夜ふかし閑談

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有栖川有栖【ソラシリーズ】3冊 あらすじ・順番 解説まとめ

こんばんは、紫栞です。

今回は有栖川有栖さんの【ソラシリーズ】(空閑純シリーズ)についてまとめてご紹介。

闇の喇叭 (講談社文庫)

 

【ソラシリーズ】とは

召和20年、大東亜戦争終結。京都に3つ目の原子爆弾を落された日本は無条件降伏を受け入れ、沖縄はアメリカの、北海道はソ連の統治下に入った。その翌々年の召和22年、原子爆弾の開発に成功したソ連の意向に添い、北海道は日本から独立。北海道は〈日ノ本共和国〉となり、国家として承認される。召和24年、米国とソ連の代理戦争として日本と〈日ノ本共和国〉とが武力衝突。のちに停戦合意するも終戦には至らず、南北に別けられた二つの日本は静かに戦争を続けていた。

戦争状態のままに時は流れて平世元年、日本国内では、事件捜査をするのは警察だけに許された権利であると規定。警察類似行為・私的探偵行為は法律により禁止され、平世21年となった今も警察による「探偵狩り」が行なわれていた――。

 

と、いきなり何の話だよって感じでしょうが、これはこのシリーズの大前提となる設定でして。【ソラシリーズ】はあり得たかもしれない日本、パラレルワールドの日本が舞台のシリーズとなっています。「召和」「平世」なども誤字ではなく、パラレルワールドなのでこんな表記になっているのですね。

 

探偵が歓迎されない世界、逮捕の対象となる世界で、十代後半の少女・空閑純(そらしずじょん)が探偵を目指し成長していくというストーリーとなっています。

 

作者の有栖川有栖さんは本格推理小説で有名な作家で、普段の作風はTHE・王道ミステリ。

www.yofukasikanndann.pink

 

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現実世界を舞台にしたものがほとんどで、こんな風にSF要素などを取り入れているものは稀。なので、ミステリファンほど“有栖川有栖らしからぬ作品”と、設定を知った段階で結構驚くかと思います。

有栖川さんの他シリーズのファンである私ですが、この【ソラシリーズ】は気になりつつもずっと読めていませんでした。この度やっと既存のものは読み切ったのですが、やはり設定を知ったときは「こういう作品をシリーズで書くんだ」と、意外に思いましたね。設定だけでなく、内容も普段の有栖川作品とは一味違うものとなっていますので尚更驚く。

 

長崎に原爆が投下され、天皇が敗戦を認めようとしたところで軍部によるクーデターが国内で起きたことで混乱が生じ、更なる決定打を与えようとアメリカが第3の原爆を投下。国内での混乱で対処が遅れた日本は北海道にソ連の侵入を許すことになってしまったなど、史実と照らし合わせると面白く、作り込まれた設定となっています。

 

英語も方言も原則禁止、男性には徴兵があり、民間人による真相究明は国家権力を脅かすとして禁止、言論弾圧され、推理小説を読むことも禁止されているという、「戦争中」だからこその閉塞感や不自由さも多く描かれていて、戦争がテーマともなっている希有なミステリシリーズですね。

 

 

 

 

 

 

各、あらすじ・解説

 

【ソラシリーズ】は2021年現在で長編が3冊刊行されています。単独でも愉しめるようにはなっていますが、やはり順番通り読むのがオススメ。

 

 

 

 

 

では、1冊ずつご紹介。以下、若干のネタバレを含みます~

 

 

 

 

 

 

 

 

『闇の喇叭』

 

平世21年。日本から独立した北海道が〈日ノ本共和国〉となり、日本と冷戦状態となって数年。日本政府は北のスパイへの警戒を強め、私的探偵行為を法律で禁じた。今では警察による探偵狩りが日々行なわれている。

17歳の少女・空閑純の両親は、かつて名の知れた名探偵だった。私的探偵行為を禁止する法案が成立した後も両親は秘密裏に仕事を請け負っていたが、母親が単独で追っていた事件調査の最中に失踪。

「何かあった場合は私の実家の方に」という母の言葉に従い、純は父親と共に大阪から母親の出身地である奥多岐野へと移住し、父と二人で母の帰りを待ち続けているが、依然として母からの連絡はなく、行方も手掛かりもつかめない。不安に苛まれながらも、純は父と二人で慎ましく暮らし、友人と高校生活を送っていた。

