夜ふかし閑談

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『ローズマリーのあまき香り』感想 これぞ御手洗シリーズ!待望の本格長編!

こんばんは、紫栞です。

今回は、島田荘司さんのローズマリーのあまき香り』の紹介と感想を少し。

ローズマリーのあまき香り

 

あらすじ

一九七七年十月十一日、ニューヨーク・マンハッタン。ウォールフェラー・センター五十階にあるバレエシアターで、戯曲のバレエ「スカボロゥの祭り」の最終公演中に主役のフランチェスカ・クレスパンが撲殺される事件が発生。

「スカボロゥの祭り」は四幕もので、クレスパンは二幕と三幕との間、三十分の休憩の間に殺されたのは間違いないという。しかし、現場となったクレスパン専用の控え室は地上五十階の完全な密室で凶器も見つからない。

それどころか、三幕以降も舞台は続き、クレスパンが最後まで踊りきったのを舞台関係者も観客も確りと観ていたという。

 

バレエ界の大スターであるフランチェスカ・クレスパンは、死んでも尚踊り続けた。

 

謎だらけの事件は様々な憶測を呼び、事件は神聖化されてクレスパンは文字通り伝説のバレリーナとなった。

時を経て、この“奇跡の謎”に御手洗潔が挑むこととなるが――。

 

 

 

 

 

 

 

御手洗シリーズ、久しぶりの本格長編

ローズマリーのあまき香り』は2023年4月に刊行された長編小説で、島田荘司さんの代名詞的シリーズ御手洗潔シリーズ】の新作です。

 

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2022年10月に刊行された森博嗣さんの『オメガ城の惨劇』と同じく、

 

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文芸雑誌「メフィスト」から会員制読書クラブメフィストリーダーズクラブ」となった“新生メフィスト”の立ち上げ最初の目玉連載の一つとして書かれた作品。

 

森博嗣さんに「犀川創平」の名前が出て来る長編、島田荘司さんに御手洗シリーズの長編・・・・・・ミステリ界隈の人々が否応なく惹きつけられてしまうこの強力なラインナップを初っ端の連載に持ってくるとは、“新生メフィスト”気合い入っているなといった感じ。

 

こちらのインタビューによると↓

ddnavi.com

連載の依頼が来た当初、島田さんは「本格ものを書いてくれ」と言われたものの、御手洗の親友で馬車道時代のワトソン役・石岡和己が主役のユーモア小説を構想して実際に書き始めていたらしい。

 

なんでも、

石岡君が住んでいる横浜の馬車道周辺が再開発地区になってしまい、立ち退きを要求されて仕方なく近くの高層マンションに引っ越すことになるんだけど、高所恐怖症のためベランダにも出られず、ウォークインクローゼットに閉じこもって仕事をするように。そのうち、不眠からアルコールに手を出して言動がおかしなことに・・・

ってな、ストーリー構想だったのだとか。

 

い、石岡くーん!!アルコールでおかしくなってしまうって・・・そ、そんな・・・!馬車道も・・・。時の流れは残酷というかなんというか。

ユーモア小説と島田さんは言っていますが、シリーズファンにとっては戸惑いと哀しみの物語ですね。

 

しかし、講談社の文芸部長さんから“新生メフィスト”への熱意と作品は世界配信するつもりだと聞かされ、「これは石岡君のアルコール依存症話じゃいかんぞ」となって“代表作レベルの新作”を書くことに変更したらしい。

 

こういう話聞くと、編集側の熱意って大事なんだなぁとつくづく思いますね。

 

おかげで、石岡君のアルコール依存症話ではなく、御手洗が謎を解いてくれる600ページ越えのバリバリの本格長編が書かれることになったと。

 

ま、戸惑いつつも「石岡君のアルコール依存症話」も気になるところですが。こちらもいつか書けたら書くとのことです。

 

 

 

 

シリーズとしては『鳥居の密室-世界にただひとりのサンタクロース-』

 

以来の新作となりますが、近年は御手洗シリーズといっても中編や短編だったり御手洗もオマケ程度に出て来るだけだったりするものが多かったので、このレベルの本格長編は久しぶり。

私は京極夏彦ファンでレンガ本慣れしているのでアレですが、常人ですと本のボリュームが見た目辞書なので、なかなか気後れしてしまいますかね。

 

 

後期の作品、特に『屋上の道化たち』(※文庫化の際に『屋上』に改題)やスピンオフですけど『犬坊美里の冒険』

 

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などは登場人物達も事件内容もトンチンカンで正直かなりガッカリさせられましたし、読んでいてイライラしっぱなしだったので、今回単行本で買うのを結構躊躇してしまったのですけど、作者自身が“代表作レベルの新作”との思いで書かれたとあって、さすがに今作はそんなトンチンカンな作品にはなっていなくて安心しました。

