夜ふかし閑談

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『朱色の研究』あらすじ・ネタバレ感想 作家アリスシリーズ初期の代表作!

こんばんは、紫栞です。

今回は有栖川有栖さんの『朱色の研究』をご紹介。

 

朱色の研究 「火村英生」シリーズ (角川文庫)

あらすじ

「二年前の夏のことです。・・・・・・私の知っている人が殺されたんです。犯人は、まだ捕まっていません」

夕焼けで一面朱色に染まった大学の研究室で、火村英生はゼミの生徒・貴島朱美から、ある未解決殺人事件の調査を依頼される。

その未解決事件の関係者の一人は『オランジェ夕陽丘』というマンションに住んでおり、このマンションは友人・有栖川有栖の自宅マンションのすぐ近所だった。調査で近くまできがてら友人宅を訪れそのまま泊まった火村だったが、翌日の早朝に有栖川宅に「今すぐにオランジェ夕陽丘の806号室に二人で行け」と電話がかかってくる。

怪しみながらも言われた通りにオランジェ夕陽丘の806号室に向かった二人がそこで見たものは、ある男性の他殺死体だった。

これは犯人から火村への挑戦なのか――?

臨床犯罪学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖が過去と現在、二つの殺人事件の謎に挑む。 

 

 

 

 

 

 

 

 

賛否が分かれる作品

『朱色の研究』は【作家アリスシリーズ(火村英生シリーズ)】の初期の長編小説。  

 

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タイトルの『朱色の研究』はシャーロック・ホームズシリーズの長編小説『緋色の研究』のモジリになっています。

 

 (翻訳によっては『緋色の習作』となっている本もありますが…)

 

シリーズの代表作的な扱いをわりと(?)されていて、漫画版では唯一長編でやりましたし、ドラマ版でも初回から伏線が張られて重要な事件としてつかわれていました。(ドラマの事件自体の出来は最悪でしたけどね…)

 

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ですがこの作品、推理小説としては結構特殊なものとなっていて、賛否が分かれる代物になっています。

よく、有栖川ミステリは犯行動機が難解だと言われたりするのですが、『朱色の研究』はその筆頭として名前があがる作品。作中の犯人がしている行動も、その一筋縄ではいかない動機を踏まえないと理解出来ないものになっているので、人によっては解決編を読んでも納得することが難しかったりするかと。

しかしながら、それらも全部ひっくるめて有栖川ミステリらしさが炸裂している長編小説で、主要人物の過去・情景・謎解明に至るロジックまでも“朱色”でまとめあげられた、非常に完成された作品だと感じることが出来ます。だからこそシリーズの代表作として出されるのだろうと思いますし、個人的に私もシリーズの中で特に好きな作品です。

 

火村先生の悩める悪夢の具体的な内容も明かされるとあって、【作家アリスシリーズ】をしっかりと楽しみたいなら絶対に読まなければならない必読の長編ですね。

 

 

 

 

 

二つの事件 

長編ですが、この作品は前半と後半でお話が綺麗に区切れるようになっています。漫画版は上・下巻で二冊、ドラマも二週に分けての放送で、どちらも同じところで分けられていました。

 

 

前半は夕陽丘にある幽霊マンションでの殺人事件に使われた、如何にも推理小説的なエレベーターを使ったトリックの解明を、後半は二年前に起きた宗像家の別荘で起きた殺人事件を調べるべく和歌山に向かい、犯人を特定して解決。

幽霊マンションである種都会的なミステリを、和歌山で旅情ミステリをと、前・後で趣がガラッと異なるのが特徴的で面白いところ。

 

アリスのマンションに犯人から電話がかかってくる。

二人で言われた通りのマンションの部屋へ行ってみるとそこには死体が。

警察の捜査が始まってすぐ、謎の人物に脅迫されて死亡推定時刻にずっと現場にいたという不可解な証言をする男・六人部があらわれる。

現場にいたと主張する一方で、死体など見ていないし事件のことも知らないと言い張る六人部。あまりにも不可解な状況。

彼は嵌められたのか?そして、これは犯人から火村への挑戦なのか――?