しかしある日、奥多岐野で身元不明の他殺死体が発見されたことがきっかけとなり、純の日常は破壊される――。

 

【ソラシリーズ】始まりの物語。シリーズ一作目というより、シリーズの前日譚的な物語で、純が探偵を目指すに至る過程・事件が描かれる。なので、設定や世界観の説明が多めですかね。メイントリックは“いかにも推理小説”といった物理トリックものですが、全体のストーリーからするとミステリ部分の印象は薄め。のどかな田舎でも「戦争」の影響が確実にあるという、不穏さがメインというか、前面に出された作品。

この時、純は父親・と奥多岐野で二人暮らし。かつては〈調律師〉と呼ばれる探偵だった誠ですが、警察による探偵狩りが激化し、やむなく探偵は廃業状態に。翻訳の仕事で生計を立て、過去を隠してひっそりと暮らしています。

純の合唱部の友達で小嶋由之有吉景似子が出て来まして、青春小説的要素もあり。戦争、ミステリ、青春と、色々と盛込まれた作品ですね。

 

 

 

 

『真夜中の探偵』

 

私的探偵行為の罪で父親が逮捕されてしまい、純は奥多岐野の友人に別れも告げぬままに大阪で一人暮らしをはじめる。探偵になる決意を固めたものの、父親への面会も許されず、失踪した母親・の行方もつかめないままにアルバイトに忙殺される日々に、純は八方塞がりとなり途方に暮れていた。

そんなおり、かつて両親に探偵仕事を仲介していたという人物が純に面会を求めてくる。面会に応じ、訪れた屋敷で純は失踪前に母親が追っていた事件について初めて具体的な情報を得るが、仲介者の別荘で木箱に入った元探偵〈金魚〉の溺死体が発見され、警察の捜査が入ったことで仲介者とその協力者たちは窮地に立たされる。純は自分の探偵としての力を仲介者たちに示そうと事件の謎に挑むが――。

 

前作『闇の喇叭』の最後でかつて〈調律師〉と呼ばれた探偵だったことがバレてしまい、純の目の前で警察に逮捕されて勾留中の誠。今の日本では犯罪者となる探偵を目指すにあたり、迷惑をかけることになってはいけないと奥多岐野の友人たちとの交流を断ち、高校にも行かずに孤独な日々を送っている純に、探偵の仲介者・押井や、怪しげな隣人・三瀬やらが接触を図ってくる。

純が探偵への道を歩み出して最初に直面する殺人事件の顛末が描かれるのですが、事件自体が起こるのが遅く、トリックも短編的なものなので、やはり推理部分は添え物って感じ。

前作ではほぼ何も語られていなかった母親・朱鷺子の失踪について作中で触れてきて、「ああ、母親失踪の手がかりを純が追っていくっていうのがシリーズの要になるのだな~」と、今作でこのシリーズの辿る道筋が見えてくる。今後シリーズ全体に関わってきそうな人物も今作で多数登場しています。〈分断促進連盟〉たる、「日本をいくつにも分断して中央に権力が集中するのを阻止しよう」という思想を持った団体が新たなトピックスも登場して、シリーズの広がりを感じさせています。ここではまだ“感じさせる”だけなんですけどね・・・。

 

 

 

 

論理爆弾

 

純は探偵仲介の協力者の一人から、失踪した母親が消息を絶ったのが九州の深影村というところだったということを聞き出す。母が捜すよう依頼されて行方を追っていた探偵も深影村に行ったきり消息を絶ってしまったらしく、「あの村には得体の知れない何かがある。危険だ」と止められるが、いてもたってもいられなくなった純は一人で深影村を訪れる。

同じ頃、深影村の近隣では北の精鋭部隊がある任務を遂行するために入り込んでいるという情報が舞い込み、警察による山狩りが行なわれていた。山狩りの最中、探索の為に飛んでいた警察のヘリが北の精鋭部隊によって打ち落とされ、その影響でトンネルが崩壊。深影村は孤立してしまう。

閉ざされた村の中では奇怪な連続殺人事件が発生。母親の失踪に関して調べる傍ら、探偵として放っておけないと連続殺人事件の謎を密かに追っていた純に思いがけない危機が迫り――。

