こんばんは、紫栞です。
今回は、鮎川哲也さんの『りら荘事件』について少し。
あらすじ
荒川の上流、埼玉県と長野県の境にある《りら荘》。レクリエーションの場として学生に開放されているこの寮に、夏期休暇を過ごすため七名の学生がやって来た。
その日から、殺人事件が次々と発生。地元民の転落死を皮切りに、次々と殺されていく《りら荘》の人々。遺体の側には必ずスペードのカードが番号順に置かれていた。
止まらない連続殺人事件。捜査中にもかかわらず繰り返される凶行、掴みきれない犯人像。手詰まりとなった刑事たちは状況を打開するべく、とある男に解決を依頼するが――。
“館もの”の先駆的作品
『りら荘事件』は1956年9月~1957年12月の間、世文社の『探偵実話』で連載されていた長編推理小説。
鮎川哲也さんは戦後に活躍した作家で、今ですと「鮎川哲也賞」という賞の名前で知っている、耳にしたことがある人も多いですかね。(かくいう私がそうなのですが)
本格推理小説界に多大な貢献をした作家で、ゴリゴリの、真っ正面からの、これぞ!という本格推理ものの作家さんってイメージ。私の中で「鮎川哲也賞」がそのイメージなので、作家さんもそのままのイメージになっているのですが。
現在の本格推理界の様々な作家がよく作品名をあげている『りら荘事件』が気になって買ったものの、読まないまま積み本にしてしまっていたのですが、この度やっと読んだ次第です。
一般的には鮎川哲也作品ですと【鬼貫警部シリーズ】が有名で代表作。昔、火曜サスペンス劇場で放送されていた糖尿病の刑事さんのシリーズって言われるとピンとくる人が多いですかね?火サス世代じゃないと分らないでしょうが・・・(^_^;)。ちなみに、糖尿病故に家族と繰り広げられるコミカルなやり取りは完全なドラマ版オリジナル要素で、原作の鬼貫警部は独身設定。
『りら荘事件』は【鬼貫警部シリーズ】ではなく、貿易商の星影竜三が探偵役を務める【星影竜三シリーズ】の長編。このシリーズは長編が三作品刊行されているのですが、『りら荘事件』は長編の第一作目。先に創作同人誌に掲載された「呪縛再現」という中編を原型として長編化したもので、鮎川哲也作品の中でも初期の作品ですね。
本格推理の世界では定番のジャンルの一つ、“館もの”の先駆的作品だと色々な紹介文で書かれています。
確かに、館に泊まりに来た客達が次々と殺されるというのは館ものの“それ”ですが、物語の幕開け早々に警察が介入してくるし、一旦館を離れて東京に行ってしまう人物やら、途中からちょこちょこと外部からやって来た人物が増えていくなど、本来館ものとセットとされる閉鎖空間設定のクローズド・サークルでは全然無いです。
こんなにオープン状態なのにね、頑なに「りら荘」で殺人事件が起き続けるのですよ。「ちょっと警察!もっとちゃんとして!」と言いたくなりますね。ま、そこら辺の不自然さが考慮されて進化したのが、現在で一般的とされる館もののクローズド・サークルなのかも。
松本清張などリアリティのある社会派ミステリが人気を博していた時代に発表されたため、
天才的名探偵がババンと解決する正統派推理小説の『りら荘事件』は「古臭い」「荒唐無稽だ」との声が当時はあったようです。
しかし、今読むとこの古臭さや荒唐無稽さが逆に新鮮で面白い。驚く展開ばかりで、犯人も最後まで解らなかったし、名探偵が最後に鮮やかに解き明かしてくれるのはやはり気持ちいいです。
『リラ荘殺人事件』との違い
『りら荘事件』には『リラ荘殺人事件』という別タイトルが存在します。検索するとタイトルが二つ出て来て「どういうこと?」となってしまう。
連載時から、本来のタイトルは『りら荘事件』です。
講談社文庫版に収録されている新保博久さんの解説によると、1958年に世文社から『りら荘事件』のタイトルで刊行されて以来、この長編推理小説はいろんな出版社から版を改めて刊行されていて十種類以上あるのですが、どうも、1960年に小説刊行社から再刊される際に出版社の方で勝手に『リラ荘殺人事件』と改題して出し、これが定着してしまったがために、後に別の出版社から再刊されるときにも二つのタイトルが出回る事態になったのだとか。
