夜ふかし閑談

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『十角館の殺人』小説 ”新本格”衝撃の一行!ネタバレ・解説

こんばんは、紫栞です。

今回は綾辻行人さんの十角館の殺人をご紹介。

十角館の殺人〈新装改訂版〉 「館」シリーズ (講談社文庫)

 

あらすじ

一九八五年九月二十日未明、S半島J崎沖、角島(つのじま)で建築家の中村青司の邸宅、通称青屋敷が全焼。焼け跡から中村青司と妻、住み込みの使用人夫婦の計四人が死体で発見されるという、凄絶な“謎の四重殺人事件”が起こった。

 

半年後の一九八六年三月二六日、猟師の間で青司の幽霊が出ると噂される曰く付きのこの島に、大学ミステリ研究会の七人が訪れる。

彼らの目当ては全焼した青屋敷跡と、中村青司が設計した奇妙な十角形の館「十角館」で一週間の合宿をすること。

 

一方、本土では元ミステリ研究会メンバーだった江南孝明のアパートに「お前たちが殺した千織は、私の娘だった」という怪文書が送られてきていた。差出人は死んだはずの中村青司。

中村千織はミステリ研究会の新年会で事故死した女生徒の名だった。気になった江南は千織の唯一の肉親で青司の弟である中村紅次郎の元を訪れ、そこで紅次郎の大学時代の後輩であるという島田潔と出会う。

意気投合した江南と島田は一緒に事件を探ろうと奔走。ミステリ研究会メンバーの守須恭一も巻き込み、青屋敷の四重殺人について推理を展開する。

 

やがて、角島の十角館でミステリ研究会メンバーが次々と殺害される事件が発生して――・・・。

 

 

 

 

 

 

新本格”の伝説的作品

十角館の殺人』は1987年に刊行された長編小説で綾辻行人さんのデビュー作。

綾辻さんの代表的シリーズである館シリーズ

 

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の第一作目で、1980年代後半から1990年代前半にかけて起こった新本格ムーブメント”の契機となった作品で、近年のミステリ界の流行(?)である叙述ものやどんでん返しものの先駆的作品でもあり、とにかく日本ミステリ界を語る上では外せない、35年以上経った今でも国内ミステリランキングで上位に選ばれる超高評価で絶大な人気を誇る伝説的作品。

 

館シリーズ】は前に当ブログでまとめ記事を書いたんですけど、今回はこの伝説的作品である『十角館の殺人』にのみスポットを当てて紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

新装改訂版

1987年に初刊で講談社ノベルス、1991年に講談社文庫版が刊行されていたのですが、2007年に講談社文庫版を全面改訂した「新装改訂版」が刊行されています。

 

デビュー作、しかも初刊から二十年経ってからの全面改訂ってことで、「まさかかなり違いがある代物になっているのか?」と危惧するところではありますが、新装改訂版のあとがきにて、綾辻さんは

“旧版よりもだいぶきれいで読みやすい、なおかつ別物感のないテクストになったはずである。今後、今回のような改訂を行なう機会もそうそうないだろうから、本書をもって『十角館の殺人』の決定版とするつもりでいる。”

と、書かれているので、今読むなら決定版で入手しやすい「新装改訂版」ですかね。

 

 

私は新装改訂版でしか読んでいないのですけど、気になる人は読み比べるのも一興かなと思います。“別物感のないよう”とはいいますが、なんせ全面改訂ですからねぇ・・・。

 

2019年には清原紘さんによる美麗な作画で漫画版が『月刊アフタヌーン』にて連載開始されまして、最近完結したので、今はこの漫画版で知ったという人も多いかも知れません。

 

 

漫画版は、ストーリーは概ね原作通りであるものの、江南くんが女性になっているなど変更点が多々あり。

そもそも、『十角館の殺人』は映像化が難しい作品なので、漫画版が連載されると聞いた当初「えぇ!?“アレ”はどうするんだ?」と驚いた原作の読者は私だけではないはず。(超人気作なので映画化の話などもあったが、結局頓挫したとの噂もあり)

漫画だからこその表現方法でこの点をカバーしているので必見です。

 

 

 

 

 

