こんばんは、紫栞です。
あらすじ
小説の取材で雪深い福島の裏磐梯のペンションに宿泊していたミステリ作家の有栖川有栖は、童話作家・乙川リュウの館、地元の人間がスウェーデン館と呼ぶログハウスに招かれる。
おいしいコーヒーとお菓子をごちそうになり、有名童話作家の主と美しい奥方、他の招待客らと共に楽しい語らいの時間を過し、その夜には乙川が「話足りなかったから」と、わざわざ北欧の酒を提げてペンションを訪ねてくれた。
旅先での良い思い出になったと喜び、スウェーデン館の人々との別れを惜しんでいた有栖だったが、翌朝になってスウェーデン館で客人のうちの一人が殺される事件が起こったことを知らされる。
館の離れで他殺遺体が発見されたのだが、外部犯の痕跡はなく、母屋と離れの間に犯人の足跡も見当たらないという不可解な現場だった。
訳のわからない事件を前に、名状しがたい不安感に襲われた有栖は、友人の犯罪社会学者・火村英生に応援を頼むが――。
定番!館・足跡
『スウェーデン館の謎』は【作家アリスシリーズ(火村英生シリーズ)】
の5冊目の本で、長編としては4冊目。また、講談社で刊行される【国名シリーズ】では2冊目の本となります。
1995年刊行で、角川から刊行された長編『海のある奈良に死す』
から2ヶ月後に発売された作品。
主にバレンタイン・デイである2月14日の長い1日が描かれており、雪深い中に建つ館が舞台。
ミステリで雪といったら足跡トリック!ってことで、館で殺人事件が起こって足跡の謎を解明するといった、本格推理小説の定番ものを堪能することが出来る作品になっています。パズルクイズや図解が挿入されていたりする点も、本格推理小説を読んでいる感を高まらせてくれる。
講談社ノベルス版と文庫版が出ていて、私が所有しているのは文庫の方なのですが、文庫版だと巻末に作家の宮部みゆきさんによる解説が収録されています。小説においての「探偵」の在り方を追求する興味深い解説もさることながら、宮部さんは大の火村ファンであるらしく、非常に愛が伝わってくる解説となっていて面白いです(^_^)。
好意?
旅先で事件に遭遇するのもこのシリーズの定番なのですが、今回はアリスが取材の為に一人旅行しているという状況からスタートで、探偵役の火村は後半からの登場になっています。
巨漢でバイカル海豹に似た容姿の童話作家・乙川リュウや館の客人たちと楽しく語らう中、アリスは、美しいスウェーデン人のヴェロニカ夫人に心惹かれる。
火村にからかわれたアリスは「好意やない、好感を持ったんや」と言いますが、まぁ、結構ヤバかった。アリスは不貞行為は勿論ダメだという当たり前の良識を持った男ですので、人妻に言い寄るようなことはしませんがね。
密かに憧れるに留めようと心の中で必死になっている様は、長年続いている【作家アリスシリーズ】の中でもこの作品でしかお目にかかることが出来ないアリスの姿です。
海豹のような容姿であるものの、館の主である乙川リュウは非常に女性にもてる人物で浮気癖があり、トラブルになったこともあると聞かされたアリスが、あんなに美人の妻がいながら許せん!バイカル海豹の分際で!と、心中で思ってしまい、いやいや、そんな失礼なことを思ってはいかんと考えを打ち消そうとして支離滅裂な文章になってしまうのが可笑しい。
とはいえ、事件の謎について考えるときにヴェロニカも容疑者から外しては考えないシビアなアリスですけど。推理作家の悲しい性なのか・・・(^^;)。
事件が起こり、にっちもさっちもいかない現状を打破しようと電話で火村を呼び寄せる訳ですが、ヴェロニカ夫人から不安を取り除くために火村の力を借りようというのがまずあったと。
朝っぱらに電話をかけてきて、無償でこれからちょいと福島に来てくれとか無茶ぶりする友人、普通なら相手しないだろうところですが、火村は電話の後すぐに新幹線二本と快速を乗り継いで風のように京都から遥々駆け付けてくれるのでした。まったく、そんなんだからアリスがどんどん付け上がる・・・(^_^;)。
以下ネタバレ~
「僕にまかせて」
乙川リュウとヴェロニカの夫妻には、三年前に幼い我が子・ルネを事故で亡くしています。一人で遊んでいる最中に沼に落ちての事故死でした。
綱木淑美から三年前のあの時、実は事故現場の近くに居合わせたが故意に助けなかったという告白を聞き、頭に血が昇ったヴェロニカは口論の末に淑美を殺害してしまう。
淑美はかつてリュウと不倫関係にあったのですが、淑美が本気になったらリュウは彼女から離れていった。諦めきれない淑美は三年前のあの日、リュウに復縁を求めましたが「君は僕の妻になれたとしても、ルネの母親は到底務まらない」とすげなく断られ、その直後に事故が発生。ルネが沼に落ちたのかも知れないと思いつつも、何もせずにその場を立ち去ってしまったというのが三年前の事故の秘密でした。
