夜ふかし閑談

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『殺戮の狂詩曲(ラプソディ)』御子柴シリーズ6作目!読む人を選ぶ?”アノ”事件がモデル

こんばんは、紫栞です。

今回は、中山七里さんの『殺戮の狂詩曲(ラプソディ)』について感想を少し。

殺戮の狂詩曲

 

あらすじ

高級老人ホームで入居者九人が惨殺される事件が発生。犯人として逮捕されたのは施設に勤めていた介護士。殺害された人数、計画的な犯行、差別的思想による犯行動機・・・事件は複数の意味で世間を震撼させた。

この「令和最初で最悪の事件」の弁護に名乗り出たのは、十四歳の時に幼女を殺害した元〈死体配達人〉の悪辣弁護士・御子柴礼司。

死刑判決は確実、どう考えても勝算のない事件の弁護を請け負うことにした御子柴の企みとは——?

 

 

 

 

 

 

御子柴シリーズ6作目

こちら、2023年3月に刊行された長編小説で、殺人犯という異例の経歴を持つ弁護士が活躍するリーガル・ミステリ【御子柴礼司シリーズ】の第6弾です。

 

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前の5作で親族、恩師、自分のところの事務員と、身の回りの人々が被疑者になることでシリーズが続いてきていました。「なんでそんな皆が皆容疑者になっていくんだよ!」なシリーズ展開で、先回で「もう身内ネタはやり尽くしたぞ。次はどうするんだ」と要らぬ心配をしていたのですが、

 

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そんな一読者の心配をよそに、ちゃんと6作目の長編が刊行されました。

私のような読者の思考を察知してか、作中で“今回の被疑者は絶対に御子柴礼司の関係者ではない”と念押しされています。

 

さて、では負けるのが確実であり、報酬が見込めない、バッシングされて他の仕事も失いかねない、“何の得もなくリスクのみの弁護”に、わざわざ名乗り出た御子柴の真意はいかに!ってのが、今作のメインの謎になっています。

この「御子柴が何故弁護に名乗り出たのか」が物語の謎として最後まで引っ張る構成は、シリーズ2作目の『追憶の夜想曲(ついおくのノクターン)的ですね。

 

『追憶の夜想曲』はリーガル・ミステリとして法廷対決やミステリとしての仕掛けが盛込まれたものでしたが、今作は「御子柴が何故弁護に名乗り出たのか」の謎により主軸を絞った物語になっています。

 

 

 

 

“モロ”なモデル

上記したあらすじから丸分かりかと思いますが、今作は2016年に起こった「相模原障害者施設殺傷事件」がモデル。読み始めてすぐに「うわ、これはあの事件だな」と、分って嫌な気分になりましたね。

 

被害者人数など実際の事件の方がもっと酷いものでしたが、夜間に侵入して結束バンドで職員らを拘束、柳刃包丁を複数本用いて入居者を次々と刺していった犯行方法、優生思想による倫理観の欠如した犯行動機、事件後の被害者実名報道についての論争などなど、“そのまんま”でかなり“モロ”。

 

中山七里さんは実際に起こった事件を題材にすることが多い作家さんで、そもそもこのシリーズの主人公である御子柴礼司のキャラクター設定も実際にあった出来事をモデルにしたものですが、

 

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「相模原障害者施設殺傷事件」はセンシティブもセンシティブな事件で、世間一般での記憶もまだまだ新しいので、さほどアレンジも加えずにそのまま小説の題材にしてしまうのは「だ、大丈夫か、これ」と妙に心配になりました。人によってはちょっと引いてしまうと思いますね。

 

 

 

 

 

シンプルなようなクドいような

そんなセンシティブな事件をモデルにしているだけでなく、この物語では最初の章で犯人・忍野忠泰の視点によって9人を殺害する様がおよそ70ページにわたって執拗に描かれています。

モデルが分って暗澹となるのと、気分の悪くなる描写が続くのでウンザリするのはもちろんですが、シリーズファンとしては主人公の御子柴が登場するまでが長いのがなんとも難点。やっぱりこのシリーズの魅力は御子柴のキャラクター性に支えられているものですからね。

今作は250ページほどなので、70ページとなるとおよそ全体の4分の1。そう考えると殺戮部分にページを割きすぎだという気がどうしてもしてしまうところ。

 

やっとのことで御子柴先生が出てくるものの、「どうしてこんな事件に名乗り出たんだ」と、弁護士会の大物である谷崎先生、ヤクザの山崎、自分のところの事務員である洋子と、順番に同じような内容で追求され、それが終わると今度は被害者遺族の家を一軒ずつ順繰りに訪問して嫌悪されながらも話を訊きに行くのが延々続けられる(話の都合でしょうがないのでしょうが、毎度よく怒りながらも話してくれるなと思う)

で、裁判が始まったら被害者参加制度でこの話を訊きに行った人々が一人ずつ法廷で「被告人を絶対に許すことは出来ない」と意見を述べる。

 

被害家族は9家族。9回同じ意見が御子柴の訪問時と法廷とで繰り返されるので、ここでもまたウンザリしてしまう。どの家族も代わり映えのしない意見なのと、劇的な展開もないので単調なんですね。

 

そんなこんなしていたら、残りページ数は10ページちょっとしかないぞ!という状態に。「おいおい、ちゃんとミステリとしてオチがつくのか」と心配になりますが、ま、ちゃんとつきます。毎度のどんでん返しもちゃんと行なわれます。

凄いですね。10ページちょいでどうにかなるんですよ!変な具合に感心しました。

 

 

しかしながら、やはり決着部分の描写は薄すぎる。最後の10ページほどでやっと御子柴が一手を売ってですからね。事件に関してのどんでん返しネタも衝撃度はあまりないですし。そんなに心境をコロコロ変化させられるものなのかとも思う。

 

事件の真相は実は前フリ、本当のどんでん返しは最後のエピローグでなされるのがこのシリーズの特徴で、今作もエピローグで御子柴の真意が明らかにされてスパッと終わります。

 

淡々と執拗に犯人への糾弾が描かれていたのはこの“御子柴の真の企み”のためだったのだというのは分るのですが、もうちょっと“唸らせる展開”というのが欲しかったですね。リーガルものとして専門的な部分は詳細に描かれていますが、検察側との法廷対決もほぼなくってワクワク出来なかった。

 

正直、物語構成もミステリとしても良い仕上がりになっているとは言い難い。長編よりも中編とかでコンパクトにしたまとめた方が良かったのではないかと思います。この事件をモデルにする必要も感じられない。

リーガル・ミステリよりも「相模原障害者施設殺傷事件」を作者なりに描いてみたいというのがあったのかなとも思いますが。

 

 

でも、シリーズで一貫して描かれている「贖罪」のテーマは今作でもぶれずに貫かれていて、別切り口で描かれているのは新鮮です。やはりシリーズファンとしては今回も外せない作品ではあります。

 

内容的にシリーズ未読の人にはちょっとオススメ出来ないものになっていますが、シリーズファンは今作も是非。

 

 

ではではまた~