こんばんは、紫栞です。
今回は、有栖川有栖さんの『日本扇の謎』を読んだので感想を少し。
あらすじ
舞鶴の布引浜で記憶喪失の青年が保護される。検査しても脳に異常はなく、身元も何処で何をしていたのかも思い出せない青年が唯一持っていたのは一本の扇のみ。この扇から身元が特定され、青年は記憶を取り戻さないままに京都市内の生家へと帰ることとなる。
しかし半月後にその青年・武光颯一の生家である邸宅で画商が殺害される事件が発生。遺体が発見されたのは颯一が使っていた離れで、部屋は密室状態だった。事件と同時に颯一も忽然と姿を消したことから彼に嫌疑がかけられるが、犯行方法も動機も不明で不可解な点が多い。
大学准教授・火村英生とミステリ作家・有栖川有栖がフィールドワークとして警察と共に捜査を開始するが、事態は思わぬ展開をして――。
日本!
『日本扇の謎』は臨床犯罪学者・火村英生が探偵役、ミステリ作家・有栖川有栖が語り手を務める【作家アリスシリーズ】(火村英生シリーズ)の長編推理小説。
【作家アリスシリーズ】は作者の代表的シリーズで出版社の垣根を越えて書かれている
のですが、講談社から刊行される国名を冠した作品は有栖川版〈国名シリーズ〉と呼ばれていまして、今作はその第11弾。
※有栖川版〈国名シリーズ〉について、詳しくはこちら↓
今回はついに(?)日本です。有栖川さんのあとがきによると、
前作『カナダ金貨の謎』で区切りのいい10作になったので、作風に大きな転換を図るつもりもないのに、何となく次作は「シーズン2のスタート」という気がして、「ああ、その国で来たか」というものにしたくなった。そこで採用したのが日本である。
とのこと。
実際、私は今回のタイトルを知った時「お!日本か!」となりましたので、作者の目論見にまんまとハマってしまった読者その一ですよ。
〈国名シリーズ〉という名称はエラリー・クイーンに倣ってのものなのですが、実は今作のタイトル「日本扇の謎」は、エラリー・クイーン作品の”幻のタイトル”。
なんでも、雑誌掲載時には「The Japan Fan mystery」(日本扇の謎)との題名がつけられていたとの説があり、日本では長らくクイーンの国名シリーズ最後の作品と信じられていたのだとか。
実際の本のタイトルは「The Door between」で、日本文学の研究家や日本庭園が出て来るものの、タイトルにJapanと入っている訳ではないので現在では国名シリーズに含めるべき作品ではないとされる。
日本では『ニッポン樫鳥の謎』『琉球かしどりの秘密』『日本庭園の秘密』などのタイトルで出版されています。(なんか、”国名シリーズぶりたい”感漂う・・・)
今作が刊行される二ヶ月前に越前敏弥さんによる新訳版が出ていまして、そちらのタイトルは『境界の扉 日本カシドリの謎』。
結局、「The Japan Fan mystery」という原題も『日本扇の謎』という邦題も存在しないということで、”幻のタイトル”なのですね。
この幻のタイトルを拝借していつか自分が書いてみたい!と有栖川さんは前々から思われていたそうで、今回満を持して有栖川版〈国名シリーズ〉第11弾として書かれたと。
じゃあストーリーも今まで温めていたものなのかというとそんなことはないらしく、あくまで執筆依頼がきてから考えたものようです。今作のプロローグや第二章の冒頭でアリスが編集の片桐さんから『日本扇の謎』のタイトルで書き下ろし長編執筆しませんかと言われてアレコレ煩悶したりネタ考えたりするシーンがあるのですが、これは著者の有栖川さん自身が今作の構想を練っている時に考えたものなのだとか。
そんな訳で、今作はタイトルから着想を得て、構成された物語。『日本扇の謎』という幻のタイトルは、有栖川版〈国名シリーズ〉として晴れて”実在する作品”になったのですね。クイーン好きの作者的には、「日本扇の謎」で検索すると自身の作品が表示される状態になるって嬉しいのではないかと思われる。
有栖川版〈国名シリーズ〉は今年で30周年とのことで、今作はノベルス版と同時にハードカバーの愛蔵版も同時刊行です。
日本、クイーンの幻のタイトル、30周年と、いつもよりも特別感漂う有栖川版〈国名シリーズ〉となっていますね。
家族
物語は記憶喪失の男性が浜辺で発見されるところから始まる。名前も出身地も今まで何をしてきたかもまったく覚えておらず、財布や身元が確認出来る証明書もない。持っていたのは一本の扇だけ。
扇一本だけあったって何の手掛かりにもならん・・・と、思ってしまうところですが、この扇が日本画家が特注で作らせた試作品の一本だったことから身元が判明。京都にある名家の次男で、数年前に家出してそれっきりになっていた26歳の青年・武光颯一だと確認され、青年は家族の記憶がないまま保護された病院から実家へと引き取られる。
