夜ふかし閑談

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『海のある奈良に死す』ネタバレ・感想 今となっては映像化不可能?な長編。

こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『海のある奈良に死す』をご紹介。

海のある奈良に死す (角川文庫)

あらすじ
「行ってくる。『海のある奈良』へ」
推理作家である有栖川有栖は、半年がかりで書き上げた長編小説の刊行を前に神田神保町にある出版社・珀友社にやって来た。応接室に通され、出来上がったばかりの新作の見本を心待ちにしていると、その間に同業者の人気作家・赤星楽が大きなバックを肩に掛けた姿で有栖のいる応接室に現われる。赤星はこれから人魚がからんだ題材の書き下ろし小説の取材旅行に行くという。行き先を尋ねる有栖に、赤星は「行ってくる。『海のある奈良』へ」と思わせぶりに言い残して応接室を後にした。
翌日、福井県若狭湾で赤星楽が他殺体として発見される。赤星と最後に話した関係者として警察に聴取を受けた有栖は、赤星の創作ノートが見付からないことなどから事件に疑問を感じ、友人の犯罪学者・火村英生と共に調査を開始するが――。

 

 

 

 

映像化不可能?「海奈良」
『海のある奈良』は1995年に刊行された【作家アリスシリーズ】の長編三作目。

 

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タイトルが長いのでファンの間では「海奈良」とか略されていたりします(シリーズものだとどのタイトルも略して話しがちですけどね)。
“海のある奈良”というセリフから事件をたどっていく今作。お恥ずかしいことに浅学でして、私まったく知らなかったのですが、“海のある奈良”というと一般的に福井県の小浜を指してそう言うらしいです。数年前にアメリカ大統領と同じ名前だといって注目されたあそこですね。
「小浜っていうところは京都とのつながりも深くって、国宝や重要文化財がごろごろしているんだ。ただならぬ土地なんだぜ」
とのこと。
それで作中、アリスも火村も赤星が言った「海のある奈良」は小浜なんじゃないかってことで福岡県まで調査の足を伸ばします。別の場所もちょこちょこ行きますので、シリーズの中では舞台がよく異動するお話ですね。
あと、赤星楽の書こうとしていた新作のタイトルが「人魚の牙」で、小浜に伝わる八百比丘尼の話を連想させるような、びっくりするほど若々しい穴吹奈美子の登場など、全体に“人魚”が絡んでくるお話にもなっています。人魚の肉を食べると不老長寿になるという“アレ”ですね。↓

 

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2019年5月7日に『臨床犯罪学者 火村英生の推理』のHuluでのドラマ続編放送決定が発表されました。(5月7日はアリスと火村の出会った日ということで、この日に発表だったんだそうな。粋な計らい)

 

臨床犯罪学者 火村英生の推理(DVD-BOX)

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今作『海のある奈良に死す』は前回のドラマシリーズでは映像化されていないのですが、おそらく今後放送される続編ドラマでもまず映像化はしないだろうことが予想されます。

それというのも、「海奈良」に関しては今現在となっては映像化できないトリックや事情があるんですよね~(^^;)ですので、今作は小説で楽しむしかない作品ですが、シリーズ的に結構重要な事柄が盛込まれた長編作品ですので、シリーズファンなら抜かせない作品です。ちゃんと読みましょうね。

 

 

 

海のある奈良に死す (双葉文庫)

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朝井小夜子
今作『海のある奈良に死す』は皆大好き朝井小夜子先生の初登場回です。

朝井先生は三十六歳(初登場当初)独身、京都在住のミステリ作家でアリスにとっては“たまに会う気のいい先輩”。姉御肌で気っぷがよく、読者ウケも良い(はず)なキャラクター。今回の事件の被害者・赤星楽の元交際相手として事件に関わってきます。


周りに火村のことを吹聴するくせに「じゃあ紹介してくれ」と相手に言われると途端に難色を示す。そんな面倒くさい友人感情を持ち合わせているアリスですが、朝井先生には事件に関係していることもあってか今作で火村と飲みの席を設けて紹介しています。第二章の最後で朝井先生とアリスがしている「火村の女嫌い」についての話が興味深い。火村の女嫌いの方便、「女性の創り出すものに感動しないから」というのは朝井先生同様、女性としては「うへ」って感じなので、ホントの理由を隠すための嘘であって欲しいもんです。

