こんばんは、紫栞です。
今回は、手塚治虫の『アポロの歌』をご紹介。
『アポロの歌』は1970年の4月~11月まで「週刊少年キング」にて連載されていた漫画作品。
個人的に、前々から気になってはいたものの読めていなかった作品だったのですが、この作品を原作とした連続ドラマが始まるという情報に背中を押されて読んでみました。
手塚作品の中での知名度は微妙なところでしょうかね。広く知られている訳ではないが、まったく知られていない訳でもないといいますか。
描かれているテーマがある種刺激的なのと、1970年に神奈川県で有害図書に指定されたなどの曰くもあって一部では有名・・・なのか?
あらすじは、
男をとっかえひっかえする奔放な母の元に産まれ、父親がどの男かも分からない環境で育った近石昭吾は、”男と女の関係”を激しく増悪する加虐的な人間へと成長した。
やがて交尾する動物を見ては非道に殺すという行為を繰り返すようになり精神病院へと送られるが、医師による治療の最中で見た夢で昭吾は女神から
「そなたは愛の美しさと尊さを軽蔑した報いを受けなければならぬ」
「そなたは何度もある女性を愛するが、結ばれる前に女性かそなたかどちらかが死ぬ。死んでも生まれ変わって別の愛の試練を受け、永久に苦しむ」
と告げられる。
昭吾は女神のお告げの通りに、夢と現の中で愛の試練を受け続けるが――。
今作のテーマはズバリ「性愛」。男と女、オスとメスの関係。愛し合う行為とは何かが真っ向から描かれる。
タイトルの「アポロの歌」というのはギリシャ神話のアポロとダフネの悲恋からとられています。
「性愛」がテーマといっても、性的興奮を誘発するようなものではなく、道徳や教育的な側面が大きい非常に真面目な作品なのですが、性行為の説明などはアケスケでモロですし、裸のシーンばかりなので子供に読ませるのはやはりどうかなという作品ではあると思います。
序盤の、主人公が動物を殺害する場面などはかなり刺激が強いですし、物語自体が悲劇ものなので、やはり大人向けですね。
ドラマ化されますけど、内容的に原作通りにするのは絶対無理だと思います。どうアレンジするのか、要素を取り入れるかが重要なドラマになるかと。
手塚作品には途中で連載が打ち切られてしまったがためにブツ切り状態や消化不良な結末を迎えるものも多々ありますが(この暗黒期ものは特に)、今作は確りと物語として完結している作品となっていますので、そこら辺の心配はいりません。安心して(?)読んで下さい。
同じく「性」を扱った作品として『ふしぎなメルモ』
と、『やけっぱちのマリア』
があるようです。
『ふしぎなメルモ』はアニメ化もされたので知っている人も多いですよね。私は未読で「飴をなめると身体が大きくなったり小さくなったりする話」というボンヤリした認識しかないのですが、子供向けの性教育を意図した作品なのだとか。
『やけっぱちのマリア』の方は青少年向けの性教育を意図した作品で、こちらも私は未読なのですが、学園ドタバタコメディなんだそうな。でもこの作品も福岡で有害図書指定されたことがあるらしい。教育目的なのに・・・。
今手に入れやすいのは、
●手塚治虫文庫全集 全1巻
●秋田書店版文庫 全2巻
と、いったところでしょうかね。
あとは毎度お馴染み、お高いオリジナル版
手塚作品ですとコミックス化の際に大幅加筆されて雑誌掲載時とは内容や結末が異なるなんてことが多々あるのですが、今作ではそういったことはなさそうです。(たぶん・・・)
永遠に続く「愛」の苦しみ
今作は”愛し合うこと”を増悪する主人公・昭吾が、治療中に見る”悲劇的な恋愛体験”がオムニバス形式で展開されて、苦しみを積み重ねる中で現実の主人公の有り様が変わっていくという構成になっています。
昭吾がナチス・ドイツの兵士になってユダヤ人の少女を愛する夢「デイ・ブルーメン・ダス・ライへ(花と死)」、
無人島で女性とサバイバル生活をしながら島の動物と共存する夢「人間番外地」、
現実世界で精神病院から逃げ出した昭吾が渡ひろみと出会ってマラソンランナーの素質を見出される「コーチ」、
合成人が支配する未来の世界で人間の昭吾が合成人の女王を暗殺しようとする夢「女王シグマ」、
現実世界での昭吾と渡ひろみの結末が描かれる「二人だけの丘」、
これに序章とエピローグがあって全7話。
夢と現を行ったり来たり。女神のお告げの通りに、読者は何度も愛の悲劇的結末を見せつけられる。仏教が説く輪廻の苦しみを感じさせますね。
永遠の愛の試練。無間地獄を味わわされる訳ですが、でもこれは有性生殖生物が常に抱え続ける苦しみなんですよね。オスとメスにわけられた生き物は、繁殖のために愛の苦しみを繰り返す。それが人類の歴史。
では、子孫繁栄のため、「生」を繋ぐためにだけに、”男と女の関係”があるのかというとそうではない。「愛」は時に心中や後追い自殺という、生物としてあるべきでないことをさせる。
「ほんとに好きだってことはね・・・・・・生きているとか死んでいるとかいうことをのりこえてるってことだよ」
死は生き物として絶対的に避けるべきことのはずですが、そんな生物本能を「愛」は超越してしまうことがあると。生き物としては”誤作動”なのでしょうが、それぐらい「誠実な愛」がなければ、人類はこのように続いてはこなかった。
夢と現で愛の苦しみを輪廻転生のように繰り返す昭吾を通して、人類の歴史を体感させられる。そんな壮大な物語となっております。
気になった方は是非。
ではではまた~