夜ふかし閑談

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『続巷説百物語』6編 あらすじ・解説 シリーズ第二弾!敵は”死神”

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『続(ぞく)巷説百物語をご紹介。

 

続巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

 

『続巷説百物語』は江戸時代を舞台に、御行の又市率いる一味が公には出来ぬ厄介事の始末を金で請け負い、妖怪譚を利用した仕掛けで解決させていく妖怪小説のシリーズ巷説百物語シリーズ】の第二作目。


シリーズ一作目の『巷説百物語』は一話完結型の連作もので、関係者や仕掛けられている側の様々な視点で事件の全体像が示され、最後の章で百介が又市たちから仕掛けの種明かしを聞くという構成になっていました。

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この『続巷説百物語』も連作短編で六編収録なので、普通に前作からの続きなのだろうと目次を見た段階では思ってしまうのですが、実は色々と前作とは異なる描き方をされていて、単純な続編にはなっていません。

 

今作ではお話は全て山岡百介の視点で描かれています。各話の時系列も前作と大体交互、間に位置しているようになっています。

※作品時系列など、詳しくはこちら↓

 

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また、前作では全く語られなかった又市一味の過去や因縁が明らかに。一話完結の形をとってはいますが、今作に収録されている各話は複雑に絡み合い、大事件で大仕掛けの「死神 或は七人みさき」に収斂されていきます。そして、今作の最後の収録作「老人火」で、シリーズは思わぬ展開をする。単に続きだと思って読んでいた読者の意表を突く代物となっていまね。

 

「死神 或は七人みさき」を中心に描かれるとあって、前作は各話大体同じページ数でしたが、今作ではそれぞれお話によって文量が異なります。

 

 

 

 

 

各話、あらすじと解説

『続巷説百物語』は六編収録。

 

巷説百物語シリーズ】で題材として採られている妖怪たちは全て、天保12年(1841年)に刊行された竹原春泉の画、桃山人の文の『絵本百物語』から。

 

 

 

以下、ネタバレ含みますので注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●野鉄砲(のでつぽう)

百介は八王子千人同心である実兄・山岡軍八郎から武蔵国多摩郡千人町に呼び出される。

軍八郎の同僚が額に石がめり込んだ変死体で発見されたが、一体どのような事態になればこのような奇怪な死体が出来上がるのか、不思議話を蒐集している百介に意見を求めたいという。

百介は「野鉄砲」という妖怪の仕業ではないかと思いつき、表側からは見えない渡世に精通している御行の又市と事触れ治平に相談する。話を聞いた二人は途端顔色を変え、何やら慌てて行動を開始するが・・・。

 

「野鉄砲」っていうのは、北国の深山に棲む子狸だかモモンガらしき獣で、人を見かけると蝙蝠みたいな物を噴射し、目口をふさいで人を取り食うとかいう伝承。

越後の旅から数ヶ月後、八月の出来事で、時系列としては前作『巷説百物語』に収録されている「小豆洗い」の後。百介からすると二件目の仕掛け仕事ですね。

 

このお話では治平の辛い過去が明らかになります。事が終わった後、軍八郎に仕掛けのことを全て白状しちゃうのですけども、事情を知った軍八郎は粋な計らいをしてくれる。しかし、この仕掛け仕事は直接的な仇討ちの手伝いなので、又市としては見逃して貰っても苦々しい想いが残っている様子ですかね。

 

 

 

 

●狐者異(こわい)

百介は小塚原縄手に“稲荷坂の衹右衛門”の晒し首見物に出かける。なんでもこの衹右衛門、斬首される度に蘇る極悪人で、今回が三度目の斬首だというのだ。

好奇心から見物に来たものの、暗澹たる気持ちになってなかなか刑場への足運びが進まなかった百介は、立ち寄った茶屋で山猫廻しのおぎんと出会う。おぎんは衹右衛門に遺恨があるらしく、今回の仕置きを聞きつけて晒し首を見に来たらしい。二人は一緒に刑場にと向かい、晒された首を見る。其処に晒されていた衹右衛門の首は確かに“死んで”いた。しかし、首を見たおぎんは「まだ生きるつもりかえ」と呟く。

程なくして、衹右衛門が三度蘇ったという噂が立ち上るが・・・。

 

「狐者異」は無分別者で、“殺しても死なない執着”などを指し、仏法世法の妨げをするもの。『絵本百物語』では、「怖い」の由来だと書かれているらしい。

 

