こんばんは、紫栞です。
今回は相沢沙呼さんの『invertⅡ(インヴァートⅡ) 覗き窓の死角』の感想を少し。
シリーズ3冊目、倒叙集2冊目
こちら、2022年9月に刊行された【城塚翡翠シリーズ】の新作。
“invertⅡ”ということで、犯人視点の倒叙ミステリ集第2弾。シリーズとしては3作目だけどタイトルに「Ⅱ」とついているのでちょっとややこしいですかね。
2作目と3作目は読む順番を間違えてもさほど支障はないと思いますが、今回もやはり必ず1作目の『medium霊媒探偵城塚翡翠』を先に読んでいないと絶対にダメです。依然要注意。ま、このシリーズはこの先ずっとそうだと思いますが・・・。
お馴染みの遠田志帆さんによる美しい装画でして、初回ですとこの絵の限定ポストカードが本に付いてきます。青、赤ときて、今回は黄色の表紙。次は緑ですかね。(今村昌弘さんの『兇人邸の殺人』の時も同じようなこと書きましたが・・・)
装画を見ておわかりでしょうが、城塚翡翠、泣いております。シリーズ読者としては「どうしたどうした!?」って感じになりますね。もちろん作品内容を表しているものでして、中身を読めば涙の理由が分かりますよ。
各話・あらすじ
前作は3編収録の中編集でしたが、今作は2編収録で表題となっている「覗き窓の死角」は300ページほどある長編レベルのボリュームとなっています。
では順にご紹介。
●「生者の言伝」
とある計画を遂行するため、友人の家族が別荘として使っている屋敷に数日間不法侵入していた十五歳の夏木蒼太は、予期せず屋敷にやって来た友人の母に忍び込んでいたところを見つかり、揉み合いの末に刺し殺してしまう。
途方に暮れているところに、嵐で車が故障してしまったので雨宿りをさせてくれと20代と思しき女性二人――城塚翡翠と千和崎真が訪ねてきた。
綺麗な年上女性に翻弄され、蒼太は二階に死体を放置したままの屋敷に二人を招き入れてしまうが――。
こちら、シリーズ1作目の『medium』よりも以前の、数年前の出来事として書かれています。
犯行の直後によりにもよって名探偵が偶然にも訪ねてきて相手をしなくてはならないという“ついてない犯人”もので、コメディ色が強いお話。
シチュエーションもコメディの描き方も『金田一少年の事件簿』の短編集に収録されている「殺人レストラン」を彷彿とさせる。
作中でも「長寿漫画の高校生探偵かよ」と出て来るので、オマージュ的なものなのかもしれない。
加えて、15歳の少年が美人に好意的な態度をとられてラッキースケベな(翡翠は探るためにワザとやっているんですけどね・・・)展開があるなど、ライトノベル風味も合わさっています。ここら辺の感じは読んでいると女性読者は冷めてしまうかも。このシリーズはいつもそうだって気もしますが・・・。
コメディ色が強いので骨休め的なお話かと油断していると、最後に驚かされる。やはりただでは終わらないといった感じ。
蒼太君の計画ですが、何故ここに滞在する必要があったのかがいまいち解らない。蒼太君の嘘をつく時の癖についても、なんとなく分かりはするがキッチリとした明言はなしなので、余韻を残すためなんでしょうが個人的にはもう少しスッキリさせて欲しかったですね。
●「覗き窓(ファインダー)の死角」
写真家の江刺詢子は、かつて妹を自殺に追いやった憎い仇であるモデルの藤島花音を殺害するべく入念に練った計画を実行する。その計画は、2週間前に偶々知り合った城塚翡翠をアリバイ証人に仕立て上げるというものだった。
強い動機を持っている詢子が犯人ではないかと疑いを強めていた警察は、アリバイ証人が翡翠だと聞いて驚愕する。確認してみると、翡翠は確かに死亡推定時刻に詢子と一緒にいたので、彼女に犯行は不可能だと断言した。しかし、翡翠の態度はいつもと様子が違っていて――。
“覗き窓”と書いてファインダーと読ませるこちら、翡翠のことを名探偵とは知らずにアリバイ工作に利用するという、これまた不運な犯人が描かれていますが、このお話で気の毒なのは翡翠の方なんですよね。
それというのも、犯人の詢子は翡翠にとってミステリ愛好家の同士で友人。見た目と性格のせいでこれまでまともに友人がいなかった翡翠は、詢子と友だちになれてたいそうはしゃいでいたのです。それなのに犯人として対峙しなければいけないというこの仕打ち・・・。いつもと違って詢子に対してはニュートラルな状態で接していた翡翠を最初に見せられるぶん、これは読者も辛い。