 

またまた舞台を移しまして、今度は宮崎県にある村に閉じ込められることとなる純。平家の落ち武者伝説のある村、よそ者に「今すぐ出て行け」と叫ぶ祈祷師のお婆さん、村の有力者の屋敷など、横溝正史『八墓村』へのオマージュが所々に。

 

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ミステリ世界ではド定番のコテコテ設定によるクローズド・サークル状況になる訳ですが、内容はアンチミステリともいえるもので、推理小説としてはあらゆる意味で最低で最悪の犯人が、“ミステリ”を爆弾で破壊するように台無しにする。

『八墓村』という日本ミステリの代表作をオマージュしているのも、“台無し感”を強めるためなのだろうと思われ。前作『真夜中の探偵』で推理を披露し、少しばかり探偵として自信を得ていた純が打ちのめされる事件となっています。

 

探偵だけでなく、推理小説の不文律をも否定される世界を描こうという作者の意図と、主人公を成長させるために必要な話として書いたのだろうことは分るのですが、前二作の長編よりもだいぶページ数があってこの結末ですから、不満に思う読者は結構いるのではないかと思いますね。有栖川作品なら本格推理小説だと思って読む人が大半だろうし、前二作も一応は本格推理小説の形態で書かれていますからねぇ・・・(^_^;)。

 

単行本には未収録の特別書き下ろし『事件前夜 黒田邸にて』が、文庫版ですと作中に挿入されていますので、読むなら文庫版がオススメです。公式ホームページでも読めますけどね↓

『論理爆弾』有栖川有栖|講談社ノベルス|講談社文芸第三出版部|講談社BOOK倶楽部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探偵とは

現実世界の探偵は殺人事件の謎に挑んだり、推理を披露したりするものではありません。ですので、この【ソラシリーズ】でいうところの「探偵」は、あくまで推理小説での役回りとしての「探偵」を指しています。

推理小説というのは謎を提示され、推理して解明するもの。謎を追究する探偵役に都合が良いようにお膳立てされている世界というのをふまえて愉しむものですが、その“推理小説的探偵”が否定される世界に「探偵」を置くことで、「探偵」とはいかなるものかを描き出すのがこのシリーズの試みなのかと。

 

“自分の頭脳に酔い、つまらぬ感傷に流され、ときには平気で犯罪者の逃走に手を貸す。社会の敵だ。悪の匂いに発情し、よだれまみれで徘徊する知恵のある猛獣”

 

と、『闇の喇叭』の作中で中央警察の明神が言う場面がありますが、言葉は激しいけれども、この手の指摘は推理小説で活躍する名探偵には度々言われていることです。

好奇心ばかり旺盛で、謎を前にすると我慢が出来ずに非常識な行動をし、知識のひけらかしをする――端から見れば、それは殺人狂と変わらないような異常者なんじゃないのか?と。

 

このシリーズでは、そんな読者の指摘が国家によって絶対的な定説として浸透させられてしまっている訳です。そんな中で、「探偵」をする意味、真相を追究する意義を見つめ直すのがテーマとなっている「探偵小説」であり、読者は見習い探偵の主人公・純とともに「探偵」の存在自体を追求していく。昔も今も本格推理小説を書き続けている有栖川さんが書くからこそ、深みのあるテーマとなっているかと。野心的なシリーズですね。

 

重きが置かれているのが其処の部分なので、ミステリ部分が薄味仕様なのでしょうかね。殺人事件を一々起す必要もないのではと思いますが・・・この作風は何やら近年の森博嗣作品みがあるような気も。

 

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続きは?

2010年から始まったこのシリーズですが、2012年に『論理爆弾』が刊行されて以降、新作が発表されていません。まだまだ先は長そうなシリーズであるだけに、このストップぶりは気になるところ。まさかこのまま書かれないなんてことはないと信じたいですが・・・どうなのでしょう?確かに、今の段階ではストーリーも主人公も魅力が十分に発揮されているとは言い難いので、ファンが付きにくいシリーズなのかなぁとは思いますけど。でも、始めたからには進めて欲しい・・・。

 

 

続きがあることを信じ、新作を待ちたいと思います。

 

 

ではではまた~