こんばんは、紫栞です。
今回は、倉井眉介さんの『怪物の木こり』をご紹介。
あらすじ
善人の仮面をかぶりながら嘘を駆使して大金を稼ぎ、邪魔な人間を日常的に殺害することで成功を収めてきた弁護士・二宮彰はある日、仕事帰りにマンションの地下駐車場で怪物のマスクをかぶった男に「お前ら怪物は死ぬべきだからだ」と告げられ、手斧で襲撃された。
頭部に損傷を受けつつも一命を取り留めた二宮は「怪物マスク」を捜し出し、必ずこの手で殺してやると誓う。
その頃、世間では殺害後に頭を開いて脳を持ち去る「脳泥棒」による事件が連続して発生していた。
刑事達が捜査を進めると、二十六年前に起こった日本の歴史上最低最悪と称される「東間事件」が関係していることが明らかになるが――。
“サイコパス”の闘い物語
『怪物の木こり』は第17回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作で、2019年に刊行された長編小説。倉井眉介さんのデビュー作です。
何やら今作が映画化されるという噂があるみたいですね。確かに「このミス大賞」は近年、映像化に積極的なプロモーションをしているのでありそうな話ではある。
あと、俳優の浜辺美波さんがバラエティ番組で好きな本として紹介していたとかでちょっと話題になっていたのだそうな。
映像化されるっていう「このミス大賞」受賞作は今まで読んできたので、
今回もまた気になって読んでみました。
この物語は日常的に人殺しをしているサイコパス弁護士・二宮彰が主役で、襲われて頭に怪我を負ってからの数日間が描かれています。二宮と刑事の戸城風子の語り、各章の終わりに〈幕間〉で「怪物の木こり」という絵本の文が挿入されるという構成。
二宮サイドと刑事サイド、それぞれで犯人を追う姿をみせるというものですが、両サイドの“日数経過”と、絵本の「怪物の木こり」の内容が重要な意味を持つ。
二宮サイドでの主な登場人物は、二宮と同じくサイコパスで唯一の気の合う友達で医者という、ストーリー上非常に都合の良い設定の杉谷九郎と、二宮が顧問を務めている不動産会社社長の娘で、利害関係の一致からお互いに形だけの交際をしている女優志望の荷見映美。
刑事サイドは風子の他に、ベテランの乾、プロファイリングチームのリーダー・栗田など。
二宮はマスクをかぶった男に突如襲撃されるのですが、この「怪物マスク」の男ってのが世間を騒がせている「脳泥棒」という連続殺人犯。だけども、二宮は警察に襲われた際の詳細を「覚えてない」と話さず、単純な強盗による犯行に見せかける。
こんな目に遭わせた犯人に怒りが沸き、自分の手で直接殺したい!と、奮起して独自に犯人を追う訳でして、サイコパス弁護士と猟奇連続殺人犯との対決が描かれる。
作中では絵本をもとにした「怪物の木こり」というティルム・バートン監督が撮った映画があって、犯人はその映画に登場するマスクをかぶっているという設定。
“ティルム・バートン”ですよ。ティム・バートンじゃないですからね!これは完全に架空の映画ですので勘違いしないように。ティム・バートンが如何にも撮りそうな内容とタイトルなのでちょっと本気にしちゃいますよね(^_^;)。
殺人常習者が主役という設定など、シリアルキラーの警察官が活躍する海外ドラマの「デクスター」を観たことがきっかけとなっているらしいです。納得ですね。
サイコパス同士の対決というだけでもエンタメ的に面白そうでそそられますが、今作はそれだけでなく、二宮の変化・突拍子のない設定・ミステリとしての仕掛けと、良い意味で予想を裏切ってくれる作品。テンポも良いのであっという間読めます。
“サイコパス”は様々な作品で題材に選ばれていますが、
トンデモ設定により、これらの作品とはまた違う視点で「サイコパスとは?」が描かれている物語となっています。
以下、ストーリー中盤までのネタバレ含みます
人から怪物に
