夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『前巷説百物語』6編 あらすじ・解説 シリーズ第四弾。“はじまりの物語”

こんばんは、紫栞です。

今回は京極夏彦さんの『前(さきの)巷説百物語をご紹介。

 

前巷説百物語 「巷説百物語」シリーズ (角川文庫)

 

はじまりの物語

江戸時代を舞台に、御行の又市率いる一味が、公には出来ぬ厄介事の始末を金で請け負い、妖怪譚を利用した仕掛けで解決させていく妖怪小説のシリーズである巷説百物語シリーズ】

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

巷説百物語

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

『続巷説百物語

  

www.yofukasikanndann.pink

 

後巷説百物語

 

www.yofukasikanndann.pink

 

と続いてきてのシリーズ第四弾が『前巷説百物語なのですが、今作は前三作で語ってきたような「御行の又市率いる一味が仕掛け仕事をするお話」ではありません。

 

こちらは今までの作品の前段に当たる”前日譚“。又市がまだ駆け出しの若造で、上方から江戸に流れてきたばかりの頃が舞台。又市が何故、御行乞食の扮装であのような渡世をするようになったのか、小股潜り、”御行の又市“は如何にして生まれたのか。巷説百物語、はじまりの物語が描かれています。

 

とはいえ、構成は今まで通りの連作短編で、やはり妖怪譚を利用した仕掛け仕事をしています。違うのは、又市が”雇われ人“であるところ。その雇っている店というのが「ゑんま屋」

 

「ゑんま屋」は損料屋。損料屋というのは江戸時代にあった商売の一つで、簡単にいうと物貸し屋。今でいうレンタル店のようなもので、調度品や布団、膳、お椀、大工道具などなど、色々な品々を貸す商売なのですが、”貸した代金“を貰うというのではなく、建前的には”損した分の代金を戴く”というもの。品物を貸して、返してもらう時には大なり小なりその品物は傷んでいたり汚れていたりする。その分は、”貸した方の損“になるから、その損した代金分を戴く。

しかし、「ゑんま屋」は他の損料屋とはまた違う。物を貸すだけではなく、知恵を貸す、人を貸す、腕を貸す。そして、口では言えないものも貸す。「ゑんま屋」には裏側の顔があるのです。

 

理不尽な目困った目、弱り目祟り目悲しい目、出た目の数だけ損をする、それが憂き世の倣いごと。出た目の数だけ金を取り、損を埋めるが裏の顔。

頼み人は自分のした損に見合った額をゑんま屋に支払う。戴いた損料の分だけ、ゑんま屋が代わって損をするのが決まりごとである。

 

で、又市はある騒動をきっかけに「ゑんま屋」に”損働き要員“の一人として雇われる。

「ゑんま屋」の主で元締はお甲という凜とした佇まいの年齢不詳の女性。他、”損働き要員“は、又市の上方時代からの相棒である削掛の林蔵、手遊屋で仕掛け道具を作ることに長けている長耳の仲蔵、刀を持たない浪人で荒事担当の山崎寅之助、「ゑんま屋」の手代で表家業裏家業の受付をこなす角助本草学者で医療薬事にも明るい博識の老人・久瀬党庵などなど。

 

「ゑんま屋」以外での主要登場人物は、南町奉行所定町廻り同心・志方兵吾、志方の手下の岡っ引き・万三、元巾着切りで、何かと又市にちょっかいを出してくる小料理屋手伝いのおちかなど。

 

お話のパターンとしては、

「ゑんま屋」に損料仕事が舞い込む

→仕掛けをする

岡っ引きの万三が同心の志方に信じがたい”巷の噂“を報告、詮議する

→小料理屋で読売などを読んだおちかが又市に噂の話を振る

→おちかを追っ払った後、仕掛け仕事の種明かし。

と、いったものになっています。

 

損料屋として妖怪譚を利用する仕掛け仕事の絵図を描く才能(?)を開花させていく又市ですが、話が進むにつれ、「ゑんま屋」はとんでもない危機、”あの強敵“と対峙することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各話、あらすじと解説

『前巷説百物語』は全六編収録。

 

巷説百物語シリーズ】で題材として採られている妖怪たちは全て、天保12年(1841年)に刊行された画・竹原春泉、文・桃山人の『絵本百物語』から。

 

前三作は時系列が何かとこねくり回されたものとなっていましたが、『前巷説百物語』は”御行の又市が出来上がるまで“を描いた連作ですので、起こった順番通りに収録されています。

 

 

●寝肥(ねぶとり)

