こんばんは、紫栞です。
今回は中山七里さんの【刑事犬養隼人シリーズ】をまとめたいと思います。
犬養隼人シリーズとは
犬養隼人は警視庁捜査一課の刑事として、中山七里さんの作品に度々登場する人物。各シリーズで世界観を同じくしている中山七里作品ではお馴染みの脇役刑事さんでして、【刑事 犬養隼人シリーズ】はその犬養隼人が主役として活躍しているシリーズです。
昨年から中山七里作品をちょこちょこ読んできたのですが、
今度は【刑事犬養隼人シリーズ】の四作目「ドクター・デスの遺産」が映画化されると知ったので、このシリーズをまとめて読んでみた次第です。
犬養隼人がどんな人物かというと、野郎の嘘を見抜くのが得意な警視庁内では検挙率一・二を争う刑事。
端正なルックスの持ち主で、刑事になる前は俳優養成所に通っており、その頃に表情筋の動きや無意識下の仕草などで嘘を見抜く技術を習得。しかし、なまじルックスが良いおかげで若いころから女性に困ったことがなく、向こうから次々に寄ってくるので今まで相手女性の気持ちを汲むこともなくここまできてしまったためか、現在30代半ばでバツ2の独身。男ぶりはいいものの、女心にはとんと不得手な〈無駄に男前な犬養〉という称号を警察内で与えられている。
と、なんだか同性にとっても異性にとっても腹立たしいような人物設定ではありますが(^_^;)。クールで優秀な刑事ですので、上司や同僚には信頼されています。
最初の奥さんとの間に病気療養中の一人娘がおり、月に一度は必ず娘のいる病院に見舞いにいくことを己に課しています。なので、長編では毎回お見舞いに行くシーンが挿入されています。娘は犬養に対していつも冷ややかな態度ですが、このシーンでいつも事件への士気を高めたり発想のヒントを得たりするといった流れ。
長編ではダークヒーローというか、有名な悪役の名称を綽名とする犯人と対峙するのを決まりとしているようで、社会問題をテーマとして扱う推理小説。中山七里作品なので、もちろん終盤にはどんでん返しあり。社会問題を扱いつつ、ラストはどんでん返しで読者をアッと言わせるのは中山七里作品でよく見られる特徴ですね。
では、シリーズを刊行順にご紹介。
●「切り裂きジャックの告白」
長編。
臓器をすべてくり抜かれた死体が発見される事件が続けざまに発生。犯人は「ジャック」と名乗ってテレビ局に犯行声明文を送りつけてくる。“切り裂きジャック”の模倣、愉快犯の無差別殺人かとみられたが、捜査していく中で被害者達はいずれも近年に臓器移植をうけた患者達であることが判明。犯人「ジャック」も世間に向けて驚きの告白をして――
と、いったお話。
連続殺人犯として世界一有名な通称「切り裂きジャック」。今作は1888年に切り裂きジャックが死体に施した損壊、“臓器を切り取る”という箇所を使い、現在の臓器移植問題が絡んだ事件を描いているのが秀逸な点。最初、猟奇性に気を取られるが実は・・・といったものですね。
読者が特に猟奇的な犯行に関心が囚われてしまう理由の一つとしては、同作者による『連続殺人事件カエル男事件』が念頭にあるからというのもあると思います。
事件の概要が似ていますし、『連続殺人事件カエル男事件』の主役・古手川が警視庁に出向中で犬養とコンビを組んで相棒として登場しているのもまたダメ押し。時系列としては、今作は『連続殺人事件カエル男』事件の後となります。なので、古手川の成長も少し拝める後日談として読むことも出来ますね。古手川の無数にある傷跡を見て、「歴戦の勇者」なんじゃないかと犬養が勘ぐるのが可笑しい。そう、古手川は不死身だから・・・。
臓器移植云々なお話であり、事件が起こったことによって世間で臓器移植に対しての議論が巻き起こる・・・と、いう中山七里作品お馴染みの展開をする訳ですが、これも毎度のことながら、世論がこんな極端な移植反対意見に傾くのかという疑問が。
しかし、臓器移植を受けた後も免疫抑制剤の投与を続けなければいけないとか、品行方正な生活をしていないと批判の対象になるなど、改めて気付かされる部分も多かったです。移植手術すればすぐ元気になって治療も終了するのだと思いがちですが、それは間違いなのだなぁと。
ミステリとしては予想通りの犯人と見せかけてどんでん返しがあり、最後の最後まで楽しませてくれます。「どんでん返しの帝王」とあって、中山七里作品だといつも「このままでは終わらないんでしょ?」と期待してしまうのですが、その読者の期待に今作も応えてくれています。
