こんばんは、紫栞です。
今回は京極夏彦さんの『百鬼夜行-陰』をご紹介。
サイドストーリーズ
『百鬼夜行-陰』は【百鬼夜行シリーズ】(京極堂シリーズ)
の各作品に登場する人物・関わった人物を主役とした妖怪小説の短編集。【百鬼夜行シリーズ】のサイドストーリーズといったもので、どの短編もシリーズを知らなくても愉しめる作りにはなっていますが、シリーズを読んでいる人の方が何倍も愉しく読むことが出来ます。シリーズのより深み、シリーズ全編を読んだからこその“知っている”喜びを存分に味わえる短編集ですね。
このサイドストーリーズは現在「陰」「陽」の二冊があり、
※『百鬼夜行-陽』について、詳しくはこちら↓
「陰」の方では『姑獲鳥の夏』から『塗仏の宴』までの作品に登場した各事件関係者の過去の出来事や心境が描かれています。
妖怪小説と云えど、中禅寺の登場する【百鬼夜行シリーズ】は憑物落としがあることによってミステリ要素が強い作品となっていますが、この百鬼夜行「陰」「陽」は憑くものの、憑物落としは一切なし。なので“憑きっぱなし”のままにどのお話も終わっています。狂気や妄執に取り憑かれた人々の、正に「妖怪小説」だという代物ですね。
講談社文庫版、
文藝春秋の定本版
と、その文庫版
と、それぞれ刊行されていますが、個人的に本で買うならおすすめなのは定本版。
2013年に「陽」を刊行するにあたり、(出版社変更の事情で)装いも新たに同時発売されたもので、巻末に著者の京極夏彦さん自身によって描かれた画、書き下ろし特別付録「百鬼図」が収録されています。本で各短編の表題に使われている妖怪の画と簡単な説明文が書かれていて非常に親切。各短編への理解も深まる(ような気がする)もので妖怪初心者にとっては大変有り難い代物です。やっぱり鳥山石燕のものだけでは難易度が高いですからね・・・。もちろん京極さんの妖怪画も必見です。
※定本版は実は講談社版でも後に刊行されています。ややこしい・・・。
収録作品
十編収録されています。では順番に各編の主役と物語りの概要をば。シリーズファンである私自身も人物や状況がごっちゃになってしまったりするので、自分用も兼ねてまとめたいと思います(^^;)。
以下、シリーズのネタバレを大いに含みますので注意~
●小袖の手(こそでのて)
主人公・杉浦隆夫
杉浦は『絡新婦の理』の登場人物。“女物の着物を被っていた人”ですね。
子供への恐怖心から教師を辞め、妻も愛想を尽かして出て行き、一人家に引き籠もる生活を続けていたところ、隣家の少女・柚木加奈子(『魍魎の匣』登場人物)が何者かの白い腕に首を絞められているところを目撃し、幻影に取り憑かれる。
『絡新婦の理』で杉浦は加奈子と面識があったと触れられていますが、その詳細が分かるお話。杉浦の犯行直前の心境は勿論、加奈子の家の状況や“あの夜”の直前の様子なども知れるので『魍魎の匣』のサイドストーリーとしても愉しめます。
●文車妖妃(ふぐるまようび)
主人公・久遠寺涼子
涼子は『姑獲鳥の夏』の登場人物。このお話では涼子は幼い頃から小さな女の幻覚を見ることがあり、その小さい女を巡る回想という形でお話が進んでいきます。
涼子は数々の出来事や置かれていた状況のせいで非常に複雑な人物なのですが、このお話ではそれらの“複雑さ”に涼子自身がまったく無自覚な常態だったのが改めて分かるものになっています。
キーワードになっているのは手紙。恋文ですね。『姑獲鳥の夏』での解決編(憑物落とし)で語られていたことと照らし合わせて読むとスルスルとピースが嵌まって色々と納得します。『姑獲鳥の夏』を未読の人には不明箇所が多いかなと思いますので、この本の中でも単体で愉しむのは厳しいお話になっているかもしれません。
●目目連(もくもくれん)
主人公・平野祐吉
平野は『絡新婦の理』に登場した“目潰し魔”。常に誰かに見られているという恐怖“視線恐怖症”に苦しむ平野が、最初の犯行に至るまでの物語り。
精神科医として平野を診察したのは『狂骨の夢』に出て来た降旗弘。そんな訳で、降旗による平野の診察場面があるのですが、降旗も降旗で精神面は大概なので(『狂骨の夢』を読んでいればお分かりでしょうが)だいぶ空回りな診察ぶりですね。実際、『絡新婦の理』で中禅寺に明かされていた通り、この時の降旗の診断は間違いだったので、この診察ぶりは「なるほど」といった感じ。
他に、通りすがりの僧侶として『鉄鼠の檻』での被害者にして事の元凶・小坂了稔も登場しています。
●鬼一口(おにひとくち)
主人公・鈴木敬太郎
この鈴木敬太郎・・・って、誰?と、姑獲鳥から塗仏まで読んだ読者も困惑するでしょう。鈴木敬太郎は他の【百鬼夜行シリーズ】にも登場しない人物です。しかし、実は京極さんの近未来を描いた別作品『ルー=ガルー 忌避すべき狼』
