夜ふかし閑談

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『白鳥とコウモリ』原作小説 あらすじ・感想 東野圭吾の最高傑作!・・・なのか?

こんばんは、紫栞です。

今回は、東野圭吾さんの『白鳥とコウモリ』を読んだので感想を少し。

 

白鳥とコウモリ(上) (幻冬舎文庫)

 

あらすじ

二〇一七年秋。東京の竹芝桟橋近くの道路脇駐車されていたセダンの中から弁護士・白石健介の刺殺体が発見された。

警察の捜査により、一九八四年に愛知で起きた金融業者殺害事件との繋がりが明らかとなる。容疑者が留置場で自殺を図り、死亡したことで捜査終了となった事件だったが、この事件の第一発見者の一人だった倉木達郎が捜査線上に浮上する。

刑事が自宅を訪ねると、倉木は白石健介の殺害と三十三年前の金融業者殺害事件の犯人は自分だと自供した。

事件は解決したかに思えたが、倉木の息子である和真は父親の自供内容に納得出来ず、父親が嘘の供述をしているのではないかと思い始める。

そして、被害者・白石健介の娘である美令もまた、倉木達郎の自供によって示された父がとった言動に疑念を抱き——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最高傑作?

『白鳥とコウモリ』は2021年に刊行された長編ミステリ小説。映画化が決定していて、2026年9月に公開予定。

 

刊行当時かなり話題になっていた作品ですね。とはいえ、東野圭吾作品はいつでも話題で売れ売れだという気もしますが。映像化も長編作品なら遅かれ早かれするんだろ?って感じで、映画化されると聞いた時も「やっぱりね~」で、特に驚きはなかったのですが。

 

しかし、この『白鳥とコウモリ』は近年の作品の中では特に大きな話題になっていたなという印象があります。500ページ越えという(東野圭吾作品としては比較的)大ボリュームなのと、帯に

「最高傑作!」

「これが本当の大どんでん返し!」

さらに、

「今後の目標はこの作品を超えることです」

という東野圭吾さん自身のコメントが。

 

出版社も作者もかなりの気合と自信に満ちた文句が書かれていまして。「おうおう、そんなに自信満々に言い切るとはどんなもんじゃい」と手に取る人も多かったかと思います。

私もこの帯の文で気になりつつも追っているシリーズものではなかったので読まずじまいだったのですが、映画化されるということでこの機に読んでみました。

 

2024年に文庫版が刊行されていまして、文庫ですと上下巻の二分冊になっています。

 

 

 

 

個人的に、500ページちょっとの作品で分冊されるのはあまり好きではないのですが。どんなに分厚くなっても一冊で出して欲しい。私が京極夏彦ファンだからそう感じるのかもですが。文庫は落ち運びやすさ重視なんですかね。いや、でもやっぱ分冊で冊数稼ぎたいっていう出版社の思惑なんじゃないか・・・。

 

 

 

 

 

 

以下、若干のネタバレ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刑事・加害者家族・被害者遺族

正直、私は最高傑作とは思わなかったんですけど。だって、過去作に良いのいっぱいあるからさ・・・・・・。

しかし、近年はガッカリさせられることが多かった東野圭吾作品の中では、今作はかなりの良作なのではないかと思いました。読み応えがありながら苦にならずにドンドンと読み進められるのは流石。やっぱり、500ページ以上あると満足感があって良いですね。長編だとやはりこれくらいのボリュームが欲しい。

 

 

この本、まず最初に心惹かれるのは「加害者の息子と被害者の娘が一緒に事件の真相を探る」っていう説明文だと思うのですけども。本来ならあり得ない組み合わせですからね。立場も抱える心情も真逆な二人のコンビが事件を追うなんて面白そうだなあとなりますよね。

 

物語の大まかな流れとしては、

 

弁護士・白石健介が殺される事件が発生して容疑者が逮捕。

容疑者の倉木達郎は1984年に起こった金融業者殺害事件の犯人は自分で、金融業者殺害事件で冤罪で逮捕されて自殺した男性の遺族の浅羽母娘の消息を数年前に知り、浅羽母娘がやっている小料理屋に客として通い親しくなっていたこと、贖罪の意識から浅羽母娘に自分の遺産を渡したいと思い、偶然知り合った白石弁護士に相談をしたが「直接詫びるべき」と強く迫られ、浅羽母娘との関係が崩れるのを恐れて殺害したと自供。

で、この供述内容に違和感を抱いた倉木達郎の息子・和真と、白石健介の娘・美令が——・・・・・・

 

って、ことなのですけれども。

 

 