甲府から戻っての十一月半ばの出来事で、時系列としては『巷説百物語』に収録されている「白蔵主」の後。百介からすると四件目の仕掛け仕事ですね。

 

このお話ではおぎんの出生の秘密が明らかになり、“稲荷坂の衹右衛門”と又市との十年越しの戦いに決着がつけられます。

稲荷坂の衹右衛門”を巡る騒動についてはこの話は決着部分であり、ここでは十年前の出来事に関しては又市の口からサラッと説明されるだけですが、シリーズ4冊目の『前巷説百物語で十年前の衹右衛門との戦いが詳細に描かれています。

 

 

いやぁ、とんでもなく辛くって酷い事件だったのですよ・・・。

 

また、このお話で軍八郎の友人で北町奉公所定町廻り同心・田所真兵衛が登場しています。“融通の利かぬ朴念仁”という、非常に京極小説的(?)人物で、変な具合に好感が持てる。

 

 

 

 

●飛縁魔(ひのえんま)

百介は貸本屋の平八から、名古屋の廻船問屋の主・金城屋享右衛門の嫁を巡る奇妙な話を聞く。十年前、祝言の日に右衛門の嫁・白菊は姿を消した。勤勉で実直な人格で周りに慕われていた享右衛門だったが、この事があってからというもの、すっかり腑抜けて見る影もなくなってしまったという。

それが最近になって、金城屋の奉公人が江戸で白菊を目撃。話を聞いた享右衛門は立派な館を建て、其処に日がな一日閉じこもって白菊を待ち続けるという更なる奇行をするようになったという。

又市の手腕をあてに平八から白菊捜しを頼まれた百介が白菊について調べてみると、彼女は常に火の気がつきまとう、魔性のごとき女だと口さがなく云われ続けていたらしい事実を知る。

金城屋に訪れ、享右衛門の建てた館を前にした又市は、白菊は「飛縁魔」であり、今夜あの館に火の手が上がると皆に云うが・・・。

 

「飛縁魔」は顔や姿は美しいけれども、実は恐ろしい存在で、夜な夜な出没しては男の精血を吸って取り殺してしまうという妖怪。要するに魔性の女ということなんですが、暦の「丙午」から出た名だとも云われています。丙午生まれの女性は婚姻を忌まわれるという俗信や差別は現在でも残っているところでは残っている。

 

伊豆から戻ったばかりの五月半ばの出来事で、時系列としては『巷説百物語』収録の「舞首」の後で、百介からすると六件目の仕掛け仕事ですね。

 

事の真相を知ると、「金持ちの酔狂だなぁ」と。豪気なことよ。享右衛門としては気が狂うほど切実なんでしょうけども。しかし、燃やすための家を一軒建てても、一回こっきりで終わりでは結局長く留まってはくれないのではないかと思うのだけど・・・。ま、出来るだけのことはしてあげたかったということなのか。

 

この事件の元凶となった人物は、「死神 或は七人みさき」でガッツリ関わってきます。

 

 

 

 

●船幽霊(ふなゆうれい)

百介は又市たちとの淡路での仕掛け仕事の後、おぎんと共に四国へ渡る。土佐で噂されているという「七人みさき」の怪異が気になったためであった。「七人みさき」の怪異は近年、様々な場所で噂が立ち上っているらしいが、土佐では七人みさきは行き合うと命を失う祟り神「船幽霊」として畏れられていた。

途中、百介たちは得体の知れぬ輩たちに追い詰められるが、若狭の外れ北林藩からの密命で人捜しをしているという浪人・東雲右近に窮地を助けられる。

右近は平氏末裔の川久保党にまつわる人物を捜しており、それは偶然にもおぎんの目的と一致するものだった。

何者かに狙われながら、三人は川久保党が居るという山を目指すが・・・。

 

「船幽霊」は海で死した者たちの亡霊。甲冑姿の者たちが現われ、往来の船に取りついて「柄杓をくれ」と言ってくるのだけども、ここで素直に柄杓を渡すと船中にその柄杓で海水を汲み入れて沈めようとするので、言われたら底が抜けた柄杓を渡さなくちゃいけないとかいうもの。数ある平家の落人伝説の一つともされています。

 

巷説百物語』に収録されている「芝右衛門狸」の一件が終わった直後の、冬の初めの出来事で、百介としては八件目の仕掛け仕事ですね。

 

