こんばんは、紫栞です。
今回は清水玲子さんの『秘密-トップ・シークレット』7巻に収録されている
※シリーズの概要につきましてはこちらを御参照↓
「千堂咲誘拐事件」をご紹介。
あらすじ
2062年3月末。千堂外務大臣の14歳の一人娘・咲が突如として行方不明となる。捜索願が出されたものの見つからず、4月に入り「千堂大臣の娘を一人さらった」との犯行声明がマスコミ各社に送られた。
捜査により、警察は吉田さなえという63歳の女性を容疑者として絞り込むが、吉田さなえは自宅に警官隊が踏み込んだ際に大臣へのメッセージを残して頸動脈を切って自殺。大臣の娘の行方が不明のまま容疑者死亡という事態となり、捜査は「第九」に全指揮権継承が決定。吉田さなえの脳を見るMRI捜査が主体となって行なわれることとなり、薪、青木らは捜査に乗り出す。
吉田さなえは「デルナ集団拉致事件」の被害者遺族だった。20年前に起こったこの事件当時、中東アフリカ局長だった千堂は国交を優先し、被害者家族の捜査活動継続の訴えを却下。吉田さなえはこの決断を恨み、復讐するべく犯行に至ったと仮定されたが、MRI映像から吉田さなえは拉致誘拐には直接関わっていないことが確認されたため、共犯者がいることを視野に入れ捜査は進められていった。
また、MRI映像から千堂咲は中東の貨物船「アルタイル」のコンテナに入れられたことが確認されるが、船はすでに公海上で「アルタイル」は停船命令を無視して走り続ける。咲が少量の水と食料と共にコンテナに入れられて既に一週間。10日以内に救出しなければ生存は絶望的な状態だと分かり救出を急ごうとするが、そこには国交の壁が――。
さらに、捜査の結果行着いた吉田さなえの元夫で共犯者であり首謀者・淡路真人が大臣に思わぬ“宣言”を突き付けて・・・。
分厚い7巻
前巻の6巻は青木が「第九」に来る前のエピソードで岡部さんが主役の番外編であり、シリーズ史上最薄だったのですが、
この7巻は通常の時間軸に戻り、前巻とは打って変わっての分厚い巻となっております。
この漫画シリーズは基本的には事件ごとに巻が区切られているので、このような厚さの違いが出るんですね。ひょっとしたら6巻の番外編は長い事件の前の骨休め的なつもりだったのかもしれない。骨休めにしては重すぎる内容でしたけど。
長いだけあって、国交や大臣が関わるスケールのデカイお話となっています。一段と社会派色が強いので最初はとっつきにくさを感じるかもですが、構造や犯行動機はいつもの『秘密』らしい人間味溢れるもので理解しやすく、堅苦しさもさほどではないのでページ数があるのもなんのその。
結末はズッシリと重いですが。いつも重いんですけども、今作はまた違うズッシリさがある。
個人的にはこの重た~い結末も含めてシリーズの中ではかなり好きな作品です。
5巻の最後で青木が三好先生に空気を読まない唐突なプロポーズをした後ということで、
薪さん、青木、三好先生、三人の人間関係や心情が大きく変化しており、青木も驚きの行動をしていますので見所満載です。
以下、若干のネタバレ~
「人命」と「国交」
中東の貨物船コンテナに攫われた娘が紛れ込まされたらしいと分ったものの、その船はもう日本の領海内を出ており、輸送禁止物資を積んでいるためか海上保安庁からの停船命令に応じない。
国交上、確かな証拠もなく、何をされたわけでもないのに、他国の船を無理に停めさせて強制調査するわけにはいかないってことで、救助は困難な状況・・・な、はずですが、娘を助けるために千堂大臣は自らの権限を駆使して威嚇射撃と強制調査を強行しようとする。
「大臣」のように絶大な権限が与えられている人間というのは公平性が求められるもの。大臣の権限を私的な希望のために使おうとするのはあってはならないことですが、千堂大臣は公私混同を承知の上で「外務大臣の娘じゃなければ狙われることはなかった。大臣の力を使って助けようとして何が悪い」と言い放ち、強行に出ようとする。20年前の「デルナ集団拉致事件」では国交を優先して拉致被害者を見捨てたくせに。
まだ人命優先のためだと言われたなら筋が通るところですが、堂々と「自分の娘だから大臣の力を使って特別に助ける」と言ってしまっているわけで、気持ちは人としてはわかるところですが、「大臣」としてはそれじゃあやっぱりダメでしょう。
