こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『狩人の悪夢』をご紹介。
あらすじ
ミステリ作家の有栖川有栖は、人気ホラー作家・白布施正都と出版社の企画で対談をした際、京都・亀岡にある白布施の家、「夢守荘」に遊びにこないかと誘われる。なんでも、“眠ると必ず悪夢を見る部屋”があるのだとか。興味を引かれ、招待を受けてその部屋に泊まったアリスだったが、その翌日、かつて白布施のアシスタントが住んでいた「獏ハウス」と呼ばれる家で、右手首が切断された女性の死体が発見される。
第一発見者の一人となったアリスは、友人の犯罪社会学者・火村英生と共に事件の謎を追うが――。
タイトル
『狩人の悪夢』は【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)の長編。2017年刊行のもので、シリーズとしては近年の作品です。※シリーズの刊行順など、詳しくはこちら↓
2019年9月29日に『臨床犯罪学者 火村英生の推理2019』単発スペシャルドラマで「ABCキラー」
を放送直後にHuluで「狩人の悪夢」を原作としたドラマが配信されることが決定しています。
『狩人の悪夢』という、このタイトルだけで、長年のシリーズファンは読む前から何やら興奮すると思います。“狩る”“悪夢”など、このシリーズの探偵役・火村英生を語る上で欠かせない単語ですので、このタイトルから「ま、まさか、長年の謎だった火村自身の物語りが・・・!?」と、やにわに期待してしまう訳ですよ。
言ってしまうと、“そういう意味”での期待は肩透かしに終わるんですけど。私自身はタイトルに胸躍ったものの、読む前から“そういうこと”に関しては期待薄だろうという心構えでいたので大丈夫でしたが。「火村英生に捧げる犯罪」や「助教授の身代金」、「鍵の掛かった男」など、タイトルの“あざとさ”には抗体が出来てしまったといか、そのままズバリの形態で書かないところが有栖川作品らしさだという気もする。
が!しかし!
この『狩人の悪夢』は【作家アリスシリーズ】としては火村・アリスコンビにとってはかなりの変化というか進展(?)がありますので、シリーズ重要作品であることは間違いありません。ファンならば必読の書です!
個人的に、角川から刊行の長編はシリーズ的に重要なものが多い印象。
『ダリの繭』
『海野ある奈良に死す』
『朱色の研究』
『狩人の悪夢』と、角川刊行の長編を順に読めば二人の友情の在り方の変化がわかりやすく感じ取れるのではないかと思います。
ミステリとしても派手派手しさはありませんが、有栖川作品らしさにあふれたロジックによるものですので必見。
今作は装丁が非常に良いですよね。
単行本ですとカバー下も凄いです。
この表紙デザインは『ブラジル蝶の謎』
で火村が言われるセリフ、「あんたがハンター気取りの名探偵だってことだよ。犯罪者を蝶々みたいにコレクションして喜んでいる正義の味方か」を受けてのものだと思われます。
フィールドワーク!
今作は火村もアリスも犯罪捜査のフィールドワークをするのが半年ぶりだという設定になっています。二人が顔を合わせるのも半年ぶり。
読者としては、何だかもっと頻繁に会っていそうなイメージを勝手に持ってしまっていますが、二人とも社会的地位のある職に就いている成人男性なのだから、半年ぐらい友人と会う機会がないのは普通のことなんですよね。感覚が麻痺しちゃっているのだなと痛感(^^;)。
【作家アリスシリーズ】はシリーズ途中から「永遠の34歳設定」となっているので、具体的な経過期間を出されると「半年・・・」とか、ちょっと引っかかるものがあるのですが、元々時空が歪んでいるので気にしないことです。
“半年ぶり”であることがお話に結構影響を及ぼしていまして、久しぶりのフィールドワークなせいか、アリスのテンションが高め。「専属の助手やから」と、変な誇りをもって挑んでいます。今作で初登場の編集者・江沢鳩子(鳩ちゃん)が火村に情報提供をしているときに、"火村のフィールドワークの相棒は私なのだから、もっと発言しなくてはなるまい”とか胸中で意気込んでいるのが可笑しい。何の見栄なんだそれは。