「火村先生はやっぱり女性恐怖症なんやない?それは目眩ましの煙幕やわ、きっと。もしマジで言うてるんやったら、とんでもない勘違いをしてる。矛盾と混乱の二人三脚やね。どう大ボケなんか、親友の口からきちんと教えてあげなさいよ」
私は「大ボケって・・・・・・・?」と訊き返す。
「教えてあげなさいって。男たちが命を削りながら創った芸術の多くが伝えようとしていることは何か?ああ、情けない。それはね――女は素晴らしいっていう、実につまらない錯覚よ」

しかし、このシーンの前にある火村の「女子大生に言い寄られた際のかわし方」はかわし慣れ・あしらい慣れている感が凄くってモテ男なのを痛感する。アリスに「もてるなぁ。センセ」と言われて「ああ。親衛隊がうるさくって講義が聴き取れない、と男子学生からクレームが出て困ってる」と返答。アリスはこの発言をヨタだと決めつけていますが、後の作品の『朱色の研究』での朱美ちゃんの証言によると、この発言はあながちヨタではなかったということが明らかになります。

 

 


朝井先生は京都在住ということで、以後、別のお話でもアリスと火村と朝井先生の三人で居酒屋で飲んでいるシーンが度々登場するようになります。短編集での登場が多いですかね↓

 

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今作の被害者・赤星楽は短編集『英国庭園の謎』に収録されている「三つの日付」にて名前が再登場しています。赤星が少し関係している事件。

 

 

 

 

 

 


観光
久しぶりに読み返してみると、第三章の「小浜ミステリーツアー」が本当に唯の観光で驚き。事件に小浜が関係してるかも~という理由で、誰にも何も頼まれてないのに火村とアリスの二人が自発的に小浜まで足を運びます。一章丸々アリスが予習してきた小浜知識をガイドブックに火村の運転でドライブしながら各地を巡る、何だか二時間サスペンスドラマみたいな流れ。
アリスの蘊蓄量が結構ありまして、火村に「それだけぺらぺらしゃべれりゃ、観光協会でアルバイトができるな」とか言われちゃっています。アリスの「ちゃんと聞いてた?」や、地の文の“私のガイドは充分、友人を楽しませているようだ。よしよし、もう少しサービスしてやろう。”など、「頑張って予習してきた感」がかわいいです。


あまりにも二人のやり取りが楽しそうなので、若干不謹慎さを感じてしまうほどですね。コイツら、殺人事件を口実に観光を楽しんでいるだけなんじゃ・・・みたいな(^^;)ま、半分は観光気分なのは事実なのでしょう。婆ちゃんも「せっかく行くんやから、小浜の観光もしてきよし」と言って出発前にお弁当作って渡そうとしているくらいですからね。学生旅行のような扱い。しかもこの小浜探索、真相にまったく関係していないですからね・・・。

 

 

 

 


以下、ちょっとしたネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 


悪夢
上記のように楽しそうな二人ですが、今作ではショックなやり取りもあります。それが、アリスの担当編集者の片桐が事件捜査のために一苦労してくれるといったときに発せられた火村からのこの言葉

「友達が多くて結構だ。犯罪だけが友の孤独な俺とは反対に」

そして、続く地の文がこちら

濡れた髪の先から雫を落としながら冷蔵庫を開け、彼は――私の最も近しい友は――缶ビールを呷った。

何気なく言ったセリフなんでしょうけどね、酷いですよねぇ、これ。アリスに言うのが酷い。こんなに親しくしていて「親友だ」と自負しているアリスに向かって。言う?そんなこと?

