夜ふかし閑談

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有栖川有栖 "トラウマ" 関連小説8選 火村とアリスについて

こんばんは、紫栞です。

今回は、有栖川有栖さんの小説シリーズ【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)において、主要人物二人の“トラウマ”が描かれている作品をピックアップしてご紹介しようかと。

「火村英生」シリーズ【5冊 合本版】 『ダリの繭』『海のある奈良に死す』『朱色の研究』『暗い宿』『怪しい店』 (角川文庫)

 

【作家アリスシリーズ】は犯罪社会学者の大学准教授・火村英生が探偵役、その友人で作家の有栖川有栖をワトソン役とする推理小説のシリーズ。

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1992年からおよそ三十年、出版社を跨いで続いている本格推理小説シリーズなのですが、事件の謎解きだけでなく、シリーズでは火村とアリスがそれぞれに抱えるトラウマが描かれています。

 

火村がフィールドワークと称し、わざわざ殺人現場に赴いてまで殺人犯を捕まえるのに固執しているのは、“自分も人を殺したいと思ったことがあるから”。それだけ聞かされても理由になってないだろって感じですが、どうやら過去に色々あったらしく、悪夢にうなされて飛び起きるなどしている。

 

アリスはアリスで、学生時代に好きな女子にラブレターを渡したその日の晩に、その女子が自殺未遂をしたという、絶妙に心をえぐられる出来事に直面している。この現実から逃避するために虚構の理路整然とした世界である推理小説執筆にのめり込むようになったってのが、作家を志した経緯なんですね。

 

今回は推理小説部分をさておいて、この二人のトラウマ部分だけに的を絞って紹介していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

●『46番目の密室』

 

長編。

シリーズ第一作目。初っ端なので、まずは読んでおかないとでご紹介。最初なので、火村がどういった人物なのかの説明が確りされています。その中での「何故殺人事件に向きあうのか」「罪人に対しての考え方」などの問答で、火村先生は過去何かしらあったのだな~感をただよわせております。

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●『ダリの繭』

 

長編。

長編としてはシリーズ第二作。ここで始めてアリスのトラウマについて描かれています。火村が“アレ”だから対比でアリスは能天気そうに見えますが、思いのほかエグいトラウマで最初に読んだ時は驚いた記憶。

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●『海のある奈良に死す』

 

長編。

火村先生の悪夢話が初お目見え。火村とアリスは大学入学からの仲なのですが、大学時代から火村は悪夢を見て飛び起きるってな行動を度々していたらしいことが明らかに。友人としてのアリスの心情が切ないですね。

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●『朱色の研究』

 

長編。

火村先生の悪夢の具体的な内容が明らかに。事件関係者で火村のゼミの生徒・貴島朱美が過去の体験から悪夢に悩まされているのを知り、火村の口から直接語られる。長年訊けずにいた事を思いがけず知ることが出来、アリスは朱美ちゃんに感謝しています。

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●『スイス時計の謎』

 

中編。

講談社から出している【国名シリーズ】の中の一冊で、四話収録されている中の表題作の一編。アリスの高校の同級生たちが登場するということで、アリスのトラウマ絡み話となっています。シリーズとはいえ、【国名シリーズ】はほとんどが短編集なので基本どこから読んでもOKなのですが、このお話は絶対に『ダリの繭』を読んでからにして欲しいところ。

様子がおかしいアリスを気遣う火村が新鮮ですね。(いつもは逆だから・・・)

ミステリとしても評価の高い作品です。

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●『菩提樹荘の殺人』

 

中編。

短編集の中に収録されている表題作の一編。ここではアリスが例の体験を受けて十七歳の時に始めて書いた小説が「菩提樹荘の殺人」というものだったことが明らかに。これは著者の有栖川さんが十六歳の時に雑誌に応募した「ぼだい樹荘殺人事件」たる作品に由来しているのだとか。