登場人物

原作ファンが漫画版を読むメリットとして、登場人物の把握がしやすいという点があります。ま、一部原作とは容姿の違うキャラクターもいるのですが。

 

この作品は、島サイドでアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を思わせるような連続殺人でミス研メンバーが一人ずつ命を落していき、本土サイドでは江南孝明と島田潔の二人(所々で守須恭一も)が半年前の青屋敷の事件の真相を探るという、島と本土で物事が同時進行で描かれる構成となっているのですが、島サイドのミス研メンバーがそれぞれ海外の有名ミステリ作家にちなんだニックネームで呼ばれているため、人物を把握するのが少し面倒なんですよね。カタカナ名覚えられないあるある。

 

自分用も兼ねて、島サイドにいるミス研メンバーを簡単にまとめますと・・・

 

●エラリイ

法学部の三回生で、ミス研の会誌『死人島』の現編集長。ひょろりと背の高い、色白の好青年で金縁の華奢な伊達眼鏡をかけている。「知的」をモットーにしており、冷静な性格。メンバーの中心的人物。

 

●ポウ

医学部四回生。男性。大柄で硬そうな髪、顔の下半分は濃い髭に覆われている。オルツィとは幼馴染み。優秀な医学生で、作中では主に検死要員。

 

●カー

法学部の三回生。一年浪人しているのでエラリイより一つ年上。男性。中肉中背だが、首の短さと猫背のせいで実際よりも短軀に見える。何かと突っかかってくる性格(特にエラリイに)。前にアガサとオルツィに言い寄ってフラれている。

 

●ルルウ

文学部二回生。会誌『死人島』の次期編集長。小柄で童顔、銀縁の丸眼鏡をかけている男性。

 

●アガサ

薬学部三回生。性格は男性的だが、ソフトソバージュのロングヘアをした美人で、自信に満ちた華やかな女性。

 

オルツ

文学部二回生。小柄で太めの体格の女性で、アガサとは対照的に、野暮ったくいつも臆病そうな目をしている。趣味でかなり達者な日本画を描く。ポウとは幼馴染み。

 

●ヴァン

理学部三回生。二重瞼でやせ型の男性。伯父が不動産業を営んでおり、角島を購入したのでそのツテで十角館での合宿が実現した。他のミス研メンバーより一足先に島を訪れて招待の準備をしていたが、体調を崩し気味。

 

 

 

と、ま、簡単に紹介するとこんな感じなのですが。ちなみに、本土サイドの江南孝明はミス研会員だったときは「ドイル」というニックネームでした。

 

 

大学の学年のことを「回生」というのは主に関西圏の大学のみなのですが、この作品は九州の大学なのに「回生」で表記されています。

何故なのかというと、生まれも育ちも大学も京都である作者の綾辻さんが、大学の学年は全国どこでも「回生」なのだと書いた当初思い込んでいたから。刊行直後には『虚無への供物』などの作者である中井英夫さんに「何回生とか云っているのが気に喰わない」という感想をいただいたなんてこともあったらしいですが、新装改訂版でもあえてそのまま「回生」になっています。

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ注意!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃の一行

この小説の素晴らしいところは、なんと言っても“ある一行”、“ある人物が言う一言”で事件の真相が読者に一瞬で解るようになっているところ。ページをめくった時にこの一行を読んだ際の驚きというのが、いつまで経っても忘れられない読書体験となるのですよ。ミステリだからこその感動を与えてくれるのです。

 

角島ではミス研メンバーが一人、また一人と殺されていき、最終的にエラリイとヴァンが残る。エラリイは半年前に死んだとされる中村青司が実はまだ生きていて、潜伏しながら自分たちを襲っていたのだと推理し、ヴァンと共に地下の隠し部屋へ行くのですが、そこで白骨遺体を発見。

そこで場面が変わり、十角館が火の手を上げる。

そして、次の章で本土に「十角館に行っていたメンバーが全員死亡した」というニュースが守須と江南の元に伝えられ、警察は遺体の状況から、松浦純也(エラリイの本名)が皆を殺した後に焼身自殺したのではないかと推測する。

 

