こんばんは、紫栞です。
今回は、米澤穂信さんの『冬期限定ボンボンショコラ事件』の感想を少し。
あらすじ
大学受験を控えた高校三年生の冬。小鳩常悟朗は、同級生で小市民を志す同志である小佐内ゆきと下校していたところを車にはねられた。
一時意識不明の重体となるも一命を取り留めた小鳩だったが、全身打撲と太腿骨折により、その年の大学受験は諦めざる終えない事となってしまう。
小鳩を轢いた車はそのまま逃げ去り、轢き逃げ事件として捜査されることとなった。手術後に警察から聴取を受けた後、深く眠り込んだ小鳩は、枕元に小佐内ゆきから「犯人をゆるさないから」というメッセージが残されていることに気づく。
小佐内さんは犯人捜しをしようとしているのか?三年前と同じように・・・。
中学三年生の時、小鳩常悟朗と小佐内ゆきはとある轢き逃げ事件を追う中で出逢い、そしてお互いにダメージを負った。
二人が小市民を志し、互恵関係を結ぶこととなったきっかけの苦々しい事件を、小鳩は病院のベッドの上で回想していく――。
シリーズ四部作完!
『冬期限定ボンボンショコラ事件』は、2024年4月に刊行された長編推理小説。米澤穂信さんの代表的青春ミステリシリーズの一つ、【小市民シリーズ】のシリーズ完結作です。
【小市民シリーズ】は2004年に一作目の『春期限定いちごタルト事件』、2006年に二作目の『夏期限定トロピカルパフェ事件』、2009年に『秋期限定栗きんとん事件』と、いった具合にタイトルに四季を冠していたため、このシリーズは四部作で次の「冬期」が完結作になるのだろうとシリーズファンはワクワクソワソワしておりました。
しかし、そんなファンの想いをよそに、このシリーズは2009年の『秋期限定栗きんとん事件』以降長年音沙汰無し状態に。
2020年、11年ぶりに四部作とは別のシリーズ短編集が刊行されて
「お!ようやくシリーズ再始動か?」と思いきや、また4年音沙汰無し。
この度、やっと、やっと、『冬期限定ボンボンショコラ事件』が発売されたと。
「秋」から15年かけての「冬」。書き下ろし長編で、400ページ越えとこのシリーズでは今までにない厚さ。
ファンとしてはどうしても期待が高まってしまうところでして。完結作ですし、妙にドキドキしながら読みましたよ。表紙絵は何やら不穏さが漂っていて、ハッピーに終わってくれるのか不安でハラハラもする。
三年前の事件と入院生活
上記のあらすじの通り、今作は小鳩君が轢き逃げに遭い、生死を彷徨うところからスタート。一緒に下校していた小佐内さんは小鳩君が咄嗟に突き飛ばしたおかげで無事でした。
この状況、まるでラブコメの“オイシイ展開”じゃないですかい!と、ちょっとニマニマしてしまうところですが、受験がおじゃんになり、完全に回復するのもどれぐらいかかるか分からないと、事態は深刻です。
小佐内さんは小佐内さんで、「良かった!」と泣きすがる訳でもなく、犯人捜しに燃えてしまいますしね。まあ、それでこそ小佐内さんだ・・・。
物語は今回も終始小鳩君視点で描かれています。見舞いに来た堂島健吾からとある人物の話を聞き、小佐内さんが犯人捜しをしようとしていると知って、三年前の轢き逃げ事件と今回の事件とに繋がりがあるのではと考え、入院生活を送りながら三年前の出来事を回想していくという構成になっています。
小鳩君は解きたがり、小佐内さんは復讐大好き。
お互いにこの癖の所為で中学三年時に痛い目に遭い、愚行を悔いて、高校からは出しゃばらずに慎ましい「小市民」であろうと努めてきた互恵関係の二人。
【小市民シリーズ】はそんな少し変わった関係性のコンビが、回避しなければならないはずの謎にいつも行き合ってしまうというミステリシリーズですが、作中で何度も言及があるものの、具体的に中学三年生の時に何があったのかは明かされていませんでした。
やはり、完結作である今作は三年前の“苦い事件”について描かれると。
三年前の事件は、同級生のバドミントン部エース・日坂君が車に轢き逃げされた事件。犯人捜しをするなかで二人は知り合い、互恵関係を結んで調査を始めるも、密室状態だった道路から犯人の車が消えたという謎に直面する。
状況的に、この度の轢き逃げ事件と共通する部分が多いこと、さらには健吾から「日坂君が自殺した」という噂話を聞かされた小鳩君は動揺し、慣れない入院生活を送りながら今まで避けていた三年前の事件を回想し、自身の過去に向きあう。
三年前の事件が興味深いのはもちろんですが、小鳩君の入院生活もかなり詳細に描かれていて読み応えがあります。作者の実体験なのではと思うぐらいのリアリティですね。いや、ひょっとしたらひょっとするのかもですが・・・。でもやはり取材の賜物?
