こんばんは、紫栞です。
今回は、芦花公園さんの『無限の回廊』についての感想を少し。
あらすじ
心霊案件を専門に扱う【佐々木事務所】に、「子供をさずける神」に参拝して以降奇妙な怪異に苦しめられているという女性が相談に訪れた。
女性の話を聞き、怪異の正体に気がついた【佐々木事務所】所長の佐々木るみは、この怪異は自分では手に負えないと判断し、最強の拝み屋・物部斉清にお祓いを頼む。しかし、祓えはしたものの、それは物部の命と引き換えだった。
自分の所為で物部が死んだ。
るみは後悔と絶望に苛まれるが、るみの悪夢はまだまだ終わらず・・・――。
物部さん!
『無限の回廊』は2025年2月に刊行された長編小説。ホラー小説シリーズ【佐々木事務所シリーズ】の四作目ですね。
怪異や摩訶不思議な力が実際にあるという前提の世界観で、日本古来の怪異と人間の恐ろしさが合わさった”民俗学カルトホラー”とでもいうべき代物の【佐々木事務所シリーズ】。
主要人物は主に四人で、事務所所長の佐々木るみ、るみの助手の青山幸喜、絶世の美青年・片山敏彦、神のごとき「力」を持つ最強の拝み屋・物部斉清。
物部さんはとにかく最強で、なんのかんのありつつも最終的にはいつもるみや青山君を助けてくれていた人物。最終兵器といいますか、シリーズの中では頼りになる人ナンバーワン。物部さんさまさまです!ってなお方なのですが、なんと、今作の本の裏表紙や内容説明に「物部斉清が死んだ」と書いてあるではありませんか。
そ、そんな凄い事実をあっさりと本紹介に書いてしまっているなんて・・・!と、読む前から衝撃を受けて慌てて購入したのですが、これが読んでみると、本当に物部さんの葬儀シーンからスタートしている。
えええ・・・そんな、初っ端から物部さん退場なんて。この物語というか、シリーズ自体もどうなってしまうの~!
なのですけれども、今作ではこの後も驚きの展開が次々起こる「悪夢」物語となっています。
以下ネタバレ~
悪夢
第一章で”物部斉清の死”という衝撃が描かれる訳ですが、次の第二章ではある意味でさらに大きな衝撃が描かれる。るみが絶世の美青年・片山敏彦と交際していて、彼の子を妊娠しているというのです。
「いやいや、待て。ついて行けない。どういうこと?」と、読者としては困惑してしまいます。
物部さんは前々からもう身体に限界が来ていてそう長く生きられないと前三冊の中で言われていたので事象として受け入れられますが、るみと片山が男女の仲になって子を成しているだなんて、斜め上の展開すぎて受け入れられない。だって、今まで二人がそんなことになりそうな雰囲気なんて皆無でしたもの。
で、第三章はというと、今度は身体を売りながら整形を繰り返す劣等感の塊のような四十代女性の荒んだ日常が描かれる。
また急にお話が変わって混乱の極みに陥りますが、第三章の途中で子供の姿を借りた物部が登場し、女性に「るみちゃん」と呼びかけ、説明してくれることで全容が見えてくる。
どうやら、るみはお祓いの依頼を受けた際に”みちのかみ”に良いことをしたので、褒美として選択が出来る「もしもの世界」に飛ばされつづけている状態にあり、「物部が死んだ世界」、「敏彦と子を作っている世界」へと移動してきたと。
じゃあ第三章の世界は何の世界なのかというと、「親を殺さなかった世界」。
るみは幼少期に両親から酷い虐待を受けている最中、特殊能力に目覚めて両親を「力」によって殺害した。それによって苦境からは逃れたものの、親に罵倒された自らの容姿と「親からの愛」を受けられなかったコンプレックス、親を殺した事に囚われ続けてきた。
では、「親を殺さなかった世界」で、親と確り向き合って対決すれば、「物部が死んだ世界」と「敏彦と子を作っている世界」で得られなかった解決、自分自身に対する失望を払拭出来るのかと思って実行してみたが、どうやら違う。
逃げ続けてきた親と対決したところでるみが抱える根本的問題は解決されず、第四章ではまたも違う「もしもの世界」へと飛ばされる。
青山君
ホラー小説というより、パラレルワールドもののSFって感じですね。しかしながら、「もしもの世界」を移動する度にるみは真理に段々と気づいて、近づいていく。
「人間は結局、他者評価がないと自分を価値ある者だなんて思えない。自分で自分を愛さなくてはみたいな話には、限度があるんだよね」
これは第四章の途中で片山敏彦がるみに言う台詞。
激しい自己嫌悪に陥りながらみっともなく一人相撲していたるみですが、結局自分だけでは自分を愛することが出来ない。自分ではない他者に認めて欲しい。そう、青山君に。
青山君が大事で、そばにいて欲しい。それに気づくための、たどり着くためのパラレルワールドの旅だったんですね。
四十にもなってこんなこんなシンプルな好意に気づくのにどんだけまどろっこしいことしてんだって感じではありますが、自己嫌悪が強いが故にに自己愛の塊であるるみにはこれくらいの回り道が必要だったのだなぁと。
卑屈で、どの相手に対しても嫌悪ばかり抱いているるみは正直、読んでて”良い気分”にしてくれる人物ではなかったのですが、今作の終章は成長を素直に感じることが出来て読者としてもなんとも良い気分になることが出来ました。
終わり?続く?
そんな訳で、”みちのかみ”の導きによって気がついたるみは物部さんが死んでいない、青山君が助手をしてくれている現実へと戻ってくる。
現実の青山君に会い、自分には生きる価値がると心から思えたるみは、引き換えに特殊能力を失ったというところで今作は終わっています。
るみの特殊能力は未熟な負の感情からのものだったでしょうから、成長した結果無くなるのは納得出来るのですが・・・ではこのシリーズはどうなるのでしょう。
るみ自身の問題も解決して能力も無くなったのですから、ここでシリーズ自体を終わるのが綺麗で一番良いという気がしますけど。
でも、完結作だとは本にも帯にも書かれてないのですよね。だからまだ続くのではないかという気もします。
続くとしたら一体どういう風に展開させるのか見当が付きませんが。出たらもちろんまた買いますとも。とりあえず、今作ではまだ物部さんが死んでなくって良かった・・・。
シリーズ四作目にしてまさかのパラレルもので前作までのような民俗学カルトホラー感はなく、ホラー小説かどうかと言われると疑問ではありますが。これはシリーズとしては必然の展開だったのでしょう。
今までこのシリーズを読んできた人には絶対に読んで欲しい物語ですので是非。
ではではまた~