仲間の不始末で上方から江戸に落ちてきた小悪党の双六売りである又市は、馴染みの元娼妓・お葉が四度も身請けされた話を耳にし、疑問を感じる。身請けした相手は四度ともすぐ死に、借財はもうないはずのお葉は奇妙にもその度に元の店に戻され、また売り出されるを繰り返しているという。

あるとき、又市は件のお葉が首を吊ろうとした場面に偶然居合わせる。思いとどまらせたお葉から話を訊いてみたところによると、お葉は小間物屋で裏では玉転がしを副業としている音吉に惚れており、その音吉に四度売られた。ある夜、音吉の女房で小間物屋の女主であるおもとに部屋に呼び出され、音吉の死体を見せられた後に包丁で斬り掛かってきた。もみ合った末にお葉はおもとを殺害してしまったという。

主殺しは大罪。自訴しても死罪、隠し果せることも逃がすことも出来ない。進退窮まり悩む又市に、居合わせた「ゑんま屋」の手代・角助が「この損の損料出しませんか」と持ちかける。

「ゑんま屋」は損料屋。引き取った損は代金さえ戴ければ帳消しにしてみせると角助はいうが――。

 

「寝肥」は寝室に入りきらないほどの巨体になってしまった女性のこと。絵本百物語では妖怪として紹介されていますが、妖怪というよりは自堕落な女性がかかる病気の一つとされ、戒めの言葉として使われた・・・らしい。

 

この時、又市は双六売り。頭も丸めておらず、月代をみっともなく伸ばしっぱなしにしていて「男前が台無しだ」とか周りに言われている。冒頭で、小料理屋手伝いのおちかから「小股潜り」と揶揄されて又市が嫌がる描写があります。最後には開き直るのですが、又市にも若造らしく何かと噛みつきたい時代があったということですね。この場面で、「小股潜り」の名付け親(?)がおちかだったのだということが明かされると。

 

このお話は事件の当事者三人がそろいもそろって見事にすれ違っていて何ともやるせないというか、なんというか・・・。「一途な想い」ってのはかくも厄介なものなのですねぇ。

 

この騒動がきっかけとなり、又市と林蔵は「ゑんま屋」にスカウトされます。

 

 

 

 

●周防大蟆(すおうのおおがま)

又市が「寝肥」での一件から「ゑんま屋」に雇われて三月。新たな損料仕事が舞い込み、又市はよく解らぬままに浪人の山崎寅之助を喚んで来るように言い付けられる。

今回の依頼人は周防の川津藩士・岩見。兄の敵・疋田を討てと仇討ちを藩主から命じられた岩見だが、疋田は兄を殺した本当の仇ではないと知っているので仇討ちはしたくない。しかし、藩主の川津盛行はどうあっても疋田を殺させる腹づもりであるという。実は、兄を謀殺した張本人は藩主の盛行で、岩見の兄と疋田に強い怨みを抱いているらしく、今回の仇討ちにも態々藩から五人助太刀をよこし、自身も御見届け役としてやってくるほどであると。

疋田は無実であるにもかかわらず、岩見とまともにやり合う気はなく殺されるつもりでいる。ところが、岩見も疋田を殺めるともりはこれっぽちもない。このままでは堂々巡り。終わらせるには、どちらかが死ぬしかない。客である岩見の望みは、仇討ちの場でどうにか疋田に自分を討たせること、自分が死ぬように仕向けてくれというものだった。

山崎寅之助は荒事担当の凄腕。疋田が岩見を討たなかった場合は、山崎が依頼人の岩見を殺すという算段を「ゑんま屋」は立てる。

人死を前提にした仕掛けが気に入らない又市は、長耳の仲蔵が拵えた道具「大蝦蟇」を使い、一計を講じるが――。

 

 

「周防大蟆」は周防の山奥にいる年寄りの巨大な蝦蟇。北陸地方でよく見られる、巨大ガマガエルの怪異。

 

現代では全く想像も出来ませんが、江戸時代には仇討ちが強制されることがあって、やりたくなくっても、やらなくってはいけなかった。赤穂浪士の討ち入りとかも、当人たち以外の周りの人達が「仇は討つべき」と期待したというのが大きかったのかなぁとか思いますね。

荒事担当の山崎さんがいるあたりが、「ゑんま屋」と又市とでは仕掛け方の考えが違う現われになっていますね。

仇討ちしたくないからって自分の方が死のうだなんて、岩見の決意は何やら不審ですよね。最後にはその疑問が解き明かされる訳ですが、真相を知ってみると、殺されてしまった岩見の兄がとにかく気の毒でしょうがない。

 

 

 

 

●二口女(ふたくちおんな)

