夜ふかし閑談

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『アヒルと鴨のコインロッカー』小説・映画 ネタバレ解説 タイトルの意味とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は伊坂幸太郎さんのアヒルと鴨のコインロッカーをご紹介。

 

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

あらすじ

大学新入生の椎名は、引っ越してきたばかりのアパートでボブ・ディランの『風に吹かれて』を口ずさんでいた最中に隣人の青年・河崎に声をかけられる。河崎は初対面の椎名にいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけられる。なんでも、同じアパートに住んでいる外国人留学生が彼女と別れて落ち込んでいるので、広辞苑を盗んでプレゼントしたいのだという。

あまりにも訳のわからない、おかしな誘い。相手にする気など無かった椎名だったが、悪魔めいた印象の河崎に押し切られ、乗せられて、決行の夜にモデルガンを持って書店の裏口に立ってしまった。

 

強盗をした実感のないままに事は終わり、翌日になって、椎名は大学で河崎から「もし会うことがあっても信じるな」と忠告を受けていたペットショップ店長の麗子と出会う。椎名は麗子から、河崎と、ペットショップ店員の琴美、ブータン人のドルジ、三人の二年前の物語を聞かされることとなり――。

 

 

 

 

 

 

本屋強盗とペット殺し

アヒルと鴨のコインロッカー』は2003年に刊行された、伊坂幸太郎さんの5作目の長編小説で、第25回吉川英治文学新人賞受賞作。名作といわれ、映画化もされた、伊坂幸太郎さんの初期の代表作です。

2016年以降はほさかようさんの脚本で何度か舞台化もされているようですね。2021年1月からの公演も予定されていたようですが、コロナで全公演中止になってしまったようです。

 

 

〈現在〉と〈二年前〉の出来事が交互に描かれる構成で、〈現在〉は大学生の椎名の視点、〈二年前〉はペットショップ店員の琴美の視点で描かれています。

 

〈現在〉では、上記のあらすじのように椎名が河崎に奇妙な本屋強盗に付き合わされる顛末が、〈二年前〉ではペットショップ店員の琴美が、町を騒がしていたペット殺しの犯人たちと出会い、付け狙われることとなってしまって――と、いう話がそれぞれ展開される。

 

〈二年前〉に登場するのは琴美の他に、琴美の恋人であるブータン人のドルジ、琴美の元彼で女たらしの河崎、ペットショップ店長で琴美の雇い主の麗子さん。

〈現在〉の椎名もですが、どの登場人物も魅力的でやり取りも面白いです。琴美の正義感ゆえの危うさは読んでいてヒヤヒヤしましたが。個人的に麗子さんがイチオシ人物。

 

人物が一部共通しているものの、「本屋を襲って広辞苑を1冊盗む」という妙な計画と、二年前のペット殺しに纏わる話がどう繋がるのか、読者は最初困惑して読み進めることとなるのですが、終盤には様々な断片が綺麗に繋がり、驚きの真相が待ち構えている。

 

微妙に突拍子もない事柄、軽快な語り口、独自の洒落た世界観に、見事などんでん返し、切なさ漂う結末・・・・・・と、これぞ伊坂幸太郎作品だ!という小説となっております。

 

伊坂さんの作品では楽曲が印象的に使われることが多いのですが、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

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今作ではボブ・ディランの声が「神様の声」として重要な役割を担っています。「人を慰めるような、告発するような、不思議な声だろ。あれが神様の声だよ」とのこと。こう書かれると実際に曲を聴きたくなっちゃいますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下ガッツリとネタバレ~(映画

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒルと鴨

終盤に明らかになる事実、それは〈現在〉で椎名と接していた河崎は〈二年前〉の河崎ではなく、琴美の恋人だったブータン人のドルジだったこと。ドルジは椎名に自分は河崎だと名乗り、外国人であることを隠して日本人として振る舞っていたのです。

〈二年前〉はカタコトの日本語で“いかにも”外国人という印象だったドルジですが、二年間で日本語会話を徹底的に勉強して流暢に喋れるようになっていたという訳。会話に特化した習得をしたので、漢字などは読めないといったところが作中に伏線として散りばめられています。

 

どんでん返しミステリには性別・時代設定・場所の誤認、同一人物と見せかけて別人、別人と見せかけて同一人物、など様々なパターンがありますが、今作は日本人だと見せかけて外国人だというトリック。

〈現在〉の椎名視点のパートと、〈二年前〉の琴美視点のパートで出てくる「河崎」は別人で、〈二年前〉のパートに主要人物として登場しているドルジが〈現在〉で〈二年前〉の「河崎」を演じているというのが今作での仕掛けになっているのですが、この事が驚きの真相となるのは〈現在〉の椎名の視点が入るからこそ。

 

「君は、彼らの物語に飛び入り参加している」

 

