こんばんは、紫栞です。
今回は今村昌弘さんの『〈屍人荘の殺人〉エピソード0 明智恭介 最初でも最後でもない事件』の簡単な紹介と感想を少し。
題名がやたらと長いこちら、今村昌弘さんのデビュー作でシリーズ第一弾の長編小説『屍人荘の殺人』
の前日譚にあたる短編小説となっています。
このシリーズは2021年現在で長編が三作出ているのですが、この短編が出たのは2019年12月で、シリーズ二作目の『魔眼の匣の殺人』の後になります。
三作目の『兇人邸の殺人』は今年2021年に出ましたね。
タイトルにある「明智恭介」とは、一作目の『屍人荘の殺人』の主要人物の一人で、神紅大学ミステリ愛好会会長。会長と言ってもミステリ愛好会は二人だけのサークルで、他のメンバーはシリーズの語り手である葉村譲だけなのですけど。この短編も語り手は葉村君ですね。
ページ数は140ページほど。販売形態は電子書籍のみで、お値段は300円と少し。
個人的に小説は紙媒体で読む派なので、発売されたのは知りつつも「そのうち短編集発売されたら一緒に収録されるかな~」とか思って買っていなかったのですが、今のところ書き下ろし長編を主に執筆している作家さんですし、短編集が刊行されるにしてもえらく先のことになりそうだといい加減悟ったので(^_^;)、この度購入しました。
一色原稿だと印象が変わりますが、表紙絵はシリーズの他三作と同じく遠田志帆さん。メガネをかけている方が明智恭介で、隣が葉村譲。一作目の『屍人荘の殺人』はミヨカワ将さんによる漫画版も出ているのですが、
キャラクターデザインはだいぶ異なりますね。
『屍人荘の殺人』を読んだ読者は承知のことなのですが、この明智先輩は一作目の途中で〇〇〇になってしまったため、それ以降は登場しない人物。今作は『屍人荘の殺人』での事件が起こるおよそ四ヶ月前の出来事で、葉村君は大学入学したてであり、明智さんと知り合って二週間ほど。当たり前ですが、明智さんもこの時はピンピンしており、ミステリオタクの変人として葉村君を振り回しています。
あらすじとしては、
神紅大学のキャンパス内で窃盗事件が発生。侵入した窃盗犯はキャンパス内で気絶していたところを逮捕されたものの、逮捕された窃盗犯は「もう一人の侵入者に襲われた」と証言。もし本当に他にも窃盗犯がいたのだとしたら穏やかじゃないということで、窃盗の被害にあったコスプレ研究部から事件を調べて欲しいと明智さんの元に依頼が。明智さんと葉村君の二人で奇妙な窃盗事件の調査に乗り出す――。
と、いったもの。
本来のこのシリーズはトンデモ要素による特殊設定で本格推理が展開されるのを特徴としているのですが、前日譚にあたる今作はそんな突飛な要素はなく、短編ミステリといわれて皆が想像する言うなれば“普通”の推理小説となっています。
長編での特殊設定の印象があまりにも強いので拍子抜けする人もいるかもしれないですが、ま、短編ですし、前日譚でそんな突拍子もない要素入れられても困惑するだけになりそうだし、普通で良いと(?)思います。『屍人荘の殺人』で世界が一変する前の、明智さんと葉村君二人のミステリ愛好会での日常が知れる作品として書かれているのかと。
殺人などは起こらないロジックもので、ミステリとしても派手派手しさはない感じですが、見取り図もちゃんと挿入されていて如何にも本格推理小説な感じ。見取り図や読者への挑戦状とかが入っていると本格推理小説感が一気に増しますね。しかし、電子書籍だと見取り図があっても振り返るのが面倒で「やっぱり紙がいいな・・・」とか読みながら思っちゃいましたね。見取り図に限らず、やっぱり電子書籍だと前のページを振り返るのが面倒というのはミステリ小説ではかなり痛手な部分だなぁと。機能を駆使すれば解消されることなのかもですが・・・。
犯人当てはそんなに難しくない物語になっているかと。消去法で解る感じ。
コスプレ研究部が事件の舞台になっているのが面白ポイントで、ミステリ愛好会もそうですが、大学のサークル活動の様子が多く描かれていると青春ミステリとして楽しく読めますね。私は大学サークルって入ってなかったので、こんな青春も味わっておけば良かったなぁと羨ましくなる。
長編の方でホームズ役を務めている比留子さんは事件を呼び寄せてしまう所謂“死神体質”で、自分の身を守るために仕方なく謎を解くことになるという“消極的な探偵”なのですが、明智さんはミステリオタクで謎をいつでも追い求める“積極的な探偵”。あまりにも前のめりすぎて暴走して空回りしてしまうので、葉村君がブレーキ役としてワトソンをしているといったコンビ仲。
明智さんは比留子さんのようなバリバリのキレがあるホームズ役という訳ではなく、葉村君と協力することによってなんとか真相にたどりつくという“かろうじてホームズ役が出来ている”という人物。
ワトソン役にこだわりがあるのか、何故かどうあってもワトソン役に“なろうとする”葉村君ですが、長編の方で比留子さんにも言われているように、実はだいぶ鋭いんですよね。今作では実質半分の謎は葉村君が解いているので、ほとんど探偵役じゃないかって感じで助手役としては立ち位置が曖昧。『屍人荘の殺人』の時の行動もそうですが、やはり葉村君は「そう素直なワトソンではない」という風に一貫して描かれているのだなぁと。
こういった微妙なバランスで明智さんと葉村君の二人は“神紅のホームズとワトソン”をやっていたのですね。ここから四ヶ月後に起こる出来事を考えるとなんとも悲しい。かつての二人の日常を知ったことでより悲しさが募ってしまったな・・・と。
私はやっぱり比留子さんより明智さんのほうが魅力的に感じてしまうので、やっぱり退場させるにはあまりにも惜しい人物だったのではないかとばかり思ってしまう。なんとかして本編でも復活させてくれないものだろうか・・・でもアレじゃあ無理か(-_-)。
このお話を読まなくともシリーズの長編を愉しむのに支障はありませんが、明智さんに未練が(?)あるシリーズファンにとっては嬉しいボーナストラックのような作品になっていますので、気になった方は是非。
ではではまた~