しかし、「息子はまだ生きている」と提供した臓器に固執する母親がでてくるのですが、この母親の心情と最終的に判明する真相とが合致しなくて不自然さが残りました。この母親なら“ジャック”のやった事が許せなくって怒り狂うと思うのですけどねぇ・・・。
●「七色の毒」
短編集。
一 赤い水
二 黒いハト
三 白い原稿
四 青い魚
五 緑園の主
六 黄色いリボン
七 紫の供花
と、タイトルの通り、それぞれ色の違う毒が描かれる七編収録。
私は中山七里さんの短編集を読むのはこの本が初だったのですが、40ページほどの短編でもキチンとすべてに驚きの真相・どんでん返しがあるのにはしました。毒っ気の強い悪意が見え隠れする、個人的に非常に好みの短編集です。
ミステリの仕掛けは勿論ですが、収録されている七編はどれも実際に世間を一時騒がした事柄が盛込まれていて、読んでいると当時のニュース・マスコミ報道などの記憶が蘇ってきますね。「白い原稿」に至ってはあまりにも“まんま”で何だか笑ってしまいます。かなり攻めてるなぁと。心配になるほどです。やっぱり作家としては“あの人”の小説家デビューの仕方は思うところがおありなのでしょうね(^_^;)。
私が特に好きなのは「黄色いリボン」。子供の視点での語りでSFチックで幻想的な話が展開されるも、最後に明かされる真相は超現実的な毒。他の短編も長編もそうですが、中山七里作品は色々な要素を欲張りに盛込みつつも、最終的にはしっかりどんでん返しミステリとして話しをまとめているのには感服しますね。短編だと特にこの部分の作者の技量を感じることが出来ます。
●「ハーメルンの誘拐魔」
長編。
記憶障害を患っている15歳の女の子が、母親と一緒に外出中に忽然と姿を消した。現場には生徒手帳と「ハーメルンの笛吹き男」の絵葉書が。その後も少女が誘拐される事件が連続して発生。誘拐された少女たちは皆、子宮頸がんワクチンに関わる子たちだった。そんな中、「ハーメルンの笛吹き男」から、製薬会社と産婦人科協会に70億円の身代金を要求する手紙が届き・・・な、お話。
子宮頸がんワクチン被害問題がテーマ。一時報道番組などで取り沙汰されていたことは覚えがあるのですが、記憶障害の病状まで起こるとは知らなかったな~と、思いながら読んでいたのです。
が、読後に少し調べたところ、子宮頸がんワクチン被害に関してはまだ全容が明らかにされているとは言い難く、まったく別の意見や派生問題などもあって、作品で「これが真相だ」というように扱うのは危険というか、アンタッチャブルなテーマのようです。なので、『ハーメルンの誘拐魔』は今後も映像化は避けられるのではないかとか言われていますね。
今作を読むと「製薬会社や産婦人科協会許すまじ!」という気になってしまいますが、書いてあることを丸呑みに信じるべきではないのかもしれません。医療問題はやっぱり難しいですね。
個人的にはワクチン被害問題への意見よりも、推理小説としてアンフェアな部分が気になってしまってモヤモヤしました。冒頭に被害者の母親視点で誘拐されたときの心境が描かれているのですが、この時の母親の心境が、最後に明かされる事件の真相と辻褄が合わないのですよね。事柄だけではなく、心境面での辻褄も合わせてくれないと駄目だろうと。うーん、ミステリならこういった部分はキッチリさせるのが前提だと思うので、これはいただけないですね。
身代金受け渡しの際の犯人との攻防など、今までにない犬養が見られるのは面白いのですが、最後のどんでん返しを読んでもスッキリしなかったのが残念です。やはり答え合わせは徹底的に。
●「ドクター・デスの遺産」
長編。
警視庁の通信指令センターに少年から通報が。自宅で病気療養中だった父親が、“悪い医者”に殺されたというのだ。最初は子供の悪戯による通報かと思われたが、犬養たちが調べてみると、かかりつけ医ではない医者が確かに訪れていたこと、遺体に治療とは別の薬物が注射されていたこと、さらに、少年の母親が「ドクター・デス」と名乗る“安楽死を20万で請け負う”黒い医者と接触していたことが判明。「ドクター・デス」は自身のサイトで「今までに何例も安楽死を手掛けている」と書いていた。犬養たちはサイトを足掛かりに「ドクター・デス」を追うが・・・な、お話。
今度は安楽死がテーマ。また難しい問題を・・・てな感じですね(^_^;)。「ドクター・デス」って名称、私は知らなかったのですが、積極的安楽死を推奨したジャック・ケヴォーキンという病理学者がその異名で呼ばれていたらしいです。
