夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『夜市』小説 あらすじ・感想 怖い。けれども美しい幻想ホラー 夏のオススメ本~⑧

こんばんは、紫栞です。

今回は、夏のオススメ本で恒川光太郎さんの『夜市』(よいち)をご紹介。

夜市 (角川ホラー文庫)

 

傑作幻想ホラー小説

『夜市』は2005年に刊行された中編小説集。第12回ホラー小説大賞受賞作し、第134回直木賞候補にもなった「夜市」と、書き下ろしの「風の古道」が収録されている小説集で恒川光太郎さんのデビュー作。

 

「夏なので有名ホラー小説読みたい!」とネットで検索した際、残穢

 

www.yofukasikanndann.pink

 

と同様に各サイトでオススメされていたので、この度読んでみました。

 

中編で、「夜市」が70ページちょっと、「風の古道」が100ページちょっとといったボリュームですが、2編とも計算し尽くされた無駄のない構成と、幻想的な世界観、哀しく切ない読後感で、とんでもなく素晴らしく美しいホラー小説となっています。

賞の受賞も名作と謳われるのも納得の作品ですね。

 

 

 

 

各話・あらすじ

 

●「夜市」

大学二年生のいずみは、高校時代の同級生である裕司から「夜市に行ってみないか?」と誘われる。裕司に連れられて夜に岬の森へ行ってみると、そこでは人ならぬものが様々な品物を売る市場が開かれていた。

どうやら異界であるらしいこの夜市では、望むものが何でも手に入るという。

裕司は小学生の頃に夜市に迷い込み、「現世に戻るためには買い物をしなければならない」と言われて一緒にいた幼い弟を売って「野球の才能」を買ってしまった。現世に戻ると、裕司の弟は最初から“存在していない”ことになっており、裕司は確かに野球部で活躍することが出来たが、弟を売ってしまった罪悪感は消えることなく裕司を苛んだ。

裕司が今夜、夜市を訪れた目的。それは弟を買い戻すことだった――。

 

弟を買い戻すのにわざわざ事情を知らないいずみを付き合わせるという時点で読者は悪い予感がするかと思いますが、その悪い予想は痛切に翻される。そこで終わっても短編として十分完成されたものとなるところでしょうけど、この物語はその先にさらに驚愕の真相があり、それでいて蛇足感がまったくない。物語の完璧な構成に感服します。

 

夜市の設定からして「欲」がテーマの一つとして描かれているので、ホラー小説を読んでいる意識もあって人間の悪意や邪さが垣間見える展開だろうと思ってしまうところですが、この「欲」の描き方も読者の予想を超えた描き方をされていて驚く。

“ここでは無欲なる者はどこにも行けない。”という一文で納得すると同時に深い哀しみに襲われるラストですね。

 

「夜市」は映画化の話が過去にあったようですが頓挫したんだとか。二時間でやるには話を膨らませないと厳しいとは思いますが、一時間のドラマとかには凄く向いてそう。民放向きではないかもですけど。アニメ映画にも向いてそう。世界観がちょっとジブリぽさがある。

 

2018年に奈々巻かなこさん作画で漫画化されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

●「風の古道」

「私」は七歳の時、公園で父とはぐれて不思議な道に足を踏み入れた。その時はお稲荷さんの裏から出て自宅に戻ることが出来たが、後になって、あれはどうやら現実に存在する道ではないようだと幼いながらに悟った「私」は、禁忌のように誰にもその道のことを話さずにいたが、12歳の夏休みに心霊スポットの話になって思わず親友のカズキにその秘密の道のことを話してしまった。

話を聞いて面白がったカズキに「今からその道に行ってみよう」と提案され、「私」はカズキを連れて再びお稲荷さんの裏に訪れた。秘密の道に入ることが出来た「私」とカズキは、最初のうちはお化けが通る異界の道を冒険し楽しんでいたが、いくら足を進めても道の出口にたどり着くことが出来ずに途方に暮れる。

道にあった茶店で店主と客に話を聞いてみると、ここは「古道」といわれる大昔から日本にある道で、決して普通の人間が足を踏み入れたてはいけない特別な道であり、正式な出口まではまだまだ相当距離があるという。

その晩は茶店に泊めてもらい、翌日「私」とカズキは茶店の客だったレンに案内してもらい、出口を目指すこととなった。

しかし、その道中で思わぬ災厄に見舞われて――。

 

 

異界の「道」が舞台の物語で、すぐ其処に現世が見えているのに向こう側からは認識されないし戻れないというのが面白い。

物語は「私」の回想話となっていて、序盤は「私」とカズキの夏休みの不思議体験ってな感じでノスタルジックに、途中から古道の永久放浪者であるというレンの出生とそれに絡んだ物語が展開される。

このお話も「ああ、アレがコレに、ソレがアレに繋がるのね」といった具合に無駄のない構成で、美しい世界観だけでなくエンタメとしても愉しませてくれるものになっています。カズキの顛末とレンの辛いけれども愛情に溢れた出生話が泣ける。

“道は交差し、分岐し続ける。一つを選べば他の風景を見ることは叶わない。”

恐ろしくも儚い、やるせない人生の一場面を描いた物語ですね。

 

「風の古道」は2006年に木根ヲサムさんが「ネモト摂」名義で漫画化。週刊ヤングサンデーにて全5話の短期連載でした。

その後、設定や登場人物を一部引き継いだ形で2007年に「まつはぬもの~鬼の渡る古道~」というタイトルで漫画化されています。

 

 

こちら、なんとアクションものになっているのだそうで、原作とはかけ離れた作品なんだそうです。確かに表紙だけみても如何にも少年漫画といった雰囲気。

 

最初に「風の古道」というタイトルで連載されたものは原作に忠実なものだったようですが、こちらはどうやらコミックが刊行されていないようで今となっては読むのが難しいみたいです。

 

 

 

 

異世界と現世

「夜市」も「風の古道」も民俗学などから題材をとり、さらに発展をさせた異世界と現世の物語となっています。

構成の素晴らしさに唸らせられますが、エンタメ的な面白さだけでは終わらない感慨深い読後感がとにかく良い。哀しくも美しい、だからこそ怖いという紛れもないホラー小説ではあるものの、恐ろしさを凌駕する切なさと感動のある幻想小説でもあります。

 

ストーリーだけでなく、幻想的な世界観と文体がたまらない2編ですので幻想文学好きやホラーが苦手な人にも読んで欲しい作品。夜、薄暗い部屋でムードたっぷりのなか読むのがオススメです。

 

この夏、是非いかがでしょうか。

 

 

 

 

ではではまた~

 

 

www.yofukasikanndann.pink

 

www.yofukasikanndann.pink