な、始まりたかたはワクワクするし、大阪県警のお馴染みの面々を交えての謎解きは、いつものこのシリーズの短編の醍醐味を味わえる通常運転の愉しさ。 

 

六人部を嵌めたトリックを解き明かした後、日を改めて和歌山に向かってからは二時間ドラマ的な旅情ミステリちっくで、和歌山の名所を(何故か)二人でワチャワチャしながら巡っています。これはシリーズの長編での通常運転ですね。

 

「警察署とか目撃者に話し訊きにいくぞ~」と宗像家に車を提供してもらって二人で巡る訳ですが、時間が空いたといって和歌山の観光地にも立ち寄る。調査しますと言って人様の車借りてるのだぞ?と、言いたくなりますが・・・。和歌山で有名な観光地!なので恋人岬にも行っちゃう。

来ちゃったぞ、この人達は。と、読者的には思ってしまうのですが、男二人で場違いなのも気にせず、火村とアリスの二人は「観光地における撮影スポットについて」の議論を交わしていたりする。アリスが原稿用紙一枚分講釈をたれて火村を呆れさせているのが可笑しい(状況も色々可笑しいですが)。

 

このように、事件には関係ないのに観光地を巡るのは【作家アリスシリーズ】の長編では多々あることです。二人のやり取りが面白いので別に良いしドンドンやってくれなのですが、「お話には余計なのに何故?」というのは読んでいると少なからずある。「取材したから書きたいのね」と、いつも勝手にホンノリ可笑しく思って読んでいる・・・(^_^;)。

 

【作家アリスシリーズ】の短編と長編の通常運転の面白さを一緒に味わえる作品。・・・ですが、このような通常運転とは外れた、思わぬ展開と真相が最後に待ち受けて読者の意表を突くのが今作『朱色の研究』です。 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンパシー 

調査の依頼人である貴島朱美は両親や叔父が亡くなったときの過去の経験からオレンジ色恐怖症になってしまった人物。 

トラウマで苦しみつつもそれに立ち向かうために事件調査を依頼してきた朱美に、自身も同じようにトラウマを抱えている火村は少しでも力になれるならと無償での事件調査を引き受ける。

この時点で朱美にシンパシーを抱いている火村ですが、宗像家の別荘で夜中にアリスと宅飲みをしていた最中(自分たちで買い込んできたお酒とお菓子でやってるんですよね、これ。人の別荘でなにしてんだ…)、朱美ちゃんが悪夢をみて悲鳴をあげて飛び起きた場面に直面。これまた自分と同じ癖を持っているとますますシンパシーを抱いたのか、朱美ちゃんを元気付ける為に今までアリスにも明かさなかった自分が度々みる悪夢の具体的内容を語ります。「人を殺す夢」だと。 

 

朱美ちゃんを元気付けるための火村の何気ない告白でしたが、火村を苦しめている悪夢の内容は、アリスにとっては今まで訊くに訊けなかったタブーな話題だったので、思わぬ形で知ることとなり正に棚からぼたもちな出来事でした。

 

「あなたのおかげで私の積年の疑問も解決しました」と、朱美ちゃんにアリスは感謝の意を示していますが、その後の作品(菩提樹荘の殺人』『狩人の悪夢』など)

 

菩提樹荘の殺人 (文春文庫)

菩提樹荘の殺人 (文春文庫)

 

 

 

 

をみるに、火村が悪夢の内容を自分にではなく朱美ちゃんに対して告白したことをアリスは割りと根に持っていたようです。

「長い付き合いの自分にはずっと打ち明けてくれなかったのに…」という悔しいような複雑な心情があるのかもしれません。

朱美ちゃんが部屋に引っ込んだ後、アリスが改めて「お前は、夢の中で誰を殺すんだ?」と訊いたら、「そりゃ、殺したい奴さ。誰だっていいだろうが」と朱美ちゃんに対してとはうって変わってのけんもほろろな返答だったしね・・・(^_^;)。

