こんばんは、紫栞です。
今回は、奈須きのこさんの『空の境界』(からのきょうかい)について簡単にご紹介。
伝奇小説
元は1998年~1999年にかけて奈須きのこさんのホームページ「竹箒」に分割掲載されたものを、長編小説として2001年にコミック・マーケットで売り出された自費出版の同人小説。その後、2004年に講談社から一般書籍として刊行されたという当時としては異例の出版経緯を持つ小説作品で、劇場アニメ公開、コミカライズもされた伝説的な人気作です。
昏睡状態から目覚めた末に“直死の魔眼”という能力を得た少女・両儀式が奇怪な事件と対峙していく伝奇小説である今作。
かつて文芸雑誌「ファウスト」で編集者である太田克史さんが“新伝綺”という文言を提唱したとかで、商業本の裏にある説明には「“新伝綺”ムーブメントの到来を告げる傑作中の傑作」「“新伝綺”ムーブメントの起点にして頂点」「新伝綺ムーブメントを打ち立てた歴史的傑作」などと書かれていますが、浅学なもので「伝奇小説」と「新伝綺小説」の違いもよくわからないし、そもそも「伝奇小説」の定義もよくわかっていない私。
読んだきっかけは数年前にWOWOWでアニメが一挙無料放送されていた時に偶々チラ見して、本屋で講談社ノベルスから本が出ていることを知ってでした。私は京極夏彦ファンなもんで、ちょっと気になっただけのものでも講談社ノベルスで刊行されているのを見ると軽率に読みたくなってしまうんですよね。
作者の奈須さんも講談社ノベルスが大好きなんだそうで、自費出版した同人小説版はオマージュとして講談社ノベルスそっくりの装丁のものだったのだとか。その後本当に講談社ノベルスで刊行されたってんですから、凄い話ですよねぇ。
講談社ノベルスで上下2巻(もちろん段組)なのでかなりボリュームがある物語なのですが、伝奇小説というジャンルではあるものの、SFやミステリの要素もあって伝奇小説慣れしていない私でも面白く読めました。今回この記事を書くために再読したんですけど、再読すればするほど面白さが増す作品だと思います。
奈須きのこさんはノベルゲームの作者として有名な方。奈須さんによる『月姫』や『Fateシリーズ』などのノベルゲームとこの『空の境界』は世界線を同じくしているということで、これら他作との繋がりを楽しむのもまた醍醐味なようなのですが、私は本当にゲームをやらない人間でそっち方面はまったくの無知ですので、ここでは『空の境界』という作品にのみスポットを当てて紹介していきます。
順番
『空の境界』は小説本としては講談社ノベルスから刊行された上下巻2冊
(※文庫版だと3冊)
と、後に講談社の子会社である星海社から刊行された「未来福音」
「未来福音」の劇場アニメでの来場者特典として配布された「終末録音」も含めると、本としては3冊(文庫版なら4冊)、話数というか章の数でいうなら全部で10個あります。来場者特典として配布だった「終末録音」は、2018年に20周年記念版として発売された豪華版の単行本にのみ収録されています。
正当な読む順番は以下の通り↓
第一章「俯瞰風景」
第二章「殺人考察(前)」
第三章「痛覚残留」
第四章「伽藍の洞」
第五章「矛盾螺旋」
第六章「忘却録音」
第七章「殺人考察(後)」
終章 「空の境界」
終末録音
劇場アニメですと終章までは小説と同じく8作品この通りの章の順番で公開されているのですが、「未来福音」の前に「未来福音extre chorus」という原作小説ではなく漫画版の方の小話集的なものが1本公開されています。
なので、来場者特典の「終末録音」はアニメ化していないものの、劇場アニメも全部で10作品ですね。
タイトルのせいでどちらを先に観ればいいのかわからなくなるかと思いますが、公開された順で「終章」の後は「未来福音extre chorus」「未来福音」の順で観るのがオススメです。話としてはどちらが先でも問題は無いのですが、「未来福音」を最後に観た方がより感慨深くなりますので・・・。
劇場アニメは概ね原作に忠実なものとなっていますが、人形師で魔術師の蒼崎橙子のキャラクターデザインが原作とアニメでは大きく異なります(性格など中身は同じ)。最初にアニメ版をチラ見していたせいか、個人的にはアニメ版のデザインの方が好み。
時系列
さて、読む順番としては上記した通りで、最初は絶対にこの順番で読んで欲しいのはもちろんなのですが、『空の境界』は時系列が各章で入れ替えられていまして、これが読者やアニメ視聴者にとってはハッキリ言って非常にわかりにくい。