安楽死を推奨する医者というは、日本だと手塚治虫の漫画作品『ブラック・ジャック』に登場するキャラクター「ドクター・キリコ」が有名ですね。「ドクター・キリコ事件」とかありましたし。作中でキリコの話もしてくれるかと期待したのですが、残念ながらしてくれませんでした。しかし、作中のサイト〈ドクター・デスの往診室〉というのは「ドクター・キリコ事件」をモデルにしたのかもしれません。
今作はミステリ的仕掛けというよりも、事が判明してからの終盤の展開が見物ですかね。安楽死は様々な意見があり、明確な正解など見いだせるはずもないものですので、当然色々と考えさせられます。300ページちょっとの話で安楽死の様々な側面がすべて描けるはずもないので、そこら辺はやっぱり物足りなさというか、別意見が言いたい気分になってくる。文庫版では宮下洋一さんの解説が別の側面での問題を指摘していて、補われたようでスッキリしました。
以上、2020年4月現在で4作刊行。
※2020年5月29日にシリーズ5作目となる「カインの傲慢」が刊行されました!↓
医療×ミステリ
シリーズの主要人物は犬養の他に、上司の麻生と三作目『ハーメルンの誘拐魔』からコンビを組んでいる(第一作にも脇で出ている)女刑事・高千穂明日香、そして犬養の娘・沙耶香。
沙耶香が肝機能障害で透析治療を受けているという設定のためか、【刑事犬養隼人シリーズ】の長編はすべて医療絡みのものが続いています。主人公の犬養自身は警視庁捜査一課刑事という設定なので、医療物で無理に統一することはないのではないかと思うのですが、今後も医療問題提起が続くのでしょうか。
規格外の弁護士【御子柴礼司シリーズ】
などと違って、犬養は法律厳守側の刑事なので、その視点での問題提起はどうしても体制批判的になりがちですね。一方的な批判というのは、どんなに正しく思える主張でも読んでいると疲れるもの。真逆の意見というのも一応作中で触れられてはいるのですが、病気の娘がいる犬養視点ですと、どうしても病人側の意見が強めになってしまいますね。
医療とミステリの掛け合わせ作品は海堂さんなどが有名。
医療問題を扱っているとあってネタが被っている部分もあるのですが、医療の部分に関してはやはり医者である海堂尊さんの描き方の方がリアリティを感じます。
短編集の『七色の毒』が凄く面白いし、医療問題以外の【刑事犬養隼人シリーズ】長編も読んでみたいなぁ~と思うのですが・・・どうなのでしょう。
犬養の娘・沙耶香ですが、シリーズ第一作『切り裂きジャックの告白』では取り付く島もないほど犬養に冷ややかな態度をとっていたものの、シリーズを追うごとに態度が軟化してきています。
『ドクター・デスの遺産』では犬養の前でBL本の説明をしていてビックリした(^^;)。
犬養は妻子ある身でありながら女作って家を出て行った男ですからね(しかも、その女ともすぐ別れた)、娘としては嫌って当然で、病室に通われても気分が悪くなるってなもんですよ。それを普通に会話してくれるようになっているのだから、沙耶香ちゃんは相当いい子ですよね。個人的にはもっと痛い目に遭わせろと思うのですけど。浮気男許すまじ。
相棒の高千穂明日香は何故か犬養を嫌っていて、嫌っている理由はまだ明かされずじまいです。ま、妻子ある身でありながら女作って家を出て行った男という事情を知れば、女は皆嫌うかもですが。
しかし、嫌っている割にはことある毎に犬養を巻き込もうとしたりするなど単純に嫌っているということでもなさそうな気配も。今のところ、訳もなく犬養を嫌って捜査で足を引っぱる相棒状態で、やたらとムカムカする存在なのですが・・・今後に期待ですね。
映画・ドラマ
シリーズの最新作である『ドクター・デスの遺産』は2020年映画公開予定です。キャストは犬養隼人が綾野剛さん、高千穂明日香が北川景子さん。
犬養隼人シリーズは2015年と2016年にテレビ朝日系スペシャルドラマで2作放送されています。このドラマでは犬養隼人を沢村一樹さんが演じていました。映像化されたのは『切り裂きジャックの告白』と短編集『七色の毒』に収録されている「白い原稿」。
私はこのドラマを観られていないのですが、沢村一樹さんの方が原作の犬養のイメージには近いですね。原作では犬養は30代半ばの設定なので、年齢はちょっと合わないですが。
原作ですと犬養と明日香はもっと年齢差があるイメージ。なので、映画では色々設定を変更されてになるかもしれませんね。
映画化で気になった方などは是非。
ではではまた~