夜ふかし閑談

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『騙し絵の牙』ネタバレ・感想 映画化される”あてがき”小説!

こんばんは、紫栞です。

今回は塩田武士さんの『騙し絵の牙』をご紹介。

 

騙し絵の牙 (角川文庫)

 

あらすじ

出版大手の薫風社でカルチャー誌「トリニティ」で編集長を務める速水輝也。憎めない朗らかな笑顔と、才知に長け、瞬時に場を和ませるユーモラスな会話。“天性の人たらし”といわれ、周囲を魅了する速水は仕事熱心で部下からの信頼も厚く、日々よりよい雑誌作りに邁進していた。

出版業界が不況の中、すれすれで実売率六割を死守していた「トリニティ」だったが、ある日、速水は上司から廃刊の可能性を匂わされてしまう。「トリニティ」を守るため、黒字化のために奔走する速水。社内の派閥抗争、女優作家のデビュー、大物作家の大型連載、企業タイアップ、映像化・・・。

様々な出来事に翻弄されながらも雑誌と小説を愛し、編集者としての情熱を失わない速水。それは異常なほどの“執念”を浮かび上がらせるほどに。

やがて、速水は出版業界全体にメスを入れるべく牙を剥く――。飄々とした笑顔の裏に隠された、彼の真意とは――?

 

 

 

 

 

 

あてがき

『騙し絵の牙』は2017年に刊行された長編小説。2018年本屋大賞6位の作品。

出版業界が舞台の物語りなのですが、特徴的なのは俳優の大泉洋さんが主人公を演じると想定されて書かれている「あてがき」小説だということ。表紙と各章に大泉洋さんの写真が使われているのが駄目押しというか、「あてがき」の宣伝となっています。

 

文庫版の巻末に収録されている大泉洋さんの解説によると、

 

「もともとプロジェクトのきっかけは、本書の担当編集者に雑誌『ダ・ヴィンチ』の表紙に出させていただく度に、“何かお薦めの本ない?”と訊いていたことから。というのも、そこではお薦め本を一冊、選ばなくって。その後に続く、“映像化されたら、僕が主演できるような作品をね”というひと言も定番だった(笑)。それを毎回言うものだから、編集者は面倒くさくなったんでしょうね。“じゃあ、もう私が大泉さんを主人公としてイメージした小説を作ります!”と。それが映像化を見据えた、僕の“主演小説”の出発点でした。

 

てなことらしいです。

 

「言ってみるもんだな」みたいな話ですが、この本を読んでも分かるように、出版業界は不況で世間の小説離れも進んでいる状態。人々を惹きつけるような目新しい企画をいつでも探している状態の最中、大泉さんの毎度の発言から思いついて企画にしたということでしょうか。

昨今の小説業界はドラマ化と連動しての刊行だとか、

 

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出版社の垣根を越えての横断刊行企画だとか、

 

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本当に色々なことに挑戦しているなぁという印象を受けますね。

 

 

そんな訳で、最初っから映像化を見据えての小説なのですが、本が面白くなければ映像化もなにも始まらない。

思いつきから出たような企画ですが、“あてがき小説”の作者として選ばれたのが取材路能力の高い社会派小説で有名な塩田武士さんだというのがちょっとした変化球で上手く作用したのか、

 

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話題になって本屋大賞にランクインされ、当初の予定通り大泉洋さん主演で映画化される運びとなりました。感染症による騒動で一度延期となりましたが、2021年3月に公開の予定です。

 


映画『騙し絵の牙』【予告編】3月26日(金)全国公開

 

ちゃんと映画化までたどりつけて目出度い。

これで映画もヒットしてくれたらもっと目出度いのでしょうけど。どうなりましょうか。とりあえず主演がイメージ通りなのは間違いないですが。設定は人物など結構変更点があるみたいなので映画は映画でよりエンタメ的になっているかもしれないですね。

 

“あてがき小説”は、人物のイメージが分かりやすく示されるということなので、読者としては読んでいて楽(?)です。容姿もそうですが、言動もちゃんと「大泉洋ぽい」。私は大泉洋さんについて詳しくはないのですが、それでも万人が“ぽい”というだろう人物に主人公の速水輝也はなっていると思います。

しかしながら、そういった大泉洋さんのパブリックイメージだけで描写を留めていないのが流石塩田武士さん。分かりやすい人物イメージを使っているからこそ、裏での苦悩や葛藤が強く伝わってくるようになっていて、圧倒的リアリティもあり、ドンドンと読ませてくれる重厚な作品となっています。

 

 

 

 

 

食わせ物だらけのお仕事小説

出版業界を舞台に、本を愛する敏腕編集者が右往左往する今作。

雑誌や文芸の苦しい現状についての詳細は、前にブログで紹介した大崎梢さんの『プリティが多すぎる』

 

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や、早見和真さんの『小説王』

 

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で同じことが繰り返し語られていたので、個人的に目新しさはなかったのですけども。当たり前ですが、小説家は本が好きですから世間の本離れを憂いるでしょうし、取材もしやすいし、現状を訴えたいという想いもあって普遍性がないのは承知で題材に選ぶのかもしれません。

 

今作はそれだけでなく、大物作家や苦手な上司とのスレスレのやり取り、新人作家を上手く“のせる”手腕や部下の扱い方、社内の派閥争いに理不尽に振り回される様など、四十代一会社員の立場や苦悩はかなり綿密に描かれていて描写の鋭さや取材力を感じます。

ただ単に編集者たちが苦悩しつつも頑張っているというだけでなく、皆が皆、それぞれ頭の中で策略を巡らしている一筋縄じゃ行かない人達だらけなのが特徴。敵か味方かは時と場合による、そんな世界が展開されています。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騙し?