「ゑんま屋」の手代・角助は、武家の奥方・縫から「継子に食事をあたえず、虐待して殺めた。罪を償いたいが、家の事を考えるととても告白は出来ない。なんとかして欲しい」と依頼され、困り果てていた。

縫は気立ての良い働き者で、申し分のない良妻であるという。継子を虐め抜くようには思えぬし、家人たちが武家の奥方である縫に嫡子を任せきりにするというのも考えにくい。合点がいかない又市は、「ゑんま屋」子飼い連中の一人で本草学者・久瀬党庵の草庵を尋ね、何か良い知恵はないかと相談し、継子殺しの真相を探ることにする。

その後、又市は党庵とともに筋書きを練り、南町奉行所同心・志方兵吾を巻き込んで「二口女」の怪異を仕立てるが――。

 

「二口女」は後頭部にもう一つ口がある女性の妖怪。継子に食事をあたえずに死に至らしめた女性が、後ろ頭に瑕を負い、それがやがて口となって食物を摂取するようになる。食べ物をあたえないと痛みが引かず、後頭部の口は罪の告白をしだす。悪行をしたがための病といったもので、「人面瘡」と似通った怪異ですね。

 

相反する想いを持つ人物の葛藤が騒動の肝。人は誰でも口二つ。真っ直ぐ真ん中歩くのは、中中大変ですよね。ホント。

 

ここら頃になると、又市は完全に久瀬党庵の博識を頼って相談するようになる。用がなくっても草庵に行ったりするので、もう話を聞くのが好きになっている、”懐いている“感じですね。

志方のこともあからさまに仕掛けに利用するようになります。真面目で正義感が強い人物は扱いやすいということなのか。この本は又市と林蔵や仲間たちとのやり取りが面白いですが、志方と万三のやり取りも如何にも時代劇チックで楽しいです。

嗤う伊右衛門に登場する医者・西田尾扇がこのお話にも出ています。

党庵に藪医者だと誹られていますね(^_^;)。

 

 

 

 

 

●かみなり

立木藩江戸留守居役・土田左門が切腹した。隣家の武家屋敷の女中部屋に夜這いをかけたことが知れたのを恥じての自害だという。

土田左門を罠に嵌めたのは、又市と林蔵。「ゑんま屋」の損料仕事として引き受けてのものだった。依頼人は立木藩領内の大百姓。土田左門は難癖を付けては領民の娘女房を差し出させては弄ぶ稀代の好色で、領民は酷く苦しめられていた。損を埋めるには、土田が助平爺であることを天下に知らしめ恥じをかかせ、留守居役の役から引き摺下ろさねば意味がないと思っての仕掛けであった。

まさか腹を切るとまでは予想していなかった又市は、”やり過ぎだった“のでは、もっと上手い方法があったのではないかと悔やむ。

土田が腹を切ってから数日後、「ゑんま屋」の女主・お甲と手代の角助が勾引かされる。翌日に角助が店先に戻されるが、拷問を受けた姿で簀巻きにされ、腹の上には土田左門の切腹のことが書かれた瓦版が貼り付けてあった。

これは土田左門への仕掛け仕事の意趣返しなのか。お甲以外の仲間も人質に取られ、又市は独りきりで奔走するが――。

 

「かみなり」は下野の国の雷獣。常陸の筑波村の辺りでは作物が不作になると「かみなり狩り」というのを祈祷や儀式のように行っていたのだとかなんとか。

 

ここら辺から「ゑんま屋」に不穏な空気が。仲間が皆人質に取られ、五日のうちにどうにかしないと皆殺しにすると脅かされて、又市は独り奔走するが、早々に当てが外れてしまい――。さぁ!どうする!?って、ところで、待ってましたの御燈の小右衛門が又市の前に現われる。これが又市と小右衛門の初対面ですね。小右衛門の爺さんはやっぱり格好いいですなぁ。

小右衛門が登場するということで、火薬仕掛けの力業でこの件はなんとかします。

 

 

 

 

 

●山地乳(やまちち)

渋谷道玄坂脇の縁切り堂の黒絵馬に憎い相手の名を書けば、三日のうちに死ぬという噂が巷を騒がす。取るに足らない与太話であろうと思っていた又市だったが、長耳の仲蔵から噂は本当らしいと聞かされ、何者かが裏で手を引いているのではないかと感じ取る。

そんな折、又市の上方での小悪党仲間である祭文語りの文作と無動坂の玉泉坊が「ゑんま屋」に訪れた。上方の小悪党を束ねる顔役・一文字屋仁蔵が、「ゑんま屋」に件の黒絵馬に拘わる損料仕事を依頼したいというのだ。この度の黒絵馬騒動は、化け物といわれる”稲荷坂の祇右衛門“が仕掛けていることであるらしい。