ただ気になったのは、小鳩君の両親ですね。このシリーズでは小鳩君の両親についてはあえてなのか省かれて描かれてきたのですが、今回は流石に省かれすぎていて違和感がありました。
「両親が着替えを持ってきてくれた」という文が二三回出て来るだけで、看病も面倒も病院に丸投げ。手術直後もクリスマスも大晦日も見舞いに来ないとは何事。
卒業間近とはいえ、高校生の同居している息子が生きるか死ぬかの大怪我を負ったのに、あまりにも淡泊すぎる。
小鳩家には何か確執でもあるのかと終始気になって、物語に集中出来なかったですよ。
受験シーズンってことで、まともに見舞いに来てくれたのは健吾のみ。命懸けで助けた小佐内さんは犯人捜しに奮闘していて会えないし、クラス担任とクラスメイトは申し訳程度に顔出すだけで見舞いの品も持ってこないし・・・。
青春真っ只中のはずなのに、あまりに殺伐とした入院生活でいたたまれない。入院生活の描写にリアリティがあるぶん、読んでいて何やら辛くなってしまいました。
小佐内さんと健吾がいるだけ、まだマシなのかもしれないですけど・・・。前々から思っていましたけど、健吾は本当に良いヤツだなぁ。最終作でまた好感度が上がりましたよ。「友人じゃない」とか言って強がってないで大事にしなさいよ、小鳩君。
三年前の事件と入院生活が交互に描かれる構成により、推理小説としての仕掛けが効果的に成されています。米澤穂信作品らしい仕掛けですね。
個々の謎自体は、注意深く読めば解くことは容易な気も。終盤の対峙は盛り上がりますが、「人がいるところに駆け込めばよくない?」と、疑問に思いました。しかし、これも“あの人”の計算か・・・。
シリーズ開始から20年経っているので、携帯電話事情の変化などどうするのかと思っていたのですが、事故の際に携帯が壊れてしまったという設定で操作する場面がほぼ無いため、時代の齟齬を感じずに読めました。因みに、「スマホ」とは表記せずに終始「携帯」だった。
※以下、ネタバレ含む感想となります~
小市民からの卒業
轢き逃げに遭ったことにより、封印しようとしていた過去と向き合うことになった小鳩君。
謎解き能力に自信を持っていた中学生の小鳩君ですが、通常は気づくだろう事を多く見落とし、自慢の推理はどれも的外れ。今までシリーズ内で見せてくれた謎解きのキレとは違い、中学生らしい未熟さに溢れています。
そして年相応に愚かでした。喜んでもらえるはずだと信じて疑わぬままに突き進み、独りよがりに行動して結果的に相手を傷つけ、糾弾され、打ちのめされた。
日坂君が小鳩君のことを「鬱陶しい」って思うのも、犯人が小鳩君を恨んだのも、心情としては分かるんですよね。そりゃあ、こんな出しゃばり野郎が現われたらそう思うよなぁって。まあ、どう画策したところで男女の仲は当人達以外がどうこうできるもんではないのが現実なんですけど。何とか出来たはずって思ってしまうのもまた若さなのか・・・。
小鳩君が善意のつもりでした事は、悉く余計なことだった。そして、それは相手の気持ちを慮れば、当然“余計だと”気がつくべきことだった。
自分自身に嫌気がさして、変わるために小市民を志した小鳩君。しかし、謎に行き合う度に本来の自分は顔を出してしまう。
ぼくたちは高校に入るにあたって、互恵関係を結び、小市民を目指すと約束した。でも、その約束は時と共に色あせて、より穏当で妥当なものへと変わっていった気がする。もしかしたらそれは、ぼくたちが自分自身を少しずつ受け入れていった経緯なのかも知れない。(略)ぼくは結局のところ、自分があまり好きではない。賢しらに振り回した知恵の刃が誰かの胸をえぐっても、その返り血で自分の手が汚れたことばかりを嘆いている。そんなぼくを、どうして好きになれるだろう。けれど、それでも・・・・・・自分を恥じていても、自分を受け入れていくしかない。
【小市民シリーズ】は、二人が“厄介な自分自身”を受け入れていく過程を描いた成長物語なんですね。
さて、そんな成長した二人も高校を卒業。「小市民」を卒業し、二人の限定された関係は終わる。
しかして、小鳩君はどうやらこの後、小佐内さんと関わったことによる報いを受けることとなりそうです。謎と美味しいスイーツを用意して待ち構えるようで。さすがは小山内さんと言ったところでしょうか。二人はやはり一筋縄ではいかないようです。
最後まで小佐内さんは小佐内さんでブラックボックスのままだし、濁されているラストともとれますが、最後まで“らしさ”を失わない良いラストだったと思います。
願わくは、大学生になった二人のその後も読みたいところですが・・・どうでしょうか。アニメがヒットしてくれたらひょっとして?なんて思っております。
シリーズファンはもちろん、そうでない方も四部作で読みやすいシリーズなので「春期」から是非。
ではではまた~