夜ふかし閑談

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『死刑にいたる病』小説 あらすじ・解説 ”あの作品”とはまた違うホラーミステリ!

こんばんは、紫栞です。

今回は櫛木理宇(くしきりう)さんの『死刑にいたる病』をご紹介。

死刑にいたる病 (ハヤカワ文庫JA)

 

あらすじ

中学生時代までは地元で神童と言われるほどの優等生だったものの、高校時代に挫折。本来の志望校とはほど遠い偏差値の大学に入学して鬱屈した日々を送っていた筧井雅也に、一通の手紙が届く。

手紙の差出人は、五年前に二十四件の殺人容疑で逮捕され、うち九件で立件・起訴の後に一審で死刑宣告されて現在控訴中の未決囚。国内において戦後最大級のシリアルキラー・榛村大和(はいむらやまと)。

大和はかつてパン屋を営んでおり、雅也は高校進学で地元を離れるまでその店の常連客だった。手紙での求めに応じて面会に訪れた雅也に、大和は「八件の殺人は認めるが、最後の九件目の殺人だけは冤罪だ。それを証明するために、君に調査して欲しい」という。

 

何故大和は自分にそんな調査を依頼してくるのか?不審に思いつつも、子供時代に慕っていた大和の頼みを雅也は引き受け、素人ながらに調査を開始する。

だが、事件調査のために榛村の生い立ちや過去を探り、面会を重ねるうち、雅也は榛村に魅せられていき――。

 

 

 

 

 

 

 

 

サイコサスペンス

『死刑にいたる病』は櫛木理宇さんの長編小説。2015年に刊行された単行本ではチェインドッグ』という題名でしたが、2017年に文庫が刊行される際に『死刑にいたる病』と改題されました。

 

タイトルは違いますが内容は同じですので、買うときは要注意

 

2022年5月に映画公開が決定しています。


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作者の櫛木理宇さんはホーンテッドキャンパスシリーズ】などで有名なホラーを得意とする作家さん。今まで櫛木さんの作品は手に取ったことが無かったのですが、映画化で気になり読んでみました。

 

ホーンテッドキャンパスシリーズ】はホラーとはいえライトめの青春小説となっているようですが、こちらの『死刑にいたる病』はサイコサスペンスでかなり重めの作品となっています。櫛木さんは本来重苦しい話の方が好みらしい。

 

改題前と後でタイトルから受ける印象がかなり違うのですが、改題前の「チェインドッグ」は直訳すると“鎖に繋がれた犬”ってな意味ですね。最初はピンときませんが、読み終わると題名の意味がすこぶる分ってまた恐ろしい。

改題の「死刑にいたる病」は意味どうこうの前に、ミステリファンだと我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』を連想してしまう人が多いかと思います。

 

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『殺戮にいたる病』を読んだ事ある人はまず題名で引っかかって手に取ったり調べたりするのではないかと。実際私がそうなのですが。出版社側もそれを狙っているんですかねぇ・・・。ま、どちらも元はキェルケゴール死に至る病から採っているんですけど。

 

連続猟奇殺人鬼が登場するところは共通していますが、内容は大きく異なります。

『殺戮にいたる病』は、直接的なおぞましい殺人描写とどんでん返しの仕掛けで度肝を抜く作品ですが、今作はまさにサイコサスペンスといった、得体の知れない不安、緊張、ハラハラ感で精神を不気味に揺さぶってくる物語。最後には意外な真相があり、驚きと空恐ろしさで身の毛もよだつホラーな小説ともなっています。

 

タイトルのせいで『殺戮にいたる病』と比較してしまい、ミステリファンは思っていた内容と違ってガッカリしてしまうかもしれませんが、ジャンル自体がちょっと違うものなのだと了解した上で読んで欲しいと思います。

 

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~(真相には触れていません)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリアルキラー

今作は鬱屈した気持ちを抱える大学生が、シリアルキラーに依頼されて「これだけは冤罪だ」という一件の殺人事件を調査する物語。

ですが、実は大和が冤罪だと主張するその殺人事件についての調査の描写はあまりない。雅也が犯人解明のための直接的な調査をなかなかしないんですよね。

じゃあ何してんだっていうと、調査の手始めに榛村大和の過去を知る元教師や保護司、クラスメイトや元交際相手に話しを聞いて回り、定期的に拘置所を訪れて榛村と面会を重ねるといったことをしている。

これじゃあ殺人事件の調査というより殺人犯・榛村大和のルポルタージュを書きたい記者みたいじゃないかって感じで、事件の真相が気になる読者としては「やる気あるのか、お前」と言いたくなるんですけども、これは雅也が大和について調べて本人と面会をしているうちに、「榛村大和」というシリアルキラーに魅了されてしまっているからなんですよね。

 

榛村大和は四十二歳でありながら「俳優ばりの、上品な美男子」という風貌をしており、警察が把握している殺人容疑は二十四件であるものの、実際の殺害人数は本人も覚えきれないほど。北関東のはずれにある農村で、十代後半の少年少女を標的として拉致監禁、激しい暴行と拷問の後に殺害し、庭に埋めてコレクションとして眺めていた。

