こんばんは、紫栞です。
今回は『沈みかけの船より、愛をこめて』をご紹介。
『沈みかけの船より、愛をこめて』は、乙一、中田永一、山白朝子、三名の作家と安達寛高の作品解説によるアンソロジー。
と、言っても、中田永一も山白朝子も乙一の別名義ってだけなので、実質乙一ひとりの短編集なんですけども。作品解説をしている「安達寛高」ってのも乙一の本名。自分で自分の作品の解説をしているという訳です。
乙一さんは今年で作家生活25周年なのですが、2005年ごろから正体を明かさず、プロフィールも偽って別名義で作品を発表するという実験的というか挑戦的な事をしておりました。中田永一名義で発表した『くちびるに歌を』
が小学館児童出版文化賞を受賞したことで2011年に別名義で活動していたことが明らかにされたのですが。別名義でやっていても賞を受賞しちゃうって凄いですね。明かされる前から気がついていたファンも結構いたって話ですけど。そのファンも凄い。
この本は、そんな別名義の垣根を越えた“ひとりで四人”アンソロジー。
「幻夢コレクション」と銘打たれたこの形式での本は『メアリー・スーを殺して』
に続き2冊目。
目次
本の総ページ数は340ページほど。短いお話が多く、収録作品数は11作です。
では、一つずつ簡単にご紹介。
●五分間の永遠 乙一
児童書アンソロジー用に書かれたもので、お題は【五分間】。初稿では「キモイ少年」だったらしいのですが、後に改題されたようです。20ページほどの短編で、男子小学生二人のささやかな交流が描かれています。
地域雑誌に寄稿されたシュートストーリー。無人島に漂着した男性が奇妙な猿たちに出会うお話で、ページ数は10ページちょっと。キリスト教的な寓意を含んでいる内容で、映画『2001年宇宙の旅』の一場面のオマージュのようでもあるとのことです。
確かにSF映画的な寓話小説って感じですね。
●パン、買ってこい 中田永一
スポーツ雑誌用に書かれたもので、テーマは【走る】。タイトルから察せられる通り、不良に使い走りをさせられている男子学生のお話で、10ページほどのショートストーリー。パシリを肯定するようなストーリーともとれるため、ボツになる可能性もあったが何とか無事掲載されたのだとか。
男子学生がちょっと変わった思考をしているのでそんなことになったのだと思われ。よく分らないけど(?)私はこの男子学生、前向きで良いと思いますよ。
●電話が逃げていく 乙一
『超短編!大どんでん返し』という、【どんでん返し】がテーマのアンソロジー集のために書かれた掌編で、およそ3ページの本当に短いお話。電話が生きているみたいに手から逃げるという内容。
説明だけ読むと「何じゃそりゃ」ですが、実はブラックでリアルなお話。
●東京 乙一
性行為をした覚えもないままに、得体の知れない子を産んだ女性のお話で、伝奇小説に分類されるもの。タイトルはサニーディ・サービスの『東京』という、当時よく聴いていたアルバムからとられているのだとか。ページ数は10ページと少し。
気味悪さはありますが、愛に溢れたお話となっています。
●蟹喰丸 中田永一
地域雑誌に寄稿されたもの。【酒】をテーマに組まれた特集記事用だったので、お酒が登場する内容になったのだとか。余命宣告をうけてヤケ酒をしていた男が、異世界に迷い込んで蟹喰丸(かにくいまる)という鬼と一緒にお酒を飲むことになるといったストーリーで、ページ数は10ページちょっと。
主人公の最後の選択が切ない。これぐらいの事しないと知らしめることが出来ないというのが歯がゆいところですね。
●背景の人々 山白朝子
「小説現代」での百物語企画のために書かれた15ページほどの短編。【嵐の夜、都内のある舞台稽古スタジオで停電が発生し、参加しているキャストたちが百物語を始めた・・・・・・】という設定が提示されて、各作家たちシチュエーションに合わせて短編を書くという企画ものだったようです。
この本で山白朝子として収録されているのは今作のみ。怪談話だから山白朝子名義なのですかね。定番の怪談話って感じですが、生きている人間の怖さも垣間見えるお話。
●カー・オブ・ザ・デッド 乙一
ゾンビパニックもの作品で、ページ数は50ページと少し。Amazonの電子書籍サービスに個人で短編小説を販売できるというものがあるのですが、Amazonに転職した編集者さんにこのサービスを使って何か出版してほしいと頼まれて書いた作品なんだとか。
“ホラーコメディ作品”と解説には書かれていますが、コメディ部分は薄めで結構グロい。これぞゾンビものだといった具合にハラハラビクビクします。
●地球に磔にされた男 中田永一
『十年交差点』という【十年】をテーマにしたアンソロジー集のために書かれた30ページほどの短編。時間旅行もので、現代にしか行けないタイムマシンが登場する・・・んですけど、タイムマシンものというよりはパラレルワールドものっぽい。出て来る装置のシステムがちょっと難しいですかね。
2011年の震災について触れているところは前作に収録されていた山白朝子名義の「トランシーバー」思い出す。それだけ当時作者の心情に影響を及ぼしていたってことなのでしょうか。イヤな展開になるかと思いきや爽やかな結末でよかった。
●沈みかけの船より、愛をこめて 乙一
表題作。【迷う・惑う】がテーマのアンソロジー集に寄稿されたもので、ページ数は30ページほど。両親が離婚することになり、女子中学生の主人公がどちらについていくかを悩むお話。
愛情で両親をはかることが出来ないので、幼い弟のためにも情をひとまず排除してドライに父と母を品定めする主人公。中学生にしては大人びているのでは?と、読んでいると思うのですが、実際は中学生だってこれぐらい冷静に考えているものかも。“正直なところ、どちらも選びたくないし、どちらも選びたいのだ”という一文が印象的。
●二つの顔と表面 Two faces and a surface 乙一
【人面瘡】がテーマの作品。90ページほどあって、収録されているものの中では一番の長さ。
物語の語りは「人面瘡」の宿主の方ではなく、「人面瘡」側。宿主のユイは人面瘡にアイと名前をつけて友好な関係を築く。人面瘡のアイがユイの幸福を願い、学校で起きた冤罪事件を晴らそうとするストーリーは意外性があって面白い。実はかなり本格推理小説的な謎解きものとなっている。
新興宗教の二世問題についても描かれています。新興宗教に関しての話ってのは、読んでいて苦しくなる題材ですね。ユイはまだ幼い子供なので余計に。終わりはこれからの闘いが示唆されて、応援する気持ちと辛さが混在する。
幻夢コレクション
11作品のうち、乙一名義のものが6作、中田永一名義のものが5作、山白朝子名義のものが1作。
中田永一名義だと青春・爽やか系、山白朝子名義だと怪談・奇譚系といったふうにざっくり分かれて書かれているイメージなのですが、この本に収録されている中田永一名義のものは奇妙さが際立っているものが多いので、複数名義アンソロジーとはいえ、本来の乙一の特色が強い短編集になっているかなと思います。
ファンタジックで乙一らしい奇想天外な物語が多いですが、痛切なリアルが描かれている物語もあって色々と愉しめる作品集になっているかなと。ユーモアはちょっと薄めですかね。
表題となっている「沈みかけの船より、愛をこめて」はこの本全体を表すものとなっていると感じる。いずれも現状は悪いが、“この状況だからこそ込められる愛情”が窺える物語たちで、ホラーでもどこか暖かな気持ちになる物語が集まっていますね。
ひとりで四人の幻夢コレクション、気になった方は是非。
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ではではまた~