こんばんは、紫栞です。
今回は有栖川有栖さんの『[新版]幽霊刑事』をオススメしたいと思います。
新版
こちらは『幽霊刑事』と書いて「ゆうれいデカ」と読ませるタイトルの作品。
連載されたのは1999年~2000年で、その後2000年~2003年の間に講談社から単行本、ノベルス版、文庫とそれぞれ刊行されているのですが、2018年に新たな文庫版『[新版]幽霊刑事』が刊行されていたことを今更ながらに知ったのでご紹介。
2003年に刊行された文庫版とこの[新版]で何が違うのかというと、この『幽霊刑事』の後日談にあたる短編『幻の娘』が本作に一緒に収録されているところです。
『幻の娘』は2008年に新潮文庫のアンソロジー『七つの死者の囁き』
に収録されたもので、長年有栖川さんの本には収録されずじまいでした。いつかノンシリーズの短編集に収録されるのだろう!と、ず~っと待っていたのですが、この[新版]で長編とセットで刊行され直されていたという訳です。
正直、「ああ、そういうことしますか・・・」って感じで(^_^;)。私は先の文庫版を既に所持して完読している状態だったのですが、
おかげさまで買い直した訳です。ま、この短編の内容的にやはりセットで一冊の本に収録されているのが一番良い形なのかなとは思います。なので、今から読む人は是非[新版]の方で。
各話、あらすじと紹介~
●『幽霊刑事』
あらすじ
刑事の神崎達也は或る日、上司の経堂に呼び出されて射殺される。同僚との結婚を間近に控えての突然の死。経堂に射殺された理由も解らず、無念ばかりを残した神崎は成仏できずに幽霊となるが、恋人にも母にもまったく自分の存在に気が付いてもらえずに途方に暮れる。そんな中、後輩刑事の早川が霊媒体質で幽霊の神崎の存在が見えることが判明。神崎は早川に協力してもらい、自分が殺された理由を解明して経堂を逮捕させようとするが、その矢先に経堂が密室で殺害された。自分が謀殺された事件には他に黒幕がいるのか!?
幽霊の姿をフルに使い、霊媒体質刑事・早川と共に神崎は事件の真相を探る。事件への疑念、恋人への未練を解消し、神崎は悔いを残さず成仏することが出来るのか?
笑いあり・涙あり・謎解きあり!の、恋愛ミステリ小説
『幽霊刑事』は元々、1998年に有栖川さんが原案を提供した同題の舞台劇をふくらませて小説化したもの。
この演劇は賞金・賞品つきの犯人当てイベント『熱血!日立 若者の王様part9 推理トライアスロン』での1回きりの公演で映像化もされていないため、今となってはこの演劇がどのようなものだったのか詳細は分からないですが(有栖川さんはイベント当日の記録ビデオをもらっているらしい)、元が演劇用に書いたものだというのは読んでみると凄く納得。なんというか、お話全体に演劇的な面白さがあるんですよね。
ノンシリーズものなのですが、有栖川さんの作品の中では一番映画化に向いていそうだなぁと個人的には思います。今作は500ページ以上ある結構なボリュームの作品なので小説慣れしてない人にはオススメしにくいというのがあるので、映像化されればなぁ~と。
『幽霊刑事』をネットで検索すると同題の映画が表示されるのですが、
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こちらは銃撃戦での被弾が原因で幽霊と対話できるようになった刑事が(なんか某ドラマで聞き覚えのある設定ですね・・・。こちらの映画の方が公開は先のようですが)猟奇殺人に挑むというホラーサスペンスアクションなんだそうで、この小説とはまったくの無関係。
上記の映画のように幽霊と対話できる人物が主人公で、イタコ捜査官よろしく被害者の霊などから話しを訊いて謎の解明をしていくというパターンのものは結構あって珍しいものでもないですが、今作での主人公は霊媒体質の早川刑事ではなく、被害者で幽霊になってしまった側の神崎。語りの視点も一貫して神崎によるもので、通常の作品ではあまり描かれない幽霊となってしまった者の哀しさや葛藤が描かれています。
幽霊になってしまい、恋人に気が付いてもらえない苦悩などはなんともやるせないですが、コミカルな部分が一杯あって作品イメージはそんなに悲壮なものではありません。なんといっても幽霊の神崎と霊媒体質の早川との二人のやり取りが楽しいです。