 

生い立ちは複雑そのもの。

実母は知能に問題があり、性的にもふしだらで、男をとっかえひっかえ家に連れ込んでいた。

幼少の大和は高い知能を持っていたが、それらの養父たちにひどい虐待を受けて、劣悪で不遇な環境で育てられた。

学生時代に既に常軌を逸する暴行事件を起しており、少年刑務所送りとなって出所の後は社会性を身につけ、周囲から非常に評判の良い人物となっていた。

 

などなど、いかにも欧米ドラマに出て来そうなシリアルキラーのテンプレというか、犯行内容も生い立ちもどっかで聞き覚えのあるような内容。

 

実際、モデルにしているのは海外のシリアルキラーたちなんだと思います。作中でも歴代の有名な殺人犯についての説明が散見していますので、作者はこの本を書くために相当調べたんだろうなぁ~というのは分りますが、この手の題材は近年では数多く扱われているので、これだけでは物語として特に意外性はない。

 

今作では、そこに語り手である雅也の生い立ちと選民意識と劣等意識に苛まれる人となりが合わさることで、ジワジワとしたホラーになっており、雅也の家族や謎の男が絡むことでミステリとしても愉しめる作品となっています。

 

殺人犯を深く調べるうちに、雅也はどんどんと榛村大和という「悪」に魅せられ、危うい精神状態へと追い込まれていく。理解しようとするうちに、同化を求めるようになる。

 

「彼のように、じゃない。彼そのものになってしまいたかった。わかるか。それくらいぼくは、榛村大和という存在に夢中だった。心酔していたんだ」

 

大和の生い立ちは確かに酷く、その劣悪な周囲の環境のせいで人格が歪められたのだということが窺える。雅也もまずはこの大和の生い立ちに同情するところが入り口というか、そこから魅了されていって同化を求めて・・・――と、いうことなんですけども。語り手の雅也が育った家庭環境も少し特殊なものなので、よりのめり込んでしまうのですね。

とはいえ、大和の犯行内容はあまりにも残虐でグロく、胸糞悪いものなので、通常は同情する感情にストップがかかってしまうとは思うのですが。でも、実際に女性の惨殺を繰り返したテッド・バンディとか、獄中に居ながら女性ファンがいっぱいいたらしいですからねぇ・・・。

読みながら「雅也~ストップストップ~!」ってハラハラしながら読んでいました。

 

じゃあこの物語は社会的な問題を指摘するのもテーマにしているのか?と、読んでいると思うのですが、実はこれはある種の引っ掛けとして物語に作用している。

 

 

 

 

 

 

榛村大和(はいむらやまと)

雅也が話を聞いて回る人々の中には、もちろん大和を嫌悪する人もいますが、雅也と同じく大和の境遇に同情する人や、殺人犯だと知ってもなお好意的に受け止めている人が多い。

 

少年刑務所を出所後の大和は普通に接するぶんにはとても魅力的な人物だったということもあるでしょうが、そこには悪いモノ、禁忌や邪なモノに惹かれてしまうという人間の仄暗い願望がある。

 

魅了されて同化を望む者は、「榛村大和」を理解した“気になっている”者たちですが、最後に明かされる真相はそんな者たちを嘲笑うものです。

ただ単に周りを魅了してしまう猟奇殺人犯だという読者の認識も、裏切られることとなる。ある意味では“思った通り”ではあるのですが、読後は榛村大和の底知れなさ、支配“遊び”に戦慄させられます。

この男を理解しようなどと思う事はとんだ思い上がりであり、同化を望むことも身の程知らず。榛村大和は怪物で、人の物差しではもうはかれない男であり、トレースしようとしても自滅するだけ。

 

漫画作品ですが、浦沢直樹さんの『MONSTER』に登場するヨハン・リーベルが近い感じですかね。

 

私の読後の感想は、最初思っていた怖さよりもさらに怖くなって終わったなと。

こんなに「邪悪なモノ」がいるのかという、ゾォとするような恐怖ですね。それだけでなく、大和がどうして雅也に事件調査を依頼したのか、冤罪だと主張する事件の真相、謎の男の正体、意味深なプロローグなど、いくつもの謎がラストで確りと解明されるのでミステリとしても充分に読ませてくれます。

エピローグがちょっとやりすぎ感ありますけど、この手の本だとああいう風に終わるしかないのかな~とも思う。ま、私は勝手に都合良く考えとこうかなと(^_^;)。

 

 

 

上記したように大和の犯行内容はかなり残虐でグロいものなのですが、作中では資料の説明として出て来るのみなのでまだ大丈夫なんですけど、映画は『凶悪』『虎狼の血』などのバイオレンス描写を得意とする石井和彌監督なので、映画は原作以上に毒っ気が強い仕上がりになるかもしれません。多分原作よりもますます怖いものになるんじゃないかとも思うので、先に原作で予行練習(?)しておくのもオススメです。

 

気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~