アリス自身のトラウマへの向き合い方もですが、アリスの火村への心情も語られる。これを読むと、「朱色の研究」で火村が朱美ちゃんに悪夢の内容を話したの、アリスは意外と根に持っていたんだな~と分る。

 

 

●『鍵の掛かった男』

 

長編。

「火村のことか!?」と、なるタイトルですが、まぁ違います。(有栖川作品は思わせぶりなタイトルのものが結構多い・・・)

謎めいた男の正体を追う物語なのですが、前半はアリスが一人で奮闘する珍しい長編。必然的に、身近にいる謎の男・火村英生にも想いを馳せるよと。

トラウマについて具体的なことが語られる、関わる訳ではないのですが、『菩提樹荘の殺人』から次の『狩人の悪夢』に行く前のアリスの心情の段階として読んでおいた方が良い長編なんじゃないかと思います。

 

 

●『狩人の悪夢』

 

長編。

またも「火村のことか!?」な、タイトルですが違う・・・ようで、違わないとも言える。とにかくシリーズファンには絶対に読んで欲しい作品。終盤の“あるシーン”が長年読んできたファンとしては感涙もの。アリスみたいな友人は生涯大事にしないとダメだよッ!って、なる・・・。

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コンビとして友人として

2023年2月現在まではトラウマについて特に触れている作品はこんなものでしょうかね。

もちろん他の作品でも多少は触れていますし、火村のちょっとした狂気が垣間見えるものもあるので、ファンとしてはやはり全作読んで欲しいところではありますが。

 

【作家アリスシリーズ】はサザエさん時空設定で火村とアリスは永遠の34歳ではありますが、キャラクターは経験と共に変化して成長していくシリーズとなっています。

そのため、今では二人とも精神年齢は成熟しているというか、とても大人ですね。火村先生も作品を重ねるごとにどんどん紳士的になっている印象を受ける。

 

個人的な印象としては、角川から刊行されている長編はシリーズ的に重要度が高いものばかりなので必須だなってことと、短編集で見落とされがちかも知れませんが、菩提樹荘の殺人』はシリーズの一つの転換期になっているので重要。アリスが自身のトラウマと折り合いをつけ、火村に対する姿勢が大きく変わるきっかけになっている物語ですので。

その後の『鍵の掛かった男』『狩人の悪夢』での今までとは一味違う「結構グイグイ切り込むね」感は『菩提樹荘の殺人』での“吹っ切れ”があってこそのものなのだろうと思います。

 

 

推理小説のシリーズでミステリ部分がメインなのですが、このシリーズは「友人関係」を描くのが主題としてあるのだと思います。

よくある仕事での必然性とか、同居しているといった推理小説でのコンビではなく、「必要もないのにわざわざ会う」という、友人だからこその親しさや距離感。二人のコミカルなやり取りを見ていると、「楽しいから会っているんだなぁ」と伝わってくる。

探偵と助手の前に、友人なんですよね。

 

だから、アリスが火村の秘めている過去について何処まで踏み込もうかと悩んで一人四苦八苦するのも、関係を破綻させたくない、火村と友人でい続けたいという想いがあるからこそのもの。

社会人になると、友人関係の持続には双方の「会おうとする気持ち」が不可欠ですからねぇ・・・。下手につついて相手に避けられたらあっという間に没交渉なんで、それが嫌で神経使っていると。

もちろん、火村自身を心配する気持ちは大前提としてあるでしょうが。

 

火村の過去・トラウマは気になるところではありますが、ミステリとして、こういった主題を描くためのスパイス的要素という部分が大きいのだと思います。

なので、火村先生の過去について躍起になって考察するよりも、トラウマを通して二人の友人関係の変化を愉しむのが良いのかなと。なんせ、著者の有栖川さん自身も火村の過去はまだ知らないみたいですし・・・(^_^;)。

 

ミステリだけではない、【作家アリスシリーズ】の深みを味わって欲しいなと思います。

 

 

ではではまた~

 

 

 

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