それでまたこの千堂大臣、コンテナに入れられたのが咲ではなく別の女性だと判明するやいなや態度を一変、
「どこの誰ともわからないたった一人の命を救うためにほんの少しでも国家の安全が脅かされるような事になってはならない 絶対に!」
「それにそうやって国の安全を守ったとなれば犠牲になった命もうかばれるというものだ」
と、のたまって船の追跡も威嚇射撃も立入調査も救助も中止させる。
はぁぁ~?さっきまでの自分の行動を棚に上げて何言ってんだ!怒るとすぐ手が出る野蛮人だし、選民意識ばっか高いし、作中で薪さんが言うように“「外務大臣」の職を辞するべき”人物で、もう、本当に怒りが湧いてくる。
20年前、「人命」よりも「国交」を優先させ、今回もまた同じ選択をするということは、それが千堂大臣にとっては揺るがぬ姿勢で信念なんでしょうが、それなら自分の身内が渦中にいるときも同じ対応をとるべきで、実際、こういった権限を持たされている職務の人は同じような局面に立っても表立って身内を特別扱いは出来ないものだと思う。政治家の権限は本人が持っているものではなく、国民に与えられているものですから。
復讐
こんな調子の千堂大臣だからこそ、「デルナ集団拉致事件」の被害者遺族である淡路真人は20年間ずっと恨み続けてきた訳で、癌で余命宣告を受けたことで今回の一世一代の復讐計画を立てる。この物語は淡路の執念の復讐劇なんですね。
一年かけて調べ上げた“ある秘密”と、自分と元妻の命を最大限に利用した淡路の復讐計画は用意周到で緻密なもの。それでいて偶発的な危険要素を孕んでいる危ない計画でした。
復讐が成功するかどうかはターゲットの選択に委ねられているというのがこの計画の狡知で恐ろしいところ。
ただ危害を加えるのではなく、選択によっては救済が用意されている。“この結果を招いたのは自分の選択だ”とターゲットに思わせる。権力の座から一番遠い立場に引きずり落とし、一生涯の苦しみを。20年間憎み続けたから淡路だからこそ練り上げることが出来た復讐計画なんですね。
この復讐方法は、犯人の淡路としても自分の復讐心を千堂に委ねる賭けだったのだと思います。千堂が淡路の思うのとは違う選択をして、その結果計画が失敗するのなら、それは千堂大臣が復讐するに値しない人物だということ。自分は千堂の人間性を見込み違えていたのだと、その場合は見逃してやろうと、思っていたのではないかと。
しかして、千堂は淡路が思っていた通りの決断と行動をした。自分の復讐は完遂されるのだと確信して、淡路は最後に笑みを浮かべる。
鬼
この物語は、余命宣告を受けた淡路が「私はこれから鬼になりますから」と告げるところから始まっています。
千堂大臣自身ではなく、何の罪もない娘達を巻き込み、元妻・吉田さなえの自殺を前提(この元奥さんも相当な覚悟でのことだったと思います。淡路とは違って余命僅かというわけでもないのですから。それだけこの元奥さんも恨みが強かったということなのか・・・。淡路を主に展開するためなんでしょうが、吉田さなえの描写が少ないのはちょっと残念なところですね)としたこの復讐計画は、人であることを捨てて「鬼」にならなければ実行出来ない犯行だったでしょう。
青木のお人好しな無茶な行動により、淡路が望んでいた完璧な形での復讐は成らなかったのですが、頓挫しかけた淡路の復讐は犯行計画の詳細の解明と“秘密”が暴かれることによって、薪さんの手で別の形で完遂されることとなる。
薪さんとしては前段階のネタばらしで千堂を追い詰めるのは止めるつもりだったのでしょうが、血にばかりこだわって「咲には会わない」「絆じゃない。私は裏切られていた」「あかの他人のためにこんなバカなことはしなかった」と言い出す千堂を目の当たりにして見限ったのか、淡路の復讐を引き継ぐかのように千堂を糾弾し、最後に一生悩まされ続けるだろうキッツ呪いの言葉を投げかけて立ち去るところで物語は終わっています。
最後の薪さんの言葉にはそばで聞いていた岡部さんも青ざめるほど。「鬼」です薪さんは。
なんとも物々しいというか、ズゥウ~ンと読者も精神的にやられる終わり方ですね。
この事件で味わうことになった心境が、シリーズの今後の薪さんの行動に影響を与えることとなっているので必見。復讐劇としての見所が存分に詰められている作品ですので是非。
ではではまた~