私はアリスにどっぷりと感情移入して読んでしまう読者なので、当初読んだときはかなりショックを受けました。自分が友達に言われた気分。
「火村先生、酷い!」と言いたくなりますが。冷静になってみると、コレより前のシーンで「友だち甲斐があるねぇ」と言っているし、そもそもこの事件自体、火村のフィールドワークじゃなくってアリスに相談を持ち掛けられたから遠出までして調べている訳なんで・・・・・・やっぱり非常に良いお友達なんですよ、火村先生は。まぁ、ホントに口が滑っただけなんだろうな。と、大目に見てあげましょう。と、思う・・・(^^;)

 

このやり取りの後、シリーズ的に重要な火村の「悪夢を見て悲鳴あげて起きる現象」が描かれています。火村が繰り返し見ているこの悪夢については『朱色の研究』で夢の詳細が明らかにされますので、今作を読んでから『朱色の研究』を読みましょう。

※漫画もある↓

 

 

 

 

 

 


以下、トリックに関して大いにネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


サブリミナル
上記で今作は今ではもう映像化は出来ないと書きましたが、その理由が今作のメイントリックにはサブリミナル効果が使われているという点です。
サブリミナルとは人間の潜在意識に訴えるもので、広告で用いられたのが有名なんですが、その方法というのが、画面上に知覚不可能な速さ・微量のメッセージを繰り返し出して、視聴者が無意識のうちに商品を買うように仕向けようというもの。

1950年代にアメリカ、ニュージャージーの映画館で行われたとされるサブリミナル広告の実地で、コカ・コーラとポップコーンの売り上げが爆上げして、効き目がありすぎる為に禁止措置がとられたという逸話が特に有名で、今作『海のある奈良に死す』の作中でもこの事例が語られていますが、なんと、このニュージャージーでの実験結果、近年では非常に疑わしいとされ、実際には実験自体がなかったのではないかという意見まであるらしいのです。


私はサブリミナルをトリックに用いた作品は今作以外の別の作家さんのものも読んだことがあるのですが、必ずサブリミナルの説明のときにはこのニュージャージーの映画館での実験が実例としてあげられていたので、この実験自体が嘘の可能性が高いというのは知ったとき驚きでした。
そもそも、読者的には「サブリミナルって、結局催眠術とかと同じ感じで、トリックに使われるのは釈然としないなぁ」なんて思っていたのに、大元の根拠が嘘かもしれないなんて・・・えらく騙された気分。これは読者だけでなく、実験を信じて書いた作家さん達もでしょうけど。

 

サブリミナル効果をまったく否定することは出来ないが、科学的根拠はハッキリとしないというのが今の実情らしいので、90年代ぐらいまでのミステリ作品だと目新しさもあってか野心的にトリックに使われているものが散見していますが、2000年代になると、もう使われなくなったように思います。本格推理小説ですとね、種明かしで形状記憶合金とサブリミナル出て来たら萎えるなんてよく言われたもんですが・・・(^_^;)

 

今作ではビデオテープ(VHS)にサブリミナル映像を仕込み、毒入りウィスキーを飲ませるというトリックが使われています。
サブリミナルもそうですが、VHSももはや皆が忘れかけている存在ですからね。ここら辺も映像化出来ないだろう所以です。ホラー映画をダビングだ、テープのツメを折るなどと出て来るので、何となく『リング』を連想してしまいます。

 

リング

リング

 

 

ダビングとかツメ折りとか、懐かしいなぁ。十代の子わからんでしょうけど。しかし、貞子も今やSNS時代に突入していますからねぇ・・・まさに呪いが時代を超えている(^^;)

 

 

 

 

失われた小説の探求
サブリミナルはさておき、他のロジックは見事で終盤の謎解きも感慨深さが漂っていて良いです。穴吹奈美子の見た目が若すぎることが盲点になっているところと、エピローグで火村に赤星楽の小説のキャラクターが憑依しているように描かれているのがまた良し。

 

いずれにせよ、書かれることがなかった赤星の最後の小説を復元しようとした私たちの挑戦こそが、そのまま事件の真相を暴くことになったわけだ。失われた小説を探求する現実の私たち自身が、小説の中の登場人物としてもがいていたのだ。

 

この作中の文にもあるように、この『海のある奈良に死す』は事件捜査というよりは、“作者が死んでしまったことで失われた小説を探求する旅”という印象が強いです。なので、他のミステリには無いせつなさとロマンがあるように思います。
シリーズとしても重要ですし、一定以上の年代にとってはVHSあるあるでノスタルジー(?)にも浸れる作品になっているので(^_^)是非是非。

 

海のある奈良に死す (角川文庫)

海のある奈良に死す (角川文庫)

 

 

 

 


ではではまた~