いつもは仕掛ける側である百介やおぎんですが、このお話では追われる側になっていて、緊迫感があります。かなりヤバかった。啖呵を切るおぎんが勇ましくって格好いい。

余裕がないとあって、又市の仕掛け仕事も荒事こみの危ない橋を渡るものです。「ヘボだ」とおぎんに詰られていますが、又市とおぎんの信頼関係がないと成立しない仕掛けでして、素直じゃない二人のやり取りがなんだかおかしいですね。

 祭文語りの文作が登場しています。

 

 

 

 

●死神 或は七人みさき

船幽霊騒ぎから数ヶ月後、百介は江戸で東雲右近と再会する。右近は相当に憔悴しきっていた。船幽霊騒ぎから解放されて北林藩に戻った右近だったが、「七人みさき」の祟りと思われる残虐非道な殺人が繰り返され、人心が乱れて、領内はこの世の地獄と化していたという。隣人の娘が殺害された事件を聞き、義憤に駆られた右近は独自に調べて回ったのだが、その最中で身重の妻が惨殺されてしまい、右近は下手人として罪を着せられ追われる身に。

右近から全てを奪い、非道な殺戮を繰り返す「死神」或は「七人みさき」を調べる百介だが、突き止めたその正体は常人にはどうするすべもない絶望的な強敵だった。

奇妙な縁と謎の断片は北林藩へと収斂され、小股潜りの又市による大仕掛け“祟りの夜”が開始される――。

 

「死神」は行き遭うと死ぬ、死を招き入れるもの。悪意を持って死んだ者の気が悪念をもった生者に呼応して悪所に引き込む。「七人みさき」は成仏出来ぬ七人組の霊で、一人取り殺すと七人のうちの一人が成仏するのだけども、殺された者が新たに仲間に加わるので数が減らないという厄介なもので、「死神」と同じく、行き遭い神・祟り神という代物。

 

加賀から江戸に戻っての六月過ぎの出来事で、『巷説百物語』に収録されている「塩の長司」の後。百介としては十件目の仕掛け仕事ですね。

 

この本の大詰めでして、「野鉄砲」「狐者異」「飛縁魔」「船幽霊」で張り巡らされていた糸は、全てこの「死神 或は七人みさき」という大事件へと繋がっています。

ページ数もこの本の中では最長で二百ページ以上ある。このお話一つだけで本出せるレベル。

 

コレに出てくる悪党たちがですね、まぁ酷いですよ。会話の内容がですね、百介のいうように“人の会話ではない”。吐き気を催す邪悪どころか、失神するほどの邪悪ッ!ですね。右近さんの立場からすると、聞いていてよく発狂しなかったなと思う。結局威勢が良いのは口ばかりで、滑稽なほど怖がって最後を迎えたというのがまたなんとも。

 

「死神 或は七人みさき」は、所々で横溝正史の『八つ墓村』を連想させられます。

 

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 オマージュとして描いているのかと思うくらい共通点がありますね。話の運びは全く違うのですけども。コレを読んだ後だと、『八つ墓村』もある意味「祟り神による事件」と解釈することも出来るのじゃないかと思えてきたりもする。

 

無動寺の玉泉坊が少し登場しています。百介は玉泉坊とはこの時が初対面ですね。また、治平がかつての又市のことを語る場面で出てくる「生きるもひとり、死ぬもひとり、ならば生きるも死ぬも変りはねぇ」という台詞は、又市初登場の嗤う伊右衛門

 

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で出てくる一節だったりして、時系列を辿って又市の心境の変化過程を鑑みるのもまた愉しい。

 

 

 

 

●老人火(ろうじんのひ)

あの“祟りの夜”から六年目の夏。戯作を開版し、物書きとして飯が喰えるぐらいには稼げるようになった百介の元に、北林藩からの使者がやって来る。六年前の騒ぎの関係者の一人、家老の樫村兵衛が度々幻覚を見るようになり、気が触れるようになってしまったため、また御行の又市の力を借りたいという。しかし、百介は二年前から又市との交流は一切経たれてしまっている状態だった。

又市の代わりに樫村に会いに行った百介。祟り神は守り神となり、北林藩は平穏を取り戻していたが、新たなささやかな怪異が囁かれていた。大磐の上に火が灯る。その火は水を掛けても消えず、蛇のように襲いかかる怪火なのだという。

女中からその話を聞き、百介は天狗の仕業とされる「老人火」だと説明するが、脳裏には一人の老人の姿が浮かんでいた。

怪異の真相が解った百介は、駆け出した先で懐かしい声を聞くが・・・。

 

