夜ふかし閑談

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『落日』湊かなえ あらすじ・考察 イヤミスじゃない!?一気読み推奨ミステリ

こんばんは、紫栞です。

今回は、湊かなえさんの『落日』をご紹介。

落日 (ハルキ文庫 み 10-3)

 

あらすじ

長年下積みをしつつも世に出るチャンスをなかなかつかめずにいる新人脚本家・甲斐千尋(本名・甲斐真尋)の元にある日、デビュー作が評価され大注目を浴びている新進気鋭の映画監督・長谷部香から「新作の脚本について相談させてほしい」とメールが届く。

 

十五年前、引きこもりの男性が自宅で妹を刺殺後に火を放ち、就寝していた両親もろとも死に至らしめた『笹塚町一家殺害事件』。

 

すぐに犯人の立石力輝斗が逮捕され、とっくに裁判で死刑判決が確定しているこの事件を題材に、香は新作を撮りたいらしい。それというのも、香は事件が起こる以前、五歳の時に一時期笹塚町に住んでいて、立石一家とは同じアパートだったのだという。被害者の妹とは少しばかりの面識もあったらしい。

香が真尋にメールを送ってきたのも、千紘が笹塚町出身だと知ってのことだった。

 

「知りたい」と必死な様子の香に気圧され、「無理に蒸し返す必要はない」と思う千尋はあまり前向きな気持ちになれないながらも『笹塚町一家殺害事件』について調べ始める。すると、思いもよらぬ証言が次々と出て来て――。

 

隠された真実にふれていく真尋と香。二人がたどり着いた「真実」、「物語」とは――。

 

 

 

 

 

 

 

「映画」と「裁判」

『落日』は2019年に刊行された長編ミステリ小説。WOWOWで連続ドラマ化が決定しています。

WOWOW湊かなえ作品が連続ドラマ化されるのは『贖罪』

 

 

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』

 

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に続き3作目ですね。

 

作者へのインタビューによると、

「今回は、版元の社長から“裁判”、担当編集者から“映画”という言葉をいただき、なら裁判シーンのある映画を作る話にしようと思いました」

とのことですが、十五年前に起こった『笹塚町一家殺害事件』を題材に映画を作りたいと映画監督の香に協力の申し出を受けた脚本家の真尋が、地元である笹塚町の人たちに立石一家、主に被害者で犯人の妹である立石沙良についての話を聞いていくというストーリーですので、実際は映画を作るために取材をする物語ですね。

 

テーマは“裁判ではわからない隠された真実”。

 

色々と伏線が散りばめられ、あらゆる人物・出来事が繋がりに繋がっていくのが見事な作品なのですが、レビューを見てみると「何がなんだかよく分からなかった」との意見が割とある。

これは、本が400ページ以上あり、中盤は中だるみともとれる展開をするので、休み休み読んで分からなくなってしまうということだと思います。

人間関係などが複雑に入り組んでいるので、読む期間を空けちゃうと思い出すのに苦労するかなと。私は時間があって一気読み出来たので、把握するのに苦労はしなかったのですが。なので、出来れば一気読みがオススメの作品ですね。

 

イヤミスで有名な湊かなえさんですが、今作はイヤミスではありません。(見方を変えればイヤミスではあるかも知れませんが・・・)

読後に溢れる感情は嫌悪感ではなく感動です。イヤミスが苦手な人にも安心してオススメできる貴重な(?)湊かなえ作品ですね。

 

 

 

 

 

二人の主人公

物語は全六章。各章の語り手は一貫して真尋なのですけども、各章の前に香の幼少から現在に至るまでの「エピソード」が挿入されているという、二つの視点・それぞれの物語が交互に描かれ、同時進行していく構成になっています。

 

こういった構成は湊かなえ作品でよくなされるもので、それぞれの物語が同時進行しながら最終的に一本に繋がっていく仕掛けは、湊かなえミステリの特徴の一つ。

 

既に刑が確定していてひっくり返ることはない事件を調べるというストーリーなので、ドキドキハラハラといった緊迫感はありません。そのぶん、人間ドラマに重点が置かれた作品となっています。

 

描かれるのは、『笹塚町一家殺害事件』を通しての甲斐真尋と長谷部香、二人の物語

 

これから自殺をしようとしている人々の人生の最後を終えるまでの最後の一時間をドキュメント形式で描いた初監督作品「一時間」が海外の大きな賞を取り、注目されている駆け出し映画監督・長谷部香は、才能に加えて美貌にも恵まれていながら、どこかオドオドしていて余裕のない人物。

 

幼少期、教育熱心な母親から問題を間違える度にアパートのベランダに閉じこめられるという仕打ちを日常的に受けていた香には、ベランダを区切っている板ごしに手だけを触れ合わせてコミュニケーションを取っていた友だちがおり、その子の存在が幼少の香にとっては心の拠り所となっていた。

後になってその子が一家殺害事件で殺害された立石沙良だったということが分かり、「彼女がどう生きたか、彼女を殺害するに至ったお兄さんはどんな人だったか、何故彼女は殺されなければならなかったのかを知りたい」と、『笹塚町一家殺害事件』を題材に映画を撮りたいと考える。

 

 