火村にしても、アリスに「ずっとこの調子でうまくやってきたじゃないか」と言ったり、駅で会ったときの態度が無愛想だったと電話口で謝罪したりと大人の気遣い(?)をみせたりしています。と、思ったらキツ~いツッコミが飛んできたりするのでアレなんですけども。
狩人
火村は『ダリの繭』で自身にとっての繭(精神的な逃避場所)は何かとアリスに聞かれた際、
「学問にかこつけて人間を狩ることさ」と自嘲的な口調で答えています。
作中で火村は、殺人犯達は皆その瞬間や前後は“悪夢”を見ているような状態だと語ります。「私は、彼らが忘れた夢を思い出してもらう。その悪夢が実は現実だったと理解出来るように」
「人を殺したいと思ったことがあるから」という理由でフィールドワークを続ける火村。嫌なことからは遠ざかって過ごせばいいのに、わざわざ傷口をえぐるように犯罪現場に飛び込んでいくのは自傷行為的に思える。アリスが助手をしているのもそういった心配があるからなんですが。
この事件の主要人物の一人、ホラー作家の白布施の代表作「ナイトメア・ライジング」は他人の悪夢の中に入り込んで敵を狩っていくという物語りで、まるで火村を彷彿とさせるようなもの。悪夢ばかりみていたという白布施のかつてのアシスタント・渡瀬信也は事件を追ううちに前歴が明らかになるのですが、この前歴もなんとなく火村を連想してしまう感じ。
今作の事件は不測の事態続きでひたすら右往左往した、犯人にとっては正に悪夢のような出来事。人を狩った人間が見る悪夢ですね。犯人を表しているようでもあり、火村を表しているようにも取れるタイトルです。
悪夢
長年の友人であるものの、火村が抱えている秘密には今まで深く探らずにきたアリスですが、今作ではかつてなく火村が見る悪夢についてグイグイと切り込んできます。
『ダリの繭』で「答えたくなかったのだ。聞かなければよかった」と思っていたときから比べると、これはかなりの進歩!
『菩提樹荘の殺人』
や『鍵の掛かった男』
を経て、アリスも強気になってきているのか、婆ちゃんから体調の悪さが夢見に影響しているのではと聞いて心配になったからなのか、「どんな夢だ」「どこで、誰を殺すんだ」「健康診断を受けろ」「マグネシウムを摂れ」と、こんな調子で色々言い出してきます。
そして、これも今までは思いながらもハッキリとは言えていなかったことなのですが、
「事件現場に立つこと自体が影響を与えるんやったら、しばらく距離を置いてみたらどうや?」
と、提案もしています。
半年間ほどフィールドワーク(狩り)の機会がなかったことで火村はどうなったかというと、悪夢を見る回数が多くなってしまっていました。それを聞いて、アリスの心配は増してしまいます。
秘密を抱えていた故人・渡瀬に対しての白布施の証言、
『ずっと隠し事をしているのは、精神的に負担だったはず。打ち明けてくれたらよかったのに、そうしてもらえなかったのは僕の人徳のなさでしょう』
というのは、アリスの火村への心情にそのまま当てはまるもので、聞いていてさぞかしやるせなくなるだろうなぁと思う。良き友人だった渡瀬信也と沖田依子が事件を切っ掛けに疎遠になってしまうのとかも。
序盤で『朱色の研究』での事件について少し触れられているのですが、アリスはあの時はさらりと流していたものの、胸中では火村が夢の内容を自分にではなく、朱美ちゃんに明かしたことを意外と根に持っていたようです。どうせなら自分に明かして欲しいとか、明かしてくれるには自分は役不足なのかなぁとか、複雑な想いがあるのでしょうね。
以下、ネタバレ~
ゴースト
今作の謎解きはロジック攻めです。わりと難しいというか、説明を聞いて「なるほど!」というよりは、「な~るほ、ど?」って感じ(^_^;)。
第二の被害者の左手首を切断する理由が解りにくいんですよね。一旦納得はするんですけど、後から「え?そうかな?」とか思っちゃったりする。あと、調理用包丁で手首切り落とすの、結構大変なんじゃないかなぁと。ノコギリとかでないとキツくない?切ったことないんで分かりませんけど。
校閲が真相究明に大きく関わるのがミソ。この本が刊行される前に校閲を扱ったドラマを放送していたので、単なる時事ネタ的に校閲の話題を出しているのかと思いきや・・・ですね。
