夜ふかし閑談

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『霧越邸殺人事件』館シリーズのスピンオフ?綾辻行人ノンシリーズの名作!

こんばんは、紫栞です。

今回は、綾辻行人さんの『霧越邸殺人事件』(きりごえていさつじんじけん)をご紹介。

霧越邸殺人事件<完全改訂版>(上) (角川文庫)

 

あらすじ

一九八六年十一月。ちょっとした慰安旅行で信州の温泉地にやって来ていた劇団『暗色天幕』(あんしょくてんと)の劇団員たち八名は、帰りの山中で急な猛吹雪に遭遇し、命からがら巨大な洋館「霧越邸」に駆け込んだ。

一人に一部屋ずつ客室をあてがわれ、暖かい食事も用意してもらってと申し分のない対応で迎えられたが、館の住人たちは皆極端に無愛想で、何か隠している様子。物が勝手に動いたり壊れたりと、不可思議な現象が起きたりと、美しいがどこか異様な邸に皆は困惑する。

 

遂には、謎めいた殺人事件が発生。雪で外界から閉ざされた邸の中で、ひとり、またひとりと犠牲者が増える中、『暗色天幕』主宰の演出家・槍中は”探偵役“として連続殺人の犯人を突き止めようと奔走するが――。

 

 

 

 

 

 

ノンシリーズの代表作

『霧越邸殺人事件』は1990年刊行の長編小説。「霧越」は「きりごえ」と読ませる。邸の近くにある湖の水温が高いため、霧が立ちこめるからこの名称で呼ばれているという設定。霧の中そびえる洋館というのが如何にも幻想的。

初期からの館シリーズ

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後期の『Another』

 

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などで有名な綾辻さんですが、この『霧越邸殺人事件』も綾辻さんの代表作の一つで非常に評価が高い作品。

綾辻さんはシリーズものが多いので評判を耳にしても読むには気合いが必要だなんてこともあるかと思いますけど、この『霧越邸殺人事件』はノンシリーズものの単発作品なのでとっかかりやすいかと。

 

今更ですが、館シリーズ】のスピンオフ作品だと聞いて読んでみました。とはいえ、共通しているのは特徴的な建物の中での殺人事件ものという点だけで、【館シリーズ】との具体的な繋がりは特にないですね。序文に「――もう一人の中村青司氏に捧ぐ――」と書いてありますが、ま、それだけ。なので、【館シリーズ】を読んだ事なくても全然問題なしで愉しめます。

 

 

 

 

 

旧版と完全改訂版

もともと新潮社から刊行された本ですが、

 

 

2014年に角川から〈完全改訂版〉が上下巻で刊行されています。

 

私は分冊が嫌いなので一冊で読める旧版の新潮文庫で読んでしまったのですが、〈完全改訂〉されているなら角川版を買ったほうが良いですかね。(私は装丁が変わっただけかと思っていたので新潮文庫を買ってしまった^_^;)

 

新潮版の方の『霧越邸』図面のカバー装画は作家で綾辻さんの奥様である小野不由美さんによるもの。

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小野さんのお父さんは設計事務所を経営していたらしく、図面や建物に造詣が深いのだとか。

また、小野さんは“『霧越邸』という異形の夢の種子を僕の心に植えつけ、やがて多くの力を貸してくれた”とのこと。執筆に小野さんの協力があったとうのは『十角館』でもあとがきで書かれていましたね。

 

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角川版の装画は綾辻行人作品の文庫ではお馴染みの遠田志帆さん。あえてなのか、構図が『Another』と共通したものになっている。いずれもインパクトのある美しい絵で目を惹きますね。

 

気になるのは旧版と〈完全改訂版〉の“中身”の違いですが、内容を変えるような大幅加筆はないものの、リーダビリティを向上させているらしい。

確かに、旧版は30年以上前に書かれた初期の作品だからか、ちょっと読みにいところや無駄なんじゃないかという箇所があるので、そこら辺が直されているんですかね。私はそういうところも怪奇幻想感が強まっていて良いと思うのですが。ホントのところは実際に読み比べてみないと分らないですけども。

 

 

実は、1993年に火曜サスペンス劇場「湖畔の館殺人事件」というタイトルで実写ドラマ化されているらしい。綾辻さん自身も原作使用料を貰っていいのかと疑問に思うほど原形を留めていないドラマ化だったみたいですが。

三十年ほどの単発二時間ドラマなので、調べても詳しいことは今となってはよく分らないのですけども。誰かドラマ化の再チャレンジしてくれないですかねぇ・・・。

 

 

 

 

 