今までにない危険な仕事になると予感しつつも、又市はこの損料仕事に乗ることに。

仕事の算段をしている最中、「ゑんま屋」に久瀬党庵から報せが届く。南町奉行所同心・志方兵吾が、自身の手で自身の名を黒絵馬に書いたというのだが――。

 

「山地乳」は人の寝息を吸う妖怪で、吸われた者は死んでしまうが、目を覚まして一命を取り留めた者は長寿が約束されるのだとか。

 

 

名前を書くと死ぬというのはデ〇ノートを連想するかもですが、遙か昔からこういう呪い話は数多くあって特に珍しい題材でもない。縁切り神社というのは現代にもあって、熱心に通う人は今でもいるらしいですよね。いつの時代も人は”そういったもの“に惹かれてしまうものなんでしょうかねぇ、やはり。

 

シリーズ第二弾の『続巷説百物語』を読んだ人なら知っているはずの強敵、稲荷坂の祇右衛門」がここで本格的に拘わってくる。この本、『前巷説百物語』は稲荷坂の祇右衛門との騒動がメインになっています。これらの事柄から、『前巷説百物語』はシリーズ第一弾の『巷説百物語』から数えて約十年前の出来事なのだということが解る。

 

 

 

 

 

●旧鼠(きゅうそ)

巷での数々の犯罪の横行。春先の黒絵馬騒ぎ以来、その犯罪の背後に又市は悉く稲荷坂の祇右衛門の影を見てしまい、不安に駆られる。

その不安が的中するように、稲荷坂の祇右衛門はついに「ゑんま屋」を葬らんと牙を剥いた。

刺客はいずれも身分なき弱者。打つ手もなく、あっという間に「ゑんま屋」は窮地に立たされる。次々と葬られていく仲間たち。追い詰められる又市の前に、”まかしょう“姿の男が現われる――。

「ゑんま屋」最後の損料仕事。その結末やいかに。

 

「旧鼠」ってのは、字の通りに齢を重ねた鼠で、猫を食べるのだとか。歳経りし大鼠は猫も喰う。しかし、旧鼠は猫の子を育てることもあるという。齢を重ねれば強くもなるが、分別も知恵もつくと。

 

このお話は『続巷説百物語』に収録されている「狐者異」で触れられていた、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

「祇右衛門はこれまでに三度斬首されている。一回目が十五年前、二回目が十年前、そして今回の三回目」の、二回目、”十年前の稲荷坂の祇右衛門斬首騒ぎの詳細“が明かされています。(一回目と三回目の斬首騒ぎの詳細は「狐者異」で明かされています)

 

いやぁ、もう、ヒドイ。矢継ぎ早にヒドイ事が起こるのですよ。悲しみが追いつかないというか、絶望的な心境になる。ま、最後の最後に”切り札“が現われて、なんとかなるのですけども・・・この収め方も悲痛というか、苦々しいものになっています。

一応、切り札のおかげで騒ぎを静めることは出来たのですが、この仕掛け仕事は又市としては紛れもなく”失敗”。ほとぼりが冷めた後、稲荷坂の祇右衛門はまたも悪事を重ねだした訳で、又市と祇右衛門の十年越しの対峙の決着、「本当の祇右衛門の騒動の終わり」が描かれるのが、『続巷説百物語』の「狐者異」なのです

 

ここで描かれる二度目の斬首騒動と、「狐者異」で又市が百介に語った内容には齟齬があり、シリーズの読者としては「言ってたことと違うじゃんか」となるのですが、ま、こんな複雑な詳細を百介に一から十まで話すのは余計だと思って誤魔化した説明をしたということなんでしょうかね。他言無用な内容だから話せなかったってことなのかも知れませんが。

 

林蔵との会話、山崎さんとのやり取り、又市が非人無宿人たちに啖呵を切るところなどなど、哀しくも印象深い名場面がいっぱいあります。「下の者は苦しいし、上の者は辛ェんだ。人はみんな哀しいんだよ」「身分だの立場だの血筋だの、そんなものァ糞喰らえだ」「人殺して何とも思わねェなら、それこそ本当に人じゃねえやい」という又市の啖呵の数々が、無性に心を揺さぶってくる。

 

十年前の百介も少し登場して又市とニアミスしていたり、おぎんとの初対面も描かれていてファンサービス的な場面も。又市は最初見たとき、おぎんのことを人形だと思って見蕩れています。この頃、おぎんは十歳か十二歳くらいですね。