まずこれ、倉木達郎が逮捕されるまでに100ページ以上使っているのですよね。ここまではほとんど刑事の五代の視点で描かれていて、逮捕後は五代の視点と和真の視点が交互に。そのうち美令の視点も入って、三人の視点で物語が描かれる。

 

五代のパートでは警察の捜査の様子が、和真のパートでは加害者家族としての戸惑いと環境の変化、美令のパートでは被害者遺族の悲しみと後悔がそれぞれに描かれてストーリーが展開していく訳ですね。

 

しかしこれ、肝心の和真と美令が出会うのが300ページ以上してからの全体の中盤、連絡を取り合ったりするのが400ページ位からで、終盤の100ページでやっと二人で一緒に愛知に調査しに行く。

 

私としては、加害者の息子と被害者の娘っていう異色のコンビでの事件調査ってのが面白そうだと思って読み進めていたので、期待していた展開にならなくってヤキモキしてしまいました。

文庫だと、二人が会うのが上巻の最後でやっとですからね。「おおい、もう半分終わったぞ」みたいな。

 

前段部分が大事なのでページ割いて丁寧に書いているってことなんでしょうが・・・・・・思ってたのと違うな感はありますね。

 

 

 

 

 

相反する

とはいえ、物語後半ではきちんと和真と美令と関係性ってのが魅力的に描かれていたと思います。

加害者家族と被害者遺族。真逆の立場、相反する関係のはずの二人ですが、実はこの二人は立場は違えど置かれている状況はだいぶ酷似するところがあるのですよね。

事件によって劇的に環境の変化し、職場の人間にはよそよそしく扱われる。マスコミには好き勝手なことを書かれて、よく知りもしない人達に父親を批判される。味方であるはずの弁護士も、事件について意見しても裁判での弁論に反するからと取り合ってもらえず、おとなしくしていろと言われる・・・・・・ほぼ同じ体験をしている二人なのです。

 

そしてなおかつ、二人は倉木達郎の自供内容は嘘ではないかという共通の疑念を抱いている。ここまでくると、二人がお互いにシンパシーを感じるのは必至だとも思えてくる。表面的にだけ見ると、加害者の息子と被害者の娘がシンパシーを抱くなんて奇妙なことなんですけどね。

 

「光と影、昼と夜、まるで白鳥とコウモリが一緒に空を飛ぼうって話だ」

 

作中でのこのセリフがこの作品を表すものでタイトルになってる。

絶対に超えられない壁で隔てられた者同士が手を取り合うことがもし出来るのなら。あり得ない、夢物語のような話だけれども、信じてみたい。

辛い事件の中での一縷の希望ですね。

 

 

ま、これは、お互いに第一印象や容姿が良かったってのも大きいのではないかって思いますけども。映画のキャスティングからしても、それ絶対あるよねって感じ・・・(^_^;)。

あと、裁判前で本来は交流があってはいけないっていう”禁断の関係”状態も気持ちに拍車をかける要因なのかと。

はっきりしない、含みを持たせての終わり方でしたけど、物語的にはこのくらいの匙加減での終わらせ方が良いのかな。

 

 

 

 

正しく償う

「反転」が事件の真相ですけど、これはなんだかタイトルから予想がついていたので驚きはしなかったです。どんでん返しの仕掛けよりも人間ドラマの方がメインなんだと思いますね。

最後の最後での犯人の動機は何で”ああいうこと”にしたのだろう。なんだか余計じゃない?と最初思ったのですが、憎しみの連鎖っていう風に話を持っていきたくなかったのかな~と。

 

個人的には、刑事や浅羽母娘の考え方にはあまり共感出来なかったですね。冤罪で逮捕したのは警察の責任だし、当時犯人だと名乗り出れなかった気持ちは分るとか言って同情的なんですけど、いやいや、普通に罪を犯した当人が自首しないのが一番悪いでしょ。

無実の人が死ぬことになったのはどう考えたって殺人を犯したソイツのせいだし、その後も罪を逃れたのを良いことに黙って日常生活を送っていたのだから、「十分反省していた、善良な人だ」ってのは無理がある。

 

犯した罪は正当な形で償わなければならない。

個人的に、倉木達郎はやはり一番悪い立ち回りをしたのだと思う。結局、そのせいでこのような酷い事件が起こることになったのだから。自己完結の「贖罪」じゃダメなんですよね。

 

今作は「罪」と向き合うとはどういうことなのかと、その中で生まれる思わぬ人間関係が描かれた長編ミステリ小説。

 

気になった方は是非。

 

 

 

あと、この作品実はシリーズ化されているようです。2024年に刊行された『架空犯』は今作に登場する刑事・五代が活躍しているのだとか。これも後々映画化とかあるかもしれん。↓

 

 

 

ではではまた~