夜ふかし閑談

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『カラスの親指』小説・映画 ネタバレ 解説 タイトルの意味とは?

こんばんは、紫栞です。

今回は道尾秀介さんのカラスの親指 by rule of CROW's thumb』をご紹介。

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

 

あらすじ

妻に先立たれ、同僚の借金の保証人になったことで職を失い、なし崩しにヤミ金業者で雇われ、責務者から最後の金を奪い取る「わた抜き」を命じられるも、追い込んでいた責務者が自殺したことで良心の呵責に苛まれ、経理資料を警察に渡すことでヤミ金業者を壊滅に追い込んだ元サラリーマンの武沢竹夫。

しかしその後、組織からの報復で自宅を放火されたことで幼い一人娘を失い、組織から追われる身となった武沢は真面目に生きることに嫌気がさし、やさぐれて、詐欺を生業として生きるようになった。

詐欺師となって七年。武沢は自分と同じくヤミ金業者に追い詰められた過去を持つ男・入川鉄巳とひょんなことから知り合い、二人でコンビを組んで細々した詐欺仕事で糊口をしのぐ生活を送っていたが、住んでいたアパートが火事にあい、七年前の報復の続きかと警戒して慌てて逃げ出す。

二階建ての小さな一軒家を借り、新生活を開始した矢先、武沢と入川の二人は上野でスリの少女・河合まひろと出会う。今住んでいるアパートを追い出されそうだというまひろに、武沢が「行くところがなくなって、どうしようもなくなったら、うちに来りゃいい」と誘うと、まひろは姉のやひろとその彼氏・石屋勘太郎を引き連れ、武沢と入川の借家に転がり込んできた。

他人同士の奇妙な共同生活。迷い猫のトサカも加わり、徐々に打ち解けて家族のように暮らす五人と一匹だったが、武沢の“忌まわしい過去”はこの家にも襲いかかる。

武沢と入川、河合姉妹の因縁の相手が同じヤミ金業者だと知った五人は、過去を払拭するため、人生を懸けた大計画を企てるが――。

 

 

 

 

 

“ダマシ小説”

カラスの親指』は2008年に刊行された道尾秀介さんの長編小説。第62回推理作家協会賞受賞作で、他に、第140回直木賞、第30回吉川英治新人文学賞、それぞれの賞の候補作になっていたりと、道尾さんの作品の中でも特に評価が高い作品です。

 

ジャンルとしては詐欺師が主役のコンゲームもので、奇妙な縁で集まった他人同士の五人組が、悪質なヤミ金業者を相手に大きな詐欺計画を企てるというもの。

コンゲームものとして、様々な詐欺の手口や、物語の主となる大計画「アルバトロス作戦」での算段や二転三転する展開の面白さと、他人同士、最初はぎこちなかった五人が徐々に打ち解けて家族のようになっていく様など、ヒューマンドラマ的な要素もある作品。

 

しかし、それだけで終わらないのが道尾秀介作品でして。最後に待ち受ける大どんでん返しで読者を大いに驚かし、綺麗に騙してくれる“ダマシ小説”となっています。

 

作中には無数に伏線が張られていてアナグラムもあったりと、殺人事件はないものの、推理小説好きも愉しめるミステリ小説にもなっています。道尾秀介作品での伏線の巧さは折り紙付きですので、伏線回収をこれでもかと堪能させてくれること間違いなし。

そして、ただのコンゲームものでは味わえない感動と切ない読後感のある結末。

単なるダマシ小説というだけではない、様々な面白さが詰め込まれ見事に纏め上げられた作品となっています。

 

 

 

 

 

 

映画

カラスの親指』は2012年に実写映画化されています。監督・脚本は伊藤匡史さんで、主演の武沢役は阿部寛さん。他、村上ジョージ(入川鉄巳)、能年玲奈(河合まひろ)、石原さとみ(河合やひろ)、小柳友(石屋勘太郎)、小坂大魔王(ノガミ)、鶴見辰吾(ヒグチ)などなど。

 

