こんばんは、紫栞です。
あらすじ
ネッシー研究会に所属する大学生・藤浪麗羅に「伊根に龍神が出るらしいので一緒に行きましょう」と誘われた作家の石岡和己。
祖父のコネで自衛隊の内情を容易に知り合える立場にあるという彼女の談によると、伊根では最近、海で大きな水音がしたり、潜水艦の画像に巨大な海蛇のような影が映ったりと謎の現象が起きていているらしい。
麗羅に促され、スウェーデンにいる御手洗にこの現象についての意見を電話で訊いてみると、何故か御手洗は「本当に危険だから伊根には絶対に行かないでくれ。命を落すよ」といつになく真剣に警告してきた。
御手洗がここまで言うということは、伊根には本当に”何か”がいるのか?
とりあえず言われた通りに誘いを断ろうとした石岡だったが、麗羅によって強引に伊根行きは決行されてしまい――。
石岡和己、女子大生との二人旅
『伊根の龍神』は2025年3月に刊行された長編小説。【御手洗シリーズ】の書き下ろし新作長編です。
上記したあらすじからも分かるように、今作は石岡君視点の物語。シリーズの途中で御手洗がスウェーデンの大学に行ってしまってからというもの、舞台が海外で語り手がハインリッヒや事件関係者たちといったことも多いこのシリーズですが(※前作の『ローズマリーのあまき香り』もそうだった)、
今作は石岡君が主人公でプロローグと第三章以外はすべて石岡君の語りとなっています。
【御手洗シリーズ】はリアルタイムで作中キャラクターが歳をとるため、2025年の御手洗と石岡君は共に70歳オーバー。ですので、御手洗が日本を離れてしまって以降は日本が舞台でも相当昔の回想として描かれるのがほぼほぼだったのですが、今回はちゃんと令和。
ほぼ現在かなと思ったのですが、作中に「今海外ではコロナってのはやってるみたい」との台詞が出て来るので、日本がコロナ禍になる前、2020年ごろの事件として描いているようです。それでいくと、石岡君は69歳で御手洗は71歳?
石岡君は相変わらずどこかボンヤリした喋り方のままですし、肉体の衰えもそこまで描かれないので読んでいる時はそこまで意識しないのですが、もうハッキリと老人ですね。
令和になっても相も変わらず馬車道のあの部屋で細々と作家業をしている石岡君。相も変わらず押しに弱く、UMA(未確認生物)好きの女子大生の酔狂な旅に同行することに。
かわいい女子大生が70の男性を誘って二人旅なんてほとんどファンタジーですが。しかも公共交通機関を使ってではなく、二人乗りのスポーツカーでの旅。宿泊先でも親子だと偽って(祖父と孫でもおかしくない年齢差ですがね・・・)一緒の部屋を予約。
そんな女子大生いねーぞ!と、言ってやりたいところなのですけども、今作は事件含め、そういった”老境の夢・残滓”がテーマとしてあるのかと。「レイラ」という名前にもノスタルジーな意味が込められているので、このリアリティのなさは計算してのことなのかもしれない。
お話の構成やネタは『星籠の海』と共通する部分があり、石岡君が主人公で辺境の地に行って事件に遭遇するというのは『龍臥邸事件』を思い出す。
『龍臥邸事件』は陰惨で陰鬱だったので作品雰囲気はだいぶ異なりますが。
石岡君が主役だし、麗羅との二人旅の道中描写にかなりページを割いているので番外編的なものかな~と思いきや、最後の最後でファン必見の場面が描かれています。シリーズファンは絶対に読まなきゃいけない1冊ですよ!