 

 

 

 

※以下、前半について少しネタバレ含みます~

 

 

 

 

 

 

 

 

事件が起こるのは1977年で、序盤は主にニューヨーク市警のダニエル・カールトンの視点で話が展開されていきます。途中、ユダヤ教の話やバレエ演目の元になっているファンタジックな作中作が挿入されて、時は20年後、迷宮入りして伝説化した事件の謎に御手洗が挑むというのが全体的な流れ。

 

この流れというか構成の仕方は、島田荘司作品の中期『水晶のピラミッド』『眩暈』『アトポス』

 

 

をシリーズファンに連想させますね。実際、作品の読み応えも中期の頃に引けをとらないもので読んでいて懐かしいといいますか、「そうそう!これぞ島田荘司作品だよね」と、なれる。

“死後も踊り続けたバレリーナという謎も、島田荘司作品全盛期のように魅力的な謎で良いなぁと。

ニューヨークのマンハッタンが舞台で、高層ビルで事件が起きるという設定は『摩天楼の怪人』を連想させますね。

 

 

御手洗が登場するのは本当に後半から。前半の300ページはまったく出て来ないのでヤキモキさせられるかもしれないですが、御手洗ものの長編だとこれはいつものパターンなので、ファンは慣れたものだろうと思う。むしろ、今回はまだ登場している割合が多いなと感じるのでは。

 

事件発生が1977年で、20年後に謎解きに挑む。つまり、1997年の御手洗が活躍する。

この頃の御手洗は北欧に移住し、大学で教鞭をとる生活を送っている。年齢はおよそ50歳くらいですかね。

 

北欧に移住してからの語り手でお馴染みのハインリッヒが今作でも登場。ハインリッヒが20年前のこの謎を持ち出して、御手洗に興味を持たせる流れですね。

 

読む前は勝手に石岡君とのコンビで読めるのかなと思っていたので、後半に入った時「あ、もう北欧移住しちゃっている時期か・・・」と少し残念な気持ちになってしまった。

ハインリッヒが嫌いな訳じゃないのですけど、ファン的にはやはり御手洗シリーズは石岡君がワトソン役をしているのが王道ですからね。北欧に移住してからの御手洗はすっかり真人間になっているので、馬車道時代のようにエキセントリックな言動もしてくれないし・・・。

 

ま、舞台がニューヨークだし、これはしょうがないですかね。石岡君は日本から出てくれんのだ。

 

作中で御手洗が「横浜に帰るかな・・・・・・」と言うシーンが「お?」と、なる。ハインリッヒはキヨシにとって心安まる場所はストックホルムじゃないのかとショックを受けていますが、御手洗が日本を離れたのは1994年でこの時まだ移住して3年ぐらいしか経っていないのだから、そりゃまだ日本への気持ちが残ってますって。

 

 

魅力的な謎と、一見無関係に見える様々なストーリーが結びついていく過程は見事で、後期のシリーズ作品の中では抜群に良い仕上がりになっていると思います。

 

殺されたバレリーナのクレスパンはユダヤアウシュヴィッツ収容所で生まれ育った設定ということで、昨今のウクライナ戦争、コロナウイルスを示唆する描写があるのも意欲的。少々陰謀論めいてはいましたが。作中で作者の島田さんの研究意見(?)が披露されるのは後期の作品ではよく見られますね。

 

女性が欲深く描かれるのも毎度お馴染み。

作者は、女性は長じれば皆そうなる生き物だと思っているのだろうか。たぶんそう決めつけていて、「これがリアルな女性像だ」と信じているのでしょうね。たまには同性に好かれるカッコイイ女性を書いてくれないものだろうか。と、ずっと思い続けているのですが・・・もう無理かな。

 

あと、犯人やトリックに唐突感があるのは否めないですね。個人的に、犯人はやはり物語の当初から関わっていて欲しいし、トリックに関してももうちょっとヒントが欲しい。ヨーゼフ・メンゲレで察してくれってことでしょうか。それにしても密室トリックの方がなぁ・・・。「アリス時間」は感服しましたけど。争いの元になった人物の描写や20年間の背景が全くないのも釈然としない点。

 

しかしながら、それらの不満を帳消しにしてくれるようなラストで読後感が良いですし、中期作品を思い出させるような“代表作レベルの新作”を久々に堪能出来て嬉しかったです。

 

 

シリーズファンはもちろん、本格長編ミステリを思う存分味わいたい方は是非。

 

 

 

ではではまた~