夜ふかし閑談

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『ファーストラブ』 原作小説 ネタバレ・感想 秘められた”初恋”の記憶とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は島本理生さんの『ファーストラブ』をご紹介。

 

ファーストラヴ (文春文庫)

第159回直木賞三十五賞受賞作。

 

あらすじ

「動機はそちらで見つけてください」

父親を殺害した容疑で逮捕された女子大生・聖山環菜。彼女はキー局の二次面接の直後に父親を刺殺し、多摩川沿いを血まみれで包丁を持ったまま歩いていたという。アナウンサーになることを父親に反対されての犯行だろうみられたが、聖山環菜は「動機は自分でも分からないので見つけてほしいくらいだ」と警察の取り調べで語ったという。

 

この事件を題材に、環菜の半生を描くノンフィクションの執筆を出版社に依頼された臨床心理士の真壁由紀は、拘置所にいる環菜本人や彼女の周りの人々と面会を重ねていくが、自らを「嘘つき」と称する環菜の言動と、食い違う周辺人物たちの証言に事件の謎は深まっていく。やがて、環菜は自身の“初恋”について語りだすが――。

 

彼女はなぜ、父親を殺さなければならなかったのか?

 

由紀は環菜の半生を追うなかで自分の過去と向き合いながら、聖山家の暗部を暴いていく。それは、あまりに悲痛な「家族」の在り方だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋物語り・・・?

『ファーストラブ』は2018年に刊行された長編小説。直木賞を受賞し、2020年にNHKでドラマ化、2021年に映画公開予定とあって、島本理生さんの代表作の一つですね。

 島本理生さんは濃厚な恋愛小説を書く作家さんというイメージが強かったので、恋愛小説にさほど興味をそそられない私は今まで島本さんの作品は読んだことがなかったのですが、映画の予告編を観て興味をそそられたので読んでみました。


映画『ファーストラヴ』予告編【2021年2月11日(木祝)公開】

 

島本さんへのそういったイメージがあったのと、本の「ファーストラブ」という題名、血の繋がらない父親を女子大生が殺害したという事件内容から、センセーショナルで濃厚な恋愛要素を盛込んだサスペンスものかと読む前は予想していたのですが、いざ読んでみるとこういった予想はことごとく覆される作品になっています。だからといって期待外れでガッカリするようなことはなく、十分に“読ませる”作品なのですが、人によっては「思ってたのと違う」と戸惑うかもしれません。

 

やっぱり「ファーストラブ」という題名が誤解を招く大きな原因になっていると思うのですが・・・この題名にしたのは本当のテーマを隠すための読者へのミスリードの意図がある・・・かもしれない。

 

ジャンルとしては「家族小説」とするのが一番しっくりくるのかなと。推理小説的な仕掛けなどはないものの、ミステリアスな環菜の存在や、真相を探っていく過程、伏線が綺麗に回収されていくストーリー展開にはミステリとしての面白さがあり、ページ数もそこまでではないので、こういったジャンルに親しみがない人や読書の習慣がない人でもとっつきやすい本だと思います。

 

 

 

 

映画・ドラマ

ドラマはNKK BSプレミアムで2020年2月22日に単発ドラマとして放送されました。

 

特集ドラマ「ファーストラヴ」

特集ドラマ「ファーストラヴ」

  • メディア: Prime Video
 

 

キャスト

 

 

映画は2021年2月に公開予定。監督は堤幸彦さん。『望み』に続いてドシリアスな家族物映画を撮っている訳ですね。

 

www.yofukasikanndann.pink

 

キャスト

 

 

ドラマと映画でキャストを比較するのもまた楽しい。

 

主人公・由紀と大学の同期で親戚でもある弁護士・迦葉は“かしょう”と読ませる変わった名前。お釈迦様の弟子の一人の名前らしいのですが、この人物は由紀に次ぐ主要人物で出番も多いので、一々この慣れない名前が出てくるのは読んでいてなんだか気障り・・・(^_^;)。

他の我聞や聖山(ひじりやま)もそうですが、名前の由来が話に絡んでいるということもないですし、もっと一般的な名前の方が読んでいて邪魔にならないのになぁと。ひょっとしたら仏教に因んだ暗示的な名付けなのかもしらんですが。

ま、取るに足らないことではあるのでしょうけど・・・。文章表現だと人物名一つでも読むのに少なからず影響があるのだということを改めて思い知りました(^^;)。

 

 

 

嘘つき

 