主人公の二宮彰ですが、サイコパスなのは分るんですけど、それにしても日常的に、かなり軽はずみに殺人を犯している。遺体の捨て場所に最適な物件を持っているとのことですが、簡単に殺りすぎで冒頭から驚かされます。「なんか、尾行しているヤツがいたから、とりあえず殺しとこう」なんですもん。
近年の映画・ドラマ・漫画では特に多いですが、個人的に、ミステリでサイコパスという単語を連呼されるのは好きじゃないんですよ。犯人の行動原理を「サイコパスだから」の一言で片づけられるのが手抜きだと思ってしまうのですよね。
もちろん、どんなにイカレテいようが整合性があるなら良いんですけど。
サイコパスとは他者への共感性・恐怖心・罪悪感が欠如した人格障害者のことですけど、連続殺人犯にサイコパスが多いってだけで、“サイコパス=人殺し”じゃないし、人殺しはどう考えても日常生活の継続を願う上でリスクが高いのだから、いくら罪悪感がなくっても賢ければそんなバカバカ殺したりしないでしょう。諸々面倒でしょうしね。
快楽目的でやっているのだというなら分りますが、二宮の場合は単に邪魔な人、そうなりそうな人をその都度深く考えずに殺害してですからね。弁護士のわりに、頭が悪そうな方法をとっているなと。本当に賢いなら、もっとリスクの少ない方法を選ぶはず。これ、貴志祐介さんの『悪の教典』を読んだ時も思いましたけど。
はて、そんな二宮ですが、物語冒頭で頭に怪我をして以降様子が変わっていく。恐怖や驚きや感動、今までなかったはずの人間らしい感情が芽生えだすのです。
実は、二宮は人工的に“つくられた”サイコパス。「人をサイコパスにする実験」を行なって多くの子供を殺害したとされる27年前の「東間事件」の被害者で、二宮は幼少の頃にその犯人によって人体実験され、脳味噌にチップを埋め込まれていた。
この度の襲撃で頭に損傷を負ったことでそのチップが壊れ、本来の脳機能が戻ったという訳です。
怪物から人に
「脳チップ」とはまた突拍子もないものを出してきたなという感じですが、このトンデモ設定が物語に上手く作用している。「サイコパスから通常の人間になる」という特殊設定が、ただの犯人捜しをするサスペンススリラーというだけではない、人間そのものを問う物語にしているのですね。
二宮は自分の頭にチップが埋め込まれていたなどまったく知らずに生きてきたので、当然ながらサイコパスの自分を本来のものだと思っていた。しかし、それが勝手に変えられたものだと知り、戸惑う。
当然ですね。今までの自分が丸々否定される訳ですから。
感情は欠如していたのではなく、押さえつけられていただけ。奪われていたものが戻ってきて、さて、二宮はどうするのか。
読んでいて、浦沢直樹さんの漫画作品『MONSTER』のグリマーさんを思い出しましたね。作中に出て来る絵本「怪物の木こり」は、『オズの魔法使い』の「ブリキの木こり」を元ネタにしているようですが、『MONSTER』に出て来る絵本に文章と雰囲気がよく似ているので、『MONSTER』も参考にしたのではないかなと。
事情を知っている友達の杉谷と、事情を知らないながらもその慧眼で色々と見抜いてくる映美、二人との二宮のやり取りが面白かったです。映美の歌を聴いて感情があふれ出すというのが良かった。
弁護士という設定が活かされていないのと、刑事さんたちの影が薄いのが少し残念ですかね。特に風子は発言が考えなしで発想も単純すぎて「見学に来ている学生か?」って感じだった。
あと、著者の書き癖なのでしょうが、「~とは、な」「~だが、な」という言い回しが多用されていて、皆同じ口調で話しているのが不自然で引っ掛かりましたね。大賞を受賞したものの、文章が拙いということで単行本、文庫とかなりの加筆修正があったらしいですが、担当さんはこれを何故指摘しなかったのかと思う。
作者の倉井眉介さんは、機会があれば『怪物の木こり』の続編を書きたいとのこと。二宮彰の今後もですが、ラストに犯人によって忠告されたことの意味と結果も気になりますし、続編が出たら是非読みたいと思います。
ではではまた~