での出来事に大きく関わっている人物。このお話では戦時中に“あるもの”を口にしたために「鬼」に囚われるようになってしまう鈴木の様子が描かれる。この戦時中の体験が『ルー=ガルー 忌避すべき狼』では大きな影を落しています。初読の際、この繋がりに気が付いたときは武者震いしたものです。
【百鬼夜行シリーズ】の方はどうかというと、『魍魎の匣』に登場した久保竣工と被害者の娘の一人・柿崎芳美が出て来ます。久保と話しをしたことがまた鈴木に影響を与えてしまうんですね。
他に、「鬼」の説明役として『塗仏の宴』や『百器徒然袋』に登場した宮村香奈夫(和書専門店「薫紫亭」の店主で中禅寺の書店仲間。覆面歌人・喜多島薫童の正体でもある)も登場しています。
●煙々羅(えんえんら)
主人公・棚橋祐介
またも誰って感じですね。この人は本当にこの短編のみに登場する人物です。幼少期に兄の婚約者が焼身自殺するところを目撃して以降、煙に異様なほど執着するようになり、火消しとなった男のお話。
この“兄の婚約者”というのが和田ハツという名で、棚橋は『鉄鼠の檻』での「明慧寺」の火災に赴いた際に和田滋行が焼死するところを目撃。ハツとそっくりな顔だったと棚橋は云っており、おそらく和田ハツと和田滋行は親族関係にあるのではないかと思われます。棚橋は牧村托雄と鈴の生家の火災にも立ち会っていたと作中で語られており、『鉄鼠の檻』と深く関わるお話になっています。
●倩兮女(けらけらおんな)
主人公・山本純子
山本純子は『絡新婦の理』に登場。「聖ベルナール女学院」の教員で“目潰し魔”の三人目の犠牲者。登場というものの、『絡新婦の理』では既に故人だった人物ですね。
厳格に生真面目に生きてきたために“笑うこと”が出来ず、悶々とその事について悩んでいます。殺害される直前までが描かれ、学院内の売春に頭を悩ませる場面もありますね。“笑い”に対しての考察が読んでいて面白い。
実は山本純子は柴田財閥の柴田勇治の婚約者。なので、柴田勇治とのやり取りも作中にあります。相変わらず、「悪い人じゃ~ないんだけどねぇ・・・」ですね(^^;)
●火間虫入道(ひまむしにゅうどう)
主人公・岩川真司
岩川真司は『塗仏の宴』に登場。警視庁の刑事ですが、藍童子にいいように操られて全てを失い、最後には藍童子を殺害しようとする人物。
このお話では藍童子と出会ってから殺害しようとするまでが描かれています。岩川は一見権威主義で卑怯で好感が持てる人物ではないのですが、平凡さ故に流されて道を踏み外していく様子や心情など、非常に感情移入しやすい人物ですね。岩川は最終的に薬物依存病になっていたので、その描写もあります。
●襟立衣(えりたてごろも)
主人公・円覚丹
円覚丹は『鉄鼠の檻』で「明慧寺」の覚首(リーダー的なもの)を務めていた人物。このお話では祖父・円覚道が立ち上げた新興宗教「金剛三密会」の詳細と顛末が描かれています。
この本の中では一番宗教色が強い作品ですね。作中で明かされる打ち明け話が身も蓋もない。生まれたときから信じ込まされてきたのに、祖父が死んだ途端にこんな事を知らされたらそりゃ愕然とするよなぁと(^^;)。
『鉄鼠の檻』で桑田常信の行者だった(加賀英生の衆道の相手と云えば分かりやすいでしょうか)牧村托雄の父親だと思われる牧村拓道が円覚道の一番弟子として登場します。
●毛倡妓(けじょうろう)
主人公・木下囶治
木下は警視庁の刑事で青木文蔵の同僚として度々シリーズに登場している人物。
娼婦嫌いだとシリーズのなかでも言及されている木下。今作は娼婦嫌いになった理由が明かされるお話。幼少期の体験のせいなんですね。シリーズとの繋がり場面としては『魍魎の匣』で久保竣工のもとを青木と共に訪れた際のやり取りがあります。青木や長門さんが登場しますね。
この短編はこの本の中でもモロに怪談ちっくな物語りになっているのではないかと思います。
●川赤子(かわあかご)
主人公・関口巽
本の最後に収録されているのはシリーズでお馴染みの関口巽の物語り。ここまで九編読んできて最後に関口というのは、なにかボーナストラック的な感じがする。
このお話では関口の“子供を持つことへの恐怖”が語られています。いつも思う事ではありますが、関口はよく雪絵さんみたいないい人と結婚することが出来たもんだなぁと不思議。
『姑獲鳥の夏』の事件前の物語りで、奥さんの他に敦子と鳥口が出て来ます。最後は産婦人科での奇妙な噂話をしに関口が京極堂を訪れる場面、シリーズ第一作の最初の一行、
「どこまでもだらだらといい加減な斜頚で続いている長い坂道を登り詰めたところが――目指す京極堂である。」
で、終わっている。最初に戻るという仕掛けが洒落ていて見事ですね。
以上、十編。
【百鬼夜行シリーズ】は『塗仏の宴』で第一期終了といった感じで一旦の区切りがあります。塗仏まで読んだら、おさらい的気分も兼ねてこの『百鬼夜行-陰』を読むと良いかと。
読んで是非シリーズものの醍醐味を味わって頂きたく思います(^_^)。
ではではまた~