犯人の詢子は話が進むにつれ嫌悪感が増していく。やはり復讐殺人を自己満足だと自覚せずに正義だと思っている人物というのは滑稽でしかない。
このシリーズですと無闇に期待してしまうものですが、どんでん返し要素はこのお話では薄め。正当な倒叙推理小説ですね。
トリックも本格推理モノの王道的なもので、それこそ【金田一少年の事件簿】などで繰り返しやっているようなトリックなのですが、“翡翠だからこそ”解らなかったのが読者的にも悔しい。このシリーズだからこそのミスリードで「あ~やられたなぁ」といった感じ。
仕掛けよりも、翡翠の人となりなどに重点が置かれていてこれはこれで新鮮で読み応えがある。今までは皆無だった翡翠視点での描写があるのも必見です。
事件解決の決め手となる“あるもの”ですが、翡翠も詢子も気が付かないのは若干無理があるなと思う。写真家なら被写体をじっくり見るだろうし、“アレ”をなくすのってショックなんですよ。事件に関係無くっても探せるところは探すだろうし、詢子にも聞くだろうに。
「女性ってこうでしょ?よくわかってるでしょ?」といった感じで思考の仕方、服装やメイクについても細かく書いていますが、こういった部分がやはり突き詰められていないぞと。
同性間での容姿が優れているものへの嫌悪感が描かれがちですが、同性だって群を抜いて美しい女性には憧れるものですし、かわいい女子が好きな女性は案外多いのですよ。
後、作中で詢子が考える「ふわふわ女子は本格ミステリを好まない」というのは男性の本格ミステリ愛好家が女性に抱く思い込みの典型でしょ。
前からそうでしたが、女性読者としては諸々男性作家特有の部分が少し引っ掛かりますかね。ま、もっとあからさまな作家もいるのでこれ位は気にするほどでもないかもですが・・・。
人間味のある翡翠・シリーズの広がり
2編収録ではあるものの、今回の本は「覗き窓の死角」がメイン。
今までの翡翠は超絶美女の、ぶりっこ口調と仕草で相手を揺さぶり鋭く真相を見破るという、素が見えにくい探偵役でしたが、「覗き窓の死角」で翡翠の人間的な部分が明らかにされています。美女には美女なりの、能力がある者には能力がある者なりの悩みと葛藤があるらしい。
このお話では前からちょこちょこ登場していた蝦名刑事、翡翠に対して否定的なんだか肯定的なんだかよくわからない“めんどうくさい”態度をとる三十代男性刑事・槙野、翡翠を徹底的に嫌っている女性鑑識課員の奥谷など、刑事さんサイドが賑やかに。※シリーズ1作目に登場していた鐘場刑事は捜査情報の漏洩問題で部署異動したらしい。
翡翠が嫌いつつも協力している警視庁の官僚・諏訪間駕善の登場、翡翠の亡くなった弟、警察と法務省が積極的に翡翠を利用したがる謎など、ここにきて大きくシリーズが広がりをみせてきたなといった感じ。
思わせぶりな描写や事柄がちらつかせられているので、今後のシリーズの動きに期待大です。
日本テレビ系で10月から『霊媒探偵・城塚翡翠』のタイトルで連続ドラマ化が決定していますが、発表される役者さんがことごとく原作のイメージと真逆なので個人的に困惑しております。これは、“あえて”の真逆キャスティングなのですかねぇ・・・。
1作目の話をやるみたいですが、連ドラでどのようにやるのかも不安。超評判の作品なのでいずれ実写化はするだろうと思っていましたが、やるなら映画だろうと思っていた。ネタ的に・・・。
ドラマだけでなく、連載誌「アフタヌーン」にて『medium』のコミカライズが連載開始されています。
作画は乙一作品や『Another』、『十角館の殺人』のコミカライズも担当した清原紘さん。
初回限定のポストカードと一緒にこのコミカライズの広告も本に付いていたのですが、コミカライズのキャラクター像は原作のイメージ通り。原作者の相沢沙呼さん完全監修なんだそうな。相変わらず清原紘さんの絵柄は美麗ですね。
そんな訳で、小説、ドラマ、漫画と、これからシリーズ自体がどのように動いていくのか気になるところ。なんにせよ、今後とも追っていきたいと思います。
ではではまた~