ここで読者としては「え?どういうことだ?」と煙に巻かれたような気分に陥るのですが、本土サイドの方での島田潔と江南孝明の追求により、この時点で半年前の青屋敷事件で中村青司は確実に死んでいるのだということが明らかにされているので、エラリイとヴァンが最後に地下で見つけた白骨遺体は行方不明となっていた庭師のものだということがおのずと解る。なので、「やはり犯人はミス研メンバーの中に・・・てか、ヴァンはどうなった?」と読者が思考したところで衝撃の一言が。

ミス研でのニックネームを聞かれた守須恭一が、ヴァン・ダインです」と答えるのです。

 

ミス研メンバー6人を殺した犯人はヴァンこと守須恭一。

彼は島と本土をゴムボートで行き来しながら犯行を重ねていた。ミス研メンバーが寝静まってから島を抜け出し、皆が起きてくる前に島に戻ることで部屋から出ていないようにミス研メンバーには思い込ませ、本土の江南孝明には「合宿を断って本土に残っているのだ」と思わせることでアリバイを確保する。

守須は最初からメンバーの皆殺しを目的としていたので、このような規格外な計画を立てることが出来たという訳です。

 

 

島と本土で同時進行させる構成にはこのような意図があったのかと感心するばかりですし、振り返ってみるといくつもの伏線、ヴァンが犯人以外考えられない状況じゃないかってことに気が付かされて「綺麗に欺されちゃったな」なのですが、個人的に特に上手いなぁと思うのが、元ミステリ研究会メンバーの江南孝明が「ドイル」のニックネームで呼ばれていたという設定なところですね。

 

江南は本来の読みが“かわみなみ”なのですが、“こなん”とも読める。なので、ミステリ好きの島田潔も江南の名前を聞いて「コナンくん」とコナン・ドイルを連想しての渾名で呼ぶのですが、島田さんのこの思考をそのまま“ミス研で「ドイル」と呼ばれていたのも名前からの連想なんだ”と読者が勝手に思い込んでしまうのですね。なので、守須もミス研でのニックネームは同じく名前からの連想でモーリス・ルブランなのかと早合点してしまう。

 

しかし、実際にはミス研でのニックネームは卒業する先輩からそれぞれ受け継ぐものなので、本名からの連想だという考えは的外れなことなのですよ。このミスリードが本当に上手いなぁと。

 

清原紘さん作画による漫画版では、ヴァンの髪型を変えることで守須と同一人物だと気が付かせないようにしています。漫画表現における“髪型マジック”をフル活用って感じですね。

 

 

とにかく考えぬかれた作品である『十角館の殺人』には、プロトタイプである『追悼の島』という、第29回江戸川乱歩賞に応募して落選した原稿があるらしいのですが、この原稿は十二国記シリーズ】屍鬼で有名な作家の小野不由美さんとの共同作業によって完成したもので、メイントリックの発案者も小野さんなのだとか。

綾辻行人さんと小野不由美さんは1986年に学生結婚しているのですよ。結婚した後に夫婦そろって売れっ子作家になるって凄いですよねぇ・・・。

 

 

 

 

知的な遊び

推理小説としての驚きと感動は申し分ない傑作ですが、急性アルコール中毒で亡くなった恋人の復讐で6人を殺害するという動機や、冷静に考えると大変過ぎるトリック、真相を見抜いた様子ではあるものの、島田さんが探偵役として活躍せずに犯人が“運命の審判”に従って白状しようと決意するラストにはちょっと物申したい気にはなる。島田さんが何を言おうが、黙っていれば完全犯罪が成立する状態でしたからね。

 

ま、しかし、ここは序盤でエラリイが言うように

「僕にとって推理小説とは、あくまでも知的な遊びの一つなんだ。小説という形式を使った読者対名探偵の、あるいは読者対作者の、刺激的な論理の遊び。それ以上でも以下でもない」

って、ことで。

 

十角館の殺人』が発端となり、中村青司が建てた館で事件が発生し、島田さんが主に探偵役として真相解明していく【館シリーズ】が展開されます。江南くんも後のシリーズに登場していますし、『十角館の殺人』を読んだ後は、是非シリーズを続けて読んでいって欲しいと思います。

 

 

 

 

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ではではまた~

 

 

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