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

能年玲奈(※現在は芸名を「のん」に改名)さんは連続テレビ小説あまちゃん』でブレイクする前、小坂大魔王さんは「ピコ太郎」に扮して「PPAP」で一世を風靡する前だし、石原さとみさんが四番手の役(映画でのクレジットだと三番目ですが、お話の立ち位置的には四番手)で目新しいヘアスタイルで出演していたりと、今観ると驚くほど豪華で少しおかしみのあるキャスト陣ですね。

 

武沢役の阿部寛さんや勘太郎役の小柳友さんは原作での容姿イメージとはちょっと違うのですが、人柄などは割と原作通りでコレはコレで良い。入川鉄巳役の村上ジョージさんの如何にも人が良さそうな感じは詐欺師に向いてそうで妙に説得力がある。

 

この映画は2時間40分と長めで、そこが少し悩ましいところ。中盤まで淡々とした展開のため、観ていると余計に長く感じてしまうのですね。この淡々とした部分が、後半で重要な意味を持つわけですが。最後の20分でどんでん返しがあり、驚きの真相が明かされます。原作小説同様、この映画にも多くの伏線が張られているのですが、同じようなどんでん返し系の映画であるイニシエーション・ラブ

 

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などと比べると、伏線回収の答え合わせがやや不親切ですかね。イニシエーション・ラブ』が丁寧すぎるのかもしれないですが(^^;)。

 

カラスの親指』の映画のパンフレットには「17のチャックポイント」として、様々な場面に隠された伏線について記載されていたらしいので、細かいところはパンフレット片手に映画を見直して楽しんでね!って趣向だったのでしょうかね。

終盤である人物が小説を読んでいるシーンがあるのですが、その小説が道尾さんの『向日葵の咲かない夏』 

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なのもちょとした遊び心でしょうか。

 

ヒューマンドラマ感が原作より強くなっている気はしますけど、細かな部分が省略されていたり人物の設定が変えられていたりする以外はストーリーは概ね原作通り・・・と、見せかけて、実は結構大きな“騙し部分”が映画では原作から変更されている。

 

何処をどう変更されているのかの詳細は後述いたします。

 

 

 

 

そんな訳で、以下ガッツリとネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべてがペテン

ひょんなことから共同生活を送ることとなり、疑似家族的に楽しく過していた武沢たち五人と一匹。

しかし、家に火を付けられ、飼い猫のトサカを殺されるなどの報復を受けた後に、皆の仇がヤミ金業者の「ヒグチ」という男で共通していることを知った五人は、未精算の過去を払拭するためにヒグチから大金を掠め取ろうと企てる。

 

実は、七年前に武沢が自殺に追い込むことになってしまった責務者は河合姉妹の母でした。母子家庭だった河合姉妹に、武沢は罪滅ぼしのように匿名で金を送り続けており、まひろから行く当てがないと聞いて「うちに来ればいい」と誘ったのもこのことがあったから。武沢が自分たち母の直接の仇だと気がつく様子がないまひろとやひろに、武沢はいつまでも本当のことを告白することが出来ないままにヒグチへの詐欺計画は進む。

 

結果的に計画が露見し、失敗に終わるものの、当のヒグチは一年前に死んだとヒグチの弟だという男から聞かされ、あっけなく見逃してもらえた武沢たち五人。

ヒグチの弟に一度捕らえられた際に、まひろとやひろの前で武沢が母親の仇だとばらされてしまうのですが、共同生活を送るなかで武沢の人となりを知る事が出来ていたまひろとやひろは、今となっては武沢を憎む気持ちはないと言い、連絡を取り合う約束をして五人は解散する。

それから一月ほどが経過し、武沢の独り暮らしのアパートに河合姉妹と勘太郎からハガキが届く。その葉書には、三人とも堅気の仕事に就いて穏やかに過していること、トサカにそっくりの猫が現れて飼い始めたこと、今度よかったら遊びに来てくださいと書かれていた。

 

計画は失敗したものの、なんだかんだで諸々の過去の精算は済んだ。全ては落ち着くところに落ち着いた。

 

