夜ふかし閑談

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『病葉草紙』感想・解説 全ては虫の所為!?若き日の久瀬棠庵による謎解き奇譚8編

こんばんは、紫栞です。

今回は、京極夏彦さんの『病葉草紙』(わくらばそうし)をご紹介。

 

病葉草紙 (文春e-book)

 

若き日の久瀬棠庵

『病葉草紙』は『前巷説百物語に登場した儒学者崩れの本草学者・久瀬棠庵の若き日の活躍(?)を描いた謎解き奇譚集。

 

『前巷説百物語』については詳しくはこちらを御参照頂きたいのですが↓

 

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『前巷説百物語』ですと、久瀬棠庵は損料仕事を請け負う「ゑんま屋」の子飼連中の一人で、下谷の長屋に住む五十絡みの隠居。

妙なことまで能く知っていて、主にゑんま屋の仕掛け仕事のオチで「これはこれこれこう言う化け物の仕業ですよ~」と断言して周囲を納得させるといった役割を担っていた人物。

 

まだ若造だった又市に身の振り方を示唆して影響を与えた、”只者じゃない感溢れる得体の知れない物識り”ってな人物で、脇役にしてはやけに存在感を放っておりました。

 

「この一冊のみの脇役では終わらなそう。もっとどこかで活躍させるのかな?」と、ずっと思いつつ、何もないままに何年も経って巷説百物語シリーズ】も終わっちまった訳ですが、

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この度、満を持して(?)棠庵先生がメインの本が刊行されましたよと。言わば【巷説百物語シリーズ】の前日譚、スピンオフといった作品。

 

 

時代は江戸時代中期。老中の田沼意次が失脚したと作中の序盤で触れられていますので、だいたい天明6年(1786年)頃ですかね。

今まで京極夏彦作品での時系列の先頭は『前巷説百物語』でしたが、江戸中期の今作が突如先頭に躍り出ましたよと。時系列で読んでいくなら今作からってことですね。

 

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『前巷説百物語』の時は悟りきった好々爺って感じでしたが、今作での棠庵は二十をちょっと過ぎたあたりの若造。八丁堀に程近い因幡町藤右衛門長屋に住んでおり、年がら年中引き籠もって書物を読んだり何かを拵えたりしている。仕事はしていないが、何故か金に困っている様子はまるで無い。

 

てっきり『前巷説百物語』のちょっと前の時系列ものだと読む前は思っていたので、想像以上に棠庵が若い設定でビックリしましたね。

若いですが、本当に延々長屋に引き籠もっているだけなので若さを感じさせる部分がまったくない。これなら老人になってからの『前巷説百物語』の方がまだ活動的だったのでは・・・?

 

放っておくと食事を取るのも厠に行くのも忘れるという”うらなり”のため、「気がつかないうちに長屋で死なれていちゃかなわん」と、隠居している父の藤右衛門にかわって長屋を実質取り仕切っている藤介が、毎日棠庵のところに様子見にくる。生存確認ですね。

 

藤介が長屋で起きた事件を棠庵に話して、安楽椅子探偵よろしく棠庵が謎を解いていく謎解き奇譚集。

 

今作は終始この藤介視点で描かれています。謎解き奇譚としての面白さはもさることながら、飄々としていてつかみ所のない棠庵と、どこか抜けていて気遣い屋の藤介とのやり取りも今作の見所。

長屋での事件とはいえ、れっきとした犯罪絡みのものばかりなので「日常の謎もの」とは違うのですが、コミカルな部分も多く、全体的にどこかほのぼの・のんびりとした連作集となっております。

 

 

京極さんの今までの時代小説はシリアスなものがほとんどなので、この作品雰囲気は新鮮ですね。

総ページ数は500ページありますが、一話がだいたい60ページほどで読みやすいです。京極さんの作品の中ではかなり実写化に向いていそう。NHK時代劇とかで、どうですか?

 

 

 

 

 

 

はて、そんな安楽椅子探偵的に謎を解いていく棠庵ですが、解決させる方便にいつも「虫」を出してきます。

「これは、○○虫の所為です」と診断してみせることで、事態を丸く収める。後になって、本当はどういうことなのか教えてくれと藤介に乞われて渋々真相を明かすというのがこの連作集のオキマリの流れ。

毎度「虫です」で片付けるものだから、藤介には「また虫かよ」と作中何度も言われている。

 

目録

●馬癇(うまかん)

●気積(きしゃく)

脾臓虫(ひぞうむし)

●蟯虫(ぎょうちゅう)

●鬼胎(きたい)

●脹満(ちょうまん)

●肺積(はいしゃく)

●頓死肝虫(とんしかんむし)

 

全8編収録。

 

毎話、最終的にこのサブタイトルになっている虫だと言って事を収めていると。

 

