらえた三つの殺人が順番に起こる訳ですが・・・これ、人によっては「“斧(おの)”をなんで“よき”って読むの?」と疑問に感じるのではないかと・・・と、いうか私自身が疑問だったのですが(疑問に思ったのは私だけではないと信じたい)。
日本では古くから斧のことを“よき”ともいい、今でも林業の人などの間では斧のことを“よき”と呼ぶ人はいるのだとか。「斧琴菊」というのは元々判じ物として有名な和柄の名称で
※こんな柄↓
縁起担ぎで「良きこときく」と読ませるために“よき”としているらしいです。
本来は縁起が良い意味で使われる言葉が『犬神家の一族』では松子、竹子、梅子がいじめ抜いた青沼菊乃の呪詛の言葉として使われるのがなんだか空恐ろしいところ。
スケキヨ・足
『犬神家の一族』といったらこの足↓
インパクトがありすぎて有名ですよね。もう犬神家といったらコレを連想する人が多いですし、色々な作品でオマージュされていたりします。
まぁたしかに「何事だ」って感じの画なんですけど(^^;)コレは白いゴムマスクを被っているのがこれまた衝撃的な印象の佐清(スケキヨ)の遺体の足です。
ちなみに、映像化作品だと得体の知れない白いゴムマスクですが、原作ですと佐清のゴムマスクは顔に負傷をする前のもとの端整な顔立ちを忠実に再現したもの。佐清は美形の設定なんですね~。佐兵衛翁もかつてはかなりの美貌の持ち主だった設定で血を受け継いでいるのです。
最初に竹子の息子・佐武が菊人形に生首を飾られ、次に梅子の息子・佐智が絞殺されて首に琴糸が巻き付いている状態で発見。それぞれ「菊」「琴」と見立て殺人がなされる訳です。で、三番目に殺されるのが佐清で、死に様は「斧」に見立てられているのですが・・・コレ、一見するとどこらへんが「斧」表しているんだって感じですよね。逆さになって足出してるだけじゃんっていう。
これは金田一耕助の解説によると・・・
佐清(スケキヨ)の死体が逆立ちになっている
→ヨケキス→
逆立ちをしたスケキヨの上半身は、水の中に埋没している
→ヨケキスの四文字から下の二文字を取る
→ヨキ(斧)
と、言うわけで被害者の肉体をもって「斧」を暗示しようとしている。
・・・ちょっと何それって感じですが(^_^;)
原作では警察が屋敷から見立てに使えそうな道具を一切処分していたため苦し紛れにこのような方法が。
作中でも「子供だましの判じ物だ」と言って金田一耕助がひっつったような笑い声をあげるんですが。こんな陰惨なお話の中で酷く滑稽な事柄が出て来るのがまたなんとも不気味。
ところでこのスケキヨの足なんですが、物理的に湖にこんな逆さにぶっさすことが可能なのか?とか思いますよね(思うのは私だけじゃない・・・はず)。犯人が言うには、“なるべく水の浅いところを選って、泥のなかへ体を逆さにつっこんだ。そのときはまだ、それほど氷は厚くなかったが(※原作だと季節が冬で湖面が凍った状態)、夜が更けるとともに厚氷になって、なんともいえぬ変てこなことになってしまった”とのこと。
う~ん・・・凍ったっていってもそんなことになるかな・・・と疑問ですが。
原作ですと死体はパジャマを着たままで、埋まっているのはヘソから上です。市川崑監督はインパクトを強めるためにわざと原作と少し変えたんでしょうね。で、後続の作品はそれに倣ったってことでしょうか(スケキヨのマスクも)。
足はともかく、私は映像化作品だと佐武の菊人形の見立てが怖かったですね。今でも菊人形見るとこのシーンを連想してしまって怖いです(^^;)
以下ネタバレ~(犯人の名前も明かしているので注意)
結末
覆面を利用した入れ替わりトリックや、偶然が複雑に絡み合った事態のあり方、複雑で濃厚な人間関係など、ミステリとして小説として非常に面白く読ませてくれる本作なのですが、個人的にちょっと結末が納得いかないなぁ~・・・と。
本物の佐清は実は生きていて、珠世は幼少の頃から佐清に想いを寄せていたのでこれ幸いと一緒になることを決めて~の大団円ではあるのですが、コレ、結局犯人の松子の思い通りの結果になっているんじゃって気が。
自分の息子に財産を相続させる為に妹たちの息子を殺しといて、“小夜子と佐智の子が大きくなったら犬神家の財産を半分わけてやってほしい。これが罪滅ぼしだ”といって毒をあおって死ぬ松子。なんだか終盤でいきなり松子が殊勝な人間っぽくなっているけども、なんか訳わかんないですよね。自分の息子に独り占めさせたいといって二人殺害しといて財産半わけてやれとか・・・竹子も梅子もこんなのじゃ怒りは収まらないんじゃないかと。青沼親子のことは完全無視だし。青沼親子ばっかり割を食っているってな気が。
もっとも釈然としないのが、かつて自分達が悪鬼の所業の末に放逐した青沼菊乃が宮川香琴として松子の琴の師匠をしていたという事実を知っても松子、竹子、梅子、共にまったくその事に反応を示さないところです。普通は驚いたり何なりするだろうと・・・。香琴(菊乃)ももっと恨み言をぶつけても良いと思うのですが。
しかし、いくら名前と姿形が変わっているとはいえ、自身があんなに酷い仕打ちをした相手から琴を教わってまったく気が付かない松子はどうかと思います。自分の息子が入れ替わっているのにも気が付かないし・・・節穴なのか(-_-)
やっぱり青沼親子がひたすら報われないって気がしますね。青沼親子に対し、松子は頑なに詫びの言葉を口にしないのでモヤモヤします。ですが、これは松子の怒りにも正当性があるということなんですかね。たしかに、松子の立場ならいきなりポッと出の小娘が佐兵衛の正妻になると言われたらとても容認出来ないだろうなとは思います。
結局一番悪いのは佐兵衛翁だってことですかね。
男の身勝手で人生を左右される世界で、それに必死で抗い闘おうとする女。『犬神家の一族』はそれが本質のお話なのかも知れないですね。
ゲームや漫画もあるみたいなので気になった方はどうでしょう
ではではまた~