こんばんは、紫栞です。
今回は、真保裕一さんの『おまえの罪を自白しろ』について感想を少し。
あらすじ
県の公共事業を巡るスキャンダルの渦中にある衆議院議員・宇田清治郎の孫娘が誘拐された。
犯人からの要求は「記者会見を開き、政治家として犯してきたおまえの罪をすべて自白しろ」という前代未聞のもの。
金の要求は一切ないため、受け渡しなどで犯人を捕まえるチャンスも探る手立てもない。孫娘を助けるためには会見を開くしかないのだが、それは宇田清治郎の政治家生命が絶たれることを意味し、果てはもっと大きな混乱を招く危険性も・・・・・・。
総理官邸、警察組織、宇田一族・・・様々な思惑が入り乱れ駆け引きが行なわれるなか、新米秘書で清治郎の次男である晄司は幼い姪を救うべく奔走する。
リアリティ政争小説
『おまえの罪を自白しろ』は2019年に刊行された長編小説。2023年10月に中島健人さん主演で映画公開予定です。
作者の真保裕一さんは映画化された『ホワイトアウト』や『アマルフィ』などで有名なんじゃないかと思います。
『アマルフィ』は映画の脚本が先にあって、原案を元に小説にしたので映画とは別物らしいですけど。
元アニメーターで、劇場版ドラえもんなどの脚本も担当してきたとのこと。私は真保裕一さんの作品で知っていたのは『ホワイトアウト』ぐらいで読むのは今作が初めてだったので、経歴を調べて驚きました。小説作品は社会派サスペンスを多く書いているイメージを持っていたので。
今作は大物政治家の孫娘が誘拐され、「今までのすべての罪を自白しろ」と要求されて政治家一家が右往左往する物語。
“公共事業を巡るスキャンダル“のモデルとなっているのは、総理と縁のある人物に特別な便宜を図ったのではないかと数年前に散々騒がれ未だに有耶無耶になっている”あの”政界スキャンダル。
あからさまにモデルにしていて、スキャンダル内容も官邸の立ち振る舞いも総理の名前なども分りやすく作者に連想させるものになっています。実世界では近年このスキャンダルを薄れさせるような衝撃的な事件が諸々起きたのでアレですけども・・・。風刺や実際の政界への皮肉を感じさせる社会派な内容で、このモデルも相まって非常にリアリティを感じさせる政争小説となっています。
私は政治についてはまったく詳しくないし、正直興味もないといったけしからん日本国民なんですけど、そんな私でも政争をエンタメ的に愉しませてくれるものになっていて、政治ものに苦手意識がある人でも読みやすい作品だと思います。
刑事の平尾の視点も多少あるものの、語り手はほぼ宇田晄司。
政治家一族の一員であるものの、晄司は政治家の父親に反発心を抱いて長年距離をとっていたので秘書になったのはつい最近。まだ政界に染まりきっていないため、(最初のうちは)読者と比較的近い感覚で政界の駆け引きを目の当たりにして一喜一憂する。
誘拐を題材にした作品は多数ありますが、政治家秘書が語り手というのは珍しいですね。通常の家族とは違う政治家一族ならではのやり取りも多く描かれているので、政治家一族を描いた「家族小説」ともなっている作品です。
誘拐サスペンス?
