夜ふかし閑談

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『生ける屍の死』あらすじ・ネタバレ感想 特殊設定ものの名作~

こんばんは、紫栞です。
今回は山口雅也さんの『生ける屍の死』をご紹介。

 

生ける屍の死(上) (光文社文庫)

 

あらすじ 
1990年代末、アメリカ各地では不可解な死者の蘇り事件が頻発していた。
ニューイングランドの片田舎・トゥームズヴィルでバーリイコーン一族が経営している大規模な霊園「スマイル霊園」。三ヶ月ほど前、ボストンでカレッジに入学する準備を進めていたグリン(フランシス)は、長患いが悪化した祖父スマイリーに財産分与の為にこの「スマイル霊園」に呼び寄せられる。


祖父スマイリーが死にかけているなか、「スマイル霊園」でパンク青年のグリンは一族に馴染めず、スマイリーの息子ジョンの愛人イザベラの連れ子であるチェシャ(サーガ)とパンク同士ということもあって意気投合し、二人で遊び歩く毎日を過していた。
ある日、一族のお茶会で毒を口にしてしまったらしきグリンは自室でひっそりと死んでしまうが、甦り現象によって“生ける屍”となって目覚める。
グリンは自分が毒を飲むことになってしまったのはスマイリーの遺産相続を巡っての殺人計画の煽りを食ったのではと考え、周囲に死者であることを隠して自分の死の真相を突き止めることを決意。身体にエンバーミングを施し、独自に調査を開始する。


しかし、その後も「スマイル霊園」では事件が発生して人が死に、そして甦った。死者が次々に蘇る状況下で、なぜ犯人は殺人を犯すのか?
肉体が崩壊するまでに謎を解くべく、グリンは“生ける屍”として「生ける屍の死」の謎を追う――。

 

 

 

 

 

 

 

 

ランキング常連の名作
『生ける屍の死』は1989年に東京創元社の日本人作家書き下ろし長編探偵小説シリーズ鮎川哲也と十三の謎》の十一巻目として刊行されたもので、山口雅也さんのデビュー作。いまだに数々の推理小説ランキングで上位に食い込み続ける日本推理小説界の超有名作です。
単行本の後に1996年に創元社から文庫版が刊行。 

 

 

 2018年には全面改稿されて光文社文庫から上下巻で刊行されています。

 

 

 

 

 

創元推理文庫も単行本から全面改稿されているのですけども。

私は創元推理文庫で読んだのですが、二度も改稿されているとなると新たな改稿版も改稿前の単行本版もどう違うのか気になってきますね。


ことある毎にミステリのオススメページで紹介されているので読んでおこうと買ったものの、創元推理文庫版で650ページほどと結構な厚さがあったことと(創元だと字も小さいしね・・・)アメリカが舞台なので登場人物はほぼ西洋人ということで、登場人物のカタカナで覚えにくい名前が一覧に30以上並んでいる、家系図・見取り図がある等々・・・色々と威圧感があり読み始めることが出来ず、ずっと放置していました(^_^;)。

 

この度やっと読み終わる事が出来たので、こうやって紹介している訳ですが、ビビっていた割にはというか、思っていたよりも読みやすかったです。登場人物はやはり途中名前と人物が分からなくなって一覧を何度も見返したりしましたが、揶揄や皮肉が効いたいかにもアメリカ的な会話(アメリカ人がどんな会話しているのかリアルに接したことはないですが・・・)は軽快だし、死や葬儀に関しての逸話やウンチクが随所に散りばめられていて興味深く読みすすめることが出来ました。

 

 

 

 

特殊設定もの・ゾンビ探偵
上記のあらすじからも判る通り、今作は“死者の甦り現象”が前提となった世界で推理が展開される「特殊状況設定もの」。

既存の枠組みから逸脱しているこの手のミステリは、界隈が飽和状態になっている昨今ではさほど珍しいものではなくなっていますが、

 