と、作中で麗子さんが言うように、この物語は元々、琴美、ドルジ、河崎の三人の物語。全く関係のない、飛び入り参加の椎名の視点が入ることで、ミステリとして初めて成り立つ構成になっています。

 

 

二年前、ファーストフード店にペット惨殺犯人たちがいるのを見付けた琴美とドルジは警察に通報したが、駆け付けた警察に気が付いた犯人たちは店の裏口から慌てて逃亡。店の外で様子を伺っていた琴美は、突然飛び出してきた犯人たちの車に轢かれて死んでしまう。

轢いた勢いで車が傾き、道路に停まっていた木材を積んでいたトラックにぶつかって犯人たちも二人死亡したが、一人は生き残った。生き残った犯人の一人・江尻は警察に捕まったものの、共犯の二人が死んだのをいいことに、自分はただの使い走りだったと主張して執行猶予になった。

琴美が死んでしまい、ひどく落ち込んでいたドルジと河崎は、新聞の記事に出ていた写真から江尻が父親の経営する本屋で働いていることを知る。反省している様子がまったくない江尻の姿に、河崎はドルジと共に閉店間際の本屋で江尻を襲う計画を立てるが、計画を実行する前に発案者だった河崎が突然死んでしまう。

琴美も河崎も死んでしまい、残されたのは「二人で本屋を襲う計画」だけ。

二人を喪った悲しみと江尻への憎しみが募りつつも、ドルジは途方に暮れていました。そんなところに現われたのが、ボブ・ディランの『風に吹かれて』を口ずさんでいた椎名。生前、河崎はボブ・ディランのことを「神様の声だ」と言っていました。“きっかけ”を与えられたように感じたドルジは、河崎と行う予定だった計画を椎名と行うことにする。本来の江尻を殺すという目的を伏せ、「広辞苑を盗むため」と偽って。

琴美が死んだときの状況から、ドルジは店の裏口から江尻に逃げられるような事態になることはどうしても嫌だった。裏口を見張ってくれる人物が必要だったのです。

 

椎名の前で日本人を装ったのは、外国人だと知られたら相手にされないと思ったから。外国人留学生として日本にやってきたドルジは、日本人の外国人への無意識的な差別をよく承知していました。「河崎」だと名乗って生前の彼を真似した言動をしていたのは、「河崎」がドルジにとっての日本語の先生で、最も親しかった日本人男性で、なおかつ計画を遂行するために“別人になりたかった”から。

 

 

タイトルの「アヒルと鴨」というのは、外国人と日本人を表すものです。〈二年前〉、アヒルと鴨の違いをドルジに尋ねられた琴美が「(アヒルは外国から来たやつで、鴨はもとから日本にいるやつ)」と大雑把に説明する会話を受けてのもの。

 

「(もしそうなら、僕と琴美は、アヒルと鴨だけど)」

ヒルと鴨か。悪くない表現だな、とわたしは思った。よく似ている動物にも思えるけど、実際にはぜんぜん違う。

 

 

 

 

 

世の中は、滅茶苦茶

ドルジが生まれ育った国、ブータンチベット仏教の国で、因果応報と輪廻が強く信じられているのだそうな。善いことをすれば、いつか報われる。悪いことをすれば、全部自分に戻ってくる。たとえ今世では大丈夫でも、来世でしっぺ返しがくる。

死んでも、生まれ変わるから怖くない、悲しくない。

 

そうやって人生を穏やかに送っていたブータン人のドルジですが、理不尽な出来事で琴美が死に、河崎も死んでしまって、元凶である裁かれるべき罪人の江尻が楽しそうに笑っている姿を見て、今までのブータン人としての思想や死生観は崩れてしまう。

世の中は、綺麗に因果応報に出来てはいない。実際は、世の中は、滅茶苦茶

 

来世でしっぺ返しがくると謳われても、現実に目の前で圧倒的に理不尽なことが起こってしまえば「不公平だ」と憤る気持ちは抑えられないし、生まれ変わるから悲しくないと思っていたはずでも、実際に大事な人が死んでしまえばどうしようもなく悲しい。

 

ブータンで信じていたものが分からなくなったドルジは、“ブータン人である自分”を切り離し、「河崎」という別人になることで本屋襲撃計画を実行する。「神様の声」であるボブ・ディランを口ずさんでいた椎名と共に。

 

 

 

 

 

 

映画

アヒルと鴨のコインロッカー』は2007年に実写映画化されました。

 

アヒルと鴨のコインロッカー

アヒルと鴨のコインロッカー

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

どんでん返しの仕掛けがあるのに、どうやって映像化するんだ!?と、原作を読んだ人間は思うところですが、映画では前半に出る〈二年前〉の回想にはドルジ田村圭さん、河崎瑛太さんで見せて、事の真相が判明した後の回想ではドルジ瑛太さん、河崎松田龍平さんで“本当の回想”として改めて見せるという、割と直球の表現方法になっていました。