この物語り、簡単に言うと、雑誌のために誠意を持ってひたすらに頑張っていた男が、力及ばずに落胆して社を去って行った・・・・・・と、見せかけて、実は裏で着々と独立して自分の会社設立を実現させるために抜け目なく動いており、退職後、薫風社でのコネや企画を全て持っていって大成功を収めたよ。と、いうもの。

速水の周りはどいつもこいつも信用出来ない嘘つきの食わせ物だなぁと読者に思わせておいて、実は主役の速水が一番の食わせ物でしたというオチですね。

 

「あいつは騙し絵みたいなもんや」

「騙し絵?」

「華やかな美人やと思ってても、視点を変えて見たら、牙を剥く悪魔が浮かび上がる、みたいな」

 

と、いう作中の会話が『騙し絵の牙』というタイトルを表しているのでしょうが、映画の予告での文言のように「してやられた!気持ちよく騙された!」ってなるかというと少し微妙です。

 

そもそも、今作の紹介文に“ミステリー小説”と書かれていたりしますが、個人的にはミステリー小説だとは思えない。読み終わっての印象は「お仕事小説だ」というもので、ミステリーだという触れ込みだと、別の意味で読者は「騙された!」となってしまうのではないかと。

 

一応外国語を勉強しているという伏線は出てくるのですが、伏線といえるようなものはほぼこれだけなので、速水視点でずっと進行していたのに最後の別視点で「実はこうでした!」と、バーンとやられても唐突すぎて感嘆するもなにもない。

インパクトを与える狙いなんでしょうけど、個人的には速水が退職後に起業するまでの過程を丁寧に見せて欲しかった。「騙される」という触れ込みを訊いていたぶん、そこを期待して読んでいたというか。

 

プロローグとエピローグで速水の同期・小山内甫からの視点にしているのは、“見え方の反転”を示しているのでしょうが、速水の生い立ちなどをエピローグで全て持ってくるというのもちょっとどうかと。生い立ちを謎解きの詰めみたいに持っていっていますが、小山内が態々速水の生い立ちを根掘り葉掘り調べるのは変だし。

生き別れた、作家志望だった養父からの原稿を待ち続けていたという事情は痛切ですが、でもだからってそれが何

 

違法行為をした訳でもなく、速水は自らの手腕で堂々と起業しただけなのだから、まるで「罪人」みたいな扱われ方するのはおかしいですよね。謎解きの答えみたいに出すのは疑問。

 

このエピローグによって、せっかくの“優れたお仕事小説”部分が薄れてしまっているのでは・・・なんて気がしないでもない。エピローグ前の段階で終わっていても充分に面白い作品なので、人によってはエピローグ自体が丸々余計だと思う人もいるかも。

なんにせよ、ミステリ的仕掛けを期待して読むと肩透かしを食らいますね。

 

 

 

すべて本当

 

「俺が自らの野望のために自分たちを利用していたんではないか、と。作家との人脈を築いてたたんも、雑誌のために奔走してたんも、みんな己の会社設立のためにやってたんや、と」

 「そう考えると楽やわな。結局、勧善懲悪の枠組みの中で物事を整理した方、収まりがええわけや。そうやないと混乱するから。でも、それは分かりやすいけど、真実ではない。完璧で華のある速水も、自身の目的のために冷酷になる速水も、父親のために原稿を待ち続けた速水も、娘を愛する速水も、どれもほんまもんや」

 

結果的に、周りをいいように利用して騙していたようにみられてしまう速水ですが、速水が雑誌「トリニティ」のため必死に奔走していたのも、小説を愛して、作家のことを何よりも思いやっていたのも全て本当です。

そもそも、今作はプロローグとエピローグ以外は速水視点で、その都度心情も描かれているのだから嘘なはずがないのです。会社を設立したのも、速水としてはそこに至るまでの必然性があってのことです。速水としては。

「騙し絵みたいだ」というのは、あくまで周りがそう“見ようとしている”だけ。速水があまりにも周りに好感を持たれる人物だったので、反動で表の顔だ、裏の顔だと言っているだけにすぎない。

 

とはいえ、個人的には主役である速水にさほど好感を持つことが出来なかったのですけど(^_^;)。自分が浮気しているのを棚に上げて奥さんの価値観を批判したりだとか、妻はどうでもいいけど子供はとにかく大事で渡したくないとか、身勝手な男だなぁと思う。

最後に故郷と母親を切り捨てるのもなんだか納得いかないし・・・・・・もう過去には囚われたくないってことなのでしょうけど。お母さんが気の毒ですよ。

 

 

大泉洋さんをイメージして描かれた「速水輝也」。どの様な見方をするかは読者それぞれに。

 

 

騙し絵の牙 (角川文庫)

騙し絵の牙 (角川文庫)

 

 

 

ではではまた~