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今作が刊行された30年前はかなり斬新に受け取られて「ナンセンスだ」と感じる人もまだまだいたのではないかと。

 


しかし、ただ奇をてらっているだけではないことは今作を読めばすぐに分かります。謎を解き明かしていくプロセスは間違いなく王道のそれで、きっちりと伝統的な推理小説を踏襲しつつ、この特殊設定だからこその仕掛けは大きな驚きと納得を読者にもたらしてくれます。

 

「特殊状況設定もの」は特殊設定の厳密なルールがしっかりと読者に提示されることが大前提で重要なところ。今作の特殊設定は“死人が甦る”という現象。
死人が甦るとはいえ、ゾンビ映画などから連想されるような意思を持たずに人に襲いかかるようなゾンビではなく、意思や思考能力は生前と変わらないまま屍の肉体が動いている状態。所謂、「魂」というものが遺体から出ずに留まり続けている状態ですかね。
腐敗も止まる訳ではなく肉体は通常通りに崩壊していくので、結局甦った「死者」にも“身体が保てるまで”という期限があります。

 

主人公のグリンは物語の途中で「死者」となり、ゾンビとなって事件の謎を追うというゾンビ探偵。
途中で死んでしまうのも驚きですが、ゾンビが探偵するのも驚きですね。被害者の幽霊がイタコ体質刑事と共に事件を追うようなものはありますが、

 

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被害者自身がゾンビとなって探偵役をするのは前代未聞かと。
グリンは腐敗を遅らせるため身体にエンバーミングを施し、血の通っていない青ざめた顔をパンクメイクで、混濁した目をサングラスで隠しつつ、冷たい身体を悟られぬように人との直接接触を避け、体内で腐敗する恐れがあるので食事もとらない・・・等々、生者として振る舞うために偽装し、行動に気を付けながらという大変さ。加えて、「もう死んでいるのだ」という絶望は常にあり、意識がしっかりしたまま身体が朽ちるのを体感させられる。私が知る限り、今まで読んできたなかで一番過酷な身の上の探偵役ですね。 


特に、想いを寄せているチェシャがグリンとの先の未来を無邪気に言ってくるのがなんとも辛い。グリンとチェシャがお互いに好意をもちつつもまだ恋人未満な関係だったのがかえって切なさに拍車をかける感じ。  
スマイル霊園顧問で死学者のハース博士だけがグリンが死者であることを知っている存在で相談にのってくれたり一緒に推理したりしてくれます。ハース博士がいないとこのお話は酷しいところがあると思いますね。こんな辛い状況におかれているグリンですが、相談相手になってくれるハース博士がいてくれて本当に良かった(^_^;)。

 

 

 

 

 

以下、ガッツリとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トリック
今作のミステリとしての仕掛けの要は「死者」が死んだタイミングと誰が「死者」か。
そして、死者が甦る状況の中で殺人が行われる理由、ホワイダニット(なぜ犯行に至ったのか)ですね。

 

グリンが毒で死んだ後に、スマイリーが死亡。スマイリーの息子であるジョンが殺され、甦って逃走するというのが物語の一連の流れ。※実際はもっと複雑に生者と死者が入り乱れてカオスな状態になっていますが。

 

真相を簡単に説明すると、実はジョンはスマイリーよりも先に犯人に殺されており、スマイリーからの遺産を自分の子を宿しているイザベラに残そうと考えた。遺産相続権を得るには自分がスマイリーよりも後に死んだと皆に思わせねばならないので、死亡推定時刻を誤認させるために自分の他殺事件を自作自演した後に姿を消した。

 

ジョンを殺したのはスマイリーの後妻であるモニカ。モニカは誰よりも先に突然死しており、「死者」となった後で甦ってジョンを殺害。甦ったジョンはモニカがしでかしたことを盾にスマイリーに自分に遺産を相続させるように詰め寄り、遺言状の書き換えを辞めさせ、モニカのことを説得させて「生者」を装わせた。その後死期が近づいているはずだが中々死ねないスマイリーは自分の死は自分で決定しようと決意して自殺(が、人知れず甦って隠れていましたが)。ジョンは自分の他殺事件を偽装する。