しかし、「誘拐サスペンス」「タイムリミットサスペンス」との謳い文句に釣られて読んだものの、実際は政界での駆け引きがほとんどの「政争小説」だったので、個人的には「思っていたのと違うな・・・」という感想だったのが正直なところ。
金銭の受け渡しがなく、「罪を自白しろ」という曖昧な要求のみなので犯人側のリスクが少ないというのがこの誘拐事件の特徴で”前代未聞“とされているのですが、犯人側・誘拐された孫娘の描写が皆無なので緊迫感がさほどない。
時間的余裕も結構あるし、孫娘が持病を持っている訳でもないし、電話などで犯人と緊迫したやり取りもしないし。
さほど不安が煽られることもなく、「最終的には無事解放されるだろう」と思ってしまうのですよね。冒頭のプロローグこそ不穏ではあるんですけど、読んでいるとストーリー的に必然性がないから殺害はないだろうなって。
文庫版に収録されている新保博久さんの解説によると、作者の真保裕一さんはこの誘拐事件のアイディアが「あまりにも素晴らしいアイディア(笑)」と自信があったようですが、正直、動画配信などで「罪の告白をしろ」と脅迫する展開は近年の創作物で多くみられるもので新鮮味はあまりない。今放送中のドラマでもやっているし・・・。
メッセージを送るだけで何もしないという犯行のため、本来誘拐サスペンスで描かれるような犯人との対決がないぶん、政界と家族とのやり取りに終始している。
誘拐された孫娘・柚葉を助けるため~と、言っているものの、作中では宇田家の政界での立ち振る舞い、政治家一族としての「家」の存続のために奔走しているところがほとんどなんですよね。
政治家一族としては「家」を守るのが大事なのは分りますが、政治家一族に馴染みのない人間には感情移入するのがちょっと難しい。
どうしても保身のために奔走しているように感じてしまって「なんだかなぁ・・・」となってしまう。いや、立場的にそう単純に行動出来ないのは分るんですけどね。
気になるのは柚葉の安否で、ぶっちゃけ、宇田家がどうなろうと別に・・・なので。だって、宇田清治郎のスキャンダルは事実なんですもの。
やっぱり事件の接し方は刑事の平尾の方が感情移入出来る。
それと、犯人から要求されている“罪の自白”についても最初からもうどういったものか分っているので、「一体どんな秘密が!?」と判明する過程を楽しむワクワク感もない。
「政争」に集点を絞るためにあえて一般的なサスペンス要素を省いているのでしょうが、設定や謳い文句から「誘拐ノンストップサスペンス」を期待して読むと肩透かしを食らうかなと。
以下、若干のネタバレ~
成長物語
読み終わると分るのは、今作は主人公の晄司がこの誘拐事件をきっかけに政治家としての才能を開花させる物語なんだということ。
序盤は新米秘書でいかにも頼りなく、「これだから政治は嫌なんだよ」と心中でぼやくだけだったのが、終盤では家族の誰よりも頭が切れ、刑事も総理までもが一目置く存在へと成長する。ホント、最初と最後ではまるで別人なんですよ。
急激な変化のはずですが、書き方が巧みなのか無理を感じないのには感服。誘拐事件の只中だからこそ才能を開花させていく様子はある意味痛快ですね。
そんな訳で、成長してキレキレの晄司が警察以上の推理力でもって犯人の正体や動機やらを解き明かすのですが、これはちょっと無理がありましたね。限定的な考えに至りすぎだと思う。
政治一色の物語だったのに、犯人も犯行動機も政治とはまったく関係ないのは残念。
読者が犯人の正体に気づけるような記述が一切ないので、終盤でいきなりポンと犯人が登場して、主人公がミステリの探偵役ばりにズバズバ真相を言い当てる展開をされても「凄い!」と、感心は出来ませんて。
犯行動機にしても、これで誘拐事件を起すのはリスキーだと思う。もっと簡単で直球な方法“移す”を選んだ方が絶対良いですよ。現に最終的にはその行動をしていたし。確実性もないのにデカイ賭けに出過ぎだろう。政治と無関係の一般人なのに。
ここまで政争小説として描くならとことん政治絡みで統一すれば良いのにと個人的には思いましたね。
作中で意見の一つとして出て来る推論の方が何やら魅力的。作中では「陰謀論」で片付けられちゃっていましたけど。都市伝説的でワクワクするのに・・・リアリティがなくなってしまうからダメなんですかね?
成長物語ですが、優秀な政治家というのはただただ清廉潔白な身ではいられない。見方を変えれば晄司はずる賢く、打算や保身に長けた人物に変わってしまったともとれる。単純にハッピーエンドだとは受けとれないラストになっています。
善良な部分もあればそうでない部分もあり、綺麗に右と左で分けることは出来ない。これが政治のリアルなのだと知らしめられる作品ですね。
リアリティのある政争小説に興味のある方は是非。
ではではまた~