犯人は予想通りでしたが、アシスタントの渡瀬が白布施のゴーストライターだったというのは最後まで解りませんでした。
読み返してみると、思い至るのが自然なのかなという気はしますが、白布施があまりに堂々と作家然としていたので無意識に可能性を除外してしまっていたのかな。文章の模倣は実際には難しいという思い込みもあったし。白布施の場合は純文学からエンタメホラー小説に転向したというので、ジャンルが違いすぎてバレなかったということなんでしょうね。
で、最初の被害者の沖田依子は、渡瀬信也とかつては親友のような関係で、渡瀬に学生時代に「ナイトメア・ライジング」のオリジナルを読ませてもらっていたことからゴーストの事実に気づき、白布施の元を訪れたら殺害されてしまったという訳です。
アシスタントだった渡瀬信也には過去の事件から自分の名前を世に出すことが出来ない事情があり、白布施の名前で作品を出してもらっていたというのが実情で、渡瀬自身は白布施に感謝していたので、合作だったことを公表して欲しいと白布施に談判しにきた沖田は余計な横やり、無用なお節介をしたようにみえる。
しかし、個人的には沖田さんの気持ちはよくわかるんですよね。凄く同情しちゃいます。作者当人の思いと、ファン心理はまた別というか。
「(略)天国の彼は、沖田さんが下界でしたことを見下ろして、『僕には何の不満もなかったのになぁ』と思うてたかも。けど・・・・・・沖田さんはそれでは嫌やったんや。渡瀬さんのことが好きで、みんなに彼の才能を認めてもらいたかったから」
大切な友人が書いた、大好きな作品が他の人が一人で書いたことになっているのがどうしても納得出来なかった。たとえ本人が望んだことなのだとしても。
追求された白布施も、彼女の主張が正当で、渡瀬自身の希望を叶えてやっているのだとしても、自分が作家として許されない行為をしているという罪悪感があった。けど、純文学出身の白布施にとっては、「小説は独りで書くもの」という意識が強く、合作だと発表することは作家のプライドとして容認出来なかった。作家としての矜持は、自分自身がとうに裏切ってしまっているんですけどね。
そして、世間からの嘲りも恐ろしかった。自分が非難されて然りのことをしていると解っていたから。
かくして、白布施は沖田依子を殺害するに至ってしまう訳です。
毒
解決編ですが、火村は途中から白布施への追求をアリスに丸投げしています。狩りが成功したのはアリスに助けてもらったからだと言うのですが、アリスは自分が貢献したとは気づいていない御様子。
「急所というより・・・・・・お前の矢には毒が塗ってあった。だから、白布施にとって致命的になったんだ」
この“毒”というのは、上記した沖田依子の思いとか、作家としての葛藤や罪悪感を、懐に入ってあやすように引き出したことかなぁと思います。本来もっていた、謝罪したい気持ちが毒のようにジワジワと全身に広がったんじゃないかと。
アリスのこの能力(?)は次作の『インド倶楽部の謎』でも発揮されていましたね。
アリスのこういう部分って火村にとってもある意味毒で、誰よりも評価はしているんだけど、秘密を打ち明けられないのが申し訳ないというか、いたたまれない気持ちにさせているんだろうなと思う。
そして終盤、車の中での二人の会話が、もう・・・。
私、泣きそうになってしまいました。私だけかもしれないんですけど、長年のファンとしてはジワジワとくるものが。自分でも驚きでしたけどね、まさか本格推理小説を読んで泣きそうになるとは。ホントね、アリスみたいな友人は一生大事にしなきゃダメですよ、火村先生。
はて、今作ではさらに最後のビックニュースとして、アリスの担当編集者・片桐と鳩ちゃんとの結婚が発表されています。結婚式に出席してくれと二人に頼んでいるところで終わっていますね。
「永遠の34歳設定」ですが、このシリーズは不変ではなく、その都度変化し続けています。今回事象として大きな変化があったぶん、読者としては何かハラハラとしてしまう気持ちもありますが、今後の変化にも注目ですね。
なにはともあれ、おめでとう片桐さん。招待された結婚式で事件とか起きないのかなぁ~とちょっと期待してしまいますが(^^;)、どうなんでしょう。
ではではまた~