これらの虫、いずれも永禄11年(1568年)に茨木二介によって書かれた医学書針聞書』(はりききがき)で紹介されている虫たちです。

針灸に関しての医学書という名目だったようですが、世間での認識は「様々な”いる”とされている虫が掲載されている本」。

絵と説明文で多くの虫が紹介されている訳ですが、じゃあ昔の昆虫図鑑のようなものかというとそうではない。虫だと紹介されている絵はおよそ虫だとは思えない姿をしていて、説明も荒唐無稽。実際は「妖怪や化け物の紹介本」ってな代物。

 

昔、人々はよく分からない身体の不調や心情の偏執を「虫」の仕業だと考えたのだそうです。

ただそう言われてもあまりピンとこないかも知れませんが、「虫の居所が悪い」「腹の虫がおさまらない」「悪い虫がついた」などの言い回しがその名残。「泣き虫」「弱虫」なども本当にそういった症状を引き起こす寄生虫がいるのだと研究されていたのだそう。

 

妖怪や化け物の作用同様、理解しがたい事や腑に落ちない事を虫のせいにすることで納得しようとしていたってことですね。なので、虫の紹介だとされつつも『針聞書』は妖怪大全集みたいになっていると。

 

化け物を使った仕掛けで事を収める【巷説百物語シリーズ】と共通した趣向ですね。百鬼夜行シリーズ】では鳥山石燕画図百鬼夜行

 

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巷説百物語シリーズ】では桃山人の『絵本百物語』

 

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今作は針聞書

作者の京極さんも『針聞書』を妖怪本として扱っている訳です。

針聞書』で紹介されている虫の絵はどれも滑稽でどこか可愛らしさがる。今作がコミカルでのほほんとしているのは、『針聞書』の雰囲気を受けてなのですかね。

 

 

 

 

 

 

 

病葉(わくらば)

作中、棠庵は何度も人の心や気持ちに関することは苦手だと言う。道理に従って物事を考え、知識を使って謎を解くことは出来るが、「人」そのものの問題は駄目だと。人は理屈では割れないですからね。

何をするにも理ありきを信条としている棠庵は、自身のことを「情」が欠けている人間だと称する。

 

「私は、どうも何か欠けているのです」

「欠けているって――何がさ」

棠庵は胸を叩いた。

「この、心といいますか、気持ちといいますか、それが欠けているように思うのですよ。虫に喰われた葉のように、幾つも穴が空いている・葉脈は通っていますから、筋道は判るんです。千切れたり捥ぎ取られたりした訳ではないので、形も判る。でも、彼方此方穴が空いて、色が変わっているのですよ。私はそんな」

病葉のような心を持っているのだと思いますと棠庵は言った。

 

これ、『前巷説百物語』で老人になっても同じように苦手だと言っていました。『前巷説百物語』ではもう割り切って達観している様子でしたが、今作の『病葉草紙』ではまだ若造なので、自身のこの部分に対しての戸惑いが見られますね。唯一棠庵の若さを感じられる箇所でしょうか。

 

しかし、本当に心や気持ちが解らなくって情に欠けているならば、謎を解くだけで何もしないか、推理をひけらかして終わりにするはずです。わざわざヘンテコな虫を持ち出した方便で事を収めようなどとはしない。結果的に、事件関係者は虫で救われていますからね。

 

人の心が解らない――そうあの男は言うのだが、そんなことはないのだ。この男は、解り過ぎる程解っているのである。解り過ぎるから決められない。だから動かせぬ理の方を選ぶしかないことになるのだ。

 

”解る”がために考えに考え、何周もして挙げ句に「自分には情が欠けている」だなんて妙な結論に陥っている。久瀬棠庵、なかなかに面倒くさい人ですな。

 

藤介はそんな棠庵に対し、呆れつつも心の内では評価している訳です。

藤介は藤介で、気を遣うあまり己を出せず、いつも我慢して損ばかりしてしまう性格。他人と腹を割って話すことが出来ていませんでしたが、棠庵という困った人と接するうちに変わっていく。

 

人は皆何処かしら欠けている。でも、それぞれ欠けている場所は違うから、欠けを互いに補い合って人は生活していく。

 

棠庵と藤介、まったく違う二人が織りなす長屋での謎解き奇譚。心地よくってずっと読んでいたい気持ちにさせられます。

 

二人だけでなく、長屋の他面々や藤介の父・藤左衛門もいいキャラしてるので、是非続編を書いて欲しいですが・・・どうなのでしょう?『針聞書』で紹介されている虫はまだまだあるので期待したいところです。

 

 

 

作家生活30周年記念で続けざまに『了巷説百物語

 

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『狐花 葉不見冥府路行』

 

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『病葉草紙』と三冊刊行されましたが、三冊ともタイプの違う面白さが味わえる本で京極夏彦ファンにとっては贅沢で幸せな期間でありました。本当に、どの本もお気に入りです!

京極先生の益々のご活躍をお祈りしつつ、これからも作品を追っていきたいと思います。

ではではまた~