正直に言えば、私、嘘つきなんです。自分に都合が悪いことがあると、頭がぼうっとなって、意識が飛んだり、嘘ついたりしてしまうことがあって。

 

と、物語りの序盤で早々に聖山環菜は面会に来た由紀に自分は嘘つきです宣言をする。

その宣言通り、環菜は言っていることがどこまでが本当でどこから嘘なのか判然とせず、情緒不安定気味で気分にもむらっけがあるので、作中の由紀や迦葉、そして読者も大いに翻弄される訳です。

この環菜の不可解さと、それに並行して由紀と迦葉の間に過去に何かがあったらしき描写がちらつくので、真相が知りたくって読者はドンドンページをめくっていくことに。

 

事件の当事者である環菜だけでなく、事件とは関係ないところで主要人物二人も過去に親から受けた仕打ちから精神的不健康な部分があり、読んでいると「どこもかしこも、どいつもこいつもトラウマだらけで難儀なことだな」って感じで、世間では所謂“メンヘラ”と称されてしまうような登場人物ばかりなので、胸焼けというか、若干気重になってしまうところはあります。

作中でも環菜が迦葉のことを「男メンヘラ」だと言い放つ場面があり、由紀に「そんな言葉は、使うものじゃない」とたしなめられています。

“メンヘラ”という言葉は私も乱用して使われているのには元々嫌悪感を持っていたのですが、ここの部分を読んで、実際に様々な理由で精神的に弱っていて、傷ついている当人に「メンヘラ」と一括りにした、軽薄な言葉をぶつけるのは本当に無神経で腹の立つ事だなと痛感しました。ま、環菜の場合は正直「お前が言うな」というのもありますが・・・(^_^;)。

 

テーマがテーマなので気重になるのは致し方ないところです。それでも先が気になる、読者を最後まで惹きつける描写力は見事ですね。

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口に出してはいけない

この物語りのテーマは“かくれた性虐待”

環菜は十歳から十四歳まで、父親・那雄人が自宅のアトリエで定期的に行っていたデッサン会でモデルをさせられていました。デッサン会の参加者は全員男性で、自分は服を着ているものの、男性のヌードモデルと背中合わせにポーズをとらされてのものでした。

私は美術短大出身なので実際にヌードモデルデッサンも授業でやりましたが、モデルが裸の女性だからといって、絵のモチーフとして観察することと視姦はもちろん別物であり、大半の生徒はちゃんと授業だと割り切って受けているものです。(ま、私は女性だし短大は共学だったので学校によっては違いがあるのでしょうけど)

が、全裸の男性と服を着た少女のモチーフなんて“そういったこと”を意識させてしまうし、デッサン会でモチーフとして選ぶのは不自然だとは思う。

指導者に真顔で提示されれば「芸術とはそういうものだ」と思わされてしまうというのは、美術学校ならではの独特の空気で線引きが難しいところですね。

 

十歳くらいというのは、女性は男性の欲を何となく感じ取り始める過敏な年頃。その多感な時期に、不特定多数の男性にどこか欲を滲ませた視線で見られることは非常に精神的負担が大きいものだろうということは、女性でなくともまともな大人なら分かることのはずですが、父親の権限や芸術の曖昧さで黙認され続けました。

腕を切ったら「傷が塞がるまでは」とモデルを一時解放されたことが切っ掛けで、環菜はモデルをしたくない一心から自傷を繰り返すようになり、そのうちに、この事に関係なくストレスを感じれば自傷をするのが癖となっていく。

 

「知らない男の人の裸がすぐそばにあるとか、小学生の私を酔った男の人たちが触ったり、抱き着いてきたりして、いつなにをされるか分からなくて怖いのに、それをそばで見ている親が助けてくれない。だから腕を切って、傷が塞がるまではデッサン会からも解放されて。つらいことから救ってくれたのは血を流すことだけでした。だから、あの日も私は同じようにしただけです」 

 

直接的にな暴力を受けたことはないものの、典型的なモラルハラスメント加害者である父・那雄人に日頃から「何かあれば戸籍から抜く」と幼少から言われ続け、母親である昭菜は那雄人に従順で、自分が怒られないようにと振る舞うばかりで娘の意見を聞こうとしない。この「家族」のなかでは、環菜は自分の本当の気持ち、様々な苦しみを口にすることが出来ませんでした。それらは口に出してはいけないことだと常識のように思い込まされていたのです。

 

どんな人間にも意思と権利があって、それは声に出していいものだということを、裁判を通じて私は初めて経験できたんです。

 

やっと自分から堂々と言えた場が、裁判で父親を殺した被告人としてというのがやるせないですね。

 