上記したようにタイトルありきでの作品なので「扇」は絶対に登場させなければいけないと決まっていたのでしょうが、扇をこのように物語に絡ませるのは何だか洒落ていて良い。
これだけでなく、事件が発生して颯一が再び行方知れずとなった際に扇も一緒に持ち出されていたことから逃亡した疑いが強まったり、颯一が語る朧気な記憶に扇が登場したりと、各場面で効果的な働きをしています。
今作は日本モチーフということで、”如何にも日本らしい”京都が舞台。
【作家アリスシリーズ】では大阪府警、京都府警、兵庫県警と主に三つの”おかかえ”捜査一課が出て来るのですが、今回は京都が舞台ということで京都府警の柳井警部と警部補の南波さんが登場。京都府警は他の捜査一課に比べて何故か面子が少ないですね。ほぼ南波さん一人が火村とアリスの面倒を見ていて、ちょこちょこと柳井警部が出て来るって感じです。
京都なのでもちろん火村の下宿先と篠宮の婆ちゃんも登場。もちろん猫も。京都を舞台に小説書きたいから取材がてら泊まりに行かせてくれとアリスがお願いしたら、タイミングよく事件が起こって火村のフィールドワークのお手伝いをすることになるって流れです。
火村は何度も「取材の予定だったのに悪いな」と気遣いますが、アリスは「京都の空気吸うだけで充分取材になる」みたいな受け答えをする。それどころか、今回の事件に扇が関係していると知って「日本扇の謎」で作品を書く必要がなくなったぞ!と、安心する始末。(実際に遭遇した事件は小説には書かないと決めているため・・・と、いう理屈。別に、扇がちょっと出たからって執筆を完全にあきらめなくったっていいだろ!と言いたいところですが・・・)
アリス、おまえ・・・ただ遊びに来たかっただけなんだろ。
数年前に家出していた名家の次男坊が帰還してすぐに殺人事件勃発。
設定からして「家族」が深く関わっていそうな気配がプンプンしますね。その気配通り、この事件は武光家という家族間でのすれ違いやいざこざが主として描かれる「家族の物語」となっています。
「家族」がテーマのためか、アリスや火村の親についての言及もあり、篠宮の婆ちゃんの温かみも多く描写されています。猫たちも。下宿への不穏な空気にはソワソワしてしまいましたが・・・これが「シーズン2のスタート」ってことなのか?でもしばらくは現状維持のままだろうけど・・・。
以下、ネタバレ含みますので注意~
動機
前作の長編『捜査線上の夕映え』のメイントリックがどうにも納得がいかなかった私。
果たして今回はどんなもんだろうかと読んでみた訳ですが、今作はロジックもので切ないような淋しいような余韻が読後に残る”有栖川有栖作品の王道”って感じの作品でした。
そこら辺の部分は概ね満足したんですけど、作中動機への言及がかなり思わせぶりというか、動機の謎がメインって雰囲気でラストまで引っ張っていく描かれ方だったので、『朱色の研究』や『インド倶楽部の謎』みたいな難解な動機なのかと期待していたら即物的な普通の動機だったのでなにやら肩透かしでした。
『朱色の研究』などは動機について賛否両論ありますが、私は有栖川さんの描く難解な動機が好みでして。アリスじゃないと理解出来なかったり犯人を説得出来なかったりする”ただの助手じゃないぞ”感が好きなんですよね。『狩人の悪夢』では感動した。
ま、今回も颯一の心情の理解は火村より秀でているのですけど。
長編なのに犯人との対峙がないのもちょっと物足りないですね。本格長編推理小説だとやっぱり謎解きシーンでの探偵役と犯人との応酬を期待しちゃう。お婆さんの記憶とか、妹の事故とか、もっと何かあるのかと思ったのですが特になしで、そこら辺も肩透かしでしたね。
第六章の「空白が埋まる時」で語られる経緯は丸々事件に関係ないので「そんな深く掘り下げて描かれても・・・」ってなるのですが、これは武光家との対比としてあえてなのでしょう。
終盤は色々とフォロー入っていますが、颯一の母・雛子はやっぱり酷いと思う。ずっとムカムカしてしまった。
颯一の行動にもあまり共感は出来なかったですね。七面倒くさいことして変に深刻ぶって周りを巻き込んで・・・もう、何なんだ!
謎解きや作品雰囲気には満足なんですけど、肩透かし感が色々ある作品だったというのが正直な私の感想ですね。ま、変に期待しすぎたのかも知れない。
しかし、国名シリーズの長編はファンとしてはやはり外せませんし、何だかんだ言っても読んだことを後悔はまったくしていません。やっぱり火村とアリスのやり取りは楽しいしね。
「シーズン2のスタート」なら、これも嵐の前の静けさかもしれませんし。今後も【作家アリスシリーズ】を追い続けたいと思います!
ではではまた~