なので、自分用も兼ねて時系列をまとめてみます
以下ネタバレ~
1995年
3月
4月
高校入学。高校で幹也は式と再会する。
9月
観布子市内で猟奇連続殺人事件が発生。「殺人考察(前)」
1996年
2月
式が事故により昏睡状態に。
1998年
3月
幹也、高校を卒業。
4月
幹也、大学に入学。
5月
幹也、人形師の蒼崎橙子と知り合い、大学を辞めて橙子の事務所で働くことに。
6月
式が昏睡から目覚める。「伽藍の洞」
7月
無痛病で物体を曲げる能力を持つ浅上藤乃と式が対決。「痛覚残留」
8月
幹也、未来視の少女・瀬尾静音と出会う。式、未来視の爆弾魔に命を狙われる。「未来福音」
9月
霊体を操る余命僅かの入院患者・巫条霧絵と式が対決。「俯瞰風景」
11月
式、臙条巴と知り合い、小川マンションで荒耶宗蓮と対決。「矛盾螺旋」
1999年
1月
式、令園女学院に潜入し事件調査。統一言語師・玄霧皐月と対決。「忘却録音」
2月
式が幹也の前から姿を消す。それと同時に二年前の連続猟奇殺人事件が再開される。「殺人考察(後)」
3月
雪降る夜、幹也は四年前と同じ場所で『両儀式』と再会する。「空の境界」
2010年
夏 「未来福音 序」
つまり、時系列で各章を並べると・・・
第二章「殺人考察(前)」
→第四章「伽藍の洞」
→第三章「痛覚残留」
→「未来福音」
→第一章「俯瞰風景」
→第五章「矛盾螺旋」
→第六章「忘却録音」
→第七章「殺人考察(後)」
→終章「空の境界」
→「未来福音 序」
ですね。
いったん物語が終了した後に書き下ろされた『未来福音』は本の中で2編に分かれていまして、「未来福音」は1998年8月の出来事、「未来福音 序」は時間が一気に飛んで2010年の出来事です。“序”の方が後に起こった出来事ってことで、これまたややこしい。
だいたい、時系列を入れ替えることがこの物語にとってプラスに作用しているのかどうかは微妙なところ。個人的には解りにくくなっているだけでは?って気もする。
第一章の「俯瞰風景」とか、人物や状況説明もほぼされないからこれだけ読んでも(観ても)チンプンカンプンだし。「俯瞰風景」は式が男性だと思わせるような叙述トリック的な仕掛けが施されていますが、表紙絵や挿絵で女性だってまるわかりだし。
あと、来場者特典だった「終末録音」に関しては、実は私、読めていないので詳しくはわからないんですよね・・・(最近まで「終末録音」という書き下ろしがあることも知らなかったし^_^;)。今度20周年記念版を買って読みたいなぁと思っております。
純愛小説
簡単にいうと、魔術師・荒耶宗蓮が“ある目的”のため、「両義式」という“器”を手に入れるために自らが素質を見抜いた人物たちを刺客に仕立て上げ、式にちょっかいを出してくるというもの。
第五章の「矛盾螺旋」で荒耶宗蓮とは決着がつくのですが、その後に荒耶宗蓮の置き土産的なものの後始末がある。そんな一連の騒動に式と幹也、二人の物語が絡むといった具合ですね。
作者の奈須きのこさんは影響を受けた作家の一人として「京極夏彦」を挙げているのですが(それもあって京極夏彦ファンの私としては取っきやすく読みやすい)、『空の境界』は文章も内容も京極夏彦さんの【百鬼夜行シリーズ】に強く影響を受けているのが見て取れる。
特に荒耶宗蓮関連の話は『魍魎の匣』とテーマが似通っていますかね。“境界”が云々という話も。『魍魎の匣』は“不思議なことなど何もない”話ですけど。
伝奇小説部分や作中で語られている理屈など、深読みするとキリがない物語なのですが、私個人としてはこの本はもう式と幹也の純愛小説として読んでいました。
殺人衝動だとか、グロい猟奇殺人だとか、別人格だ、虚無だ、何だと、物騒で小難しいことをポエミーに思い詰めているんですけども、実際は単純に恋しているだけ。
特殊すぎる少女が、普通すぎて逆に普通じゃない少年に恋をした。今までの自分を見失ってしまいそうな想いに恐れをなし、遠ざけようとするのだけれども相手も熱烈で上手くいかず。殺したいほど好きなんだけれども、好きだから殺せない。好きで好きでたまらない!どうしたらいいの!?と、一人右往左往している、盛大にこじらせている面倒くさい純愛ラブストーリーが『空の境界』なんだ、と。
ま、しかし、そこが良い。
伝奇小説だったり、ミステリだったり、グロテスクだったり、ラブストーリーだったりと、人によって色々な愉しみかたが出来る作品ですので、小説もアニメも漫画も気になったなら是非。
ではではまた~