淑美を殺してしまい、しばし呆然としていたところにペンションから帰って来たリュウが現われる。ヴェロニカは自首を促してくれるものと思っていましたが、リュウは「僕にまかせて」と言って足跡トリックのアイディアをひねり出し、ヴェロニカに実行させた。
「(略)彼女は『そんなことはとてもできない』と答えました。その時、僕は言ったんですよ。『僕の前からいなくならないで欲しい。だからやってくれ』。それでもまだ躊躇っていたので、次にこう叱りました。『幸せな老後を送っている親父さんやおふくろを悲しませないでくれ。いつも、ずっと、そばにいてやってくれ』。――その二つが僕の本音でした。他人の命など知ったことか、というような醜悪な考えです」
と、まぁ、火村に真相を見破られ、妻が罪の告白をする姿を見て、乙川リュウは反省する。
ハイハイ、大いに反省して下さいといった感じですね。
息子を死なせることになったのも、妻が殺人者になってしまったのも、元はといえばリュウのせいです。全てが自分のせいなのに、何が「僕にまかせて」なのか。
執拗な元浮気相手と縁を切るのに幼いルネの存在を持ち出し、自首することを望む妻に年老いた親たちのこと持ち出して説得する。
自分のことを棚に上げた、他人を引き合いに出しての狡い、残酷な言い分で、なんだか詐欺師めいている。なぜか女性からモテると噂の人物だったらしいが、なるほど、どうやら口先でモテてきた男なのだなと想像させられますね。(いるよね、そういう人・・・)
「僕にまかせて」という言葉は、乙川リュウが自身の作品の中の登場人物に言わせる決めゼリフ。男らしさを表す素晴らしい言葉として作中で書いているらしいが、罪を犯し、悔いて自首しようとする妻に対して「僕にまかせて」と偽装工作を強要するのは親切ぶった押し付けでしかない。親切ぶっているぶん、悪質でもある。
“男らしさ”を説いていた人物が、蓋を開けてみればこの有り様だとは。“男らしさ”を説く滑稽さ、男の身勝手さを糾弾している側面も今作には込められているのではないかと思いますね。
何を言ったのか
罪の告白をするリュウに向け、火村は「愛する者を守るためなら自分も何だってやるだろう」「罪を犯してでも」と、犯罪者に対して一貫して厳しい立場をとっていた彼らしからぬことを言う。
私が驚くほど、火村はきっぱりと断言した。まるでそう語る彼の脳裏に、彼が全存在と引き換えにしてもいいと念じる具体的な誰かの顔を思い浮かべているかのようだった。
火村の過去、「俺自身が人を殺したいと思ったことがあるから」については、2021年現在も明かされていません。どんな過去なのか、読者は想像をたくましくするしかないのですが、シリーズファンである宮部みゆきさんは「火村センセが過去に誰かを殺そうとした問題には、絶対に女性が絡んでいるはず!」と、睨んでいるらしい。ついては、その運命の女性の名前を小説で出すときがきたらミユキってつけてくれと作者本人に懇願したことがあるのだとか。今作の解説で書かれています。宮部さん、ホントに火村ファンなのね・・・。
私も、思い人・大事な人に何かがあって火村は特定の人物に殺意を向けたのではないかとは思うのですが・・・どうなのでしょう?
エピローグで、アリスと共にルネが命を落した沼のほとりにきた火村は、アリスが脳裏で幻覚に浸っている最中に何かの言葉を口にする。アリスはそれが「愛する者を守るためなら自分も何だってやるだろう」と口走ったことに関する独白だったような気がして問い詰めますが、火村は「言ってねぇって」と教えてくれず、結局分からずじまいのまま終わっています。
過去を振り返っての独白のようでもあるし、彼岸に行きかけたアリスの意識を此方へ引き戻すために声を発したようでもある。これは本当のところはまったく分からないので、色々考察して楽しむのが良さそうですね。
封印された思い出
ヴェロニカの不安を取り除こうと火村を呼び寄せたものの、結果としてヴェロニカを犯人として指摘することになってしまったこの事件。
アリスにとっても、火村にとっても、なんとも哀しく辛い事件として印象に残ることとなり、二人の間でスウェーデン館については封印された思い出となっています。イコールでバレンタイン・デイ自体も苦い思い出になっちゃってるのかな?永遠の34歳設定なので、その辺は分かりませんが…。
この終わり方の余韻が有栖川有栖作品の醍醐味なのですけどね。
ちょっと危うさはあるものの、トリックもパズル的で解ったときの爽快感があって私は好きです。
切なさや哀しさが目立つ作品ですが、雪をかぶってワチャワチャする二人のいつものやり取りなど、笑える場面もありますので是非。
ではではまた~
- 価格: 681 円
- 楽天で詳細を見る