「老人火」は深山において湧き出る怪火で、その火には老人が付き添っている。水をかけても火は消えず、消すためには家畜や獣の毛皮を用いるのだが、火が消えると同時に老人も消え失せる。人にとっては特に害はないもの。

 

「死神 或は七みさき」での一件からいきなり飛んで六年後。百介は百物語ではないけど戯作を開版してそれなりに名を上げているし、二年前から又市たちとは会えずじまいだというし、その二年前に何らかの大仕事で事触れ治平が命を落したとかいうしで、読者としては急な変化に困惑してしまう事請け合い!ですね。

 

百介は「死神 或は七人みさき」からこの「老人火」の間にも何件か又市たちの仕事に関わっていて、その間の仕掛け仕事はシリーズ三作目『後(のちの)巷説百物語で描かれています。(この間に『巷説百物語』収録の「柳女」「帷子辻」も含まれています)

 

「老人火」は一応件数でいうと、百介としては十八件目の仕掛け仕事。と、いっても、この一件は純粋に居合わせただけですけどね。

 

急な変化もそうですけど、この事件の決着のつけ方も、「今生の別れ」を言い渡されるのも、えらく哀しいし淋しい。

私は最初読んだ時、しばし呆然としてしまった記憶があります。単純に前からの続きだと思っていたら・・・何たることだ。変な言い方ですけど、侮ってかかっていたらドンって突き落とされた感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大なシリーズ構成の片鱗

『続巷説百物語』を読み終わって先ず思い知らされるのは、【巷説百物語シリーズ】はどうやら通常のシリーズもののように、そう素直で単純な構成はしていないのだなということ。

 “続”とタイトル頭についているので、前作でのスタイルで一貫してストーリーを見せていくのかと思いきや、シリーズ二作目の今作は一話完結型ではあるものの、「死神 或は七人みさき」を中心とし、「野鉄砲」「狐者異」「飛縁魔」「船幽霊」は前フリ、「老人火」はエピローグ、といった一大長編の体をなしています。

時系列が前作と入り組んでいたりするのも、この本では「死神 或は七人みさき」に関連している仕掛け仕事をラインナップしているということでしょうか。おぎんの育ての親で、江戸を牛耳っていた裏社会の大立者・御燈の小右衛門も全体の重要なキーとなっています。

 

また、この本に収録されている話は全部百介からの視点ですので、百介の裏と表、彼方と此方の境界で思い悩む様子もしっかり描かれています。又市たちの境遇や素性が明かされるのもそうですが、前作『巷説百物語』では仕掛けられる側の人間を描いていたのが、この『続巷説百物語』では仕掛けている側の人間を描いている。前作が表からの見え方なら、今作は裏からの見え方という訳で、前作から一段深さが増している印象ですね。

 

 

 

二年前に何が

最後に収録されている「老人火」は結末を読む限りシリーズ最終話と受け取ることが出来るものになっていますが、“千代田のお城に巣喰っているでけェ鼠の始末”や、治平や上方の小悪党どもの元締め・十文字屋仁蔵が命を落すことになったという二年前の大抗争など、匂わせるだけ匂わしている事柄があるので、どの様に続けるのか分からないものの、まだシリーズは終わりではないのだと気が付く。

 

と、いっても、この後に刊行される『後巷説百物語』『前巷説百物語』『西巷説百物語』でも、この二つの事件についてはまだ明かされてないのですけどね・・・。

 

「老人火」の最後で、又市は全身白い御行の恰好から全身黒い恰好になって、「八咫の烏」だと名乗っている。おそらく“二年前の大抗争”を経ての変質なのでしょうが、一体何があったものやら。2021年現在連載中のシリーズ第六弾『遠(とおくの)巷説百物語』でそれは明らかになるのですかねぇ・・・。

 

 

 

後へ!

「老人火」での一件以降、百介は生涯二度と旅に出なかったと書かれている。では、シリーズ第三弾の『後巷説百物語』はどんな風に続いてどんな構成になるの?と、疑問に思うでしょうが、それは読んでのお楽しみ。「老人火」を読んで哀しみで気落ちしても、次の『後(のちの)巷説百物語』はここまで読んだ人なら絶対、絶対に読まなくてはならない作品となっていますので是非。

 

 

続巷説百物語 (角川文庫)

続巷説百物語 (角川文庫)

  • 作者:京極 夏彦
  • 発売日: 2005/02/24
  • メディア: 文庫
 

 

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

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