夜ふかし閑談

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『木挽町のあだ討ち』原作小説 ネタバレ 感想 芝居化するっきゃない!物語

こんばんは、紫栞です。

今回は、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』を読んだので、感想を少し。

木挽町のあだ討ち(新潮文庫)

 

 

あらすじ

雪の降る夜。木挽町芝居小屋の裏手で赤い振袖を被き、傘を差した者あり。通りかかった博徒が女と思い声を掛けると、その者は被いた振袖を投げつけた。露わになったのは白装束姿の若衆。

「我こそは伊能清左衛門が一子、菊之助。その方、作兵衛こそ我が父の仇。いざ尋常に勝負」

名乗りを上げて刀を構えた菊之助に対し、博徒作兵衛も刀を抜き、真剣勝負の決闘となる。道行く者たちが見守る中、菊之助は作兵衛に一太刀を浴びせ、作兵衛の首級を高々と掲げて仇を討ち果たした。

この一件は「木挽町の仇討ち」と呼ばれ、見事な仇討ちとして巷間で語られた。

 

二年の時が経ち、菊之助の縁者だという侍が「木挽町の仇討ち」について知っていることを教えてくれと木挽町の芝居小屋を訪ねてくるが——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仇討ち、目撃者インタビュー

『木挽町のあだ討ち』は2023年に刊行された江戸時代が舞台の長編時代小説。第36回山本周五郎賞と第169回直木賞をW受賞した作品で、2025年に歌舞伎舞台化され、2026年2月27日からはこの小説を原作とした映画が公開されています。

 

kobikicho-movie.jp

 

仇討の顛末が知りたいという侍が芝居小屋である森田座の木戸芸者、立師、衣裳方、小道具方、筋書の戯作者・・・・・・と、人から人へと訪ね歩いて事の真相が徐々に明らかになっていくという物語で、各章、一人ずつ訪ねてきた侍に語って聞かせるという構成に口語的文体のみでの構成になっています。

記者が録音した数人分のインタビューが文字起こしされてそのまま順番に並べられてるような、記者の意見が書かれないインタビューまとめ本って感じですね。

 

映画の方ですとこの訪ね歩く侍(柄本佑)が主役ということで、当たり前に姿を見せて喋っておりますが、この原作小説ではこの侍は聞き役に徹しているのみで喋ったりなんなりするシーンは最後までありません。なので、映画はまた小説とは違う風味で愉しめるかと思います。

読んでみると「これはもう芝居でやるしかない!」って物語ですので、歌舞伎舞台化されて、映画化されたのも納得の作品ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下ネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

”動機”がメイン

小説も映画も”ミステリー”だという触れ込みで、完璧な仇討ちに何か仕掛けがあるのかと身構えてといいますか、期待して読み進めていく訳ですが、これが一向にミステリらしい展開にならない。

 

話を聞いて回る侍の心情は全く描かれませんし、訪ねられて二年前の仇討について知っている事を教えてくれと乞われて話すものの、目撃したことと菊之助についてどう思っていたかについて語るのはほんの少し。

各章で語られるのは仇討ちとは関係ない各人物の半生についてです。

 

なんでこんな、事件とは関係ないものを長々と作中で描くのだろうと最初のうちは疑問なのですが、そのうちに「ああ、この本は”こっち”の方がメインなのだな」とぼんやりと分かってくる。謎解きやロジックではなく、この時代に生きる人々の苦悩と喜び、悪所だされている芝居小屋に集い、留まっている理由。そして皆、菊之助にどのような想いを抱いて行動をしたのか。

 

各人物の半生が描かれることで、武士である菊之助のどこに芝居小屋の人々は共鳴をしたのかが明らかになる。

 

ミステリでいうなら、”動機”について本の大部分を割いている。”動機”を通して人情噺が描かれる物語となっているということですね。

 

 

 

 

芝居

また、この本は”芝居とはなんたるか”が突き詰めて書かれているものだと思います。

事の真相自体が芝居小屋の人々が協力しての”偽の仇討ち”、「仇討ち」ならぬ「徒討ち」で、お芝居でしたよというものですからね。(※タイトルが”あだ討ち”とひらがな表記になっているのもそのせい)

 

芝居ってのは、いってしまえば「嘘」で「無駄」なものです。その「嘘」で「無駄」なものに何を見出すのか。

 

この物語を読んだ人は余りにもまとまりが良すぎる、都合がよすぎる大団円だと感じるでしょう。現実には、こんな筋書のように何もかも上手くいくはずがないと。

しかし、それでこそ芝居。作り手と演じ手は嘘を真のように見せることに全力を注ぎ、観客も無駄なものだと承知の上で愉しみ、心を動かす。

芝居は”出来すぎ”ぐらいがちょうどいいもの。だから、芝居の「徒討ち」を描いているこの小説も”出来すぎ”で良いのです。

 

 

正直、ミステリとしては途中で仕掛けに気が付く人が多いのではないかと思います。小道具方のところで大半の人は解るのではないかと。”ミステリー”って触れ込み無しの状態で読めばまた初読の感じ方違ったでしょうけど。

なので、ミステリを期待して読むと多少期待外れですかね。あくまで人情時代小説として読むのがよろしいかと。あと個人的に、口語的文体のみでの構成はこの手の長編小説ですと読み応えがあまり得られないかなという気が。私が日頃ボリュームが異常にある本ばっかり読んでいるからそう感じるだけかもしれないですが。

 

そのぶん、ミステリ小説や時代小説を普段読まないという人にはオススメしやすい本だと思いますので、映画で気になった方など是非。

 

 

 

 

 

 

 

ではではまた~