椎名(濱田岳)の大学の同級生役で岡田将生さんが、バスの運転手役で眞島秀和さんが出演していて今見るとビックリする。どちらもほんの数分の出演ですね。眞島さんにいたっては一回目観たときは気が付かなくって、エンドロールに名前があって驚いて巻き戻した・・・(^_^;)

 

演出も役者さんの演技も素晴らしく、この映画も原作同様に非常に評価の高い作品です。

比較的、原作を忠実に再現しているといえる映画になっていますが、二時間という時間内にストーリーを纏まりよく、分かりやすくするように所々変更点があります。どれも映画としてみせるならこの方が良いと思える変更ですね。

 

 

原作と映画で大きく違うのは主に二つあって、その一つが河崎の死因

色男で複数の女性と交際していた河崎がHIV に感染しまったという設定は同じなのですが(琴美とは肉体関係を持つ前に別れたので、気楽に接することが出来る人物としてちょくちょく会いに来ていた)、原作だと前に交際していた女性がエイズで死んだと知って、自分がうつしたからだと思った末の自殺でした。映画だと、ドルジと一緒に本屋を襲おうとしたまさにその時に、病状が悪化してそのまま死んでしまうというふうに変更されています。

原作でも本屋襲撃計画実行前に河崎が自殺してしまうというのは、ちょっと唐突で違和感がありましたし、映画のあの流れで原作通りに自殺という事柄を出すと妙な感じになるので、この変更は良かったと思います。

病院に連れて行く途中の車での場面が悲痛でやるせなくって。この場面があることで、その後、ドルジが河崎として振る舞って本屋襲撃計画をやり直そうとする心情が理解しやすくなっているかと。

 

 

 

 

コインロッカー

もう一つの大きな違いは、ラストの、ボブ・ディランの曲がエンドレスで流れる状態にしたラジカセをコインロッカーに入れて鍵を掛ける、“神様を閉じ込める”場面。

これは、〈二年前〉にペット惨殺犯人たちに暴力で対抗したことを悔いたドルジに琴美が言った「神様を閉じ込めて、全部なかったことにしてもらえばいいって」という台詞を受けてのおまじない的行為なのですが、原作だと神様を閉じ込めるのがドルジなのに対し、映画では椎名が神様を閉じ込めています。

場面自体は忠実な再現なのですが、役割を交代することで原作と映画ではラストの捉え方が大きく異なることとなる。

 

本屋襲撃で江尻を殴りつけたものの、江尻は死にませんでした。殺すつもりだったドルジはここで予定を変更。椎名に気が付かれないように江尻を本屋から運び出し、海の近くにある林の木に足を刺して縛りつけて、カラスに食べさせようとしました。

鳥葬を模した行為で因果応報を試したかったのか、すぐに死なしてしまっては報いが足りないと思ったのか・・・。

相当に衰弱していたものの、江尻は発見されて一命を取り留めました。結果的に殺人未遂ということになり、麗子さんは自首をすすめますが、ドルジは返答を濁す。

で、コインロッカーでの例の場面となる訳ですが、原作のようにドルジが神様を閉じ込めるとなると、これ、見方によっては自分の罪を逃れたいというふうに捉えられますよね。映画では椎名が神様を閉じ込めることで、“友人からの気の利いた慰め”といったものになっている。自首する必要はないと言いたい訳ではないが、神様にちょっとしたお目こぼしを願うくらいは友人としていいだろ――と、いったものに。

 

椎名は、ずっと「彼ら三人の物語」に飛び入り参加していた部外者の立場でしたが、ラストに椎名がドルジの前で神様を閉じ込めることで、“ドルジと椎名のコインロッカー”に、ドルジと椎名の、「二人の物語」に成った。と、映画の方だとよりタイトルに繋がる意味合いが強くなっていると思いますね。

映画のキャッチコピーである「神さま、この話だけは見ないでほしい。」がまた秀逸。

 

 

 

原作も映画も、神様を閉じ込めた後に犬を助けるために道路に飛び出したドルジがどうなったのかはハッキリと描かれてしません。

因果応報だというなら、ドルジは殺人未遂の罰が当たって死んでしまったのか・・・と、なるところですが、世の中が滅茶苦茶だということは三人を襲った悲劇から証明されているし、神様は閉じ込めたしねぇ。

深く考えず、読者や視聴者の好きなように解釈していいのではないかと思います。個人的には、ドルジと椎名にはまた再会して欲しいと願っていますが。

描ききらない濁したラストがまた良いですね。映画の、ボブ・ディラン『風に吹かれて』が流れるエンディングは何とも言えない余韻を残してくれます。なるほど、人を慰めるような、告発するような、不思議な声、神様の声、か・・・。

 

 

 

原作と映画、どちらも名作ですので、気になった方は是非。

 

 

 

 

アヒルと鴨のコインロッカー

アヒルと鴨のコインロッカー

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

ではではまた~