とはいえ、これは本人が隠したがっている領域にむやみに立ち入るべきじゃないと変に気にして訊くのを憚っていたアリスにも落ち度はあるのですが。(火村は火村でアリスのそういうところに甘えているのかもしれないですがね・・・) 

 

気にかけつつも相手の領域にはズカズカ踏み込まず、静観して見守るというのはアリスの人間性の一つ。 

火村が朱美ちゃんにシンパシーを抱いている一方で、アリスは事件の容疑者の一人である六人部にシンパシーを抱きます。 

色々な目にあった朱美を心配し、恋心を抱きながらもその想いを告げることはせずに長年密かに見守り続けているという六人部にアリスは「彼と私は似ているのかもしれない」と思い、容疑者の一人であることは承知しながらも最初から好印象を持ち、同情的な態度をとる。

 

朱色に囚われている者(火村・朱美)と、朱色に囚われている者を“見ている”者(アリス・六人部)。両者が対比して描かれている訳ですね。

 

 

 

動機

『朱色の研究』は動機が最大の特徴となっている推理小説

「なぜ、犯人は大野夕雨子を殺したのか」

「なぜ、犯人は態々火村に遺体を発見させ、挑戦するような真似をしたのか」

これらの動機の解明がこの物語りの要で、ある意味トリックや犯人を推理することよりもよっぽど難解なものになっています。

 

幽霊マンションの事件で自らの信じがたい証言により筆頭容疑者となった六人部。疑ってくれと言わんばかりの行動と状況に、「犯人心理的に、態々真実味のない嘘をついて容疑者にならうとするのは考えにくい」と、火村は六人部の証言を信じ、エレベーターのトリックを解いて六人部が何者かな罠に嵌められたことを証明。

あらためて二年前の事件を調べるべく和歌山まで赴くのですが、殺害現場を検分し、当時証言者の話や事件当日の映像を観、最終的には日照時間を決め手としてロジックを展開、アリスと二人で話している最中に真犯人を導きだす。

 

なんと、火村が指摘した犯人は火村自身が最初に否定し疑いを晴らす手助けをした六人部だった。

 

読者の意見を代弁する語り手であり、六人部にスッカリとシンパシーを抱いて感情移入していたアリスは当然この見解に納得がいかず、六人部自身になったかのように火村に反論するのですが、言い合いをしている途中で六人部本人がその場に現われ、話が動機についてのことになると今度はアリスが六人部の犯行動機を解き明かして問い質すことに。

 

六人部が大野夕雨子を殺害したのは、大野夕雨子が彼に求愛してきたから。

 

上記したように、六人部は貴島朱美に憧れに似た恋心を抱いていました。想いを告げるかどうか長く逡巡した末、告げずにただ密かに想いを抱き続けることに「こんな純粋な恋はないだろう」と思うようになり、この片想いを自身の拠り所にしていました。

そんな六人部の前に現われ、求愛してきたのが大野夕雨子。口説いてくるからといっても袖にし続ければいいだけの話だろうところですが、困ったことに、大野夕雨子は大変魅力的な女性でした。

 

「彼女の誘惑に迷いそうになる自分がいて、それがあなたの内面で、貴島さんを想う気持ちと戦争を始めたということは?」

 

「――あなたが大野さんに感じた憎しみ。そんなものはない、と怒るかもしれませんが、でもそんな憎しみが、私には実感を持って理解できるんです。私は誘惑者の大野さんを憎むかもしれない、あなたも憎んだかもしれない」

 

まるで信仰を守るために煩悩を誘発するものを排除するといったような、どこか宗教的な思考ですね。

片想いこじらせすぎだろって感じだし、被害者からすれば口説いただけで殺されたんじゃたまったもんじゃないですけど。 

 

 

 

 

 

 

拳銃

大野夕雨子の殺害から二年経ち、今度は共犯者だった山内に半ば脅されるような形になってしまった六人部は、幽霊マンションの空室を利用して山内を殺害する計画をたてる。この計画、何故か六人部自身が進んで容疑者として疑われるように仕向けたもので、ご丁寧に火村とアリスを呼び出し、遺体を発見させ、ダメ押しに向かう途中の二人にわざと自分の姿を目撃させるという意味不明なものでした。

