夜ふかし閑談

夜更けの無駄話。おもにミステリー中心に小説、漫画、ドラマ、映画などの紹介・感想をお届けします

『カッコウの卵は誰のもの』原作 ドラマ 疑問 諸々感想

こんばんは、紫栞です。

今回は、東野圭吾さんのカッコウの卵は誰のもの』について感想を少し。

カッコウの卵は誰のもの (光文社文庫)

あらすじ

かつてはオリンピックにも数回出場したトップスキーヤーだった緋田宏昌の娘・風美は、幼い頃から目覚ましい才能を発揮し、宏昌以上のスキーヤーに成長しつつあった。

高校を卒業し、風美は「新世開発」に入社。すると、「新世開発スポーツ科学研究所」の副所長で、才能と遺伝子の関係を研究している柚木が「あなたたち親子の遺伝子を科学的に調べさせて欲しい」としつこく宏昌にアプローチしてくるようになった。

宏昌は「才能に遺伝は関係ない」と柚木への協力を拒み続ける。

風美の才能は、宏昌とは何の関係もない。風美は宏昌の実子ではなく、妻がよそから“盗ってきた”子なのだから。宏昌は妻の死後にその事実を知り、苦悩し続けていたのだ。

 

そんな中、風美の大会出場を辞退させろという脅迫状が「新世開発」に届き、宏昌の前には「風美さんのことで話がある」と会社社長の上条伸行が現われた。さらに、風美の合宿先でバス事故が発生して――。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちら、2010年刊行の長編小説。2016年にWOWOWで連続ドラマ化もされています。

 

 

WOWOWはよく東野圭吾作品ドラマ化していますね~。

 

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「才能」をテーマに、「脅迫状とバス事件の犯人追及」と「風美の出生の謎」を解き明かすストーリー。タイトルから察することが出来ると思いますが、事件内容諸々をカッコウの習性である托卵で表しています。

 

主な語り手は宏昌柚木で、合間にスポーツ遺伝子を持っているからっていう理由でスカウトされて、父親の就職先の面倒と引き換えに渋々スキー競技をすることになった鳥越伸吾の語りが入っています。

ミステリだけでなく、スキー競技についても多く描かれている物語ですね。主役は宏昌って感じですが、調査能力を発揮するのは柚木の方。

 

この柚木、悪い人ではないのですが、スポーツ遺伝子の研究にのめり込んでいるためか「才能」「遺伝」とうるさい。選手としては頑張って練習している横で「生まれ持った才能が~」とかばっかり言われるとそりゃ面白くなかろうと思う。努力して出した結果を「才能」の一言で済ませてしまうのですからね。嬉しくないし腹立たしいですわ。

 

「才能がない」という言葉を使って逃げるな!などと指導の場では言われたりする。スポ根根性。努力至上主義。結果が出ないのは、努力が足りないから。

しかしながら、努力で補えない壁というものがあるのは否定出来ない事実。努力はもちろん必要だが、世界的な選手となるには「才能」と呼ばれるものが必要。凡人が納得するための都合の良い言葉として「才能」が使われている部分ももちろんあると思いますが。「努力できるかどうかも才能のうち」という言葉もある。

 

 

作中の柚木はスポーツの才能を“身体能力が生まれつきどれ程優れているか”ではかっている訳で、その証明として外国人選手に比べて日本人選手は身体の違いで活躍出来ていないじゃないかなどと言うのですが、個人的にはスポーツ競技はそもそもの競技にふれる機会、環境、精神力、運など、「これだけが理由!」ってものではなく、もっと総合的なものだろうと思う。

 

身体能力の優れている人物を見つけ出し、その能力に適した競技をさせて才能を伸ばしてあげることが本人にとっての幸福であるはずだと柚木は信じて研究していたし、デリカシーのない事も言っていたのですが、「才能」で人生を曲げられて不服な様子の伸吾をみて考えが少し変わる。

 

自分が欲しがっているものが、皆が欲しがるものとは限らないってことですね。

とはいえ、作中の伸吾がそうだったように、嫌々やらされ始めたことでも練習の成果が出れば愉しさを見出して気持ちが追いついてくるということもあるかと。どんな事でも上手く出来れば嬉しいものですしね。結局、「自分で選んだ」って気持ちが大事ってことでしょうか。

カッコウの卵」、金の卵である“金”、「才能」は本人のもので、どうするのも本人自身。

 

 

 

 

おかしい

「才能」がテーマなのは分りますが、ミステリ部分との折り合いがいまいちなのか、掘り下げきれていない印象。

ミステリ部分にしても、トリックがあるようなものではなく単に意外な繋がり、意外な犯人といったもので推理小説的な愉しさもそこまで。無理があるところも多い。

何の接点もない人物に犯行を頼むのは現実的じゃないし、同時期に偶々三人の女性が妊娠していたとか、真相と奥さんが自殺した理由が噛み合わないなど。

 

一番違和感があるのは、ちょっと怪我させたいという動機でバスにあんな仕掛けをする犯行計画ですね。

運転手さん巻き込むのが前提なの酷すぎるし、結局一人死亡者が出ているし。

 

こんな犯行をしておいて、“あなたや風美さんには、何ひとつ非はありません。そういう人たちを不幸な目に遭わせることは私の本意ではないのです。”って・・・何を言っているんだ。おかしすぎる。

 

真相部分を犯人の独白や手紙ですべて説明してしまっているのも、やっぱり手抜き感がありますね。東野圭吾作品って、割とコレやりがちですけど・・・。

“意外な犯人”ってのも、意外っていうか、単純に出番が少なすぎるだけではって気も。コレもやっぱり東野圭吾作品でやりがち・・・。

 

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手紙に従って宏昌がした最後の選択も、個人的には釈然としないですね。手紙の内容に感謝していたけど、それは感謝すべきところなのか?いつかはバレるって思いますしねぇ。読者としては、これで「良かった良かった」とはならないのですが。

 

 

 

 

 

 

ドラマ

2016年のドラマでは風美が主役になっているなど、かなり原作からは変更されています。変更のお陰で、これら原作での疑問点、明らかにおかしい部分がカバーされているし、犯人の思想も「才能」が強く関係していて、心情も犯行理由も物語のテーマもドラマでの方がしっくりくる。全体的にドラマの方が完成度は高いですかね。

この話で6話使うのは長過ぎ感はありますが。補うためか、選手の葛藤などが多めに描かれている。本格的なスキーシーンが見応えあります。

 

しかし、最終回は盛り上げるためとはいえちょっと無理があるのではって感じでしたけど。「前回とはうってかわって体力あるね」みたいな。ま、ドラマオリジナルのあのシーンは良かったですけども。やはり解決シーンは直接対面が良い。

 

原作より犯人当ては容易です。と、いうか、毎回のエンドロールのキャスト順で犯人丸わかりなんではって気が・・・。

 

宏昌の選択も原作とは真逆のものですが、やっぱりこの方がしっくりくる。ちゃんと「良かった良かった」となりますよ。

毎回、お話の最初と最後に「カッコウが、雛鳥が、云々~」と内容を表すナレーション(?)が入っていたので、個人的には最後もそれで締めて欲しかった。

 

 

原作小説とドラマ、気になった方は是非。

 

 

 

 

ではではまた~