序盤を乗り越えて

今作は吹雪の山荘もので王道のクローズド・サークル。文庫だと700ページほどあって結構な大作で読みごたえあり。

目次の時点で四人殺害されるのが分るんですけど、第一の殺人が起きるまでに170ページぐらい費やしているので序盤が長く感じる。

また、登場人物の名前がいずれも読みにくいものばかりでへこたれそうになりますが、ま、大丈夫です。事件が起こってからはスイスイ読めますし大変面白いです。この読みにくい名前にもちゃんと意味があるのですよ。

なので、序盤でページをめくる手が止まりそうになっても、是非耐えて欲しいところ。

 

 

殺人事件が発生するまでが長いのは「霧越邸」の描写に力が入っているためですね。恐ろしくも美しい邸についての語りや美術品への思想の話は読んでいてクドく感じますが、ここでの描写が後半の展開への説得力をもたらしている。

 

それにしても、劇団員たち八名と先に遭難して駆け込んできていた地元のお医者さん一人、総勢九人が個人のお屋敷になだれ込むというのはさすがに人数が多いなと。

この大人数に押しかけられるという非常識な事態にも拘わらず、一人一人に綺麗な客室あてがってくれて、美味しい食事振る舞ってくれるとか・・・いくらお金持ちとはいえ太っ腹ですねぇ。

 

ここまでしてもらっていながら、劇団員たちは住人たちが無愛想だとか文句タラタラ言うし、言われたこと守らずに館の中探検したり徹夜したりで若干イライラする。「珈琲が良いです」とか、ホテルじゃないんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

“本格・怪奇・幻想”の殺人小説

「霧越邸」では超自然的現象が起こる。

これはもうそのままそういう前提の物語となっていまして、人為的なものではない。じゃあミステリのジャンルとしては特殊設定ものなのかというとそこまでのものではなく、殺人事件は間違いなく人間が起しているもので、ちゃんと自然法則に則ってのもの。

 

綾辻さんは怪奇幻想やホラーも書く作家なのでジャンルの見極めが最後まで読まないと解りかねるのですが、この物語では怪異部分は被害者や犯行を事前に示唆する、暗示するといったもので、『Another』のように直接的なものではない。

 

事件の真相解明は“通常の”論理的思考で到達出来るように書かれている本格推理なので考える必要はないっちゃないのですが、怪異的な示唆・暗示を読み解くことでも解答にたどり着けるよ~といったボーナス的要素にとどまっています。

〈完全改訂版〉での綾辻さんのあとがきでは、『霧越邸殺人事件』は本格ミステリが7、怪奇幻想が3って割合だと書いているようで。確かになといった感じ。因みに、『Another』だとこの割合が逆だと。これも確かに。

 

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この手のクローズド・サークルものではオキマリの密室殺人はなく、あるのはアリバイトリックと見立て殺人。しかし、これは発想としてはありふれたもので比較的解明は容易。

メインは動機の解明で、終盤の展開に驚かされる。この「動機」に「霧越邸」の魅惑が不可欠なんですよね。「霧越邸」だからこそ起こってしまった事件。

 

 

怪奇幻想部分で本格ミステリとしては賛否が分かれますかね。

個人的に、怪異での示唆や暗示について語り手の鈴堂や槍中がえらく真面目に考えこむのには「殺人事件が起こっているのだからもっと現実的なことに集中しなよ」とは思ってしまった。

そんな具合に怪異を信じているくせに、怪異が示してくれた次の犠牲者をやすやすと死なせているのも「もうちょっと気をつけられただろうに・・・」とモヤモヤ。ま、館での連続殺人ものだとしょうがないか・・・。

 

「動機」部分に関しては、人形美というか、無機質で不変の美が絡んでいる。それはいいんですけど、だったら第三の事件はもっとこだわりの装飾をしたかったんじゃないのか?この犯人は。と、少し違和感も。

 

“謎の人物”の登場は興奮しましたが、もっと早くに出て欲しかったですね。

 

 

 

こんな感じで人物の行動にイライラしたりモヤモヤしたりはあるんですけど、終盤の謎解きのたたみかけはとにかくお見事でとても面白いです。

 

この間、知念実希人さんの本格ミステリ愛、特に綾辻行人へのリスペクトが盛込まれた『硝子の塔の殺人』

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を読んだばかりなんですけど、この『霧越邸殺人事件』にも影響を受けての作品だったんだなと思いましたね。こうやって気がつくのもまた一興。

 

 

『霧越邸殺人事件』は本格ミステリ、怪奇幻想、ホラー、サスペンス・・・諸々の要素が絶妙なバランスで合わさった非常に完成度の高い作品です。

シリーズものしか知らない人、今まで綾辻さんの作品を読んだことがない人にも読んでいて欲しい作品ですので、気になった方は是非。

 

 

ではではまた~