対して、遙か前に二時間ドラマの脚本を手掛けて以降、目立った成果が出せておらず焦っている新人脚本家・甲斐真尋は、「知りたい」と息巻く香に「知ることがそれほど大事だとは思っていない」と言って持ちかけられた仕事を断る。

 

結局、業界関係者の元彼に「こんなチャンスを逃すなんてどうかしている」と言われて後ろ向きながらも引き受けることになるのですが、「知りたい」という気持ちが創作の原動力となっている香と、見たい物だけを見せる「現実を忘れさせてくれる娯楽」が創作意欲の千尋とで対比的に描かれています。

 

真尋に現実逃避的な思考が強いのには“ある出来事”が大きな影を落していて、事件に向きあうことで真尋が目を背けていたものも明らかになっていく。探っていくうちに思わぬ真実が浮上し、無関係だったはずの『笹塚町一家殺害事件』は真尋自身の物語となる。

 

作者の湊かなえさんは脚本家でもあるので、業界の話などは実体験が盛込まれているのかと思えてリアリティを強く感じられます。真尋は若干作者の自己投影がされているかもですね。

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~ ※最後の真相には触れていません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「事実」と「真実」

 

「この認識が合っているかわからないけど、実際に起きた事柄が事実、そこに感情が加わったものが真実だと、わたしは認識している。裁判で公表されるのは真実のみでいいと思う。そうしなきゃ公平とは言えない。だけど、人間の行動には必ず感情が伴っている。そこを配慮する必要があるから、裁判で問われることも真実の方でなければならないのだろうけど、果たして、それは本当の真実なのかな」

 

これは第四章で香と真尋が裁判所でいくつかの裁判を傍聴した際に香が言うセリフ。

 

『笹塚町一家殺害事件』は、世間にはアイドル志望で夢と希望に溢れていた女子高生の妹を、無職の引きこもりで家族を困らせていた兄が刺殺し、家に火を放ったことで就寝中だった両親も殺すことになった事件といったように認識されている。

 

捕まった力輝斗は死刑を望み、あまり多くを語らなかったので「事実」から分かることだけが公表されそのように認識されるのに拍車をかけたのですね。

 

 

話が進行するにつれ、妹の沙良には嘘をつき周りを陥れて楽しむ虚言癖があったこと、日頃から沙良は兄の力輝斗には辛くあたっていたこと、両親は昔から沙良ばかりをかわいがり、力輝斗を疎外していたこと、香の幼少の頃の“板ごしの友だち”は沙良ではなく、虐待を受けていた力輝斗の方である事などが明らかに。

 

ここまででも当時報道や裁判で世間が受けた印象とはだいぶ違うことが分かり、事件の見え方がすっかり変わる訳ですが、最終的に力輝斗が沙良を殺害するに至ったのにはある“決定的な出来事”があったのだと、終盤でさらに驚きの真相が判明。その出来事は実は千尋のすぐそばで起こっていて・・・・・・。

 

と、これらの過程が様々な仕掛けを用いて描かれていて読者を引き込むのですが、苦境や内情が知れたところで、立石力輝斗が妹と両親を殺害した「事実」は変わらない。

 

いまさら判決が覆ることもないし、香や真尋がやっていることは端から見れば無駄なことなのです。それでも「事実」ではなく「真実」を知ることで香と真尋は当事者たちの気持ちを想像し、痛みを受けながら自分が今まで抱えていた問題に向きあう道を進む。

 

『落日』というタイトルは、舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』の劇中歌「サンライズ・サンセット」のイメージでつけられているのだとか。


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“再生に繋がる一日の終わり”という希望が込められたタイトルなのですね。

 

 

香に関しては、「家族」「母娘」「毒親といった、湊かなえさんが繰り返し描いてきたテーマがフルで詰められている印象。

 

湊さんは“嫌な母親”を描くのは天下一品なのですが、父親に関してはいつもさほど踏み込んで描かれないのですよね。今作ですと、香は自殺した父親のことを引きずっているという設定なので他作より父親に対しての描写が多いとは思いますが、やはり深く踏み込んではいない感じ。

 

どんでん返し系の仕掛けに関しては、この手のミステリを読み慣れている読者なら容易に解るものだと思います。真尋の姉についてなど、すぐにピンとくるかと。

色々な伏線・人物が繋がっていくのが面白い作品ではありますが、あまりにも諸々繋がりまくるので、「偶然にも程がある」と呆れる読者もいるやもしれません。

 

中だるみを感じさせるのは主に上記した裁判所での傍聴シーンなどだと思いますが、作者としては今作のテーマを示すためにも絶対に入れたいシーンだったのだと思います。退屈かも知れませんが、テーマがわかりやすくなって良いのではないでしょうか。

 

 

個人的に“力輝斗が善人、沙良が悪人”と、あまりにクッキリハッキリと見えるように描かれているのはリアリティがないかなと気になりました。

これはしかし、真尋が想像で補っているということでこうなっているのでしょうが。真尋が行着いた「物語」がこれだということで、あくまで真尋がふれた真実から導き出した創作なのですね。

 

 

“裁判ではわからない隠された真実”というテーマの他にも、“なぜ創作をするのか”にもじっくり目が向けられている作品。

イヤミスではありませんが、湊かなえ作品の特色・醍醐味がまるっと味わえる作品になっていますので、気になった方は是非。

 

 

 

ではではまた~

 

 

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