今回の出来事は、まるで一編の小説か映画のようだった。テツさんとの出会い。まひろとの出会い。トサカ。やひろと勘太郎の闖入。ヒグチ。アルバトロス作戦。そして、三人の再出発。おまけにトサカの生まれ変わり。

よくできている。

とてもよくできている。

 

そう、“できすぎている”。

武沢は今まで感じていた違和感をたどっていき、驚愕の事実にたどり着く。そうして入川鉄巳――テツさんの元を訪れる。

 

今回のことは最初から、テツさんによって仕組まれたこと。武沢に詐欺の教えを請うように付き従ってコンビを組んでいたテツさんですが、本当は詐欺師の世界ではかなりの手練れで二十年以上のキャリアのある玄人。

 

武沢の過去を知ったうえで近づき、娘たちと出会わせ、共同生活をするように仕組んだ。報復のような嫌がらせの数々もすべてテツさんが小細工したものだし、トサカも本当は死んでいない。ヒグチの弟を始め、ヤミ金業者の面々や武沢とやひろとの出会いのきっかけを作った細やかな人物なども、劇団員を雇っての仕込み。「アルバトロス作戦」も、計画実行後に捕まって放免されたのも、劇団員とテツさんが裏で打ち合わせて段取りされていた。

本当のヒグチには既にテツさんが落とし前をつけており、取り込み詐欺で六千万をヒグチから騙し取っていた。今回の一連のペテンにかかった費用も、ヒグチから騙し取った金が元手。ついでに、武沢がテツさんと組んでからの詐欺仕事は、テツさんが武沢にバレないように手を回して詐欺が成立しないようにしていた。騙し取ったと言って武沢に渡していた金も、五人での共同生活の時に生活費のために空き巣をしたと言って持ってきた金も、テツさんが自分の懐から出していただけ・・・。

何から何まで、すべてテツさん一人が描いた筋書きによる酷く面倒な企て。すべてがペテン。武沢も、まひろも、やひろも、勘太郎も、テツさんの手のひらで踊らされていたのです。

 

 

テツさんの本名は河合光輝。行方知れずだと思われていた、河合姉妹の実の父親でした。

十九年前、妻に詐欺師だと言う事がバレて家を出て行き、それ以来ずっと独りで生きてきたテツさんでしたが、一年ほど前に医者から肝臓癌でもう長くないと宣告され、別れた妻と二人の娘に会おうと調べたところ、妻は借金を苦に自殺し、娘たちは軽犯罪に手を染めながら自堕落な生活を送っていた。今度は妻を自殺に追いやったという男・武沢を調べてみるも、武沢の事情や今は詐欺師になっているだのという事を知り、やり切れない気持ちに。

こんなことになったのも、元を正せば自分が詐欺師なんてしていたから。自分が離婚されるような人間だったから。

死ぬ前に娘たちも武沢も助けたい。このままじゃ死んでも死にきれないと思ったテツさんは、今回の大がかりなペテンを仕掛けることにした。

 

「それにね、タケさん。今回の仕事は、自分に対するペテンでもありました」

「自分に対する・・・・・・?」

「ほら、タケさんがいつか言ってたでしょ。仕事を成功させるには、演技するんじゃなくって、その役になりきるんだって。――自分、ほんとにろくでもない人生を送っちゃいましたからね。家族もいない。仲間もいない。何もない。だから、せめて死ぬ前に、あの世に持っていけるような思い出が欲しかったんですよ。家族と、仲間といっしょに暮らして、力を合わせて何かに立ち向かっていくような。そんな格好いい物語が欲しかったんです」

 

詐欺師であったことを後悔しつつも、嘘まみれの詐欺でしか打開策も思い出も作れない。

 

「人間は、人間を信頼しなきゃ生きていけないんです。絶対に、一人じゃ無理なんです。死にかけの身体になって、自分、ようやくそのことに気づきました。人は人を信じなきゃいけない。それを利用して飯を食う詐欺師は、人間の屑です」

 

と、言い切るテツさんがなんとも哀しいですね。

 