作者の鮎川哲也さんも「自分が知らないうちに『リラ荘殺人事件』ってタイトルが定着してしまっている・・・」と、なっていたそうな。
どうもこの「小説刊行社」たる出版社、作者の意向を無視して本を出す悪癖があったようで、他の作家さんの本でも色々やらかしていたらしい。今ではなかなか考えられない横暴ぶり。時代を感じますね・・・。
さらに厄介なことに、この長編推理小説は1968年に大幅改稿されており、改稿前の「旧稿」と改稿後の「新稿」、二つの内容が存在している。
上記したように、タイトルで旧稿と新稿を分類しているなんてこともまったくないので、一時期はタイトル違いと内容違いでそれぞれ出回るという、混乱の極みになっていたようです。
気になる改稿部分ですが、最大の違いは最後の殺人に関して新稿ではトリックが一つ追加されて物語全体の整合性が高められているのだとか。「そりゃかなりの違いじゃないか!」って感じですね。
後、刑事さんがシリーズ馴染みの人物に変更されていたりするようです。鮎川哲也さんは再刊の度に加筆修正をするタイプだったらしく、本によって表現など細かな違いは沢山あるとのこと。
新保博久さん曰く、大幅改稿前後を見分ける方法は、第八章が「由木の出京」なら旧稿で、「熱い街で」なら新稿。
とはいえ、今出回っているのはほぼ新稿の方で、旧稿の方は入手困難になっていますかね。
私が読んだのは文庫版では初の定本化といっていい講談社文庫版。因みに、りら荘は講談社の別館を意識して書いたものだとか。
他、今出に入れやすいのは東京創元社版、
ですかね。
いずれも内容は同じ大幅改稿後の新稿です。
以下若干のネタバレ~
パズル小説
個人的に、今作は読んでいて驚きの連続でした。
とにかく、どんどん人が死ぬ。連続殺人ものだとは読む前から知っていたのですが、2~3人ぐらいだろうと思っていたら、あれよあれよと7、8人も殺される。
そして、探偵役すらも見当が付けられない。途中参加の警部かと思えば違い、さらにその後に急に登場した先輩かと思えば違い・・・。
解決の兆しが全然見えないままに終盤へと突入。なので、最後に星影竜三が颯爽と現われて鮮やかに推理を披露するシーンはやたらに痛快に感じることが出来るのですが。本の裏表紙などに“星影竜三シリーズ”と書かれているのでアレですけど、本当は【星影竜三シリーズ】だと知らないで読む方が楽しめる本ですね。
館ものですとメンバーのうちの一人が探偵役を務めるのが定石なので、外部の人間がいきなり出て来てあっという間に解決するのは新鮮に思えますが、事件が全部終わった後にやって来て天才的謎解きを皆の前で披露するというのは“探偵小説”のあるべき姿。この小説はまごうことなき“本格推理小説”なのです。
社会派ミステリが人気だった刊行当初、この小説のような探偵小説、推理小説には冷ややかな声が多々あったようです。
やれリアリティがない、子供だましだ、文学的でない、等々。
『りら荘事件』は犯人の動機がどう考えても軽薄だし、人が死にすぎだし、感情移入出来る人物もいない。文学として“人間を描く”のは度外視していて、確かに「クイズ本」「パズル小説」と揶揄されても致し方ないのかもしれません。
しかし、読者を楽しませる通俗娯楽として書いているのですから、これはこれで良いじゃんと私は思います。文学的でないとか、お門違いな意見ですよ。
揶揄だろうが何だろうが、『りら荘事件』はパズル小説として充分な面白さがあります。
先の展開が読めず、メイントリックと呼べるようなハデなトリックがないながらも各事件に仕掛けが用意されていて、細部まで密に作り込まれている。
そして何より、最後まで犯人が解らない。殺されまくって容疑者が二人しか残らないなんて事態になるのですが、それでも全然解らないのです。これって凄いことですよね。
伝統的な探偵小説を愉しみたい方は是非。
ではではまた~