以下ネタバレ~
老境の冒険
この本、前半は本当に車での旅の様子が長々と描かれていて、事件におよそ関係ない二人のやり取りばかりなので旅情ものとしては楽しいけど、果たしてミステリになってくれるのかと不安になるレベルです。
肝心の伊根に着いても本格推理小説のような殺人事件は起きず。民宿の奥さんが急に居なくなって、「困ったね~食事どうする?」といった呑気っぷり。人一人が急にいなくなったんならもっと慌てて事件性疑えよ・・・。
そしたら、旦那さんやその周辺の人々の様子がどうも妙で・・・といった事が第二章まで描かれて、第三章で島田荘司作品お馴染みの関係者の今までの人生についての独白、第四章で謎解きと決着ってな流れ。
第三章で描かれる内情は恐ろしく、もうホラー小説。私は新潟に住んでいて被害者家族の活動も幼少から聞かされているので、身近な恐怖がよりハッキリ突き付けられた気がして怖かったです。こんなに不条理で忌まわしいことが現実に行われているのですかねぇ・・・。
途中、台詞がやや説明的過ぎるて討論本でも読まされている感覚になりましたが。参考文献とか記載されていませんでしたが、どうやって調べているのですかね?
今回解く謎は殺人事件の謎というよりも龍神の謎。未確認巨大水中生物が存在しているとしか思えない現象に、科学的説明をする感じ。
解明は見事なもんですが、なにやらオカルト的ロマンが打ち砕かれたようで残念な気持ちになる。推理小説の解決編を読んだ時のスッキリ感とは違いますね。
ですので、個人的には今作は推理小説ではなくって旅情小説、冒険小説って感じですね。島田作品ですとどうしてもゴリゴリの本格推理ものを期待してしまうところですが、割り切ればこれはこれで面白かったです。
ぶっちゃけ、近年の作品だと「よく編集が許したな」というようなトンキチなメイントリックも多いですしね・・・。
シリーズファンではあるものの、毎度文章から溢れるミソジニー感にはほとほと辟易していて、最近は新作が出たと知っても読むのを躊躇してしまう時もあったのですが(ここまで読んできたんだから!という使命感で悩んでも結局買う)、今作はそのミソジニー感がほぼなくって快適に読めました。
今作の旅の友である麗羅も、ちょっとおかしいけど行動派で可愛らしくって良かったです。会話雰囲気はほぼ里美ちゃんと同じですが・・・。
石岡和己、御手洗との再会!
『龍臥邸事件』の時などと同様に、今作も御手洗は最初と最後に電話でチラッと出る程度かと思いきや、なんと、日本まで来てくれました。
御手洗が馬車道の部屋に石岡君を残して研究のために渡欧してしまったのが1994年。行きっぱなしで帰国してくれることはなく。石岡君とのやり取りも電話かメールのみ(頻度は頻繁らしいですが)という状態を読者は長らく味わわされてきた訳ですが、2020年、コロナ禍前に帰国して石岡君と直接対面して下さいました。
26年ぶりの再開ですよ。
伊根に行ったかもしれない石岡君のことが心配で、急遽一時帰国してくれたんですねー。石岡君、高齢者になっても御手洗に想われてるー。ま、こんな老人になるまで引っ越しも許さずにほったらかしにし続けたのはどうなのって気もしますけども。
シリーズファンにとっては御手洗と石岡君との再会は待ちわびていたことでして。
と、いうかですね、スウェーデン行きも急でしたし、まさかこんなに一度も日本に帰って来ない状況が長く続くとも思っていなかったファンがほとんどでしょうけど。
作者の島田さんが度々インタビューなどで「近々二人を会わせるつもりだ」的な事を仰っていましたが、その発言を最初に聞いてからも10年ほど経ってる気がしますし。正直、読者としましても痺れ切らしてふて腐れてる状態だったのですが。メイン二人70歳オーバーだし。
それがまさか番外編っぽいこの本で再会するとは。
予想外だったので驚きです。再会シーンを読んでいる時はまるで歴史的瞬間に立ち会っているような気分になりましたよ。
よくよく考えると、御手洗が勝手に離れていただけなので感動の再会ってのとはちょっと違うんでは?なんですけども。いや、しかし長かった。
今作では謎解きをした後あっけなくまた日本から去ってしまいましたが、御手洗の口からハッキリと「日本に戻ってくることを考えている」旨の発言がありましたので、本格的に戻ってくれる日も近そうです。戻ってくるなら早く戻ってきてよ。二人とももう老人。人生には限りがあるんだから。
チラッと出て来た凄腕の美人狙撃手にも何かありそうですし、シリーズの今後に期待です。ここまで来たら、二人が80代になっても読みますよ私は。
ではではまた~