 

グリンが毒死してしまったのは単なる事故で、砂糖壺に誤って砒素が混入してしまったため。

お茶会で砂糖を使ったのはグリンとジョンとモニカの三人なのに、自分は死んで他の二人は何ともない事実からグリンはジョンとモニカはお茶会よりも前に死んでいて、自分と同じように生者のふりをしていたのではないかと推理を巡らし解明に至る。
生ける屍になったからこそ辿り着けた真相という訳ですね。


で、ホワイダニット“何故モニカは犯行に至ったのか”ですが、モニカはスマイリーを元妻から略奪した罪悪感と、息子を亡くし、その遺体が火葬されてしまったことによって気が触れてしまい、高齢で認知症の病状もあってと正常な行動や思想が出来る状態ではありませんでした。
熱心なカトリック信者であったモニカはキリスト教「終末に神は再臨したキリストと共に最後の審判を行なう。その時、生者のみならず死者たちも甦り、裁きを受ける。甦った死者たちのうち、罪なき者は永遠の生命を得、最後まで神に反逆する者は再びの死、第二の死・魂の死をむかえる」という復活信仰にしがみつくように。


そんな中、アメリカ各地で死者の甦り現象が発生。自身も“生ける屍”として甦ったモニカは、今こそ審判の時なのだと霊園で火葬を推進しようとするジョンを殺害。

 

「(略)彼女はいったんジョンを死者の状態に置いて、彼の罪の深さがどれくらいのものか、神の裁きに委ねようとしたんだ。つまり、火葬を唱えたジョンの罪が赦されるなら、彼は復活して永遠の生命を得、生者と変わらぬ振る舞いをするだろう。逆に、彼の罪が赦されなければ、彼は再び聖書でいう第二の死――魂の死の屈辱にまみれることになる・・・・・・」

 

と、モニカなりのこのような理論で犯行に至ったと。これが、死者が次々に蘇るおかしな状況の中でわざわざ殺人を犯す理由なのです。

 

「火葬を唱えることがそんなに罪深いのか?」と、日本人の感覚では思ってしまいますが、復活信仰を妄信しているモニカにとっては遺体を火葬することは復活を妨げる許しがたい行為だということらしい。アメリカの片田舎が舞台というのもこういった宗教観がお話の重要な要素になっているからなのですね。だから、登場人物名でつまずいてもめげずに読みましょう。

 

 

 

 

メメント・モリ(死を想え)
「死者の甦り」に意味を見出し、このようなことをしでかしたモニカ。「この気まぐれな甦り物語に意味はあったのか?」と、謎解きを終えて、やりきれぬ想いでスマイル霊園を飛び出したグリンは考えます。そしてグリンは、「死者の甦り」はただの現象だと結論づける。通常の生や死にだって完璧な意味やら誰かの意思やらを見出すことはできないからと。
結局、世の中で起こることは現象でしかなく、個々が捉えたいように捉えているに過ぎない。「死」がまとわりついた生い立ちから常に「死」を想ってきたグリンは、“生ける屍”となって事件を追った数日間を経て自身のメメント・モリに結論をつけ、一緒に車で飛び出したチェシャにそれを告げる。

 

読者としてもわかっていたことではあるけれど、物語の最後は切なくて哀しいものとなっています。しかしそれだけではなく、感慨深いハッピーなエンドでもある。

南を目指していたはずのピンクの霊柩車が、最後の一行で”北を目指して”となっているところは物語の冒頭に戻る“繰り返し”を暗示しているようでもあり、作り込まれたストーリーに感服します。
名作だと言われ続けているのも納得の作品でした。気になった方は是非。

 


ではではまた~