こんばんは、紫栞です。
今回は乙一さんの小説『サマーゴースト』をご紹介。
あらすじ
郊外の県境にある、閉鎖されたかつての飛行場跡地。その敷地に忍び込んで遊ぶ若者たちの間で、数年前から【サマーゴースト】と呼ばれる都市伝説が囁かれはじめた。夏にこの場所で花火をすると、自殺した若い女性の幽霊が現われるというのだ。
ネットを通じて知り合った、友也・あおい・涼、三人の高校生は、【サマーゴースト】に会うべく花火を持って飛行場跡地を訪れる。彼らには“経験者”の幽霊に会って聞いてみたいことがあった。
死ぬってどんな気持ちですか――?
映画のノベライズ作品
こちらの小説、2021年11月に公開されたloundrawさん原案・監督のアニメーション映画『サマーゴースト』のノベライズ作品となっております。
映画の脚本は乙一が本名の安達寛高名義で書いているので、そのまま小説版を執筆ってことですね。複数の名義を使っていることで有名な乙一ですが、
映画製作の時は本名の安達寛高名義でと決めているみたいです。近年の乙一は映画関連の活動が多い印象ですね。
私はこうした製作過程を知らず、「乙一の新刊だー!」ってことで飛びついて購入したくちなので、元々の映画を観られていないのですが、映画は40分くらいの短編アニメーションなんだそうです。なので、この小説も150ページほどですぐに読み切れるボリュームとなっています。
近年は単行本の過程を踏まずに最初から文庫の形態で刊行されることも多いですが、この小説は単行本での刊行(文庫もそのうち発売されるとは思いますが)。単行本だと本の薄さが際立ちますね。
小説だけでなく、井ノ巳吉さんの手でコミカライズもされています。「となりのヤングジャンプ」にて現在連載中で、既に1巻が発売中。
試し読みを読んだのですが、小説とはまた少し違った形で描かれていますね。小説は終始友也視点で「友也が主役」感が強く、あおいと涼の印象は薄めなのですが、漫画の方は三人の視点がそれぞれ描かれ、内面描写も深堀されて「三人が主役」の物語になっているなと。
三人が知り合ったきっかけが微妙に違っており、物語の導入部分なども大きく変更されているので、ひょっとしたら漫画版ではラストが映画や小説とは違うってこともあるのか、も・・・?
『サマーゴースト』の姉妹作として、乙一オリジナルの恋愛小説『一ノ瀬ユウナが浮いている』も続けて刊行されています。
「姉妹作って何?」って感じでしょうが、「花火と幽霊」というモチーフが共通している作品ですね。
以下ガッツリとネタバレ~
「死」と青春
あらすじに“ネットを通して知り合った”とありますが、実は、友也・あおい・涼の三人が知り合ったのは、自殺系サイトの掲示板。
あおいは高校でいじめられていて、家族もあおいに対して無関心で生きていくのがつらい。
涼は治療困難な病気で一年後までは生きられないと宣告され、痛みと苦しみで尊厳を失う前に、いっそのこと死んでしまおうと考えている。
友也は教育熱心な母親に好きだった絵を辞めさせられ、作品も道具も全部捨てられても文句も言えずに母親の機嫌を伺って従い続ける自分に嫌気がさし、疲れ切っている。
三人とも一年以内には自殺を決行しようとしている自殺志願者なのですが、なんせ死ぬのは初めてだし、死んだ後どうなるのかも知らないので、幽霊に会えるってんなら「死」の経験者として実際のところどうなのかを聞いてみようと、半信半疑ながらも【サマーゴースト】に会いに来た訳です。
三人が飛行場跡地で線香花火をしてみると、果たしてお目当ての【サマーゴースト】が噂通りの姿で出現。
【サマーゴースト】の生前の名は佐藤絢音といい、おどろおどろしいところもなく、普通に会話にも応じてくれて、問題なく意思疎通ができる。通常の人ならボンヤリとした姿を認識する程度にとどまるが、三人は自殺願望があって「死」に魅入られているので、絢音さんの姿がハッキリと見えて会話も出来るということらしい。
予定通りの質問をぶつけてみる三人ですが、絢音さんは「自分はさまよっているだけで他の幽霊に会ったこともないし、あの世があるかどうかも知らない」と言う。しかし、友也は【サマーゴースト】ともっと話をしたいという誘惑に駆られ、一人で花火を持って飛行場跡地に向かう。
呆れながらも、絢音さんは友也に幽体離脱して空を飛び回ったりするなどといった体験を楽しませてくれるのですが、別れしな、絢音さんは「私は自殺したんじゃない。殺されたの。遺体はまだ見つかっていないんだ」と告白する。
三年前、母親と喧嘩して家を飛び出した絢音さんは、夜道で車に跳ねられた。死なせてしまったと早合点したドライバーは、まだ生きていた絢音さんをスーツケースに押し込め、何処かに埋めてしまった。地中のスーツケースの中で絢音さんは力尽き死亡。遺体は見つからずに行方不明者扱いとなり、今も絢音さんの母親は娘が帰ってくるのを一人家で待ち続けている。
殺された人に、「自殺したいんで、どんな感じか教えて下さい」なんて聞いたとは、かなり失礼で腹立たしいことを友也たちはしたもんだって感じですが、絢音さんは怒りもせずに穏やかに諭してくれる。
最初は自分の遺体を見つけたくってさまよっていた絢音さんですが、実体のない自分にはもし見つけだせてもどうすることもできないと今では諦めていました。そこで、友也たちは絢音さんの遺体を見つけようと団結して奔走。結果、見事に発見することに成功する。
絢音さんの遺体は母親のもとへようやく帰ることができ、事件が明るみとなって犯人も逮捕。心残りがなくなったためか、絢音さんはもう【サマーゴースト】として飛行場跡地に出現することはなくなり、“次の場所”へと進んだ。
絢音さんだけでなく、ただ死ぬことばかりを考えていた三人にとっても、この幽霊との一夏の希有な体験は大いに影響を与えることとなりました。
あおいと涼は交際に発展し、涼は死ぬまで病と闘い続けた。最後に涼に「生きていてくれ」と頼まれたあおいは、辛い思いをしながらも学校に通っている。友也は母親に反抗し、受験を放棄。親元を離れ、美大を目指して浪人することに。
この物語は最初に友也・あおい・涼の三人で「あれから一年ぶりだね」と花火をやっているシーンからスタートしているのですが、ラストで、実はこのシーンの涼は生者ではなく「幽霊」なんだということが解る仕掛けになっています。
しかし、これはもう作中でそうそうに涼の余命について語られていてすぐに気づけますから、仕掛けというほどのものではないのかもしれないですが。
あおいにちゃんと最後の言葉が伝わっていたのかが気になって現われた涼ですが、話を聞いて安心。“死ぬまでは生きる”ことにした友也とあおいの魂は「死」から遠ざかり、それぞれの生きる場所へと戻ってこの物語は終わります。
簡単に言うと、幽霊と自殺志願者との交流物語である今作。重苦しそうな設定で、実際、友也と母親とのやり取りなどは息苦しく辛いのですが、爽やかで優しい、非常に後味の良いラストの青春物語となっています。
“白乙一”全開の物語ですので、映画や漫画で気になった方は是非。
ではではまた~
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