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青臭い又市

又市はシリーズの主役であるものの、内面については前三作では描写されていません。主に山岡百介からの視点で描かれていた前三作では、又市は得体の知れぬ化物遣いの男として、常に達観した存在として物語に登場していました。

今作では一話一話、”御行の又市“が出来上がるまでを追っていくという本になっていて、視点も又市本人。

 

「どんな時だってな、死んで良いなんて話ァねェんだよ。狡かろうが悪かろうが惨めったらしかろうがよ、辛かろうが悲しかろうが、人は生きててこそじゃねェのかい。違うかよ」

 

と、青臭いことを言ってのける。シリーズ読者としては新鮮な又市の姿。

 

「ゑんま屋」は堅気相手の商売で、裏の渡世の人間とは切れた稼業だと主のお甲は言いますが、事によっては殺しもやむなしで仕事をしている「ゑんま屋」は、又市の”青臭さ“が必要だと、人死にを嫌う又市に仕掛けの筋書きを書かせる。

 

又市なりに八方丸くおさまるような筋書きを考えるものの、若造の又市は「本当にこれで良かったのか」と自問自答し、その都度思い悩んでいます。前三作の姿からは想像も出来ないような青臭く、人間臭い又市を見られるのが今作なのですね。

 

しかし、「ゑんま屋」のやっている損料仕事はやはり危ない裏稼業。裏の渡世の方とは切れているという建前ではありましたが、結局裏の渡世の人間と拘わってしまい、「ゑんま屋」は破滅へと向かう。若造で青臭い又市は、そこで自分の不甲斐なさを思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

御行の又市

 

「お前さんはね、筋は良いのに詰めが甘いのですよ。先も読む、型も運びも知っている。それなのに、最期の最期で弱気になる」

 

「先読み深読みが出来る分、その詰めの甘さは――」

命取りになりますよ

 

と、党庵に言われたことは的中し、又市は一生悔やみ続けることに。

「旧鼠」で仲間を次々と喪い、とてつもない哀しみと辛さを経て、己の力不足を嘆いて、「御行の又市」は誕生する。

 

『続巷説百物語』の「死神 或は七人みさき」で、事触れの治平が「又公はな、ありゃ臆病なのよ」と言っていますが、

 

 

 それは「旧鼠」で自分が後手に回ったがために、仲間や周りの人々を死なせてしまった経験からきているのだなぁと。おちかの事とか山崎さんのこととかね、読んでいると特にやり切れないですね。

 

又市の御行乞食の扮装は、「旧鼠」で切り札となった男がしていた扮装をそのまま拝借したもの。この男の存在は、又市にとっては”仕掛け仕事の失敗“を深く象徴するもので、この男の扮装を拝借するというのは、この失敗と痛みや哀しみを背負って生きていくという決意表明で、死んでしまった者たちへの弔いなのだと思う。

 

「ゑんま屋」と縁を切り、双六売りも辞め、ただの御行乞食となった又市は御燈の小右衛門と組んで裏の渡世へ。

「お前さんは使われるより使う人だよ」という、これまた党庵の予見通り、御行の又市は”化物遣い“となる。

 

又市にこれだけの示唆を与え、化物遣いとなるきっかけを作った博識の老人・久瀬党庵ですが、「旧鼠」でのゴタゴタのなかで、この党庵だけが消息不明のままに終わっています。

久瀬党庵は【百鬼夜行シリーズ】での京極堂を連想させるような役割を今作でしていて、只者じゃ無さそうな匂いがプンプンしていた人物。「ゑんま屋」の人員が次々と殺され、死体がドンドンと出るなかで、一人だけかき消えたようにいなくなるとは、明らかに”なにかありそう“。

今後、その”何か”があるのかも知れません。要チェック人物ですね。

 

 

 

 

西へ

『前巷説百物語』は、前三作では謎とされていた又市の過去が明らかになり、読むとこれまでのシリーズ作品への感慨深さがより増すこと請け合いのファン必見の本となっていて、私個人もシリーズのなかで特に好きな作品です。

シリーズ第三弾の後巷説百物語で、

 

www.yofukasikanndann.pink

 

“百介にとっての百物語”は綺麗に終わっているのため、読むのをストップしてしまう人もいるかもですが、シリーズ第三弾まで読んだなら、必ずこの『前巷説百物語』も読んで欲しい。読まないのは非常にもったいない!ですよ。

 

 

 

お次のシリーズ第五弾は今作に登場している又市の相棒、林蔵が主役の物語『西巷説百物語』。林蔵の西での活躍、ご覧あれ↓

 

www.yofukasikanndann.pink

 

 

 

 ではではまた~