 

 

 

 

初恋の記憶

作中、環菜は自分の初恋は12歳のときに恋人として付き合っていた「祐二くん」という人物だと言い出す。

 

夜一人で留守番をしているときに家に鍵をかけたからという理不尽な理由で父に激怒され、家を追い出された12歳の環菜は、祖父母を頼るも「お前が悪い」と助けてもらえず、途方に暮れて道端でうずくまっていた時に声をかけてくれたのが、当時コンビニ店員で大学生だった小泉祐二。

 

小泉祐二は怪我をしていた環菜の傷を手当てし、「家に帰りたくない」と言う環菜を自分の独り暮らししているアパートに一晩泊め、布団が一組しかないからと一緒に寝て、その後にこのアパートに避難してくるようになった環菜と性的行為をするようになる。

 

環菜は「すごい、楽しかった」「あんなに優しくされたことなかった」「恋愛で一番いい思い出」と由紀に語りますが、普通に考えてこの祐二くんは色々とダメですよ。12歳の子に何しているんだという。間違いなく糾弾されるべき犯罪者です。

 

由紀は、現在は結婚して妻がいる小泉祐二に会いに行って話を聞きますが、やはり祐二の方は環菜のように“あれが恋愛だった”という認識はない。下心が抑えられず、少し手を出したら環菜に言い募られて引けなくなり、関係を持つものの環菜のことも捕まるのも怖くってさっさと別れたというのが本当のところ。

“欲望にも罪悪感にも負けて、世間の目に怯え、少女一人救うこともできずに逃げた。”

半端で、無責任で、罪深い男。

強制わいせつ罪の時効が過ぎているので罪に問えないのが腹立たしいですね。

 

「初恋のいい思い出」などと最初由紀に語った環菜でしたが、祐二が結婚していると知らされると、「あんなことした人が普通の女の人と付き合って結婚するとか意味分からない」と語気を荒げる。

 

本当は、環菜も祐二とのことが初恋の記憶なんかじゃないことは分かっていました。あれは初恋だったと騙っていただけで、環菜にとっては祐二も恐怖の対象である男の一人で、憎い相手なのです。

 

祐二も、デッサン会の生徒も、環菜の今までの交際相手も、皆口をそろえて「あっちが誘ってきた」と言う。「嫌がっていなかった」「笑っていた」「だから自分には非はない」と。

 

しかし、環菜としては男性の下心を感じとって反射のように“相手が望む態度”をとっていただけであり、むしろ嫌悪していました。

幼少の沈黙を強いられた不健全な家庭環境から、自分の気持ちを主張することなど思い付くことも出来ず、けれど誰かに頼っていたいからただただ相手の期待に応え続けるが、最終的にはいつも相手には逃げ出され、周りには“そういう女だ”と蔑まれる。

 

環菜が親から受けた虐待は具体性のない、あやふやなものですが、直接的な事をされた訳ではないぶん、誰にも言えずに苦しみ続けて、環菜と同じような振る舞いをしてしまう人というのは多くいるのだろうと思います。環菜の場合は「初恋」が決定的な切っ掛けとなり、結果として元凶の父親を死なせることになってしまった。

 

 

 

 

 

終盤の裁判で初めて明かされる父親殺害の真相はちょっと意表を突くもので一応の辻褄も通っているのですが、無罪主張はやはり無理があると感じました。だからあの判決は妥当ではあるかなぁと。

由紀の「初恋の記憶」ですが、迦葉とのことだろうと見せかけて夫である我聞のことだったというのも意表を突かれた点。迦葉とのことは「恋愛ではないけど特別で大事な思い出」ということらしい。ちゃんと秘密が氷解して良かった。

 

個人的に、裁判シーンはもっと盛り上げても良かったのではないかというのと、由紀の夫・我聞がいい人で、素敵すぎて、なおかつイケメン。と、都合が良すぎて現実味がないのが気になりましたかね。読んでいて散々腹を立てさせられた、何処までも自分本位な環菜の母・昭菜の過去も詳細は分からずじまいでしたが・・・ま、それはそれであやふやなままで良いのかな。

 

今一度虐待について深く考え直されましたし、家族小説としてもサスペンスとしても十分に没頭して読むことが出来ました。テーマは重いですが、読後には穏やかな気分になれるのでオススメです。ドラマ・映画で気になった方は是非。

 

 

 

ファーストラヴ (文春文庫)

ファーストラヴ (文春文庫)

 

 

 

 

ではではまた~