イタコ家系の血を引いているものの、実は早川もまともに幽霊をみて会話するのは神崎が初。幽霊初心者(?)であるため、皆が居るところでも神崎に話しかけられて普通調子に応えてしまい、捜査班の面々から「独り言が多くなった」「挙動が不審だ」と度々言われてしまう事態となります。
ここら辺のすれ違いや誤魔化し方がコミカルな演劇風味で楽しくって笑ってしまうのですが、これが最終的には「休職してカウンセリングうけろ」なんてことになってしまって、笑えない可哀想な事態に。現代日本は霊媒体質者に厳しい。此の世は無常ですね。神崎の恋人で婚約者だった須磨子までも・・・ですから。これが常識的な対応ではあるのでしょうが・・・「ファイトだ早川!」と、読んでいて応援したくなる(^_^;)。
奇抜な設定ですが、有栖川作品なのでやはり今作も折り目正しい本格推理小説となっています。今作の謎解きはこの奇抜な設定だからこそ成り立つロジックとなっていて、ミステリとして、小説として物語りが完成されていて良いなぁと感服しました。
幽霊だからこそどこにでも侵入して捜査し放題だったり、空を飛べて移動が自由自在いうのもこの設定ならではで面白いですね。
『幻の娘』
あらすじ
神崎が殺害された事件から2年後。早川は殺人事件の容疑者が「事件発生時刻にある家の窓の処に立っていた娘と言葉を交わした」という主張の裏取り捜査をするが、容疑者の証言を元に製作した似顔絵を持って近隣の住宅で聞き込みをしたところ、この似顔絵の娘は10年も前に亡くなっていると訊かされる。容疑者が見て言葉を交わした存在は幽霊だったのか?霊媒体質である早川は容疑者が見たという“幻の娘”に会おうとするが――。
霊媒刑事として
『幽霊刑事』の後日談という内容で、早川が霊媒刑事として(?)自分が進むべき道を見出す物語りになっています。こちらは一貫して早川視点でのお話ですね。40ページ程の短編です。
自身の霊媒体質を活かして刑事という仕事に向き合い魂と魂を繋ぐ役割をしていこうと決意するところで終わっているので、著者の有栖川さんとしては霊媒刑事・早川を主役とした作品集を書こうかという考えもあったが実現には至らなかったとのことです。それというのも、心霊探偵が主人公の別シリーズ『濱地健三郎の霊なる事件簿』という短編集を刊行してしまったから。
早川が主役のこの『幻の娘』は【濱地シリーズ】のプロトタイプになったとのこと。早川が活躍する短編集も読んでみたかった気もしますが、この早川の存在がなければ【濱地シリーズ】は産まれなかったのだとすると、感謝すべき作品ですね。
以下、若干のネタバレ~
空白
この本の巻末には「※本文545~552ページの空白は著者の意図によるものであり、作品の一部です。(編集部)」という注意書きがされています。
事件が解決し、神崎は恋人・須磨子への想いを告げて(須磨子には聞こえていませんが)消えていきます。
ずっとお前を愛している
たとえ、無になろうと
と、いう文のあとに空白のページが数ページ続き、さらにこの[新版]の方では空白のページの後に海の写真が挿入されてよりもの寂しく、悲しく、寂しく、感慨深くなっています。
映画の『ゴースト』のように、
最後には恋人に強い想いが通じて姿が見えてくれても良いじゃんとか思いますが(須磨子自身も「見えない!」って最後キレてましたからね)、今作では最後まで神崎の姿が見えるのはイタコ体質の早川のみ。
幽霊を登場させているものの、この作品には何となく天国とかあの世とかなさそうな雰囲気で「死ねば無になる」というのがまざまざと見せつけられている感じなので、本当に無常だなぁと。
コミカルな部分が多くある分、このラストは辛いですね。ご都合主義で誤魔化さず、“幽霊”という条件を絶対に崩さずに描いているのは推理小説的厳しさな気がしたりも。でもラストには哀しさだけではなく一種の爽やかもあって、読後感は悪いものではないです。独特の感慨が残る締め方は有栖川作品の特徴ですね。
恋愛と本格ミステリの融合である今作ですが、個人的には神崎と早川のやり取りが楽しくって大好きな作品です。私はやっぱり有栖川さんの笑いのセンスがツボなんですよね。幽霊とイタコのコンビでシリーズ化して欲しいくらいですが・・・ラストを読んで現実は甘くないなぁと(^_^;)。
後日談の『幻の娘』は早川が奮闘するお話ですが、やっぱり神崎がいないのは寂しいなぁと思ってしまいますね。
そんな訳で、笑いあり!涙あり!謎解きあり!の、大満足エンタメ作品になっておりますので、気になった方は[新版]で是非。
ではではまた~