 

 

 

映画と原作との違い

このように、原作小説ではすべて丸々テツさんのペテンなのですが、映画ですと「アルバトロス作戦」自体は本当にヤミ金業者に仕掛けたこととなっています。本当のヒグチもちゃんと現われ、武沢の正体がバレないかとヒヤヒヤする場面などがあるも(坊主刈りにしていたことでヒグチにはバレなかったのですが、何年前だろうと、髪型を変えていようと、阿部寛さんのような顔の濃い大男を忘れたりしないだろって感じで無理がある・・・^^;)、計画は成功して皆で乾杯してたりする。

 

何故物語の最重要的な「アルバトロス作戦」のペテンを映画では“本当”にしたのか真意は分かりませんが、小説で読むなら「すべてがペテンでした」とした方が物語として綺麗に纏まるけど、映画でやってしまうと「仲間で力を合わせてやった計画」感がともすれば台無しになってしまいかねないというか、主要人物たちが滑稽すぎる印象を与えてしまうため、避けたのかも知れませんね。

 

原作では「テツさんが死んだ」と確り書かれ、やせ細った姿なども描写されているのですが、映画では余命宣告されたと説明するものの、最後は武沢とテツさんで「二人でどこそこに行きたい」と話が盛り上がるところで終わっていて、穏やかで悲愴感のないものになっています。

 

 

 

 

 

カラスの親指

タイトルの“カラス”は作中では詐欺師のこと。玄人で、カラスが黒いからそう言うと。

 

親指は、“お父さん指”として。縁側でテツさんが武沢に「お父さん指だけが他四つの指と寄り添える。お母さん指だけだと子供の指と上手く寄り添えないけど、お父さん指とお母さん指をくっつけると子供の指と難無く寄り添える」と、読者も実際にやってみたくなるような豆知識(?)を説明した際に、「いまこの家にいる住人もちょうど指みたいですね。ぜんぶで五人。小指から順に、まひろちゃん、やひろちゃん、貫太郎、タケさん――」と言い出すのですが、その時、“自分が親指だ”という風にテツさんは宣言する。

 

これには自分が河合姉妹の父親だというのと、「親指だけが正面からほかの指を見ることができる」という二つの意味がありました。

 

たしかに、テツさんは親指だったのだ。テツさんだけが、全員の本当の顔を知っていた。

 

つまり、『カラスの親指』というタイトルは、玄人の父親、全員の中で最初から唯一すべてを知っていた存在であるテツさん自身のことを言い表しているタイトルなのですね。

 

この物語の真相は言うなれば「テツさん一人にすべてお膳立てされていたストーリー」というもの。話の前提が大胆に覆る嘘みたいな仕掛けなので「なんだよそれ~」と、荒唐無稽だと感じそうなところを、テツさんの行動や心情が十分に理解出来るものになっているため、怒りも湧かずに晴れやかに納得させられ、「驚愕した!」と読者が素直に言える作品になっていると思います。

種明かしを読んで一番に良かったなぁと思うのはトサカが生きていたことだったりするのですが(^_^;)。死体(本当はズタズタにしたぬいぐるみにホールトマトを混ぜたもの)の描写がグロくてショッキングさが凄かったので・・・。このグロくて偏執的な感じ、道尾秀介作品の特徴だったりもするのですけどね。

 

こういう話の作り方は『向日葵の咲かない夏』と似ているような気がしますね。『向日葵の咲かない夏』はダークで読者を迷宮に陥れるような読後感で、今作とは真逆なんですけどね。

 

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この記事を書いていた最中、『カラスの親指』の続編である『カエルの小指』が2020年に刊行されていたと知って只今驚愕しているところです。

 

 

この作品の続編が出るだなんて思ってもいなかったので、驚きのままに本を注文しました。こちらも読み終わったら感想を書きたいと思います(^_^)。

 

※読みました!詳細はこちら↓

 

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ではではまた~

 

 

 

 

 

 

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

カラスの親指 by rule of CROW's thumb

  • 発売日: 2013/11/26
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