こんばんは、紫栞です。
今回は、杉井光さんの『世界でいちばん透きとおった物語』を読んだので感想を少し。
あらすじ
母を亡くし、書店バイトをしながら日々を送っている藤阪燈真。ある日、彼の元に一ヶ月前に死去した大御所作家・宮内章吾の息子である朋晃から面会を申し込む電話がかかってきた。
宮内章吾は妻帯者ながらに様々な女性と浮き名を流した色男で、燈真の亡くなった母は宮内章吾のかつての愛人の一人。不倫関係の末に産まれたのが燈真だった。
燈真を出産後に二人の不倫関係は解消され、母に女手一つで育てられた燈真は宮内章吾にも、本妻の息子で血縁上は兄にあたる朋晃にも一度もあったことは無い。
今更何の用かと面会に応じると、朋晃は親父が死の間際まで書いていたらしい小説原稿を探してくれと燈真に依頼してきた。
その作品のタイトルは『世界でいちばん透きとおった物語』。
探してくれるなら報酬も支払うと言われ、燈真は渋々ながら宮内章吾の遺稿探しを始めるが――。
「電子書籍化絶対不可能!」の、話題作
『世界でいちばん透きとおった物語』は、2023年4月に文庫書き下ろし作品として刊行された長編小説。と、いっても、総ページ数は230ページほどなのでボリュームは控えめ。すぐに読み切れてしまう長さですね。
こちらの本、刊行当初話題になっておりました。曰く、「電子書籍化不可能」「ネタバレ厳禁」「絶対に予測不能な衝撃のラスト」「紙の本でしか体験できない感動」「今までに読んだ本で一番の衝撃」「本の形をした芸術作品」・・・等々。
すーごい煽ってきていると言いますか、「そこまで言う!?」ってな宣伝文句が飛び交っておりまして。ここまで言われると「さて、どんなもんじゃい」と気になってしまいますよね。
販売側の術中に嵌められてるなと思いつつ、厚さも薄いし読んでみようかとなった次第です。
宣伝文句で気になるのは、どうやら”紙の本”でなくては駄目な仕掛けがこの作品にはあるらしいということ。
「電子書籍化絶対不可能」という宣伝文句が強いインパクトを与えることになっているこの事態にそもそも時代を感じさせますけど。本の世界は昨今電子化が邁進しておりますから、紙の本で読む人も少なくなってきている。
頑固に紙でしか読まない人もいますけどね。人気作家の東野圭吾さんとかも電子書籍化反対派。東野さんの場合は本屋離れを懸念してのことみたいですが。私は普段から圧倒的に紙派です。厚さを手で確認しながらページをめくっていくのが好き。
でもかさばるじゃんとかの意見も痛いほど分かります。置き場もそうだし、持ち運びもね・・・。
今作はそんな電子化の波に逆らい、”紙の本”だからこその楽しみを提供してくれますよと。
さて、どんな仕掛けが施されているのやら・・・ですね。
紙の本を読もう!
途中、実在する作家「京極夏彦」の名前が出て来て作中でやたらと褒めてくれるしで、京極夏彦ファンである私はテンションが上がったのですけれども。
「京極夏彦」の名前を出してくるということは「ああ、アレのことか」と、もう分かりますね。ええ。小説家界隈では有名な話で、京極夏彦ファンにとっては当たり前も当たり前。常識的に知っていることですから。
そんな訳で、どんな仕掛けかは中盤でもうボンヤリと推測出来たのですが。それでも、終盤の種明かしでは「まさかそこまでやっているとは・・・!!」と、驚きましたね。確かに”紙の本”でないとこれは全く意味を成さない本になる。気がついた時に変化球的に実話体験をさせてくれる希有な作品ですね。
この仕掛けの為にかけた時間と労力を想像しますともう・・・感服です。相当大変だったことでしょう。
仕掛けの為か、所々妙に感じる文章もありますが、ま、ま、ま、御愛敬ですよ。そこもまた伏線ということで。だって”あんなこと”しているのですもの。
しかしながら、肝心のお話しの方は悉く予想出来てしまうものになっていて驚きや感動はそこまででしたかね。遺稿探しということで色々な人達に話を聞きに行ったりするので登場人物が結構多いのですが、どの人物も背景がそこまで描かれないので深みがない。主要人物だけでもいいのでもっと突っ込んだ描写が欲しかったですかね。
個人的に、物語の締め方が特にいまいちでしたね。「 」の”透ける”はこの本ならではだとは思いましたが、なんといいいますか、こう・・・もうちょっと何かなかったのかなと。
この言葉にたどり着くには父である宮内章吾の描写が足りなすぎるから、全然ピンとこないのですよね。
ページ数の関係でしょうがないのかもしれないですが。本自体に施されている仕掛けが仕掛けなので、書き下ろしとはいえそんなに大ボリュームには出来ないでしょうからね。執筆が長引くと精神崩壊しそう(^_^;)。
巻末の献辞にあるA先生が誰か気になるところですが、これは推理作家の泡坂妻夫さんのことらしいです。
恥ずかしながら私は読んだことが無いのですが、紙媒体ならではの仕掛けを使う作家さんだったようで、泡坂妻夫作品に強い影響を受けて書かれたのが今作ってことでしょうか。
電子化が進み、紙媒体がどんどん廃れてしまっている世の中ですが、紙媒体でしか味わえない魅力は決して無くなりはしないし、電子でしか読まないという人にも紙の本を一回は手にして欲しい。
作者のそういった強い想いが生み出したのであろう途方もない労力の一冊。気になった方は是非。
ではではまた~