 

「いったん容疑をかぶっておいて、それを晴らして圏外に出てしまうという捨て身の作戦でしょう」

と、火村は言いますが、捨て身すぎる作戦であまりにリスキーであり、それだけの理由でこんな面倒なことはしない。

やはり、こんな変な計画を実行したのは火村への挑戦の意識があったからなのですが、それもまた単純な挑戦意識とは少し違う。  

 

いずれにせよその火村センセイとやらを試してやろうと考えはしたのだろう。自分の計画が火村の探偵としての能力を凌駕していたら大いに満足だし、彼に勝てなくければそれもいい。何故なら、火村がトリックを暴いて彼を救ってくれれば、事件の真相を見誤ったことであり、密かに勝利を確信できる。また、現実にそうなったごとく、火村が真の真相まで探り当てたとしたら、それもよしなのではないか?それは、火村は朱美が用意した探偵という名の装置だからだ。朱美が持ち込んだ装置が作動して、自分を撃つ。彼にすれば、それもまたよしだったのかもしれない。ウェルテルが、恋人の磨いてくれた拳銃で自殺できることに喜びを覚えたのと同じように。

私は火村の横顔を見る。彼にも判っていないかもしれない。

お前は、まるで六人部の拳銃だ。

 

「ウェルテル」というのは、『若きウェルテルの悩み』という“ウェルテル効果”という言葉の語源となっているので有名な文学作品の主人公の名前。

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)

 

 

六人部は作中でこの本が愛読書だとアリスに語っていました。どうせ破滅するのなら、朱美の手によるもので…という、ほの暗い願望があったと。 

 

客観的にみるとリスキーすぎる犯行計画ですが、六人部にとってはどう転んでも喜びを得られる“旨み”だらけの計画だったということなのですね。

 

 

 

 

アリスの素質

「罠に嵌められたられた人間と、罠に嵌められたふりをしている人間とは、区別ができないんだ。まさか、あれだけ手の込んだ罠に嵌められたふりをするとはね」

 と火村はいうものの、前半の謎解きが丸々茶番で、犯人の思うままに行動してしまったというのは推理小説の探偵役としてどうなんだ?と本格推理小説ファンには疑問を感じずにはいられないかもしれないところではある。最終的には本当の真相に到達できたので良かったとはいえ・・・ね。

 

それに加え、今作では動機面や犯人の説得などはアリスが殆どやってのけているので尚更に火村の活躍を薄く感じる。

六人部の犯行動機や思考は火村には到達できないもの。アリスが到達できたのは、アリスが“朱色に囚われている人物”を見ている側の人間だからで、六人部の朱美への想いと同じく、アリスが火村に恋・・・を、している訳ではないが、ま、同じように「トラウマに苦しんでいる者の力になりたい。しかし、直接的な行動をするのは今の関係に変化を与えてしまいそうで恐く、結局ただ見守ることで満足している」という状況が正に自分が置いている状況と酷似していることと、物事を綺麗に二極化して考えがちで自分の中でのルールは絶対的に頑なな火村とは対照的に、アリスは複雑で微妙な心理の面をこそみようとするところがあるから。

 

作家だからというのもあるかも知れませんが、動機やトリック以外の心理を紐解くのはアリスのほうが火村より秀でていて、犯人の説得などはアリスが担うというのは近年の【作家アリスシリーズ】でよくみられるようになった傾向です。

 

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ただ探偵の活躍を語るワトソン役というだけではない、アリスのこの活躍の仕方は『朱色の研究』が大きな切っ掛けであり、「火村とアリスがどのようなコンビか」ということが改めて示されているシリーズで特に重要な長編です。

シリーズを経て“見守るだけ”だったアリスの心境も徐々に変化していくので、そこら辺も注目してシリーズを読んでいって欲しいと思います。

 

【作家アリスシリーズ】を楽しむには絶対に外せない長編ですので是非。

 

 

 

 

 

ではではまた~